第68話 睦月島へ行ってきます


 自宅の書斎の中、シュウはリュウの台詞を鸚鵡返しに訊く。

「報酬1000万の依頼?」

 それはシュウが普段請ける仕事の、約50倍の報酬額。
 当然のことながら、シュウは驚愕した。

「――って、どんな人が依頼してきたんだよ!? ま、まさか王子様とかじゃねーよなっ?」

「ああ、王子じゃねーよ。今日の昼に話した変な依頼……に、入れてもいいか。睦月島ギルドのギルド長からだ」

「へ?」

 シュウはぱちぱちと瞬きをした。

 睦月島ギルドのギルド長なんて、シュウは顔すら思い出せない。
 睦月島ギルド長は、ギルドイベントに顔を出したことがないから。

 リュウが続ける。

「睦月島がハンター少ねーのは知ってんだろ? カレン集団リンチ事件の犯人ハンターたちも睦月島に送ったんだが、それでもまーったく足りねーらしくてよ。まあ、俺やキラたちが20歳くらいんときからハンター足りねーんだけどよ、睦月島は。昔、血も涙もないほど働かせられたことがあったんたぜ、俺たち…」

 と、リュウが顔を引きつらせる。

「へ、へえ? それで?」

「睦月島ギルド長ってのはよ、俺たちが20歳くらいんときから変わってなくてよ。女ギルド長なんだが……、昔見たときに40歳くらいだったから、今は60歳くらいなんじゃねえかなあ? 昔の記憶だと美人といえば美人なんだが…、ド派手な化粧にド派手な頭、ド派手なファッションでよ。何よりギルド長室の中に甘ったるい香水の臭いが充満しててクセーの何のって。当時キラとミーナがいたんだが、もう卒倒寸前だったな。まあ、俺たちもしばらく会ってねーから今はどうか知らねえが」

「へ、へえ?」シュウの顔が引きつった。「んで、その睦月島ギルド長がオレにどんな依頼を?」

「まあ、今まで俺やキラたちに来てた依頼なんだが……」

「うん?」

「俺たちが引き受けなかったら、ついにおまえに来たな」

「だ、だからどんな依頼?」

「睦月島ギルドにハンターを集めるため、おまえに『睦月島ギルド宣伝のためのテレビCMに出てほしい』っていう…」

「テレビCMっ?」シュウの声が裏返った。「睦月島ギルドって、テレビCMで宣伝してんのっ?」

「みたいだぜ。睦月島内でもうしばらく宣伝してんだが、ハンターの集まりがイマイチなんだってよ。んで、そのCMに俺たちが出演すりゃあとりあえずハンター増えるだろうって考えててな、睦月島ギルド長は」

「そ…、そんなにオレたちって有名なのか」

「まあなあ。今や誰もが知るハンターの俺に加えて、この世を救った英雄のキラとその周りじゃあ当然だろうな。おまえなんて俺とキラの子供なんだし、リンク一家やレオン、師匠より注目浴びてんだろ」

「そ、そりゃまあ、分かってたけどさ……」シュウは苦笑した。「テレビCMってどういうのやるんだろ?」

「戦闘シーンを撮るんじゃねーの、ハンターらしく。ちなみに地元のテレビ局に撮影の協力頼むらしいぜ」

「せ、台詞とかあんのかな」

「少しはあるんじゃね」

「む、難しそうだな…」

「あとそれから、睦月島に行くなら少し滞在して来い。一流ハンター用の仕事も溜まってて困ってんだそうだ」

「そ、そうなんだ。睦月島ギルド、大変だなあ…」

 シュウは少しの間考えたあと、睦月島ギルド長からの依頼を請けることにした。
 リュウが言う。

「そうだな…、滞在期間は一週間だな。CMの撮影は順調に行けば1日で終わるそうだ。残りの日でできるだけ仕事こなして来い」

「分かった。でも睦月島の地理なんて知らねーし、移動に時間かかりそうだな」

「瞬間移動で何とかなる」

「瞬間移動?」シュウは鸚鵡返しに訊いた。「って、ミーナ姉も連れてくってこと?」

「ミーナ…だったらいいね、おまえ」

「へ?」

 シュウがぱちぱちと瞬きをすると、リュウが携帯電話を手に取った。
 受信メールを見せて言う。

「うるせーんだよ、こいつ」

 シュウがリュウの携帯電話の画面を見ると、そこにはリーナからのメール。

『うち今、しゅん間移動の練習してんねん! しゅん間移動するキカイがあったら、おかんやなくてうちをよんでな!』

 と書いてある。

 リュウが溜め息を吐いた。

「リーナの奴、ここんとこ毎日同じ内容のメール送ってくんだよ」

「まあ…、瞬間移動できんならリーナでもいいけどさ。変なとこに飛んだりしねーかな」

「するだろ」

「すんのかよ」シュウは苦笑した。「大丈夫かよ、オイ…」

「昔のミーナよりはマシだってリンクが言ってたから大丈夫だろ」

「ふ、ふーん? それならまあ、大丈夫か…」と思うことにして、シュウは話を戻した。「それで、いつから行けばいいの?」

「おまえの明日と明後日の仕事は外せねーから、3日後からだな」

 シュウは承諾して、書斎から出た。
 
 
 
 3日後。
 シュウ宅のリビングに、これから睦月島に向かおうシュウとカレン、リンク夫妻の娘であるリーナが集まっていた。
 リン・ラン、ユナ・マナ・レナはもう学校へ行ってしまったが、見送りにはリュウとキラ、ミラ、サラ、ジュリ、リンク、ミーナ、レオン、グレルが集まっている。

 土産やら注意ごとやら何やかんやと言われたことを、シュウは脳内にインプットした。

 睦月島までリーナの瞬間移動で届くわけがないので、飛行機で行くことになっている。
 よって、葉月島の空港までリーナの瞬間移動で行くことになったのだが、

「――うぉいっ!!」

 いきなり失敗して、空港の屋根の上に瞬間移動。

「ちょっとしたお茶目やで」

 と笑い、リーナが空港の中に瞬間移動し直す。

「お、おまえ大丈夫かよ、リーナ」

「何いってんねん、シュウくん。うち、おかんよりもしゅん間移動の才能あんねんで?」

 とリーナは胸を張るが、シュウは今から心配で仕方がない。

 葉月島から睦月島までは、飛行機で約8時間。
 睦月島の季節は初夏だった。

 睦月島の空港に降りるなり、シュウとカレン、リーナはコートを脱いで夏物のファッションに。
 睦月島の地図をリーナに見せながら、シュウは言う。

「えーと、オレたち今ここな。この辺が睦月ギルドだから、この辺に瞬間移動してくれ」

「ふむふむ」とリーナは頷くと、自信満々に笑った。「お安い御用やで! ほな、シュウくんカレンちゃん、うちに掴まってや!」

 言われた通りシュウとカレンがリーナに掴まると、リーナが睦月ギルドに向かって瞬間移動をした。

 ――が、睦月町を走るトラックの荷台の上に。

「……こら、リーナ。おまえやっぱり大丈夫じゃねーじゃねーかよ」

「お、お茶目ゆーてるやろシュウくん! 何度言わせんねん!」

「まだ2度目――」

「しつこい男はレディに嫌われんで! まったく呆れるわー」

「おま……」

 シュウが顔を引きつらせると同時に、リーナが睦月ギルドの前に瞬間移動し直した。

 睦月ギルドの前には巨大な番犬がいた。
 その番犬に唸られながら、シュウはギルドの中へと入っていこうとするカレンとリーナの手を引っ張る。

「待て、おまえたち。飛行機の中でも話したが、睦月ギルド長がどんな人でも…、ギルド長室がどんなに臭くても、顔や言葉に出さないようにな!」

「分かってますわ」

「分かってんで」

 とカレンとリーナが承諾したあと、シュウは番犬に噛まれる寸前に睦月ギルドへと入った。
 ギルド長室へと続く廊下のドアを開け、ギルド長室へと向かう。

 ギルド長室のドアをノックすると、睦月ギルド長かと思われる女の声が返ってきた。

「ハンター・シュウね? どうぞお入りになって」

 シュウは、カレンとリーナと顔を合わせたあと、ギルド長室のドアを開けた。
 その瞬間、リュウの言っていた通り、ド派手な化粧にド派手なヘアスタイル、ド派手なファッションをしたおばさん――いや、どちらかと言ったらおばあさんの睦月ギルド長が目に入った。

(――くっっっせ!!)

 と、シュウは驚愕する。
 リュウが言っていた通り、部屋に甘ったるい香水の香りが充満している。

(マジくっっっせ!!)

 人間のカレンは何とか笑顔を作れるが、人間よりも鼻が利くハーフのシュウの笑顔は強張る。
 同じくハーフのリーナは、言葉を発する間もなく卒倒した。

 シュウが慌ててリーナを支えると同時に、睦月ギルド長が立ち上がる。

「あら、どうなさったのかしらっ?」

「…す、すみません、貧血気味で」

 とシュウは咄嗟に嘘を吐いた。

「あら、そうなの? それでは早めにお話を終わらせなくてはね」

 と睦月ギルド長が心配したように言ったあと、シュウたちにソファーに座るよう促した。
 シュウがリーナを抱っこしながらソファーに座り、その傍らにカレンが座る。

「ハンター・リュウから依頼内容は聞いているとおもうけど…」と、睦月ギルド長がデスクの上に置いておいた薄い冊子をシュウに渡した。「ハンター・シュウ、あなたには睦月島ギルド宣伝のためのテレビCMに出ていただくわ。これ、台本ね」

「分かりました」

 シュウは早口で言い、その台本をぺらぺらとめくった。
 が、内容はほとんど見ていない。

「大丈夫かしら?」

 との睦月ギルド長の質問に、シュウは即答する。

「ええ、大丈夫ですお任せください」

 早く出なければ、リーナに続いて卒倒しそうだった。

(は、早くここから出ねえと……!)

 シュウは早口で続けた。

「それで睦月ギルド長」

「何かし――」

「オレたちCMの依頼の他に仕事をこなしていこうと思うのですが」

「あら、それは嬉し――」

「分かりましたこれから一週間頑張ります」

「ええ、頑張っ――」

「CMの撮影はいつからでしょうか」

「一応、明日と予定――」

「明日ですね分かりました明日の朝に再びお訪ねします」

「あとそれから、これ宿泊先の地図――」

「ありがとうございますそれでは失礼致します」

 シュウは台本と宿泊先の住所などを書かれたメモをカレンに持たせると、カレンとリーナを脇に抱えてギルド長室を飛び出した。
 そのまま走ってギルドを飛び出し、番犬からも離れたところでカレンを地に降ろす。

 リーナには治癒魔法をかけた。

「――くっっさ!」とリーナが目を覚ます。「めっさ臭かったで、あのおばさんっ!!」

「ああもう、オレもびびったぜ…!」

 シュウはリーナを地に降ろすと、己にも治癒魔法を掛けた。
 あと少しでリーナに続いて卒倒するところだった。

「だ、大丈夫? シュウ? リーナちゃん?」とカレンが苦笑したあと、宿泊先の住所などを書かれたメモに目を落とした。「とりあえずここへ向かって、荷物を置きましょう」

「そうだな」とシュウは同意しながら、カレンの手からメモを取った。「…ん? ホテルじゃなくて旅館か」

 リーナが訊く。

「みんな一緒の部屋なん?」

「ああ、そうみてえ」

「ほんまー? ごめんなあ」とリーナが笑う。「シュウくんとカレンちゃん、これから一週間夜のイトナミできへんなあ」

 まったくだぜ…!

 と同意しつつ、シュウは苦笑した。
 まだ9歳のクセに、どこからそんな言葉を覚えたのだろうと思う。

 睦月町にある宿泊先の旅館まで、リーナが瞬間移動した。

 ――が、やっぱり失敗した。

「あれ? またお茶目さんやってしもうたで、うち」

「ばっ、おまっ……!!」

「でもラッキーやな、シュウくん」

 あはは、とリーナが笑う。

 シュウの声が睦月町に響き渡って行った。

「おっ…、女風呂に瞬間移動してんじゃねええええええええええええええええっっっ!!」
 
 
 
 
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