第7話 告白タイム
翌朝、シュウは仕事へ行く前にカレンを家まで迎えに行った。
どこかで待ち合わせしたところで、道に迷って遅れて来るに決まっていたから。
朝迎えに行ってから仕事が一段落するまでの間、カレンは何度も同じことを訊いてきた。
「ねえ、今日のあたくしどうかしら? おかしなところないわよね?」
どうやらリュウに会うために、ファッションに気合を入れてきたらしいカレン。
シュウには昨日の服との違いが分からなかったが、とりあえず訊かれるたびに褒めておいた。
その度に安堵して、少し頬を染めて笑うカレン。
(本当に親父のこと好きなんだな)
そう、昨日に続いてシュウは思った。
仕事が一段落したのは午後2時。
カレンと外で昼食を取ってから家へと向かおうと思ったシュウだったが、カレンがすぐに行きたいというのでそうした。
シュウが先に家の中に入ってリュウの姿を確認すると、どこにもいないようだった。
リュウどころか、キラやミラ、ジュリの姿も見えない(サラは仕事、双子と三つ子は魔法学校)。
(裏庭にいるのか)
そう察してシュウはカレンを連れて屋敷をぐるりと回り、裏庭へと向かう。
キラとミラ、ジュリのはしゃぐ声が聞こえてきて、シュウとカレンは屋敷の角から覗くようにしてその様子を見た。
カレンが眉を寄せる。
「イイ年して、あれは何をしているんですの?」
「えーと…」シュウ、苦笑。「鬼ごっこ……?」
ミラは幼いジュリの遊び相手をしてやっているという感じだが、キラはマッハで裏庭を駆け回っている。
見た目が20歳前後とはいえ、いや20歳前後でも鬼ごっこなんてしないのが一般的である中で、今年38歳になるキラは大はしゃぎだ。
(ちょっと恥ずかしいぜ、母さんよ……)
シュウがカレンの目を塞いでしまおうかと考えてしまう傍らで、カレンの視線はリュウに移された。
キラとミラ、ジュリが駆け回っているところから少し離れて、リュウが芝生の上に腰掛けている。
優しく微笑んでいるリュウの横顔。
その視線の先にはキラと子供たち。
カレンの耳に、微かにリュウの声が聞こえた。
「こっち来い、キラ」
リュウの声を聞いたキラが黒猫の耳をぴくんと動かし、立ち止まってリュウに顔を向けた。
命令に従い、リュウの下へと駆けて行く。
駆け寄ってきたキラの手を引いて、リュウがその腕にキラを抱き締める。
キラのガラスのような銀色の髪を撫でて、黒猫の耳に、瞼に、頬にキスして、リュウの顔がますます優しく綻ぶ。
さらに駆け寄ってきたミラとジュリがリュウに抱きついて、楽しそうな笑い声がカレンの耳に響いてきた。
(リュウさまのあんな表情、初めて見ましたわ……)
カレンは踵を返した。
「おい? どうした?」
シュウもそのあとを追って踵を返す。
カレンの脇に並び、シュウはカレンの顔を覗き込んだ。
「おい、カレン。親父に会うんじゃなかったのかよ?」
「……夜」
「え?」
「……今夜、リュウさまお宅にいらっしゃるのよね?」
「ああ。いると思うけど」
「それなら、夜にするわ。お腹も空いたことだし」
「なんだよ」シュウは顔をしかめた。「結局昼飯が先かよ」
「今日はアランチーニを頂きたいわ」
「んじゃあコースじゃなくていいから、そんなに時間食わねーな」
シュウは言いながら、『外食してくる』とリュウにメールを送信。
そのあと時刻を確認して、レストランへと向かって行った。
(どうもおかしいな、カレンの様子が……)
シュウがそう気付いたのは、レストランに入ってカレンと向き合って座ったときから。
レストランを出て、仕事へ向かってからもそれは変わらなかった。
(おとなしいというか、元気がないというか……)
昨日は、戦えないくせに、モンスターがいるにも関わらず散々うろちょろと動き回っていたカレン。
今日はシュウが指定した場所にじっと座っている。
おかげでシュウの仕事は捗ったが、逆に昨日よりもカレンのことが気になってしまう。
凶悪モンスター退治の仕事が一段落し、シュウは剣を腰に戻した。
岩の上にシュウの上着を敷き、その上に座らせておいたカレンの顔を覗き込む。
「どうしたんだよ」
シュウがそう問いかけると、カレンの赤茶色の瞳がシュウの顔を捉えた。
「なにがですの」
「なんか元気なくね?」
「そんなことありませんわよ」カレンがそう言いながら、岩の上からぴょんと飛び降りた。「次の仕事へ行くのでしょう?」
「ああ」
シュウはカレンを連れて、次の仕事の場所へと向かって歩き出した。
まるで喋らないカレンを横目に見下ろして、シュウは気になって仕方がない。
やっぱりカレンの様子が明らかにおかしくて。
「シュウ」
しばらくして、カレンが口を開いた。
「お、おう?」
「リュウさまって、あたくしのこと覚えていないのかしら」
「ジュリが産まれたときのことか? 覚えてないみたいだけど」
「そう……」
「う、うん」
「あたくし、今夜リュウさまに告白するわ」
「え」
待ってくれ。
シュウの足が止まった。
告白って、やっぱ愛の告白だよな?
い、いかん。
嫌な予感する。
あの親父、カレンに何て言って振るんだろう。
普通に『貧乳に興味はねえ』とか言いそうでコエェェ…!
そこでカレンがしつこいようだったら、ブチ切れそうでもっとコエェェ……!!
やばい。
メール打っとこ!
シュウは携帯電話をポケットから取り出して、リュウにメールを送信した。
長男・シュウからメールが来たのは夕方のこと。
『愛の告白を断るときは言葉を選べ』
って、何だいきなり。
リビングのソファーの上、愛する妻・キラの膝枕に頭を乗せて寝転がりながら、父親のリュウは眉を寄せた。
リュウの顔を見て、キラが訊く。
「メール、誰からだ?」
「シュウ」
「何だって?」
「別に。くだんねーこと」
そう言ったのは、キラがまったく気にしないという内容でもないから。
(選べも何も、俺いつも一緒なんだよな。愛の告白に対する言葉なんて)
今日はカレンがおとなしくしていてくれたおかげで、何とか夜の9時には仕事が終わったシュウ。
屋敷のドアの前、唾をごくりと飲み込む。
(頼んだぜ、親父。言葉選んでくれよ)
はらはらとしているのはシュウだけであって、リュウに愛の告白をするカレンは落ち着いた様子だった。
屋敷の中では絶対に聞き耳を立てる者がいるので、カレンは裏庭に待たせている。
シュウは玄関のドアを開けると、リュウがいるだろうリビングへと向かって行った。
案の定、リュウはそこのソファーでウィスキーを飲んでいた。
膝の上にはキラ。
その周りには娘たちがそろってテレビを見ているようだった。
シュウに気付いて、女たちがそれぞれが「おかえり」を言う。
そのあと、リュウがシュウを見た。
「これを見てくれ、シュウ」
「なんだよ」
「ハーレム……!」
と、恍惚としながらリュウ。
シュウの顔が引きつる。
「いーからちょっと来てくんねえかな」
「おまえ、お父上様から楽園奪って楽しい?」
「いーーーから来てくれよ」シュウの顔がさらに引きつった。「約束しただろ、昨日!」
「ああ、そういえば」
なんかしたな。
と思い出して、リュウはウィスキーのグラスをガラステーブルの上に置いた。
「仕方ねえなあ」
立ち上がり、シュウのところへと歩いていく。
「母さんも置け!!」
「うるせーな、まったく……」
リュウが抱っこしていたキラをしぶしぶソファーの上に置くと、シュウがリュウを引っ張って外へ出て行った。
裏庭の方へと歩いていく。
リュウが眉を寄せた。
「おい、シュウ。こんなところまで俺を引っ張り出す意味はあんのか」
「……」
屋敷の角に来て、シュウは立ち止まった。
ここを曲がれば、カレンの姿が見える。
シュウは恐る恐るリュウに振り返った。
「……信じてるからな、親父」
「あ?」
「夕方、メール送ったろ」
「ああ、愛の告白何たらかんたら……――って」リュウの顔が驚愕する。「ばっ、おま……! BLの上に親子でソレはやべ――」
「オレじゃねえっ!!」
「おっ、驚かすんじゃねーよ、おまえ……!!」
「オレの方が驚いたわ、このバカ親父!!」
と言った途端、
ゴスッ!!
とリュウの拳骨を食らい、シュウは頭を抱えて蹲る。
「ぐおぉ……!」
「一言多いぜ、バカ息子。……んで?」と、屋敷の角から裏庭を覗きこんだリュウ。「……ふーん。そういうことか」
と、シュウに顔を戻す。
「あのカレンが俺に話あるって、そういうことだったのな」
「ま、まあ、うん……。オレも今日の夕方に知ったんだけど……」
シュウが立ち上がってリュウの顔を見ると、リュウが小さく溜め息を吐いた。
「あのな、シュウ。言葉選べって言われても、俺は正直にしか言えねーよ」
「な、何て言うんだよ……?」
「いつも同じ」
リュウがそういうなり、屋敷の角を曲がってカレンのところへと歩いて行った。
(いつも同じって、何て言ってんだよ親父……!?)
シュウは、はらはらとしながら2人の様子を見つめる。
リュウの背でカレンの姿は隠れたが、カレンがリュウの方に向き直ったのが分かった。
「あっ…、リュウさまっ……!」カレンの声が聞こえてくる。「お会いできて嬉しいのですわっ……!」
「そうか」
「あ、あのっ……、あたくしのこと、覚えていらっしゃらないのですねっ?」
「ああ、まったく」
ずばっと即答したリュウに、シュウは溜まらず心の中で突っ込む。
(少しは嘘吐いてやれっ、バカ親父っ……!)
カレンの少し寂しそうな声が聞こえてくる。
「そうですか……。…あの、リュウさまっ……!」
「何だ」
「あたくしっ…あたくしっ……! あのっ……!」
緊張し出したカレンの声。
こ、これは……!
と、シュウはごくりと唾を飲み込んだ。
告白タイムにレッツゴオォォォォォ!?
もしかしたら一番(嫌な)動悸がしているかもしれないシュウ。
カレンが思い切って、声を大きくした。
「ずっと昔から、リュウさまのことが好きでしたっ……!」
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