第69話 只今睦月島です
睦月島ギルドにハンターを集めるため、睦月島ギルドのテレビCMに出演してほしいという仕事を請けたシュウ。
恋人であり弟子のカレンと、瞬間移動用にリンク夫妻の娘であるリーナと共に睦月島へとやってきた。
テレビCMに出演という仕事の他にも、ハンターが少ないが故に仕事が溜まっているらしい睦月ギルドの仕事をこなしていかなければならないようだった。
ちなみに、依頼主は強烈な印象の睦月島ギルドのお婆さんギルド長。
ド派手な化粧にド派手なヘアスタイル、ド派手なファッション。
甘ったるい香水の香りが充満したギルド長室に入ったときには、ハーフのシュウは卒倒寸前。
同様にハーフのリーナは堪えきれずに卒倒してしまった。
睦月ギルド長が用意してくれた旅館へと、リーナの瞬間移動で移動。
が、女風呂に移動してしまい、シュウはカレンとリーナを脇に抱え、慌てて女風呂を飛び出した。
どうやら待っていてくれたらしい旅館の美人女将に部屋まで案内してもらい、シュウは畳みの上に敷かれた座布団の上に胡坐を掻いて座った。
まだ何もしていないのに、疲れが襲い掛かる。
「リーナに加え、あのギルド長かよ……」
「うちに加えって何やねん」とリーナが眉を吊り上げる。「しゅん間移動してもらえるだけありがたく思いやー」
「まあ、うん…。サンキュ、リーナ。でも…」シュウは苦笑した。「本当、マトモなとこに瞬間移動頼むわ」
「そんなん当たり前やんかー。うちをダレやと思ってんねーん♪」
と言ってリーナは自信満々に胸を張って笑うが、恐らくマトモなところに瞬間移動する数は数えられるほどだろう。
睦月ギルド長から渡されたCMの台本を読みながら、カレンが口を開いた。
「ねえ、シュウ。何だか台詞多いですわよ。CMなのに」
「え? …ああ、そうか。睦月島のテレビCMって長いらしいからな。1分から2分あるらしいぜ?」
「ちょっとしたドラマできそうやな」
とリーナが言うと、カレンが頷いた。
「ええ。台本見てるとそんな感じですわ。モンスターではなくて、誘拐犯と戦うのだけれど…」
「ふーん?」
シュウはカレンから台本を取った。
全体にざっと目を通していって、眉を寄せる。
「…突っ込みどころ満載だな、オイ。誘拐犯を追い詰めて戦って、攫われた女の子救うとこはいいとして…、こんなことできるハンターなんて親父やグレルおじさんみてーなバケモノだけだ」
リーナが台本を覗き込んだ。
その内容を見ながらシュウに訊く。
「マンションの5階から飛び降りれるん?」
「足折れるかもな…」
「海の上走れるん?」
「足が速くなる魔法を持ってるとはいえ走れるかどーか…」
「マシンガンのタマ当たらずに剣で切り捨てられるん?」
「絶対何発か食らうぜ…」
「昨夜のイトナミは何回したん?」
「朝に1回したのを含めると3回――って、おま…!」シュウ、赤面。「9歳のガキがそんなこと訊いてんじゃねえっ!!」
「昨日は3回したんか。おさかんやなあ、さっすが17のオスやで」
「オっ、オス言うなっ!!」
「カレンちゃんが好きなん分かるけど、ちょっとひかえた方がええんちゃうん? 『愛は小出しにせよ』って言うやろ? そのチョーシやったらはよ冷めてもうて、別れてまうことになんで」
「そっ、そういう言葉どっから覚えてくるんだよ…!?」
「でもまあ、夜のイトナミの話については今夜お好み焼き食べながら聞かせてや」
「どこのおばさんだおまえはっ!!」
「ぴっちぴちの9歳の美少女に向かってオバハンやて? うちは周りとちがって大人の女なだけやで。それが分からんのかいな? まだまだやなあ」と、リーナが溜め息を吐く。「大体、せっかくうちが気ぃきかせてやったんに……」
「な、何だよ、気を利かせてって…」
「夜のイトナミ話、語りたくて仕方あらへんのやろ?」
「なっ、何でだよ!? 何でオレが9歳のガキにそんなこと語ってやらなきゃ――」
「何テレとんねん、可愛いわー」リーナが笑う。「ちゃんと最初から仕舞いまで聞いたるから、はじとらんで今夜話してみぃやー。ほら、特別うちのアメちゃんやるから」
「いらねーからその口を閉じ――」
「ハッカ味嫌いなん? 子供やなあ、シュウくん。ほな、こっちのイチゴミルク味やんで」
「だから――」
「んで」と、リーナがシュウの耳元に口を寄せた。「カレンちゃんは何味なん?」
「……」
プチっ。
と、シュウの中で何かが切れる音。
「――んぐっ…!? んんっ…!? んんんんーーーっ!!」
シュウにタオルで口を塞がれ、リーナがじたばたと暴れる。
「さてと、撮影は明日だったな」
シュウは気を取り直して、台詞を覚え始めた。
翌朝8時。
シュウとカレン、リーナは睦月町の一角にいた。
昨夜ははしゃいで、シュウとカレンと一緒になって夜中まで起きていたリーナ。
今朝は当然のごとく寝坊した。
寝ぼけていたせいか、旅館から睦月ギルドまでの瞬間移動を7回も繰り返し、睦月ギルドからここまで来るのに13回もの瞬間移動を繰り返した。
CMの撮影に協力してくれるらしい睦月島のテレビ局の人たちに、監督を務める睦月ギルド長。
誘拐犯役の男と、その誘拐犯に攫われる女の子。
他、多数の脇役。
CMの撮影は、女の子が攫われるところから入るらしいのだが。
(あっ…、あの人っ…!)
攫われる女の子役の人物を見て、カレンははっとしてシュウの背に隠れた。
カレンの頭の中にあの人物はインプットされている。
カレン集団リンチ事件のときの犯人ハンターの1人だ。
(そ…、そうよね、ここ――睦月島にいてもおかしくないのですわよね。リュウさまがあの時の彼女たちをここに送ったのだから……)
背に隠れたカレンを見て、シュウは首をかしげた。
「どうしたんだよ、カレン?」
シュウはあの事件の犯人たちの顔を知らない。
「な…、なんでもないですわ、シュウっ…! そ、それよりあたくし、睦月町を回ってみていても良いかしらっ? あたくしはCMに出ないことだしっ…」
もうあの事件のときの犯人は襲ってこないだろう。
それでも、カレンは犯人の1人だった彼女と目を合わせることすら怖かった。
「はぁ? 何言ってんだよ、方向音痴が」
「大丈夫やで、シュウくん」とリーナが欠伸をしながら口を挟んだ。「うちがカレンちゃんと一緒に着いてくから」
「あ、ありがとう、リーナちゃん」とカレンはリーナに笑顔を向けたあと、シュウの横顔を後ろから見上げて続けた。「今日でCMの撮影を終えたら、明日からは1日中お仕事になるのでしょう? そうしたら睦月町を回れる時間なんてないでしょうし、みんなへのお土産は今日のうちに買ってしまおうかと思ってっ…」
「ああ…、そうか。たしかに明日からじゃ皆に頼まれた土産は買うヒマねーかもな」
と納得したシュウ。
だが、やっぱり心配で仕方がない。
「うーん、でもなあ…。カレンとリーナだけじゃなあ…」
「大丈夫やっちゅーねん」と、リーナが溜め息を吐いた。「変なのがよって来よったらしゅん間移動でにげるし、ケータイだってあんのやで? 心配性やなあ、シュウくん」
「う、うーん……」
と悩んで眉を寄せるシュウ。
(カレンは逆に葉月島にいるより狙われないだろうし、リーナの瞬間移動あるし大丈夫……だよな)
そう思って、カレンとリーナに許可を出した。
カレンが安堵したように笑う。
「ありがとう、シュウ。それじゃ、撮影がんばってね」
「おう。…あっ、リーナ! 瞬間移動する際には充分気をつけろよ!?」
カレンとリーナが瞬間移動でどこかへ行ったあと、CMの撮影が開始された。
睦月町にあるハンターご用達の武器屋の中、リーナがカレンに訊く。
「ここではダレへのお土産買うん?」
「サラよ」
「サラちゃんか。サラちゃんはほんまに武器とか防具とや好きやなあ。美人やしかっこええから、どんな武器持ってもめっさ似合うし」
「ええ、そうですわね。…あっ、これですわ、サラがほしがっていた弓! ついでに矢も買って行きましょう。…わっ、この弓、結構な重さですわねっ……」
弓矢を抱えてレジへと向かうカレン。
会計を終えて戻ってきたカレンに、リーナが訊く。
「なあ、カレンちゃん?」
「何かしら?」
「さっきどうしたん?」
「え?」
とカレンがリーナの顔を見ると、リーナがもう一度訊いた。
「さっきどうしたん? 急に睦月町を回りたいなんて、みんなへのお土産買うためだけやないんちゃうん?」
「あ…、えと……」
カレンは戸惑ってリーナから顔をそらした。
「CMの出演者に、イヤな人でもおったん?」
そういえばリーナも、カレン集団リンチ事件のときの犯人たちの顔を知らないはずだ。
カレンが返答に困っていると、リーナが続けた。
「ユーカイ犯にさらわれる女の子役の人見てからやんな? カレンちゃんがおかしくなったんは」
「よ…、よく見てるのね、リーナちゃん」
「うちをナメたらあかんでーっ!」と、リーナが胸を張る。「うちの前にいる以上、うちにかくしごとはムリやで、カレンちゃん! ほら、言ってみぃ。…って、ああー、なるほどな! 安心せえや、カレンちゃん! あの女の子よりカレンちゃんの方が可愛いで!」
「そ、そうではなくて…」
「チチのサイズ負けたこと気にしたらあかん!」
「そ、そうでもなくて…」カレンは苦笑した。「その…、女ハンターって苦手で……」
「ふぅん?」
「あ…あと、男の人もちょっと…。あ、もちろんシュウとその周りの男の人は大丈夫だけれどっ…」
「そうやったんか」とリーナが声を高くした。「知らんかったわ。カレンちゃん可愛いから、色んな目におうてるんやな。あかん…、うちの将来を見てるようやでっ…! なんってかわいそーなんやっ……! シュウくんからはなれてる今、うちがカレンちゃんを守ったるからな!」
「ありがとう、リーナちゃ――」
「あっ、店ん中に男が入ってきたで! カレンちゃん、危なああああああああああいっ!」
リーナはカレンに抱きつくと同時に、その場を瞬間移動で離れた。
咄嗟のことに、距離と場所をまるで考えていなかった。
「――!?」
目の前の光景に、カレンとリーナの目が見開かれる。
「リ、リリリ、リーナちゃ…!?」
「カ、カカカ、カレンちゃ…!?」
蒼白しながら抱き合うカレンとリーナ。
「ど、どどど、どこに瞬間移動したのかしらっ?」
「さ、さささ、撮影現場かもしれんっ」
でもそこにシュウの姿はない。
睦月ギルド長も、テレビ局の人も、誘拐犯役も、誘拐犯に攫われる女の子役も、脇役も、皆いない。
カレンとリーナの目の前には、銃を持った数人の人物が立っていた。
突然カレンとリーナが現れたものだから、仰天した顔で遠巻きになっている。
「――だっ…、誰だてめえらっ!!」
1人の男がそう怒鳴ると同時に、カレンとリーナの目の前にいる人物たちが一斉に銃を構えた。
(あかんっ! ここははよ逃げな!)
慌てて瞬間移動をしようとしたリーナ。
だが、
「あ…れ……?」
「リ、リーナちゃんっ!? は、早くこの場からっ…!」
「け…、今朝にたくさんしゅん間移動したせいか、ここがさっきの場所からめっさ遠いのか知らんけど……」
「ど、どうしたの!?」
「あ…あれや。ゲームで言うとマジックポイント――MPが切れたん…」
「さ、さっぱり意味が分からないのですわっ!」
「せ、せやからな? つ、つまり……」
リーナが顔を強張らせて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「きょ…、今日はもうしゅん間移動できへん……!」
「――なっ」
何ですってえええええええ!?
カレンが驚愕した次の瞬間。
カレンとリーナの足元目掛けて銃弾が飛んだ――。
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