第67話 双子へ


 シュウの部屋の中。
 早朝6時に、一斉に鳴り出す10個の目覚まし時計。

 ジリリリリリリリリリリっ!!

 いつものごとく片手で鮮やかに叩き止め、シュウはぱちりと目を開けた。
 自分の胸元に目を落として微笑む。

「オッス、カレン」

 目覚まし時計の音で目を覚ましたカレンが、恥ずかしそうに頬を染めた。
 シュウに背を向けて横臥する。

「…お、おはようっ…」

「照れてんのかよ。可愛いな、オイ」カレンを背中から抱き締めつつ、シュウはにやけてしまう。「くすぐったい朝とはこのことだな。ああ、大変だ……」

「どっ、どうしたのかしらっ?」

「朝っぱらから欲情する親父の気持ちが分かってしまうオレがいる」

「へっ……!?」

「というわけでデリシャスなお嬢さん、寝起きにフィーバーといっていっすか」

「え!? ちょっ、ダ、ダメなのですわ! 明るくて恥ずかしいのですわっ!」

「お嬢さん、オレの目には暗かろうが明るかろうが丸見えだということをお忘れっすか」

「――わっ…」カレンの顔が耳が、首が真っ赤に染まっていく。「わわわ、忘れていたのですわあああああああっ!! じゃ、じゃあ何!? き、ききき、昨日の夜は丸見えでしたの!?」

「もちろんすよ、お嬢さん。そりゃもう、隅々まで――」

「いっ、いやあああああああっ!!」

「たまらんかったですばいっ……!」

 部屋のドアが開く。

「はいはいはい、朝っぱらからいちゃついてないのー」とにやにやとしながら顔を出したのはサラである。「もう気になって気になって、めずらしくも早起きしちゃったんだけど。お2人さん、昨夜はどうだった?」

「そっ、そんなこと教えね――」

「カレンのお味を一言で言うと?」

 とシュウの言葉を遮ったサラ。

「デリシャスっ……!」

 なんて言葉を思わずぽろりと出してしまった口を、シュウは手で塞ぐ。

 笑いながらベッドまでやってきたサラ。
 シーツの一部を見て眉を寄せる。

「え…?」がばっと布団をめくり、驚愕する。「うっわ、何この激しく飛び散った血……! 兄貴最低っ! アタシもっとカレンに優しくしてやるものかと――」

「オレの鼻血だよっ!!」

 と顔を真っ赤にして言ったシュウを見て、サラはぱちぱちと瞬きをした。

「え? …ああ、兄貴の鼻血かコレ」と安堵して笑う。「あれでしょ、カレンのヒモパン見たときでしょ」

「うっ、うるせっ…!」

「カレンからは血ぃ出なかった?」

「すぐに止めたよ、治癒魔法で」

「は?」

「カレンが痛がったらすぐに治癒魔法かけてた」

「――ぶはっ!」と笑いを吹き出したサラ。「あーーーっはっはっはっ! なっ、何!? カレンが痛がるたびに治癒魔法かけてたわけ!? 治癒魔法かけながらエッチしてたわけ!? アタシじゃ思いつきもしなかった! そ、そーか、そんな方法があったのかっ! あーーーっはっはっはっ! 兄貴スゲエェ!!」

 何がそんなにおかしいのか、サラは腹を抱えて笑っている。
 そこへミラがやって来た。

「朝からどうしたのよ、サラ」

「おっ、お姉ちゃっ、き、聞いてよっ! 兄貴がさ――」

「言わんでいい!!」

 とシュウは赤面しながらサラの言葉を遮り、身体を起こした。
 カレンの身体も抱いて起こす。

「あれ?」

 と、ミラはシュウとカレンを交互に見た。
 カレンはキャミソールワンピース型の寝巻きを着ているが、シュウは裸のようだ。
 シュウとカレンの間に流れる雰囲気から、昨夜何があったのか察する。

「あっ…」とミラは頬を染めた。「お、おめでとうっ」

 シュウとカレンの頬も染まる。

「お…おう…」

「あ、ありがとう、ミラちゃん…」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」とサラが相変わらず笑いながら、シーツについた血を指差した。「見てよこの激しく飛び散った血っ!」

「――やっ…!」ミラの顔が驚愕する。「やっ、ヤダお兄ちゃん最低っ! 何で優しくしてあげなかっ――」

「オレの鼻血だよっ!!」

 とシュウはもう一度同じ台詞を、再び赤面しながら吐いた。

「え? ああ、お兄ちゃんの鼻血ね、良かった。カレンちゃんからは大丈夫だった?」

「おっ、お姉ちゃん、そのことなんだけど! 兄貴が――」

「ああああっ、もうっ!!」シュウはサラを引っ張り、その口を慌てて塞いだ。「言わんでいいって言ってんだろうがっ!! 兄ちゃんの言うことが聞けねーかよおまえはよ!? え!?」

 サラがシュウの手を離そうと、じたばたと暴れる。

「言わねえなら離してやる。言わねえな、サラ!?」

 サラがうんうんと頷くのを確認したあと、シュウはサラから手を離した。

「さて…」と、シュウはカレンダーに顔を向ける。「今日からまた仕事増やさねーとなあ」

「えっ?」とカレンが狼狽したようにシュウの顔を見た。「この間からお仕事の量増えたのに、また増やすのっ?」

「うん、今日また親父に借金するから」

「へ?」と、サラがぱちぱちと瞬きをしてシュウの顔を見た。「また? 今度は何買うわけ?」

「というか」と、カレンもぱちぱちと瞬きをする。「リュウさまに借金していたの? …あっ、だからお仕事の量を増やしてたのね。でもどうして借金――」

「いや、おまえは気にしなくていいから」とシュウはカレンの言葉を遮ったあと、サラの質問に答えた。「リン・ランにもさ…、買ってやりたいんだよ。あいつらに似合うやつ」

「え? ああ、宝石!」サラが笑顔になる。「そうだね、兄貴。リン・ラン喜ぶから買ってあげなよ。…あっ、でも、カレンが気ぃ悪くしないならだけどっ……」

 とサラがカレンの顔を見ると、カレンが微笑んで言った。

「リンちゃんとランちゃんにも、素敵なものを買ってあげてほしいのですわ」
 
 
 
 魔法学校の屋上。
 リンとランはシュウが作ってくれた弁当を食べていた。
 いつもなら嬉しくて、自然と笑顔になる。

 でも今日の2匹の笑顔は不自然に作られていた。

「今日もおいしいのだ、兄上が作ってくれたお弁当」

「今日もおいしいのだ、兄上が作ってくれたお弁当」

 でも、なかなか喉を通らない。
 同時に零れてきた一粒の涙を手の甲で拭う。

「暗くなっちゃダメなのだ」

「兄上は今、とっても幸せなのだ」

「カレンちゃんと両思いになれて幸せなのだ」

「カレンちゃんと結ばれて幸せなのだ」

「兄上が幸せなら良いのだ」

「兄上が幸せなら、わたしたち構わないのだ」

「それなのにっ…」と、リン・ランの瞳から次から次へと涙が零れだす。「どうして涙が出てくるのだあっ……!」

 抱き合って、リン・ランはお互いの肩に顔をつけて泣く。

「兄上、わたしたちのこと忘れてしまうと思うかっ?」とリン・ランは声をそろえてお互いに訊いた。「そんなわけないのだっ! 兄上はわたしたちのこと忘れるわけじゃないって言ってたのだ! でもっ……」

 でも、不安と寂しさにリン・ランの涙が止まらなかった。
 
 
 
(あいつら、あのとき無理して笑ったんだろうな)

 先日カレンへの誕生日プレゼントを買った宝石店の中、シュウはそんなことを思う。

 あいつらというのは、リンとランのこと。
 あのときというのは、シュウからカレンへの誕生日プレゼントであるルビーのネックレスを、リン・ランがシュウのところへ泣きながら持ってきたときのこと――昨夜のこと。

 シュウがカレンの部屋へ行く前、リン・ランはシュウに笑顔を見せた。

(オレがおまえたちのことを忘れるわけじゃないって、安心させてやらねーと…)

 とあるショーケースの前、シュウの足が立ち止まった。

「お、コレいいな」

 とシュウが言うと、一緒に来ていたカレンとリュウが寄ってきた。
 カレンが笑顔になっていう。

「まあ、可愛いのですわ! 普段使いできるし、あたくしもいいと思いますわ!」

「ああ。それに」とシュウは微笑んで続けた。「この石、あいつらのイメージ」

 シュウが選んだのは、ダイヤモンドのクロスモチーフペンダント。
 リン・ランの純粋無垢で明るい笑顔はダイヤモンドを思わせた。

 リュウが訊く。

「これを2つでいいのか、シュウ」

「うん」

「500万+トイチの利子だがいいんだな」

「うん…」シュウは苦笑した。「し、仕事の量を増やしたし大丈夫……」

「その仕事の量のことなんだけどよ。おまえが求める量に合わせてたら、変な依頼も入ることになるぜ?」

「変な依頼?」シュウはぱちぱちと瞬きをしてリュウの顔を見た。「って、たとえば?」

「先日は、『30分間シュウを好きに扱わせてほしい』っていう人が来たみてえだな。そういった変な依頼は断るようリンクに言ってあるが、請ければ急速に金が増えるぜ。報酬多く持ってくる人が多いから」

「な、何ソレ…」シュウの顔が引きつった。「30分間オレをどうしようっていうんだ」

「ファンの女だったみてーだし、脱がされてあちこちいじくられて犯されるんじゃねえ?」

「ちょっ…! 何なのですのソレっ!」

 とカレンが声を上げた。
 眉を吊り上げてシュウの顔を見る。

「ダメですわよ、そういう依頼を請けちゃ!」

「う、請けねーよ、そんな依頼っ…! っていうか、何だよ?」カレンの頬を指で突き、シュウはにやける。「オレがそういう依頼請けると腹立つわけ? そりゃそーだよな、オレおまえの彼氏デビューだもんな。フフフ…、怒った顔も可愛いぜハニーっ…! こおぉぉぉんな可愛い女なかなかいねーよな。ううーん、オレって、し・あ・わ・せ☆」

「おまえ痛々しいな」

 リュウはそう突っ込んだあと、店員を呼んで会計を済ませた。
 
 
 
 シュウが作ってくれた昼食の弁当は、無理矢理胃に押し込んだ。
 夕食は半分以上残した。
 机に向かっているものの、宿題がまるで捗らない。

 リン・ランの部屋の中、溜め息ばかりが響く。

 そこへドアをノックする音が聞こえて、リン・ランは戸口に顔を向けた。

「はいなのだ」

 とリン・ランが返事をすると、ドアが開いた。
 顔を見せたのは仕事から帰ったシュウだ。

「ただいま」

「お…、おかえりなさいなのだっ…」とリン・ランは不自然な笑顔で言ったあと、再び宿題をやり始めた。「い、今、宿題中なのだっ…」

「そうか。んじゃ、邪魔にならないように土産だけ置いていくか」

 シュウはリン・ランの部屋の中に入ると、2匹の頭の上にぽんとプレゼントの箱を置いた。

「え…?」

 リン・ランが自分の頭の上から箱を取る。
 箱を見て、そのあとシュウの顔を見る。

「可愛いおまえたちにプレゼント」

「えっ…?」リン・ランが再び箱に目を落とし、またシュウの顔を見た。「あっ…、開けていいですかなのだっ」

「おう」

 リン・ランが同じ手付きで包装紙をはがし、箱の蓋を開ける。
 箱の中のダイヤモンドのクロスモチーフペンダントを見つめ、シュウの顔を見つめる。

「あっ…、兄上、これっ…!」

「貸してみ」とシュウはリン・ランからダイヤモンドのペンダントを受け取ると、2匹の首につけてやった。「おまえたちにはさ、ルビーでも他の石でもなくて、純粋無垢な色をしたダイヤモンドが似合うと思って」

 シュウは2匹の胸元に目をやって笑った。

「うん、似合うな!」

「――あっ……」リン・ランの瞳からぽろぽろと涙が零れだす。「兄うっ…! ふにゃああああん! 兄上えええええええっ!」

 リン・ランはシュウにしがみ付き、わんわんと泣き出した。
 不安になんかなってバカだったと、リン・ランは思う。

(兄上がわたしたちのこと、忘れるわけがないのだっ……!)

 シュウの腕の中で泣きじゃくったあと、リン・ランはシュウの顔を見上げて笑った。

「ありがとうございますなのだ、兄上っ!」

「おうよ」

 シュウは微笑んだ。
 リン・ランの純粋無垢な笑顔には、やっぱりダイヤモンドが似合う。

 リン・ランが元気を取り戻したところで、部屋の外に立っていたカレンが顔を覗かせた。

「シュウ、リュウさまがお仕事のお話あるって」

「おう、分かった」

 シュウはリン・ランの頭を撫でたあと、リュウがいるだろう書斎へと向かって行った。
 そのあと、カレンがリン・ランを見て微笑んだ。

「あら、とっても素敵なペンダントね。リンちゃんランちゃんにぴったりなのですわ、ダイヤモンド」

 リンとランが嬉しそうに笑った。

「カレンちゃんも、そのルビーのネックレスがとっても似合ってるのだ」
 
 
 
 シュウが書斎に入ると、リュウは回転椅子に座っていた。
 くるりと椅子を回転させて、シュウの方に身体を向ける。

「なあ、シュウ」

 と、リュウが手に握っている仕事の依頼内容の書かれた紙を見ながら口を開いた。

「ん?」

「報酬1000万の依頼来てんぞ」

 それは通常の50倍の報酬額だった。
 
 
 
 
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