第72話 睦月島から帰りました
睦月島から葉月島へと向かう飛行機の中、シュウとカレン、リーナはぐったりとしていた。
「親父や母さんたちも昔そうだったらしいが…」とシュウの顔が引きつる。「血も涙もねえくらい働かされたな、オレたち……」
「ほ、ほんまやで」とリーナも顔を引きつらせて同意する。「まっさかこんなに働かされると思ってへんかったわ。イヤでもしゅん間移動うまーなるわ」
「だ、大丈夫? シュウ、リーナちゃん…」カレンは苦笑した。「あたくしはただ着いて行っているだけだからずっとマシだけれど、シュウとリーナちゃんは大変でしたわよね」
「ま、まあな」
とシュウとリーナが頷いた。
「でもまあ、良かったよ」と、シュウは溜め息を吐く。「CM撮影だけで1000万もらって親父への借金なくなったし、すげー働いたもんだから報酬もたくさんもらったし、おまえたちに怪我もなかった」
「せやなあ。でも、アレやんなあ、シュウくん」と、リーナ。「その報酬、とりあえず8時間後に葉月島に着いたらミラちゃんとレオン兄ちゃん、グレルじっちゃんへの誕生日プレゼントで飛んで、来月のクリスマスでまた飛んで、再来月のお正月でまた飛ぶなあ」
「だな…」シュウ、苦笑。「いやまあ、ミラとレオ兄、グレルおじさんへの誕生日プレゼントはもう睦月島で買ってあるんだけど。クリスマスに親父と共にサンタクロースのオレはカレンと妹たち、リーナにプレゼントで、そして正月にはお年玉やらなきゃなんだもんなあ、オレ…」
「期待してんでー、来年のお年玉。今年のシュウくんからのお年玉はしょぼかったからなあ」
「まだ親父の弟子ハンターだったんだから仕方ねーだろ。来年は今年より期待していいけど、それでもあんま期待すんなよ…」
「なんやねん、またしょぼいんか」
「わり…。――って、オレに期待すんなよ、オレに。オレ、まだ17の少年だぜ!? オレにお年玉求める時点で間違ってんだよ」
「何甘えてんねん。働き始めたらお年玉あげる方にならなあかんのやで」
「んじゃー、おまえカレンやサラからもお年玉もらうのか」
「んなアホな。うちそんな可哀相なことせえへん」
「って、オレからは奪うのにか!?」
「あはは」
「あはは、じゃねえそコラ! あぁ!?」
「いだだだだだっ! 乙女の柔肌つねんなや、どあほう!」
「いでででででっ! 引っ掻くんじゃねえっ! これだからメス猫はよ!?」
シュウとリーナの喧嘩が始まり、カレンは慌てて口を挟んだ。
「お、落ち着いて2人ともっ…。ほ、ほらここ、飛行機の中だからっ…!」
「ん?」
と周りの乗客の視線を浴びてることに気付き、シュウとリーナは咳払いをしておとなしくなった。
カレンは続ける。
「え、えと、シュウ? あたくしクリスマスプレゼントいらないからっ…」
「ええぇ…!?」シュウが驚愕した顔をしてカレンの顔を見る。「お、おま…! オレからのプレゼントいらねえの…!? うーわー、すーげーまじショック……!」
「そ、そうじゃないのですわ。…た、大変でしょうっ? あなたが苦労するところはあまり見たくないのですわっ…」
「カ…カレン…!」シュウの瞳が潤む。「なんっっっっっって、優しい彼女を持ったんだオレ……!」
「ここでイトナミはあかんで、シュウく――」
「しねーよっ!!」とシュウはリーナに突っ込んだあと、再びカレンを見た。「でもオレ、絶対何かプレゼントするから! あ…、あんまり高価なものは買えないかもしれないけどっ…」
「充分なのですわ」とカレンが笑う。「ありがとう、シュウ」
「よっしゃ。これで来年のお年玉期待できるな」とリーナはにやけたあと、シュウから突っ込まれる前に続けた。「ときにシュウくん、カレンちゃん? 葉月島に着いたらミラちゃんとレオン兄ちゃん、グレルじっちゃんの誕生日やけど、プレゼントは何に? シュウくんはもう買ったんやろ?」
「おう。皆への土産選んでるとき、ついでに買ってきた。レオ兄には仕事用の戦闘服で、グレルおじさんには特大ナイフ&フォークセット。この間ステーキ食ってるときに力加減間違って折っちまったらしいからな…」
「あたくしも買ったのですわ」と、カレンが続いた。「レオンさんには仕事用の靴で、グレルおじさまには特大サイズのお箸を買ってきましたわ。先日、つるつる滑るサトイモの煮っ転がしをお箸で追いかけているうちに折れてしまったそうだから…」
「あのおっちゃん、ほんまに怪力やなあ。うちは新しいマナ板やんで。この間キュウリ切っとったらマナ板まっ二つになってもうたらしいからな。レオン兄ちゃんにはスッポンの生き血」
「スッポンの生き血ぃ?」シュウは眉を寄せた。「何でレオ兄にそんなもの…」
「せやかて、レオン兄ちゃん精力つけな。こっそり毎日サラちゃんの相手してるんやろ? 純モンスターやから心配あらへんのやろうけど、30過ぎやし一応な。ええでー、スッポンの生き血。精力ゼツリンや!」
「……。リーナおまえ、すげー尊敬するわ。どうやったら9歳のガキがそんなもんを思いつくん――」
「シュウくんもいるか? まったく若いのにだらしな――」
「いらねーよっ!!」
「素直やないなあ、ほしいくせに」
「違――」
「んで話を戻すんやけど…」と、リーナが顔を強張らせて唾を飲み込んだ。「ミ…、ミラちゃんの誕生日プレゼントは何に……?」
「……」
シュウとカレンの顔も強張る。
「高級写真アルバム」と、シュウ。「…に、ミラの希望で今年の夏の親父の水着姿写真を貼りまくったもの……」
「あたくしからは、睦月島で買った手触りの良いファー生地でテディベアを作ってプレゼントするわ」と、カレン。「…ミラちゃんの希望で、リュ、リュウさまの髪の毛入りの……」
「う、うちは…」リーナがもう一度ごくりと唾を飲み込んだ。「と、盗聴器ほしい言われたんやけど、どうすれば――」
「やめとけ」シュウがリーナの言葉を遮った。「別の普通の物にしとけ。お、親父が哀れすぎる……」
「せ、せやな。せめてうちだけでも普通のもんをミラちゃんにプレゼントせな。物によっては、リュウ兄ちゃんが苦労することになるからな…。ここ近年のミラちゃんの誕生日のリュウ兄ちゃんは、めっさ苦労しとるからな……マナちゃんの薬で」
「マ、マナちゃんの薬っ?」カレンが鸚鵡返しに訊いた。「マナちゃんがミラちゃんにプレゼントした薬でってこと?」
シュウとリーナが頷いた。
シュウ、リーナと交互に言う。
「一昨年は『飲ませた相手の抱き枕にされちゃう薬』…」
「これはまだ良かったで。飲まされたリュウ兄ちゃんがその晩ミラちゃん抱き枕にして眠っただけやから。もうミラちゃん大喜びやったらしいな」
「母さんも一緒に抱き枕にされてなきゃ、もっと喜んでただろうな」
「せやな」
「そして去年は『飲ませた相手にキスされちゃう薬』なんだが…」
「これはめっさやばかった。リュウ兄ちゃんにキスされて、ミラちゃん鼻血まきちらすし…」
「親父は汗だくになりながら必死に堪えてるのに、身体が言うこときかないらしくて…」
「ちゅっちゅ、ちゅっちゅしとったな…」
「んでそれ見てるうちに母さんが怒り出して夫婦喧嘩勃発…」
「うち離婚すんのかと思たで、ほんまに…」
「母さんの怒り半端なかったしな…」
「口では必死にキラ姉ちゃんに弁解しとるのに、身体が言うこときかないリュウ兄ちゃんがめっさ哀れやったで…」
「そ、そう…」
と、カレンの顔が引きつる。
シュウとリーナが深く溜め息を吐き、苦笑しながら声をそろえた。
「今年は一体、どうなるのかな……」
その頃の葉月島。
時刻は0時ちょっと過ぎ。
シュウ宅の書斎。
回転椅子に腰掛けるリュウの左手にはウィスキーの入ったグラス。
それがカタカタと小刻みに揺れている。
右手には携帯電話。
只今リュウは、リンクと電話中だ。
「明日やな、リュウ。シュウたち帰って来るの」
「おう。明日の朝には着くだろうな」
「せやな。…そ、それから」と、電話の向こうでリンクが唾を飲み込む。「あ、明日の夕方からやな、レオンと師匠…………と、ミ、ミラの誕生日パーティー」
「お、お、おう」
ますますリュウの左手の中で揺れるウィスキーの入ったグラス。
「お、おまえさっきから声震えてるけど大丈夫かいな、リュウ」
「…な、なあ、リンク」
「な、なんや?」
「…ミ、ミラ、今年はマナからどんな薬もらうと思う」
「お、一昨年と去年を考えると、エスカレートしてきとるからな。一昨年は抱き枕にされちゃう、去年はキスされちゃう…。最近ますますファザコンのミラを考えると、こ、今年は、ま、ままま、まさかっ……!?」
「…ま、ままままままさかっ……!?」
途切れる会話。
間の後、リンクが口を開いた。
「お…、おまえの貞操は、おれが守ったる」
翌朝7時過ぎ。
シュウとカレン、リーナ帰宅。
シュウとカレンが屋敷の中に入ると、朝食後の雰囲気だった。
仕事や学校へ行く準備でばたばたとしている。
「おお、おかえり、シュウ、カレン」
とキラに出迎えられたあと、シュウとカレンは2階へと上って行った。
自分の部屋へと向かう途中、ミラが三つ子の部屋へと入って行くのが見えて一度立ち止まる。
シュウとカレンは顔を見合わせたあと、三つ子の部屋の前で耳を済ませた。
ミラのはしゃいだような声が聞こえてくる。
「ねね、マナ。私への誕生日プレゼントの薬、ちゃんとできたっ?」
続いてマナの声。
「できたよ、ミラ姉ちゃん…。パーティーのときに渡すから楽しみにしてて…」
「きゃあっ! ありがとう、マナ! お姉ちゃん嬉しいーーっ!」
一体どんな薬をもらうのだろう?
と、シュウとカレンは苦笑しながらあれやこれやと考える。
「でもミラ姉ちゃん…」とマナの声が聞こえてきた。「大丈夫なの…? そんな薬パパに飲ませて…」
だから、そんな薬ってどんな薬?
と気になって、さらにドアに耳を寄せるシュウとカレン。
ミラが笑いながら答えた。
「大丈夫よう、パパが1日くらい私と浮気したって♪」
ソレ、大丈夫じゃないと思います。
三つ子の部屋のドアの前、シュウとカレンの顔が驚愕した。
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