第70話 追われてます


 足元の地面に撃たれた銃弾。
 抱き合っていたカレンとリーナは飛び跳ねた。

 一体ここはどこなのか。
 廃墟となったビルの中のように見える。

 一体目の前にいる人物たちは何者なのか。
 数えてみると銃を持った男が5人いる。

「う、うちらがダレかて?」と、リーナが1人の男の質問に対して口を開いた。「このおかんそっくりなキュートフェイス見て分からんのかい、このどあほう共っ!!」

「アァ…!?」

 5人の男たちが眉を寄せてリーナの顔を凝視する。
 それから数秒後、1人の男が気付いた。

「こっ、こいつ、超一流ハンター・リュウの仲間だか何だかのガキじゃねえかっ…!」

「……。さすがおとん。名前も覚えられてへんわ…」リーナは顔を引きつらせたあと続けた。「うちに加えて、この赤毛の美少女はその超一流ハンター・リュウ兄ちゃんとこの世の英雄・キラ姉ちゃんの息子のコレやねんからな!」

 コレというと同時に小指を立てるリーナ。
 男たちがカレンの顔を見、リーナの顔を見る。

 フン、とリーナが笑う。

「分かったらさっさとうちらを放し――」

「よっ、余計に逃がせねえっ!! おいっ、ひっ捕らえろ!!」

 カレンとリーナに飛び掛る男たち。

 カレンとリーナは慌てて逃げ出した。
 部屋から出て廊下を走り、階段を駆け下りる。

 鳴り響く銃声にパニックになりながら、カレンとリーナは建物から飛び出した。
 走りながら辺りを見回すと、今はもう人が住んでおらず廃墟となった建物ばかりだ。

「カっ、カレンちゃん、ここどこやと思う!?」

「む、睦月島だとは思うのだけれどっ…!」

「はよ睦月町にいかな! …あっ、チャリあったで!」リーナはカレンを引っ張ると、道端に置いてあった自転車のところへと連れて行った。「めっさボロいけど何とかなるやろ! カレンちゃん、運転してや!」

「え、ええっ!」

 カレンが自転車の椅子に座り、リーナがその後ろに立ち乗り。
 カレンはバッグを自転車のカゴに入れると、弓矢をリーナに渡して自転車をこぎ出した。

「そ、それでリーナちゃん、どっちへ行けば!?」

「こんなとこの地図持ってへんから、テキトーにガーーッ進んでや!」

「わ、分かったのですわ! ガーーッ進めばいいのねっ! あっ、それからリーナちゃんっ…!」

 カレンはバッグの中から携帯電話を取り出すと、リーナに手渡した。
 
 
 
 ただいまCMの撮影中のシュウは。

「はい、カット。はい、やり直し」

「…は…はい、スミマセン……」

 NG連発で苦笑するしかなかった。
 監督は睦月ギルド長なのだが、これがえらく厳しい。

「しっかりしなさい、ハンター・シュウ。マシンガンの弾丸くらい剣でさらっと切り捨てられるでしょう」

「さらっとって、さらっと言わんでください…」

「あなた、海を走らせれば沈んでいくばかりだし」

「オレ、バケモノじゃありませんから…」

「仕方ないわねえ。ビルの5階から飛び降りるシーンを先に撮りましょう。簡単だし」

「あ…あの……」

 簡単じゃありません。

 と言う前に、シュウはロケバスの中に押し込まれた。

(ああ…オレ…、このCMの撮影だけで何日かかるんだろ……)

 早くも襲い掛かってくる疲れに、シュウは溜め息を吐く。

(オレの癒し、早く戻ってこないかあ……)

 と思ったとき、シュウの携帯電話が鳴った。
 そこに出ている癒し――カレンの名前を見て、シュウから笑顔が零れた。

 すぐさま電話に出る。

「もしもし、カっレンーっ? え、何? 早く迎えに来て? よし分かったすぐ迎えに――」

「うちや」

 というリーナの声と失笑に、シュウは赤面する。

「お、おまえかよ…!」

「シュウくんほんまカレンちゃんバカやな。何きゃっきゃしとんねん。失笑すると同時に鼻水出てもうたで」

「き、きゃっきゃなんかしてねえっ!! で、オレのカレンはどうした!?」

「チャリをガーーッこいでんで」

「は…?」シュウは眉を寄せた。「チャリ…? おまえらどこで何してんの?」

「うちらな、今めっさ――」

 銃声にリーナの声が遮られた。

「――なっ…!? お、おいリーナ!? どうした!?」

 リーナと、それからカレンの声が聞こえてくる。

「わ、わああああっ! あ、あいつら車で追ってきよったで!」

「きゃあああああっ! ど、どうすれば良いのかしらああああああっ!」

「カっ、カレンちゃん、次の角を右にカックーン曲がってや!」

「わ、分かったのですわ! カックーンと右に曲がればいいのねっ!」

 一体何が起こっているのか。
 カレンとリーナの声に混じって、銃声がいくつも聞こえてくる。

 シュウは狼狽しながらもう一度訊いた。

「お、おいリーナ、どうしたんだよ!?」

「うちら今やばいことになってんねん、シュウくん!」

「や、やばいって!?」

「変なとこにしゅん間移動してもうてな、そしたら変な男たち5人がおってな」

「へ、変なってどんな!?」

「ハイキョになった町っぽいとこに、いかにも犯罪者ですーみたいな男が5人や! ダレも住んでへんビルに銃持って隠れておって、めっさアヤしいで! うちらの正体知ったら必死に追ってくるし!」

「犯罪者らしき男が5人…!?」

 とシュウが言うと、睦月ギルド長がはっとしてシュウから携帯電話を取った。

「もしもし、リーナちゃんかしら?」

「ん? その声は睦月ギルド長やんな」

「ええ、そうよ。リーナちゃんたち、今犯罪者らしき男たち5人に追われているの?」

「せやで!」

「場所は分かるかしら?」

「わからへん! でもハイキョの町や!」

「廃墟の町…」と睦月ギルド長は鸚鵡返しに呟いた。「そこから東へ向かって逃げていくと、睦月町に出るはずよ。私たちもすぐに向かうわ、それまで頑張っていて!」

「わかったで! 東やな、東!」

 睦月ギルド長は電話を切ると、すぐに警察へと連絡した。
 その電話が終わったあと、シュウは訊く。

「睦月ギルド長!? その犯罪者らしき男たちって…!?」

「おそらく、今うちのギルドと警察で追っている強盗犯たちよ。殺人も犯しているわ」

「なっ…」

 なぬぁーーー!?

 シュウは足の速くなる魔法を己にかけると、走っている車から飛び降りた。
 
 
 
「カレンちゃん、東やて東! 東に行けば睦月町に着くで! 東に向かって走ってや!」

「方向音痴のあたくしにそんなこと言われてもおぉ……! ええと、ええとっ」カレンはパニックになった頭で必死に考える。「た、太陽は西から昇って東に沈むのですわあああ! だから――」

「バカ○ンか」とリーナはカレンの頭をどつき、西の方角を指差した。「太陽は東から昇って西に沈む! ただいま午前10時! 東は大体あっちや! あっちに向かってシャーーッ進んでや!」

「わ、分かったのですわ! あっちに向かってシャーーッ進めばよろしいのね! ――って…!?」

 自転車の周りに銃弾が飛んできて、カレンはますますパニックに陥る。

「きゃっ、きゃああああああっ!! シャーーッ進めないのですわああああああっ!!」

「おお、カレンちゃんやるやん。見事にタマかわしてんで。その調子で頑張ってやー」

 とカレンに言うと、リーナは斜め後ろへと迫ってきた車目掛けて弓矢を構えた。
 狙うは車の前輪。

「うちをナメたらあかんで!」

 ヒュン!

 と放たれた矢は、

 プスっ!

 と見事車の前輪へ突き刺さった。
 パンクした車の前輪を見て、カレンが驚きに声をあげる。

「きゃあ! リーナちゃんすごいのですわ!」

「うちの将来はジュリちゃんの嫁とハンターやからな。これくらい当然やで」

「ジュリちゃんのお嫁さん? 姉さん女房っていうやつですわね!」

「せやで! 女房とミソは古いほどええんや…」と、リーナは弓矢を構え、「でっ!」

 矢を放った。
 今度は車の後輪へと突き刺さり、車が真っ直ぐ走れず近くの廃家に衝突する。

「きゃあっ! リーナちゃんすごい! すごいすごいすごいのですわあああああっ!」

「カレンちゃん、このまま睦月町へ向かってレッツゴオォォォォやで!」

「ええ! レッツゴオォォォォォですわあああああ♪」

 と、安心して自転車を走らせていたのも束の間。
 再び聞こえてきた銃声に、カレンとリーナは振り返った。

「なっ…!?」

 と、カレンとリーナの目が丸くなる。

「あっ、あいつらもチャリで追ってきよったで!」

「きっ、きゃああああああっ!」

 カレンは泣き叫びながら、死に物狂いで自転車をこぎ始めた。
 たぶん16年間生きてきて一番の速さだ。

「カレンちゃん、スカートなんにガニ股でチャリこいでええん? そんな可憐な美少女ヒロインが…」

「そんなこと気にしてる場合じゃないのですわあああああっ!!」

「せやなあ」

 うんうんと頷きながら、リーナが再び弓矢を構えたとき。

 ガッ!!

 と、カレンの運転する自転車の前輪が障害物に衝突。

「――わっ…!?」

 後輪が浮き、前方へと倒れていく自転車。
 それと同時に、ぽーんと前方へとカレンとリーナの身体が逆さまになって飛んでいく。

 宙で身体が仰向けになり、カレンとリーナの視界に空が映る。

(雲一つない快晴です)

 なんて、読者さまに本日の天気を伝えている場合ではない。

(――落ちるっ…!)

 カレンとリーナはぎゅっと瞼を閉じた。
 2つの小さな背が地面に叩きつけられる寸前、

「うおぉりゃあぁぁぁぁっっっ!!」

 ずさささささーーーっ!!

 と、カレン・リーナと地面の間に、シュウの身体が足から仰向けに滑り込んだ。
 
 
 
 
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