第64話 カレンの誕生日
カレン16歳の誕生日まであと10秒。
シュウの心の中でカウントダウン開始。
9、
8、
シュウは自分の部屋から出た。
7、
6、
自分の向かいの部屋――カレンの部屋の前に辿り着く。
5、
4、
カレンの部屋のドアノブを握り、
3、
2、
1……。
シュウはドアを開けた。
「カレン、誕生日おめで――」
「きゃああああっ!!」
「ぶっ!? ご、ごめんっ!!」
シュウは慌ててカレンの部屋に入り、カレンに背を向ける。
誰よりも真っ先に「おめでとう」を言おうと思いカレンの部屋にやってきたシュウだったが、カレンはちょうど風呂上りでバスタオル一枚という姿だった。
「た、誕生日おめでとうっ……」
「あ、ありがとうっ。それを言いにきてくれたのかしら?」
「お、おう。あ、あと、プレゼント渡そうと思って……」
「えっ? もうっ?」
カレンは少し驚いた。
誕生日パーティーのときに渡されるものだと思っていたから。
「う、うん。パーティーのとき渡そうと思ったんだけど、なんか皆の前で渡すの恥ずかしくてさっ……。だ、だから今いい?」
「…わ、わかったわっ、ちょっと待ってっ!」
カレンは急いで寝巻きを身につけた。
手櫛で手早く髪を整えてから言う。
「よ、よろしくてよっ?」
シュウは振り返った。
カレンから目を逸らす。
「…ま…前から思ってたけど、おまえの寝巻きってバスタオル一枚とほとんど変わらなくねえ?」
「そ、そうかしらっ?」
「その肩紐なけりゃ胸からバスタオル一枚巻いただけなよーなもんじゃんっ…」
「…な、なんか困るの?」
「……。よ…」
「よ?」
「……よ、欲情する」
「……」
カレン、赤面。
「…ご、ごめん」とシュウも赤面しながら咳払いをしたあと、手に持っていたプレゼントをカレンに差し出した。「は、はい、これ。プレゼント」
「ありがとうっ……!」
カレンはわくわくとしながらそれを受け取った。
長方形の箱の形から察する。
「ネックレスかしら?」
「う、うん」
「開けてみてもよろしいかしらっ?」
「お、おうっ」
カレンが椅子に座り、テーブルにプレゼントの箱を置いた。
プレゼントの包みを開けるカレンを、シュウはどきどきとしながら見つめる。
(どんな反応するかな)
ルビーの入ったネックレスのケースの蓋を開けた瞬間、カレンの頬が染まった。
「まあ…! 可愛いのですわっ……!」
カレンの顔中から零れた笑顔は、シュウが知っている中で一番明るく輝いて見えた。
いや、一番明るく輝いた。
(――自惚れじゃねえ)
増した動悸を感じながら、シュウは確信する。
(オレ、上空5000mにいる)
カレンが立ち上がり、はしゃいだ様子でシュウのところへとやってきてネックレスを差し出した。
「シュウ、シュウ、つけてほしいのですわっ」
「こ、これから寝るのに?」
「よろしいのですわっ」
カレンがシュウに背を向け、後ろ髪を手で持ち上げてうなじを見せる。
シュウがネックレスをつけてやると、カレンが全身鏡の前に駆けて行った。
鏡に映る自分を見たあと、くるりとシュウに振り返る。
「ねえ、シュウっ? 似合うかしらっ?」
「おう、すげー似合う…、想像通り」
カレンが再び頬を染めて笑った。
「ありがとう、シュウ。とっても嬉しいのですわ」
「おう」
シュウは微笑んだ。
リュウに借金をしてまで買って良かったと思う。
お返しにもらったカレンの笑顔は、シュウにとって何よりも求めるもの。
いつも傍にあってほしいと願うもの。
あげたネックレスの値段なんか比べ物にならないほど、高価なもの。
「カレン」
「何かしら?」
「充分知ってるだろうけど、オレおまえのこと好きだよ。おまえの中でも、オレ今――」
上空5000mにいるよな?
と確信しながら訊こうとしたシュウの後頭部に、勢い良く開かれたドアがぶつかる。
ゴスッ!!
「――ゴフッ!!」
「ふっ、ふにゃあああっ!?」と狼狽した顔を見せたのは、リン・ランだった。「ごっ、ごめんなさいなのだ兄上えええええっ! まっ、まさかドアの後ろにいるとは思いませんでしたなのだあああああああっ!」
「お、お、おう、全然痛くねえから気にすんなっ…!」
とシュウは苦笑しながら言った。
本当は物凄く痛かったが。
首につけたネックレスやそれが入っていた箱、包装紙を隠すようにしてカレンがリン・ランに背を向けて立つ。
シュウもリン・ランの目にそれらが映らないように、リン・ランの頭を自分の胸元に抱いた。
「さ、さぁーて、寝るぞおまえらーっ! おやすみ、カレン!」
とシュウはリン・ランと共にカレンの部屋から出て、向かいの自分の部屋へと戻った。
そこでシュウがリン・ランの頭から手を離すと、リン・ランがむくれた顔をしてシュウの顔を見上げた。
「兄上っ!」
「な、何だ、リン・ラン」
「わたしたち、聞いていましたなのだ!」
「な、何をだ?」
「兄上、やっぱりカレンちゃんのことが好きなんじゃありませんかなのだ!」
「えっ!?」
シュウの声が裏返った。
咄嗟に否定しようと思ったシュウだったが考え直す。
(リン・ランにいつまでもバレずに黙っていられるわけねえよな…。もう本当のこと言わねえと……)
シュウが覚悟を決めて口を開こうとしたとき、リン・ランが先に口を開いた。
「わたしたち、認めませんですなのだ!」
「え?」
「兄上がカレンちゃんのこと好きだなんて、絶対に認めませんですなのだ!」
「い、いや、おまえたちオレがまだ何も言ってねえにも関わらず、ついさっき認めて――」
「認めませんですなのだっ!」シュウの言葉を遮ったリン・ランの瞳に、じわじわと涙が込み上げる。「兄上は、わたしたち以外の女なんて好きになりませんですなのだ! 認めませんですなのだ! 絶対に認めませんですなのだ…! 認めたりなんか、しませんですなのだぁ……!」
リン・ランがシュウの胸にしがみ付き、わんわんと泣き出した。
シュウは苦笑するしかない。
(んなこと言われたってオレ、もうノンストップよ……?)
翌日。
カレンの誕生日当日。
午前中に届けられた最高級食材らを使って、シュウは昼下がりからカレンの好きな料理を作り始めた。
誕生日パーティーの準備ができるまで、カレンはリンク一家の家にいる。
パーティーの準備ができたらシュウがカレンに電話をし、そしてカレンはミーナの瞬間移動でやってくる。
(カレン、喜んでくれるかな)
そんなことを期待しながら、シュウは料理を作った。
誕生日パーティー全ての準備ができあがったのはPM5時。
シュウがカレンに電話をしてそれを知らせると、カレンはすぐにミーナと共に瞬間移動でリビングに現れた。
「ハッピーバースデーーーーーイっ!!」
リビングにやってきた瞬間にそんな声たちと大きな音のクラッカーに迎えられ、思わず驚いてしまったカレン。
だけどすぐに笑顔が溢れた。
「ありがとうっ!」
カレンの笑顔を見て微笑んだシュウ。
そのあと、カレンの胸元を見て気付いた。
(オレがプレゼントしたネックレスしてるっ……)
シュウがカレンをじっと見つめていると、カレンがシュウを見て微笑んだ。
頬を染めながら。
動悸を感じながら、シュウは改めて確信する。
(オレ上空5000mにいる)
シュウとカレン。
お互いを見つめる視界が、リン・ランにより遮られる。
「パーティー始めましょうなのだっ♪」
そう言いながら、リン・ランがガラステーブルの前にシュウを挟んで座った。
ランの右隣にカレン、カレンの右隣にはサラが座った。
シュウの背にあるソファーに腰掛けたリュウが、グラスに注いだウィスキーを1口飲んでから口を開く。
「んじゃあ、今年から仲間入りしたカレンの誕生日パーティー始めんぞー。プレゼント渡せー」
シュウを除く一同がカレンに誕生日プレゼントを渡した。
「よし、食え」
とのリュウの命令で、一同は好きな飲み物片手にシュウがカレンのために作った料理を口にする。
いつもとは一味も二味も違うその料理に、一同が絶賛する。
シュウはカレンの反応を待った。
それぞれ一口ずつ料理を口にしたあと、カレンがシュウに笑顔を向ける。
「とってもおいしいのですわ、シュウ!」
「…おうっ」
カレンの笑顔に、シュウからも笑顔が溢れる。
サラがシュウとカレンの顔を交互に見たあと、にやにやと笑いながらカレンに訊く。
「カレン、今日はずいぶんと可愛いネックレスしてんねえ? それどーしったのーっ?」
「えっ…!?」と、頬を染めたカレン。「たっ…、大切な人からもらったのですわっ」
そう言って笑った。
リン・ランがカレンのネックレスを凝視する傍ら、シュウは動悸が止まない。
(やばい…。嬉しすぎる……)
シュウの首に、リュウの腕が回った。
「――グエっ!?」
とシュウはそのまま引っ張られ、リュウの腕に掴まりながら背後のソファーに腰掛けた。
咳き込んでいるシュウに、リュウが耳打ちをする。
「ゴム何個いる?」
「はっ!?」
と声を裏返してリュウの顔を見たシュウ。
リュウが続ける。
「今夜こそカレンのこと抱くんだろ?」
「えっ!?」
再び声が裏返ったシュウ。
赤面してしまいながら、声を小さくして言った。
「そっ、そりゃカレンが好きだって気付いてから、ずっとカレンのこと抱きたくて抱きたくて仕方なかったけど…! きょ、今日は考えてなかったよオレっ…!」
「何で」
「何でって、んないきなり襲ったら抵抗されるに決まってんだろっ…!」
「俺だったら、『俺のこと好きだったら抵抗すんな』って言って抵抗させねーけど?」
「なっ、なんって俺様なんだよ親父っ…!」
「それくらい強引に行けよ、おまえも。なぁに、大丈夫だ。嫌よ嫌よも好きのうちってな」
「……親父ってやっぱり見た目老けなくてもオッサンなん――」
ゴスッ!!
とシュウの言葉を拳で遮ったあと、リュウは続けた。
「それに、本気で嫌なときの抵抗は分かるもんだ。カレンが本気で嫌がってる様だったら止めてやれ。そうでなかったら今夜はカレンと朝まで――」
「そっ、そんなに出来ねえよっ…!」
「ハァ? 情けねーな、おまえ」
「あんたみてえなバケモノと一緒にすんなっ!!」
シュウとリュウの傍ら。
サラもカレンに耳打ちする。
「心の準備はいーい? カーレンっ♪」
「えっ!?」
とカレンが赤面しながらサラの顔を見た。
小声になって訊く。
「なっ、何のことかしらっ…!?」
「何って、もちろん今夜兄貴に抱かれる心の準備」
「えぇっ…!?」
「あとで兄貴に好きだって伝えるんでしょ?」
「…え、ええっ…、伝えるのですわっ…!」
「大喜びした兄貴に求められる可能性ナイとは言えないと思うなー」
「えええっ…!? やだっ、ちょっ……!」
あたふたとするカレン。
耳まで真っ赤になりながら、サラにしがみ付いた。
「どっ、どうしましょうっ、サラっ…! そっ、そんな急にっ…! あああっ、どうしましょうっ!」
「大丈夫だよ、カレン。兄貴はきっと優しくしてくれるか――」
「勝負下着っ!」
「そっちかーい」
誕生日パーティーが終わったのは23時過ぎ。
それぞれが自分の部屋に戻ったり、客間に向かったり。
カレンは自分の部屋に戻ると、鏡の前に立った。
胸元に輝いているルビーのネックレスを見つめる。
(シュウがあたくしのために選んでくれたネックレス。シュウがあたくしのために作ってくれたお料理。とても嬉しくて楽しい誕生日だったわ。……今まで生きてきた中で、1番)
どきどきとカレンの胸が動悸をあげる。
(シュウ、きっとバスタイムを終えたらあたくしのお部屋に来るわよね。そうしたらあたくしはシュウに好きだということを伝えて…。今夜はもしかしたら、あたくしシュウに……)
顔中が熱くなっていくのを感じながら、カレンは宝石箱が置いてある棚の前まで歩いて行った。
シュウからもらったルビーのネックレスを外し、それを宝石箱の中にしまう。
1番の宝物を、大切に大切にしまう。
(さてっ…、あたくしも覚悟を決めてバスタイムを終えましょうっ…!)
とカレンが部屋に備え付けてあるバスルームに向かおうとしたときのこと。
部屋のドアがノックされた。
シュウかと思って一瞬どきっとしたカレン。
でも、姿を見せたのはリンとランだった。
バスタイムを終え、シュウはカレンの部屋へと向かった。
(オレは上空5000mまで来たって、言ってくれるんだろうな)
そう期待に胸を膨らませながら、カレンの部屋の部屋のドアをノックする。
コンコンコン、と3回。
でも、カレンの返事がない。
シュウは首をかしげた。
「おい、カレン?」
ドアノブに手を当ててみると、鍵が閉まっているようでドアは開かない。
シュウはもう一度ドアをノックした。
それから少しして、カレンの声が聞こえてきた。
「…ごめんなさい」
その声はとても小さくて聞き取れず、シュウはドアに耳を近づける。
「何だって? カレン」
「…ごめんなさい、シュウ。あたくし、はしゃぎすぎちゃったみたいで、もう眠くって……」
「うおーいっ…」シュウは苦笑した。「寝てたのかようっ……!」
「…ご、ごめんなさい」
「…い、いや、いいよ、うん。今夜はゆっくり寝てくれ。おやすみ」
シュウはがっくりと肩を落とし、自分の部屋へと戻っていった。
カレンの耳に、シュウの部屋のドアが閉まる音が聞こえてくる。
カレンはベッドに腰掛けていた。
本当は寝てなんかいない。
眠くなんかない。
次から次へと零れてくる涙を小さな手で拭いながら、声を殺して泣いていた。
拭いきれない涙が、カレンの膝に置かれた宝石箱の上に落ちる。
カレンはその中に、シュウからもらったネックレスを大切にしまった。
1番の宝物を、大切に大切にしまった。
でもそれは、そこからなくなってしまっていた。
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