第66話 上空5000mに辿り着きました
11月の舞踏会のあと。
カレンの部屋の中。
シュウが入ると、カレンがベッドにうつ伏せに寝てしゃくり上げていた。
部屋に入って早々、シュウは戸惑ってしまう。
「な…、泣かないでくださいっすっ…」そう言いながら、シュウはカレンに歩み寄った。「お、おまえ、本当のこと言ってくれたっていーじゃねーかよっ…!」
カレンが顔をあげ、シュウの顔を見る。
「ほ…、本当のこと?」
「本当のこと」
「ほ、本当のことって?」
カレンが身体を起こした。
シュウがカレンの手を取り、そこにルビーのネックレスを置く。
カレンが驚いたように手の平のネックレスに目を落とし、そのあとシュウの顔を見上げた。
「こ…、これ、どうしてシュウがっ…?」
「リンとランが正直に話してくれたよ。おまえ、それ奪われただけだったんだろ?」
「……」
カレンはネックレスに目を落とした。
失ってしまったと思った宝物が、また自分の手元にある。
涙は止まるどころか、さらにあふれ出した。
「良かった…! 良かったぁ……!」
さらに泣かれたとなっては、シュウはさらに戸惑ってしまう。
ベッドに腰掛けながら、カレンの頭に手を乗せる。
「な…、泣くなよ、頼むからっ…」
カレンが頷き、涙を拭った。
シュウはどきどきとしながら訊く。
「あ…のさ、カレン。…それオレからもらったとき、本当に喜んでくれたんだよな……?」
「ええ」と、カレンが微笑んだ。「もちろんですわ。あたくし、本当に嬉しかったのですわ」
「…王子様からもらったやつより?」
「ええ」と、カレンがまた微笑む。「あたくしこれがあれば、王子さまからもらったネックレスなんていりませんもの」
シュウの動悸が増す。
(――やばいぜ、オレ)
本気でそう思った。
「カ……、カレン」
「何かしら?」
「親父みてーな言い方になっちまうけど……、オレがもし上空5000mにいるなら、抵抗しないで」
「えっ――」
カレンの言葉を遮るように、シュウの唇がカレンの唇を塞いだ。
半ば強引にカレンの舌を捕らえる。
押し倒されたカレンの瞳に、真剣な様子のシュウが映る。
カレンはシュウの胸を押して突き放した。
「ま、待って、シュウっ!」
「はいゴメンナサイ、オレまだ上空5000mなんかじゃありませんよね、ええ知ってます本当ゴメンナサイもう自惚れませ――」
「シャワー浴びてからなのですわっ……!」
そう顔を真っ赤にしながら言ったカレン。
「…あ…、ごめんっ……」
とシュウがカレンを解放すると、カレンが宝石箱にネックレスを大切そうにしまった。
そのあとシュウの顔を見てもう一度赤面し、備え付けのバスルームへと駆けて行った。
(え…、何。カレン、シャワー浴びてからって言った? シャワー浴びてからって言ったよな? うん、言った。…え、何…。シャワー浴びてから…、だ、だだだ、抱いてもOKってことすか!? え!? うそ!? オレ、も、ももも、もももしかして、ま、まままままままままじでっ……!!)
シュウ、赤面しながら驚愕。
(上空5000mキタァァァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!)
シュウはカレンの部屋を飛び出した。
2階の廊下を慌ただしく駆け、緩やかな螺旋階段を3段抜かしで下り、1階にある両親の寝室へと向かう。
「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!」
バァンっ!!
とシュウが両親の寝室を興奮のあまり蹴り開けると、夜のイトナミを始めていたリュウが顔を引きつらせて振り返った。
「てーめえ、シュウ……! 真っ最中に入って来るなと何度言えば分か――」
「た、たたた、大変だ親父っ!!」とシュウはリュウの言葉を遮り、ベッドにいるリュウのところへと駆け寄った。「オ、オオオっ、オレっ…、オレ今、じょ、じょじょじょじょじょじょ、上空5000mキタァァァァァァァァァァァァ!! なんだぜオイ!!」
「は…?」
と眉を寄せたリュウ。
数秒考えてから気付く。
「ああ…、カレンのところまで手が届いたってことな」
「おっ、おうっ!! ってわけで、親父っ!!」
「ゴムか。ほら」と、リュウがベッド脇にあった大きなダンボールを指差した。「好きなだけ持ってけ。全部特注だぜ」
「おうっ、サンキュ! おおっ、すげーいっぱいあるぅ! さっすが親父ぃっ! ――って、あんたゴム特注してんの!?」
「んだって、俺やおまえのサイズじゃあ、この辺に良いの売ってねーんだぜ?」
「ああ、なるほど納得……」
「分かったら早く好きなの選んで出てけよ、こっちは真っ最中なんだからよ。ちなみにその白いパッケージのやつススメとく」
「おうっ、そうかっ!」
シュウはリュウがおススメしてくれた避妊具を3つ選ぶと、戸口へと向かった。
「んじゃ、邪魔したな親父――」
「おい、シュウ」
と、リュウがシュウの言葉を遮った。
シュウに振り返り、親指を立てて言う。
「グッドラック」
「おっ、おうよおおおおおおおおおおおっ!!」
シュウは両親の寝室から出て、2階の自分の部屋へと駆けて行った。
3つの避妊具をこっそりとベッド下の引き出しに入れる。
「オっ…、オオオ、オオオオオオオレ、オレ今夜まじフィーバァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!」
シュウは着ていたタキシードをぽいぽいと脱ぎ捨てながら、備え付けのバスルームへと飛び込んだ。
自分の部屋に備え付けられているバスルームのバスタブに、カレンはどきどきとしながら膝を抱えて浸かっていた。
そのどきどきが半端ない。
(あああっ、どうしましょうっ、どうしましょうっ……!)
カレンは声を上げた。
「サっ、サラァァァァァァ!!」
「はいはーいっと」
全裸でサラ登場。
サラがバスタブに浸かると、すぐにカレンはサラにしがみ付いた。
「どっ、どどどっ、どうしましょうサラァァァァァァァ!!」
「勝負下着?」
「ええ!」とカレンは頷き、真剣な顔をしてサラの顔を見た。「前にシュウが可愛い系か清純系が好きだと言っていたのだけれど、どどど、どれにすれば良いのかしらっ!?」
「じゃあ可愛く且つ清純系のヒモパンで」
「ヒっ、ヒモパ……!? …わ、わ、わ、分かったのですわっ!」
入浴後。
カレンはサラおススメの下着を身につけた。
さらにお気に入りのパイル地のキャミソールワンピース型の寝巻きを身につけ、シュウの部屋へと入る。
バスルームからシャワーの音が聞こえてくることから、シュウはシャワー中のようだ。
緊張でカチコチになっているカレンを見て、一緒に着いてきたサラが笑った。
「そんなに緊張しなくてもいいじゃん、カレン」
「だ、だだだ、だって、あああ、あたくしっ、あたくし今夜シュウにっ…! シュウにっ……!」
「うん、そうだね。抱かれるね」
カレンが赤面した。
サラが続ける。
「何だか、ずいぶんと時間掛かっちゃったよね。でも、言った通りでしょ? アタシの兄貴はちゃんと上空5000mまで駆け上がった」
「ええ…、そうね。あたくし、一時は本当にシュウから気持ちが離れて…、再びシュウのことを好きになれるのか分からなかったのだけれど……。また好きになってしまったのですわ」
「うん…、ありがとカレン」そう言って、サラがカレンを抱き締めた。「アタシは兄貴のことも、今や親友のカレンのことも大好きでさ。2人の幸せは見てて嬉しいよ……、本当に」
「サラ……」
「それじゃ、アタシはもう寝るね。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
サラが戸口へと向かっていく。
部屋から出て行く前に、カレンに振り返って親指を立てた。
「グッドラック」
「えっ、ええっ…」
カレンが赤面しながら返事をするのを見たあと、サラはシュウの部屋から出て行った。
それとほぼ同時に、シャワーの音が止まった。
シュウが脱衣所に出たのが分かって、カレンはあたふたとしながらベッドに入る。
それから少しして、バスルームのドアが勢い良く開いた。
「フィーバァァァァァァァァァァァァっっっ!!」
という台詞と共にシュウが全裸で飛び出してきて、カレンの目が丸くなる。
一方のシュウは、はっとした後に首まで真っ赤になり、再びバスルームに飛び込みながら声を上げる。
「うっ…、うわああああああああっ!! なっ、ななな、何でいるんすかお嬢さん!? オ、オレから行こうと思ってたのにっ!!」
「は…、張り切ってるわね、シュウ」
「えっ!? そ、そそそ、そんなことネエェェェよ!? っていうか、変なもん見せてごめんネエェェェェ!?」
「そんなに焦らなくても大丈夫ですわよ。あなたがニューハーフになっているときに見慣れましたもの」
「そ、そうか、そりゃ良かったぜ! ――って、な、何!? み、見慣れた……!?」
「だってほぼ毎日一緒にお風呂入っていたのですもの」
「きっ…、聞いてネエェェェェ!!」
「今言ったのですもの」
「なっ、何て羨ましいことしてたんだニューハーフのオレ…! カレンの裸見放題だったのかよっ……!!」
「…い…今のあなただって、これから見るじゃない?」
「そうだけどっ…! ――って……!?」
再びバスルームのドアが開いた。
腰にタオルを巻いたシュウが、驚愕した顔をしながら訊く。
「い、いいい、いいんすかお嬢さん!? いいんすねお嬢さん!? 逃げるならオレがここからそっちに行くまでの間にハイどーぞっ!!」
と言われても、わずか1秒後にはシュウがベッド脇に来ていて逃げられなかったカレンである。
「時間切れですぜお嬢さんっ!!」
「ね、ねえ、今瞬間移動しなかった?」
「そりゃ無理ですぜお嬢さんっ!! んなホワイトキャットじゃあるまいしっ!!」
「そ、そうですわよね」
「お、おおお、お隣失礼しますっす……!!」
と、シュウがベッドに入っているカレンの隣に寝転がった。
「……」
「……」
会話が途切れる。
シュウの耳に聞こえるのは己の動悸。
カレンの耳に聞こえるのも己の動悸。
カレンが先に口を切った。
「…や…約束が遅れてしまってごめんなさい」
その約束を果たしてもらうために、シュウはカレンに訊く。
「…オレのこと好き?」
カレンが頬を染めて微笑んだ。
「好きよ、シュウ」
やっと果たされた約束。
「――上空5000mっ…」胸がきゅんと熱くなると同時に、シュウはカレンを抱き締めた。「キタァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!」
カレンの身体を下にして、シュウは黒猫の尾っぽをぐるんぐるんと回しながら訊く。
「オレも好きっすお嬢さんっ!! よ、よって、だ、だだだ、抱かせてもらってもいいっすか!?」
「そ、その前に電気消してちょうだいっ……!」
「うすっ!!」
シュウは手を伸ばしてリモコンを取り、部屋の電気を消した。
部屋を暗くしたところで、夜目が利くシュウには何もかも見えているが。
それを忘れてしまっていたカレンは部屋が暗くなって少し安堵する。
尾っぽを振りながら待っているシュウの胸に顔を埋めて、カレンは小さな声で答えた。
「…カ…、カモオォォォンっ…」
「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!」
シュウとカレンが出会ってから約7ヶ月。
色々あったけれど、ついに相思相愛。
(――ブハっ! ヒモパンやべえっ…!)
シュウの鼻から噴射した鮮血によりシーツの一部が赤く染まったが、シュウはカレンと無事に結ばれた。
(デ…、デリシャスっ…!)
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