第65話 奪われた宝物


 カレンの誕生日パーティーが終わったあとのこと。
 リン・ランがカレンの部屋を訪ねた。

 バスルームへと向かおうとしていたカレンは、身体の向きを変えてリン・ランの方を見た。

「リンちゃんランちゃん、どうかしたのかしら?」

「カレンちゃんっ…」

 と声をそろえて戸惑ったような顔をしたあと、リン・ランがカレンに手を差し出した。

「さ、さっきしてたネックレス見せてなのだ」

「え? …ああ、ルビーのネックレスねっ…!」

 カレンはそれをしまったばかりの宝石箱の蓋に手をかけた。
 中からそれを取り出し、リン・ランに渡す。

 それを手にしたリン・ランがあまり上手く作れていない笑顔で言う。

「とっても可愛いのだ」

「あ、ありがとう」

「これ、どうしたのだ?」

「えっ…? えと…」

 カレンは困惑した。
 シュウからのプレゼントだと言ったら、極度のブラコンであるリン・ランはどうするだろう。
 とりあえず分かったことは、このカレンにとって良くない反応をするだろうということ。

 カレンの様子を見てリン・ランが訊く。

「兄上からもらったのだな?」

「そのっ……」

 カレンは返答に戸惑ったのち、ぎこちなく頷いた。

「そうか、兄上から…」リン・ランがネックレスに目を落とす。「カレンちゃん…、これ、わたしたちにちょうだいなのだ」

「えっ…!?」カレンは驚いてリン・ランの顔を見た。「だっ、ダメよ、それはダメなのですわっ……!」

「それは何故なのだ?」

 とリン・ランがカレンの顔を見た。
 その瞳には涙が浮かんでいる。

「カレンちゃん、兄上のこと好きなのか? わたしたちから、兄上を奪うのか?」

「えっ…?」

「兄上のこと、好きにならないでなのだっ…! 兄上のこと、わたしたちから奪わないでなのだっ…!」そう言って、リン・ランが泣き出した。「兄上はわたしたちのものなのだっ! 兄上は誰にもあげないのだっ! 絶対に絶対にあげないのだあっ……!」

 しゃくり上げて泣くリン・ランに、カレンの胸が痛んだ。
 ずきずきと痛んで、思ってもいない言葉が出る。

「…な、何を言っているのかしら、リンちゃんランちゃん? あたくし、別にシュウのこと好きじゃなくってよっ?」

「えっ…?」

 リン・ランがカレンの顔を見た。
   カレンは笑顔を作って続ける。

「ほら、そのネックレス、ルビーでしょう? あたくしルビーが好きなものだから、さっきはついダメだなんて言っちゃって…、ご、ごめんねっ?」

「…じゃ、じゃあこれ」と、リン・ランが手の中のネックレスを見たあと、カレンの顔を見た。「わたしたちにくれるかっ?」

 あげたくない。
 それはこのカレンにとって1番の宝物。
 シュウからもらった宝物。

 でも、そんな思いとは裏腹の言葉がカレンの口から出てしまう。

「…え、ええ、リンちゃんランちゃんにあげるのですわっ…! よく考えればルビーのジュエリーなんて他にも持っているし、先日なんて王子さまからとても素敵なものをいただいたのですものっ…! だ…、だからリンちゃんランちゃんにあげるのですわ、そのネックレスっ……! だ、だから、ほらっ…、もう泣かないでっ……」

 リン・ランが涙を拭い、カレンに笑顔を向けた。

「ありがとうなのだ、カレンちゃん!」

 カレンは引きつった笑顔で2匹が部屋から出て行く姿を見送った。

(なくなってしまったわ)

 宝石箱を手に取り、カレンはベッドに腰掛けた。
 蓋を開けると、そこにもう1番の宝物はない。

(なくなってしまったわ)

 カレンは声を殺して泣いた。
 
 
 
 カレンの誕生日の翌日。
 シュウの仕事の休憩中。
 カレンと岩の上に並んで座りながら、シュウはカレンの胸元を見て少ししょんぼりとしながら言う。

「カレン、今日はしねーんだ…」

「何をかしら?」

「何をって、昨日オレがあげたネックレス」

「だって」とカレンがシュウから顔を背けて言う。「壊してしまいそうで怖いのですもの」

「おまえは戦わないから大丈夫だろ」

「もったいないから特別な日につけるのですわ」

「ふーん…。普段使いできるもの買ったのに…。まあいいか。んで」と、シュウはカレンの顔を覗き込んだ。「昨日、聞きそびれたんですけどね、お嬢さん。教えてくれないっすかね」

「何をかしら?」

「何をって、おまえの誕生日に教えてくれるって約束したじゃねーかよ。オレが今上空何mにいるのかっ…」

「そうだったかしら?」と、カレンがぴょんと岩から降りた。「さて、次のお仕事に向かいましょう」

「こら方向音痴。そっちじゃねーよ」

「しっ、知ってるのですわっ…!」

 カレンがシュウの傍らを歩き出す。

「んで、お嬢さんよ」

「何かしら?」

「早く教えてく――」

「あら大変、もうこんな時間なのですわ。早く次のお仕事へ向かわないと!」

「ちょ…、ちょっとおまえどういうつもり? 焦らしプレイか!? …おい、カレン!?」

 カレンはこの日、シュウとの約束を果たしてくれなかった。

 というか、この日どころじゃなかった。
 カレンの誕生日から3日経っても、5日経っても、10日経っても。

 シュウは毎日約束のことを口にするのに、カレンは必ず話を逸らす。
 そして相変わらずシュウからもらったネックレスを身につけない。
 そのまま、ついに11月になった。
 カレンがシュウからもらったルビーのネックレスを『特別な日につける』と言っていたものだから、シュウはリュウに頼んで舞踏会に連れて来てもらった。

(舞踏会なら特別な日だし、つけてくれるよな)

 そんなことを期待しながら。

 でも、カレンは身につけて来なかった。
 カレンがまたリュウから買ってもらっただろう、新しいドレス。
 シュウに褒められたら、カレンは嬉しそうに笑った。

 でも、その胸元に輝いているのは王子からもらったルビーのネックレス。

(何でだよ…)

 シュウの腹が立った。
 同時に、

(オレ、もしかしたら上空5000mじゃねえんじゃ……?)

 自信もなくなった。

 ダンスホールにいるシュウとカレンから離れて、ダンスホール脇で休憩中のリュウと、その傍らで料理を堪能していたサラは顔を見合わせた。
 そのあと、シュウとカレンを見ながら言う。

「なあ、サラ」

「ねえ、親父」

「やっぱりおかしいよな」

「やっぱりおかしいよね」

「シュウがよ、いつまで経っても俺のところにゴム取りに来ねえんだよ」

「カレンがさ、いつまで経ってもアタシのところに勝負下着の相談しに来ないんだよ」

「カレン、シュウからもらったネックレスしてねーみたいだしな」

「カレン、兄貴に気持ち伝えてないみたいだしね」

「カレンの誕生日の夜に何かあったよな、絶対」

「カレンの誕生日の夜に何かあったよね、絶対」

「俺の予想」

「アタシの予想」

 リュウとサラは、再び顔を見合わせて声をそろえた。

「リン・ランが関わってる」
 
 
 
 これから就寝しようと、部屋の電気を消したリン・ランの部屋。
 ノックなしに開けられたドアから光が差し込み、再び電気がつけられた。

「サラ姉上」と、ベッドに入っていたリン・ランは入ってきた者の名を呼んだ。「おかえりなさいなのだ。舞踏会お疲れ様ですなのだ」

「んー」

 帰って来たばかりでドレス姿のサラが、適当に返事をしながら双子の宝石箱のところへと向かっていく。

「サラ姉上?」

 リン・ランが首をかしげる中、サラは宝石箱をあさり出した。
 そして見つける。

 シュウがカレンにあげたルビーのネックレスを。

「可愛いねえ、これ」

 サラがそれを手に取りながらリン・ランに振り返ると、リン・ランが戸惑ったように顔を逸らした。

「か…、可愛いでしょなのだっ…」

「ああ、可愛いね。可愛いよ、すごく。でもあんたたちには似合わないね」

「えっ…?」

 リン・ランが再びサラの顔を見ると、サラが続けた。

「当たり前じゃん? これは、兄貴がカレンのために買ったネックレスなんだから。あんたたちに似合うものを買ったんじゃない。兄貴がカレンに似合うものを買ったんだ。これ、カレンに返すからね」

 そう言うなり戸口へと向かっていくサラを、リン・ランはベッドから飛び出して慌てて追いかけた。

「ま、待ってなのだサラ姉上っ!」

「そ、それはカレンちゃんがわたしたちにくれたのだ!」

 サラとリン・ランが廊下に出ると、ちょうどシュウとカレンが二階へと上ってきたところだった。
 シュウが眉を寄せる。

「おい、何騒いでんだよ」

「兄貴、見てこれ」と、サラはシュウにネックレスを見せた。「何かおかしいと思ったら、リン・ランがカレンから奪ってたんだよ」

「――えっ…!?」

 シュウが驚いてリン・ランの顔を見ると、リン・ランがシュウから目を逸らした。

「…そうなのか、リン・ラン」

「……」

「…カレンから奪ったんだな?」

「…あっ…兄上っ…、わ、わたしたち……」

 目に涙を溜めているリン・ランを見て、カレンは慌てて声をあげた。

「ちっ…、違うのよシュウ!」

「え?」シュウが傍らにいたカレンに目を落とす。「違うって、何がだよ。おまえ奪われたんだろ?」

「違うのですわっ…! あたくしがリンちゃんランちゃんにあげたのですわっ……!」 「え…?」シュウは眉を寄せた。「何で…?」

「…な、何でって、何でかしらっ?」カレンがシュウから顔を背けた。「あたくしには、王子さまからいただいたネックレスがありますものっ…! 王子さまからいただいたネックレスの方が、ずっとずっと素敵ですものっ…!」

 思ってもいないことを言わなければいけないのは苦痛だ。
 カレンの胸がずきずきと痛む。

「……な…んだよ」と、シュウが不自然に笑った。「それならそうと、言ってくれて構わなかったのに。あんなに喜んだフリしてくれなくても、良かったのに……」

 シュウが自分の部屋へと向かって行く。

 すれ違いざまにリン・ランの瞳に映ったシュウの表情。
 とても傷付いた瞳をしていた。

「――あっ、兄上っ……!」

 シュウが自分の部屋に入って行ったあと、カレンがリン・ランの脇を小走りで通過した。
 そのときにリン・ランの横目に映ったカレンの涙。

「――カっ、カレンちゃっ…!」

 カレンが自分の部屋に入る。

「あっ…、兄上っ、カレンちゃっ……!」じわじわとリン・ランの瞳に涙が込み上げ、「ふにゃああああああああん!」

 2匹は声を上げて泣き出した。
 サラが小さく溜め息を吐き、リン・ランの頭に手を乗せる。

「ほら、あんたたち。ごめんなさいしなね。何も兄貴が結婚するわけじゃないんだしさ、あんまり暗く考えないの」

「そうだぜ、リン・ラン」と現れたのはリュウ。「それに父上がおまえたちに似合うネックレスを買ってやるから泣くな」

「ちっ…、父上っ…」と、リン・ランがリュウを見る。「父上に買ってもらっても意味ないですなのだっ」

「…………」

 リュウ、傷心。

「ご愁傷様、親父」と、サラは短く笑ったあと、リン・ランにネックレスを渡した。「ほら、行ってきな」

 リン・ランは承諾すると、シュウの部屋へと向かって行った。
 
 
 
(結局自惚れだったのかよ、オレ…。だっせ……)

 タキシード姿のままベッドに寝転がりながら、シュウは深く溜め息を吐いた。

(ああもう…、上空何mにいるんだろオレ……)

 シュウは目を閉じた。
 何だかもう、シャワーを浴びるのも面倒くさい。

 少しして、ドアが開く音が聞こえてきてシュウは再び目を開ける。
 入ってきたのはリン・ランだった。

「あ…、兄上っ……」

 と、リン・ランが泣きじゃくりながらシュウにルビーのネックレスを差し出した。
 シュウはルビーのネックレスを見たあと、再び目を閉じた。

「やるよ、おまえたちに。カレンはいらねーみたいだし、それ」

「ちっ、違うのだっ…! カレンちゃんは、カレンちゃんは、わたしたちのために気を遣ってくれただけなのだっ…!」

 シュウはまた目を開けてリン・ランを見た。

「気を遣った…って…?」

 リン、ランと交互に言う。

「わたしたちが泣いてたからっ…!」

「この間もさっきも、わたしたちが泣いてたからっ…!」

「カレンちゃんはわたしたちのために嘘吐いてくれただけなのだっ…!」

「わたしたちがカレンちゃんからネックレスを奪ったのだっ…!」

「カレンちゃんも兄上のこと好きなのだっ…!」

「カレンちゃんと兄上は両思いなのだっ…!」

「兄上っ」と、リン・ランが声をそろえた。「ごめんなさいっ…! ごめんなさいなのだああああああっ!」

 声をあげてわんわんと泣くリン・ラン。
 少しの間、シュウの部屋の中にはリン・ランの泣き声だけが響いていた。

 シュウはゆっくりとベッドから起き上がると、戸口にいるリン・ランのところへと向かった。

「正直に話してくれてサンキュ」

 そう言って微笑み、2匹を抱き締めてやる。

「兄上からカレンちゃんにネックレス返してあげてくださいなのだっ……!」

「兄上、早くカレンちゃんのところに行ってあげてくださいなのだっ……!」

 シュウはリン・ランからネックレスを受け取った。

「ああ。リン・ラン、何も兄ちゃんがおまえたちのこと忘れるわけじゃないんだぜ? おまえたちは兄ちゃんの大切な妹には変わりねえんだから」

 リン・ランが涙を拭い、シュウに笑顔を見せる。
 シュウはリン・ランの額にキスしたあと、自分の部屋から出た。

 カレンの部屋の前、シュウは立ち止まる。

(リン・ランの言っていたことが本当なら、オレまた自惚れていいってことだよな……)

 動悸を感じながら、カレンの部屋のドアノブを握る。

(上空5000mにいると信じて……! いざっ!)

 ドアノブを捻り、

(レッツゴオォォォォォっ!!!)

 シュウはカレンの部屋のドアを開けた。
 
 
 
 
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