第71話 CM撮影終わりました
飛んでいるカレン・リーナの身体と地面の間を目掛けて、シュウの身体が足から滑り込む。
ずさささささーーーっ!!
シュウは胸元にしっかりとカレンとリーナをキャッチした。
「セっ…、セーフっ…!」
カレンがシュウの顔を見て安堵する。
「シュウっ…!」
「おまえら怪我は!?」
「大丈夫、ないのですわ」
「危なかったけどな!」と言ったあと、リーナが追ってきた男たちを指差した。「シュウくん、あいつら捕まえてや!」
「あいつらが強盗犯か!」
「強盗犯っ?」カレンが鸚鵡返しに訊いた。「あの人たち、強盗犯なんですの!?」
「ああ、たぶんな。睦月ギルドと警察が今追ってるんだそうだ」
シュウが後方に振り返ると、睦月ギルド長の乗ったロケバスと3台のパトカーがこちらに向かってやってきていた。
強盗犯たちの動きが止まる。
リュウそっくりなシュウの顔を見てぎょっとし、パトカーを見てギクっとする。
「にっ……逃げろ!」
と、ばらばらの方向へ散らばって逃げ出す強盗犯5人。
「カレン、リーナはロケバスの中に入ってろ」シュウはそう言うなり、己に足の速くなる魔法を掛けなおし、強盗犯たちを追いかけ始めた。「おいっ、待て強盗犯共っ!!」
1台のパトカーがシュウのあとを追い、2台のパトカーが別の方向へと逃げていった強盗犯を追う。
ロケバスはカレンとリーナの脇で急停止。
睦月ギルド長がドアを開けて言う。
「2人とも早く乗って!」
カレンとリーナが急いで中に乗り込むと、ロケバスはシュウを追って発進。
睦月ギルド長がカメラマンの膝を叩いて興奮した様子で言う。
「あなた早くカメラ回して! ハンター・シュウを撮ってえええええええ!」
と急かされ、窓からシュウを撮るカメラマン。
睦月ギルド長の様子を見たカレンとリーナは顔を見合わせた。
「なあ、カレンちゃん」
「何かしら、リーナちゃん」
「睦月ギルド長、このシュウくんと強盗犯のリアルな鬼ごっこを撮ってどうする気やと思う?」
「CM用に編集するのではないかしら」
「せやろか」
「そうだと思われますわ」
「せやな」
ロケバスの外、シュウがとりあえず1人を捕まえる。
捕まえられた強盗犯に警察官が手錠をかけてパトカーに押し込むと、シュウは次の強盗犯のところへと向かって走り出した。
シュウを見ながらリーナが呟く。
「うーん…。CM用となると、もうちょっと熱くてもええやろか」
「え?」
とカレンが首をかしげたとき、リーナがロケバスの窓から顔を出した。
「シュウくん、シュウくん!」
とリーナが斜め前を走っているシュウに話しかける。
シュウが振り返ると、リーナが見えてきた強盗犯を指して言った。
「あいつ、カレンちゃんの尻触ったんやで!」
「へっ?」
とカレンがぱちぱちと瞬きをすると同時に、シュウの顔が驚愕した。
「なっ…、ななな、何だって……!?」
「カレンちゃんの尻触ってな、『ゲヘヘ、姉ちゃんええケツしてまんなあ』って鼻の下のばしとった!」
「んなっ…!?」
ブチっ
と、シュウの中で何かが切れた音。
「まっ、待ちやがれゴルアァァァァァァァァァァァァっっ!!」
シュウの速度アップ。
睦月ギルド長は興奮度アップ。
「いいっ! いいわよハンター・シュウ! その調子よっ!」
「せやろ? ええやろ? CM用なんやから、こう熱くあらへんとな!」
とリーナは満足そうにうんうんと頷き、カレンは苦笑。
「ね、ねえ、リーナちゃん? あたくし、痴漢された記憶ないのだけれど…」
「ウソも方便やで」
「そ…そう……」
カレンはロケバスの外に目をやった。
「てーめえ、カレンの尻触ってんじゃねーぞゴルァ!!」
「なっ、なんのこ……いでっ、いでででででででっ!!」
強盗犯が身に覚えのないことでシュウにシメられている。
(ご…、ごめんなさい……)
と思わず強盗犯に謝ってしまうカレン。
一方のシュウは次の強盗犯の元へ。
次の強盗犯が見えてきたころ、リーナが再びシュウに話しかける。
「シュウくん、シュウくん! あいつな、カレンちゃんのチチもんどったで!」
「なっ…!?」
「カレンちゃんのチチもみながらな、『姉ちゃん、チチ小さいなあ。オレがでかくしてやんでー、ゲヘヘ』って!」
「なっ、なっ、なっ、なんだとゴルアァァァァァァァァァァっっっ!!」
ますますブチ切れるシュウ。
強盗犯のマシンガンの銃弾を剣で切り捨てながら突き進む。
「そうっ! それよハンター・シュウ! すごいわああああ!」
CMの台本通りの展開に、睦月ギルド長の興奮はさらに増し。
シュウが強盗犯を捕まえ、カレンは見ていられずシュウから顔を逸らす。
カレンの耳に聞こえてくる強盗犯の悶え声。
「グエェェェ…!」
「てーめえ、カレンの乳触ってんじゃねーぞコラ!! あぁ!?」
「しっ、知らね――」
「カレンの乳でかくすんのはオレの役目なんだよおおおおおおおおっ!!」
「ガハァッ!!」
シュウにぼろぼろにされた後、パトカーの中へと押し込まれた強盗犯。
(ご…ごめんなさいごめんなさい)
カレンが再び謝ってしまう中、シュウは次の強盗犯のところへ。
そしてリーナが再びロケバスの中からシュウに話しかける。
「シュウくん、シュウくん! 次の奴なんてな、カレンちゃんのこと犯そうとしたんやで!」
次の奴といっても、まだ次の強盗犯の姿は見えていないが。
頭に血が上っているシュウには何の疑問も浮かんでこない。
「なっ、何ぃ!?」
「うちが必死に止めなかったら危なかったで! 『姉ちゃん可愛いなあ。オレが可愛がってやんでー、ゲヘヘ』って!」
「ぶっ…、ぶち殺してやらああああああああああああああっっっ!!」
目を皿にして次の強盗犯を探すシュウ。
狭い路地を探し、廃家の中を探し、マンションの階段を駆け上る。
シュウが5階まで駆け上がったとき、警察官がマンションの1階から叫んだ。
「いました! シュウさん、下です! 下っ――」
強盗犯が警察官の脚を撃ち、警察官の言葉が途切れる。
5階から地上を見つめるシュウ。
「まさかこの展開は…!」
と睦月ギルド長が期待に顔を輝かせた次の瞬間、シュウが躊躇うことなく飛び降りた。
「きゃっ…!」
とカレンは蒼白して口を塞ぐが、シュウは見事着地。
平常のときだったら足に激痛を感じているだろう。
睦月ギルド長の興奮は頂点へ。
「これよ、これ! これなのよおおおお! ねえっ、撮った!? ちゃんと撮ったカメラさん!? 撮ったあああああああ!?」
睦月ギルド長がカメラマンの肩をビシバシと叩く中、シュウは撃たれた警察官に治癒魔法を掛けて逃げた強盗犯を追う。
フェンスを越えようとしていた強盗犯はシュウのドロップキックを食らい、地に落下。
シュウの形相を見て硬直する。
まるでリュウのように恐ろしい。
「てえぇぇめえぇぇぇぇ…! カレンを可愛がらせていただけちゃうのはオレだけだあああああああっっっ!!」
「ぎっ…、ぎゃああああああああああああああっっっ!!」
辺りに響く強盗犯の断末魔のような声。
カレンは耳を塞ぎながら顔を引きつらせる。
(ご…、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ…!)
残りの強盗犯はあと1人。
それを追っていた警察官が遠くから叫んだ。
「シュウさん! あっちです! 海の方!」
「よし、次ぃっ!!」
最後の強盗犯を追いかけるシュウを見ながら、リーナがにやりと笑う。
「次で最後やんな?」
「り、リーナちゃん、もう――」
もう何も言わないで。
と言おうとしたカレンの言葉を、リーナが遮った。
「シュウくん、シュウくん! 最後の奴が主犯やで! ボスやボス! あいつが1番悪いんやっ!!」
「おう、そうか!! わかっ――」
「カレンちゃんのこと嫁にする言っとったし!!」
「なっ…、なななっ、何だって…!?」
「嫁やて、嫁! カレンちゃんのこと嫁にするって!!」
「なっ、なっ、なっ……!!」
「カレンちゃんと結婚するんやってええええええええっ!!」
「そっ、それはオレじゃボケェェェェェェェェェェェェェェェェっっっ!!」
「え」
とカレンが赤面すると同時に、シュウは海へと向かって全速力。
ロケバスとパトカーも全速力で追いかける。
浜に置いてあるホバークラフト。
どうやら強盗犯たちのものらしい。
最後の強盗犯はそれに乗り込むと、海へと向かって走り出した。
浜から大分離れたところで、シュウたちを嘲笑うかのようにくるくると円を描いてゆっくりと走っている。
「ふん、オレを誰だと思ってやがる……!」
と靴を脱ぎ捨てるシュウを見て、睦月ギルド長がロケバスから降りた。
カメラマンもロケバスから引きずり出し、カメラをシュウに固定させる。
「ハンター・シュウ! さあっ、台本通りにお願いねっ!」
きらきらと期待に瞳を輝かせる睦月ギルド長。
カレンとリーナもロケバスから降りる。
「こ、これはっ…!」
ごくりと唾を飲み込むリーナ。
「き、気をつけてシュウ…!」
はらはらとするカレン。
「親父の血を引いても…、母さんの血を引いても…!」
最後の強盗犯が乗ったホバークラフト目掛け、構えるシュウ。
一同が注目する中、
「海面走行可能なんじゃボケェェェェェェェェェェェっっっ!!」
シュタタタタタタターーーっ!!
と海の上を走り出した。
次の瞬間、睦月ギルド長は歓喜に声をあげ、カメラマンや警察官は目を丸くする。
カレンはシュウが海にドボンしないよう見守り、リーナは腹を抱えて笑う。
「あーーーっはっはっはっは!! シュウくん、ついにデビューやっ!! ついにバケモノデビューしよったで!!」
強盗犯もまさかここまで追いかけてくるとは思わなかっただろう。
慌てて全速力でホバークラフトを走らせた。
が、呆気なくシュウに掴まり。
「ゆっ、許してくれええええええええええええっ!!」
許されることなくシュウにしばかれ、パトカーに乗せられて睦月町の警察まで送られていったのだった。
そしてCMの撮影も無事に成功となった。
その夜、睦月町の旅館にて。
「嘘だったぁっ?」
シュウの声が裏返った。
「せやで、ウソや。全部!」とリーナが笑う。「シュウくんの強盗犯とのリアル鬼ごっこをCMにしようとしてみたみたいやからな、うちがいいCMになるよう手伝ってあげたん! そのかいがあって、シュウくん通常以上のことできたやろ? さっすがうちやで!」
「なっ…んだよ、もう……」シュウは脱力し、へなへなとカレンの膝に頭をつけた。「オレ本気にして、ないことで強盗犯シメちまったじゃん……」
「あ…、あたくしも、ちょっと強盗犯さんたちに申し訳なくて…」
とカレンが苦笑する。
「でも…」とシュウが溜め息を吐いた。「カレンが何もされてなくて良かった……」
「シュウ…」
少し染まるカレンの頬。
「ん?」とリーナはシュウとカレンの顔を交互に見ると、笑いながら立ち上がった。「ああ、ごめんなあ、うち気ぃきかへんかったな。うち温泉入ってくるから、その間にイトナミ終わらせてな」
「え」
赤面するシュウとカレン。
「のぼせてしまうから、30分以内で頼むわ」
リーナはそういうと部屋から出て温泉へと向かった。
ポケットの中、携帯電話が鳴る。
そこにはリンクの名が出ていた。
リーナよりも先にリンクが声を出す。
「もっ、もしもしリーナ!? た、たった今、睦月ギルド長から電話きたで! ぶっ、無事か!? 無事なんか!?」
「落ち着きや、おとん。うちは無事やで」
「そ、そうか。良かったわあ…」と、電話の向こうでリンクが安堵の溜め息を吐いた。「めっさ心配したで、もう…。怖かったやろ?」
リンク――父親の声を聞きながら、リーナのライトグリーンの瞳に涙がじわじわと浮かんでいく。
「こ、怖くなんかあらへんわっ…! 怖くなんかっ……!」ぽろぽろと零れるリーナの涙。「弱っちーおとんと一緒にすんなやアフォォォォォォォォォォォォ!!」
電話の向こう、リンクが苦笑する。
「素直に怖かった言ったらどうやねん…。おまえ、可愛いんやか、可愛くないんやか……」
「可愛いに決まっとるやろ!」
「はいはい、そうや――」
リンクの声が途切れ、
「おう、リーナ」リュウの声が聞こえてきた。「無事か」
「リュウ兄ちゃんっ!」とリーナの白猫の耳がぴんと立つ。「なんや、うちのこと心配してくれたんっ?」
「まーな」
「ほんまー? ありがとう、ええ男に心配されんのは嬉し――」
「ついでに、電話でいいから俺の出番を作ろうと思ってな」
「……。ついでにやなくて、それが真の目的やろ」
「3話ぶっ続けで俺の出番ねえのは耐えられ――」
「前作の主人公はすっこんでてやー」
リーナは電話を切ると、再び温泉へと向かって歩き出した。
あと約一週間ほど睦月島で仕事をしたあと、葉月島へと帰る。
葉月島へと帰ったら、
「ミラちゃんとレオン兄ちゃん、グレルじっちゃんの誕生日パーティーやなあ」
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