第76話 サンタクロースは準備を始めます


 ――12月の半ば。
 もうすぐクリスマス。

 カレンが入浴中で暇なシュウは、部屋に妹たちを集めた。
 クリスマスプレゼントの希望を訊くために。

 ちなみにサンタクロースを信じているジュリからは、自然に会話しながらほしいものを聞き出しておいた。
 クリスマス当日、サンタクロースに化けたシュウからそれを受け取ることになる。

 シュウの部屋に集まった妹たち。
 メモ用に携帯電話を取り出しながら、シュウは訊いた。

「で、おまえたちは何がほしいんだ」

 妹たちが一斉に声を出すものだから、シュウは言いなおした。

「上から順番に希望を訊く。よって、まずミラは何がほしいんだ」

「私っ? 先月の誕生日に続いて、『飲ませた相手にこの世一愛されちゃう薬』がいいわ♪ あ、でもてっとり早く『飲ませた相手に抱かれちゃう薬』の方が――」

「いい加減にしろよ、おまえ」シュウは苦笑した。「次その手の薬を親父に飲ませたら、おまえ母さんとマジで険悪になるぞ」

「えー? んじゃあクリスマスはパパとお揃いの色や柄のパンツ」

「かっ、買いやすいものを言えっ! 男物のパンツだけならともかく、女物なんて――」

「はいはい、次アタシの希望ーっ!」と、サラがシュウの言葉を遮った。「2丁目のラブホ・ソフィアのスウィート一泊無料券」

「オっ、オレにそこのラブホまで行って買って来いと!? 大体、そんなのレオ兄に頼めば泊まれるだろ!?」

「レオ兄、親父が心配するからって外泊はさせてくれないんだもん」

「そ、それで一泊無料券か…」

「買い辛いだろうけどさ、お願い兄貴」

「わ…、分かったよ。…んじゃ次、リン・ラン」

 とシュウが双子のリン・ランを見ると、2匹の頬が染まった。
 声を揃えて言う。

「あ…兄上の脱ぎたてホヤホヤ使用済みパンツが――」

「やらねえよっ!!」シュウ、驚愕。「どうっっっっしてこう、うちには変態ばっかりなんだっ!? マトモなもんを言ってくれっ!!」

「ごめんなさいなのだ…」しょんぼりとするリン・ラン。「兄上の洗濯済みパンツでいいのだ…」

「おっ、おまえらオレのパンツから離れ――」

「ちょっと兄ちゃーん」と、レナがシュウの袖を引っ張った。「早く次ー。あたしたちの番でしょ?」

「お、おう…」シュウは三つ子の顔を見回した。「んじゃユナ・マナ・レナ、ほしいもの言って見ろ」

「札束」

 と三つ子に声を揃えて即答され、シュウの顔が引きつった。

「おまえたちサンタさんからそんな夢のないものをもらう気か…!?」

「だって」と三つ子が再び声を揃える。「今月のお小遣い使っちゃったんだもん」

「ぜ、全部?」

「全部」

「う…うちの兄妹の親父からの小遣いは、13歳だと毎月30万なんだがな」

「使った」

 ブチっと切れたシュウ。
 三つ子の額にデコピンして訊く。

「世間一般の家庭を支えるオトーサンが汗水垂らして稼いでくる平均収入並の金を、13のおまえたちが何に使ったって言うんだ!? 言ってみろっ!!」

 ユナがデコピンされた額を擦って泣きながら言う。

「貧しい島の人たちに募金したんだもおおおおん!」

「そ、そうか。優しい子だな、おまえは。で、でも13のおまえが何も小遣いの30万全部募金してやらなくてもいいんじゃねえかな…!?」

 マナが言う。

「より良い薬を作るためには、材料費にお金がかかるんだよ兄ちゃん…」

「そ、そ、そうか。マナは本当に(怪しい)薬を作るのが好きだな。で、でも13のおまえがそんな大層な薬は作らなくていいんじゃねえかな…!?」

 レナが言う。

「○クドナルドのメガ○ックセットがおいしくて」

「そ、そ、そ、そうか。せ、成長期だもんな、仕方ねーよな、うん。…なぁーんて」シュウの顔が引きつる。「言えるかあああああああっ!! どおおおおおおやったらたった半月で○ックで30万も使えるんだ!? おまえ病院行ってその胃袋を手術で小さくして来いっ!!」

「痛い痛い痛い痛いっ! コメカミぐりぐりしないでよおおおっ! 今度からはビッグ○ックにしてポテトとドリンクはSにするよ兄ちゃああああああんっ!!」

 妹たちが自分の部屋へと戻って行ったあと、シュウはベッドに腰掛けた。
 携帯電話にメモした妹たちへのクリスマスプレゼントを見て、溜め息が出る。

「男と女のペアパンツにラブホ無料券、オレの洗濯済みパンツ、札束…。なんて可哀相なサンタクロースなんだ、オレ…。こんなどうかと思うプレゼントばっかりさせられる17の少年がこの世にどれくらいいるものか……」

 そんなことを呟きながら、シュウはふと気付く。

(今さらだけど……、オレって年近い男の知り合いいなくね!? っていうか友達いなくね!? 小さい頃から妹たちの世話で忙しいせいでっ!? ハンターとして働き始めてからはさらに激しく忙しくなったせいでっ!? レオ兄とかは年が離れてるせいで、やっぱり友達じゃなくて兄貴って感じだしっ!? っていうか、あの親父でさえリンクさんという親友がいるのにっ……!)

 シュウ、衝撃。

(大家族の中で育ったから今までこんなこと思わなかったけど…、オレってもしかして結構寂しい奴!? 友達いないとかって、すーげー寂しい奴!? ……いやいやいやっ! 何言ってんだオレっ!)

 シュウは首を横にぶんぶんと振り、立ち上がった。

「オレにはカレンという、すんっっっっっげえええええええ可愛い彼女がいるんだっ!!」

 シュウはカレンの部屋へと向かった。
 中に入ると、カレンは入浴を終えてバスルームから出ていた。

「みんなからクリスマスプレゼントの希望は聞き終わったのかしら? シュウ」

「おう」

「そう、あたくしも買いに行くの付き合うわね」

 とシュウと会話しているカレンだが、シュウの方を向いたのはほんの一瞬。
 ベッドの上に座って、夢中になって趣味の1つである人形遊びをしている。

 少しムッとしながら、シュウはカレンのベッドの上――カレンの斜め後ろ辺りに腰掛けた。
 まるで振り向かないカレンの気を引こうと、黒猫の尾っぽでベッドの上をぱんぱんと音を立てて叩く。

 が、振り向いてくれないカレン。
 さらにムッとしながら、シュウはカレンの顔を覗き込んだ。

「オイ…!?」

「何かしら?」

 と相変わらずシュウの方を向かないカレン。
 その横顔はとても楽しそうだ。

(本当に人形遊びが好きなんだな…)

 シュウは小さく溜め息を吐いた。

(…ま、いっか。あと30分すりゃ、オレの相手するよな)

 と思って、シュウはむくれかけていた顔を元に戻した。
 カレンが大切にしている全長60cmほどの球体関節人形を見ながら言う。

「その服、見たことねえな。新しいの?」

「ええ、そうよ」

「いつ買ったの」

「つい先日、ネットオークションで落札したのよ」

 そうだろうな、とシュウは思った。
 今年の夏以来、カレンは葉月町にあるドールショップへは行きにくいだろうから。

(だって、そこに勤めてるミヅキっていうやたら女顔の男に襲われてんだから…。怖いんだろうな。行きたくても行けないって感じか)

 カレンには数ヶ月に一度、最新の人形やその服や小物など載った冊子がドールショップから届けられる。
 それをカレンの傍らにあるのを見つけ、シュウは手に取った。

 ページの角が折られているところを開く。
 そこにはカレンが好きそうなロリータファッションのドレスが載っていた。

(カレン口には出さないけど、ほしいんだろうな、これ。4万弱が3つに、3万弱が2つか…。人形の服のクセにたけーな、オイ。ブランドとコラボ? だから高いのか。ん? ああ、これカレンが好きな服のブランド……)

 シュウは再びカレンの横顔に目を向けた。
 人形の服を着せ替えてはしゃいでいる。

(……決ーめた、カレンへのクリスマスプレゼント)
 
 
 
 クリスマスを3日後に迎えた日の夜。
 シュウは書斎にいるだろうリュウのところへと向かった。

「なあ、親父――」

 と、言葉を切る。
 リュウはウィスキーの入ったグラス片手に、電話中だったから。

「おまえ冗談は顔だけにしろって。昔っから言ってんのに分かんねー奴だな」と電話の相手と話しながら、リュウがシュウに顔を向けた。「あ、何かシュウが俺に用あるみてーだから切るわ。じゃーな」

 電話を切ったリュウ。
 書斎の入り口のところにいるシュウに訊く。

「何だ、シュウ」

「あの――」

「ゴム切れたのか」

「そっ、そうじゃなくてっ…」とシュウの顔が赤くなる。「親父、どんなパンツなら穿ける?」

「は…?」

 と眉を寄せるリュウ。
 シュウは苦笑して続けた。

「去年から親父に加えてオレもサンタクロースじゃん? ミラがさ、親父とのペアパンツがほしいって言うんだよ」

「……。く…黒のボクサーパンツタイプで…」

「り、了解」

 と、くるりとドアの方に身体を向けたシュウ。
 もう一度リュウの方に振り返った。

「ねえ、親父。あの――」

「まっ、間違っても白ブリーフ買ってくんなよ…!?」

「お、おう。んでさ――」

「あっ、あとミラの趣味に合わせた柄物とか勘弁してくれっ…!」

「わ、分かってるよ。んでさ――」

「よし、部屋戻っていいぞ」

「オレの話を聞けっ!!」

「はぁ?」

 と、眉を寄せるリュウ。
 ウィスキーを1口飲んでから訊いた。

「何だよ。まだ何かあんのか」

「…さっき電話してたのって、リンクさん?」

「ああ」

「よく電話してんの?」

「まあ、しょっちゅう掛けて来るな。あいつの方から」

「ふ、ふーん、仲良いね。…って、当たり前か、親友なんだからっ…」

「? どうした、シュウ」

「…あのさ、親父、オレ――」

「ばっ、おまっ……!?」と、リュウが驚愕しながらシュウの言葉を遮った。「俺に恋するんじゃねえっ!! リンクに嫉妬とかって――」

「ちっ、ちげええええええっ!!」シュウの顔も驚愕する。「んなわきゃねえだろ、気持ちわりぃっ!!」

「ああ、驚いた」

「オレが驚いたわっ!! このバカ親父――」

 すっっっぱーーーんっ!!

 とシュウの顔面に左足スリッパを投げつけたリュウ。

「一言多いぜ、バカ息子」気を取り直して訊く。「んで、どうしたんだよ」

「お…おう…」シュウはスリッパの当たった顔面を擦りながら言った。「オレさ、年近い男友達いねえなって思って……」

「それがどうした」

「…さ…寂しい…かも」

「……シュウ」

 すっっっぱーーーんっ!!

 と再びシュウの顔面へと飛んだ、リュウの右足スリッパ。

「このハーレムに文句あんのか、てめえっ!!」

「い、いってえぇ…!」

「絶世の美女の母親に、揃いも揃って超・美少女の7人の妹たち!! おまけに世間の美少女顔負けのやーべー可愛さの弟を持ちながらおまえという奴はっ……!! 寂しい、だと!? 何て贅沢な奴なんだおまえはよ!? え!?」

「だって――」

「ったく…」と苛々としながら溜め息を吐いたリュウ。「仕方ねーな、俺がこれからキラと弟作ってきてや――」

「いっ、いらねえよっ!!」シュウは慌ててリュウの言葉を遮った。「これ以上弟妹はいらねえっていつも言ってんだろ!? オレがほしいのは弟じゃなくて、男友達なんだよ! 年の近い男友達っ!!」

「ヤロウ友達ぃ?」リュウの声が裏返った。「何で」

「リンクさんっていう親友がちゃんといる親父には、オレの気持ちなんか分からねえよっ…!」

「じゃあ言うなよ」

「…ご…ごもっともですた……」

 と、シュウが苦笑して書斎から出て行った。

(男友達なんてほしかったのか、シュウの奴…)

 ウィスキーのグラスを傾けるリュウの脳裏に、リンクの姿が浮かぶ。

(…ま、1人くらい居ても悪いもんじゃねえな)
 
 
 
 翌日。
 弟妹やリーナにとってサンタクロースのシュウは、プレゼントの準備を始めた。

 カレンも着いてくると言ったのだが、シュウはカレンを屋敷に置いてきた。

「リン・ランへのクリスマスプレゼントを包んでおいてほしいから」

 と適当に理由を作って。
 カレンはきっと今頃、シュウの洗濯済みパンツを綺麗にラッピングしているだろう。

 カレンを置いてきた本当の理由は、

(カレンのサンタクロースでもあるからな、オレ)

 カレンは支出の激しいシュウに気を遣ってクリスマスプレゼントをいらないと言うが、シュウはどうしてもカレンにプレゼントしたくて。
 カレンの喜ぶ顔が、どうしても見たくて。

 カレンにも、こっそりとプレゼントを買うことにした。

 ――が、その前に。

 まずは銀行で三つ子へのプレゼントである札束をおろし。
 色んな下着屋を回り、ミラへのプレゼントであるリュウとのペアパンツを恥ずかしい思いをしながら買い。
 サラへのプレゼントである、とあるラブホテルのスウィート一泊無料券を恥ずかしさと予想外の高額さに驚愕しながら買い。
 そんなあとに幼い弟・ジュリと、リンク・ミーナ夫妻の娘であるリーナへのプレゼントを、玩具屋で癒されながら買い。

 そして最後に、シュウはカレンへのプレゼントを買いに向かった。

 アンティークなレンガ造りの店の前、シュウの足が止まる。

(下着屋やラブホも恥ずかしかったけど、ここ――人形屋に入るのもすげー恥ずかしいじゃねえかっ…! こんな乙女な空間に入るなんてっ…!)

 シュウは周りをきょろきょろと見回したあと、被っていた帽子を深く被りなおした。
 店のドアノブを握り、思い切って中に入る。

「いらっしゃいませ」

 と、明るい声でシュウを出迎えたのは。

(うーわ、オレがこの世で一番友達にしたくねえヤロウかも……)
 
 
 
 
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