第63話 カレンへの誕生日プレゼント


 毎年恒例秋のギルドイベントのあとは、カレンの誕生日がやって来る。

 見事バスケットボール大会で葉月島がジュニア・アダルト共に優勝を掻っ攫ってから一週間。
 カレンの誕生日パーティーまではあと3日。

 仕事の休憩中、シュウはカレンに訊いた。

「なあ、カレン。誕生日プレゼント何がいい?」

 家にいるときに訊こうとしたのだが、ここ最近はカレンと2人(1人と1匹)で話していると、ほとんどと言って良いほどリン・ランが割り込んでくるのだ。
 その度にカレンもリン・ランに気を遣っているらしく、シュウの前から離れていってしまう。
 よって、カレンと2人だけで落ち着いて会話ができるのは、仕事と仕事の間の短い休憩中だけだった。

 カレンが答える。

「何でもよろしくてよ」

「何でも?」

「ええ」

「ふーん……」

 ルビーのネックレスがシュウの頭の中に思い浮かんだ。

(王子からもらったルビーのネックレスより、オレの方を愛用してくれたりして……)

 と密かにシュウは期待する。

「なあ、カレン」

「何かしら?」

「おまえ、明日と明後日は仕事着いてこなくていいから」

「どうしてかしら?」

「オレの都合」

「って、何かしら?」

「明日の仕事の合間におまえのプレゼントを買いに行って、明後日の仕事の合間におまえの誕生日パーティーのご馳走を作るための最高級食材を調達に行くから。そんなとこ見ちまったら、誕生日のときのワクワクドキドキが半減するだろ」

 カレンが苦笑した。

「別にいつも通りの食材でお料理してくれればよろしくてよ?」

「今年のおまえの誕生日は盛大に祝うって約束しただろ。覚えてねーのかよ」

「覚えてるのですわ、もちろん。ユナちゃんマナちゃんレナちゃんの誕生日のときに約束してくれたのよね」

「ああ。盛大って言っても、いい材料を使っておまえの好きな料理作ったり、部屋の飾りつけ派手にすることくらいしかできねーけど…」

「充分なのですわ。3日後のあたくしの誕生日会、とっても楽しみにして待っているわね」

 とカレンが、シュウに笑顔を向ける。

(うっ、可愛い……)

 思わず頬を染めてしまいながら、シュウは訊いた。

「な…、なあ、カレン? おまえの誕生日の日、訊いていい?」

「何をかしら?」

「オレ今、上空何mにいるのか。…って、今訊いちまってるか、ごめんっ…」

 と、シュウはカレンから顔を逸らす。

「そうね……、その答えはあたくしの誕生日の日に教えるわ。楽しみに待っていてね」

 そう言ってカレンが頬を染めた。
 
 
 
 その日の夜、シュウはこっそりとサラの部屋を訪ねた。
 シュウが言った言葉を、サラが鸚鵡返しに訊く。

「カレンの誕生日にあげるルビーのネックレスは、どういうものがいいかって?」

「う、うん」とシュウは頷きながら、戸口の方を気にして小声になった。「も、もう少し小さな声で頼むわ、サラっ…! カレンにはまだ秘密にしてえし、最近のリン・ランに聞かれたら面倒なことになるっ…!」

「ああ、たしかに最近のリン・ランはピリピリしてるしね。兄貴がカレンのこと好きだって気付いて」

「お、おう。やっぱり完璧に気付かれてるっぽいからな」シュウは苦笑したあと、話を戻した。「んで、どんなのがいいと思う?」

「うーん。そうだなあ」と、サラが数秒考えた。「ルビーのネックレスをプレゼントしたいなんて、王子に対抗してんでしょ?」

「え? …う、うん、なんていうか、まあ…うん。カレン、王子からのプレゼント喜んでたからさ…」

「あれはさ、王子から云々じゃなくて、カレンが好きなルビーだったからなんだよ。ただそれだけ。どんなに安物でも、兄貴からのプレゼントならカレンは喜ぶから安心しなよ」

「それって、オレ期待していいんすか…!?」とシュウは驚愕してしまいながら訊く。「今日の昼間もカレンがオレのこと好きかなーなんて、オレがすーげー自惚れちゃうよーな態度見せてくれたんだけど、オレ期待していいんすか……!?」

 サラが呆れたように溜め息を吐いた。

「もう少し自信持ちなっての」

「…お…おおおっ…!」シュウの瞳が輝く。「オレ、自惚れてもいいレベルに達してるのかオイっ……!」

「んで、カレンへのプレゼントのことなんだけど」

「おうっ?」

「王子からもらったやつみたいに、やたらゴージャスで煌びやかなのもいいけどさ…。アタシは、普段使いできるものがいいと思うけど?」

「…な…なるほどっ…! 王子からもらったやつは、パーティーとか舞踏会とかそういうときしか使えなさそうなゴージャスさだったしなっ…!」

「うん。それでもって、可愛いもの。カレンは可愛いもの大好きだからさ。アクセならハートやフラワーモチーフが好きだよ」

「おお、そうか! サンキュ、サラ! オレ明日、カレンが好きでなお且つカレンに似合うもの探してくる!」

 と戸口へと向かうシュウに、サラが言う。

「アタシも付き合うよ、兄貴」

「え」と、シュウは再びサラに振り返った。「そりゃすげー助かるけど、明日の仕事放ったらかしにしていいのかよ?」

「レオ兄がそんなことで怒ると思う?」

「怒らねーな、うん。バスケ大会のときのレオ兄はスーゲエェェェ怖かったけど…。おまえ、レオ兄に愛されてるなあ」

「まーねっ!」そう言ってサラが嬉しそうに笑ったあと、シュウのところへと歩いてきた。「宝石店に行くならさ、親父が詳しいから親父に連れて行ってもらうのがいいと思うよ?」

「親父が詳しい?」

 とシュウは鸚鵡返しに訊いたあと、すぐに納得した。
 キラは子供のおもちゃから宝石まで、少しでも気に入ったものがあればすぐにリュウに買ってもらう。
 それが誕生日やクリスマスのような、イベントの近い日でなくても。
 実はその合計の数や値段、あの王子のペットとするしかなかったマリア以上。

 よってリュウは子供のおもちゃから宝石まで、専門の店はとにかく詳しい。
 サラが頼んだこともあって、明日リュウがシュウをおススメの宝石専門店に連れて行ってくれることになった。
 
 
 
 翌日。
 リュウに連れて来てもらった宝石専門店の前、シュウの顔が引きつる。

「うっわあぁぁ…。外観からして、スゲエェェ高そう……」

「そりゃ安くはないはな」と、何ら驚いた様子もなくサラ。「親父がママに宝石をプレゼントしたいときに来るお店だっていうし」

「ああ、安くはねーな」と、リュウ。「ここの宝石は全てが最高品質だからな。ああ、そういや王子も気に入ってる店だったな」

「え」

 それってもしかして、王子がカレンにプレゼントしたルビーのネックレスもここで買った可能性もアリってこと?

 とシュウがさらに顔を引きつらせてしまう中、リュウとサラがさっさと店内に入っていく。

「さあああて、レッツゴオォォォ! ねね、親父っ?」

「なんだ、サラ」

「ほしいものあったら買ってね♪」

「おう。ほしいものあったら買っていいぞー」

 と、あっさり言うリュウ。

(な、なんだ…、もしかして思ったより大したことないのかもっ…)

 なんて安堵しながらシュウは店内に入った。
 が、すぐに目に飛び込んできた宝石を見て目玉が飛び出そうになる。

(たっっっっっけ!!)

 すっかり常連らしいリュウに店員に近寄って接客をする中、シュウは店内を回って驚愕せずにはいられない。

(おっ、親父、いっつもこんなところで母さんにプレゼント買ってんのかよ…!? さ、さすが王子様から依頼を受けるたびに1億もらってるだけあるぜっ…! 普段の仕事も、1本1本の報酬と数を合わせればオレの10倍以上稼いでるだろうしっ……!!)

 リュウやサラはのんびりと落ち着いた様子で店内を回るが、シュウは商品から商品へと目を移すたびに顔に動揺が表れてしまう。
 そんなシュウを見て、1人の若い女性店員がおかしそうに笑いながら寄ってきて訊いた。

「フィアンセへのプレゼントでございますか?」

「えっ!? フィアンセ!?」シュウの声が裏返った。「とっ、とんでもネェェェでございます! まっ、まだ全然そんなレベルじゃっ…! 言うならば、ガールフレンドってレベルでっ……!」

 また女性店員がおかしそうに笑った。

「どのようなものをお探しですか、シュウ様?」

「え、えと……」

 何で名前を知られているのかと一瞬考えたシュウだったが、そんなのはこのリュウと同じ顔により愚問である。
 女性店員の声が聞こえたのか、サラが駆け寄ってきて言った。

「ルビーで、普段使いできそうな感じの可愛いネックレスがほしいんだけど」

 サラの言葉を女性店員がうんうんと頷きながら聞いたあと、シュウとサラをとあるショーケースの前へと案内して言った。

「このネックレスなんていかがでございましょう?」

「おお」

 と、シュウとサラは同時に声を高くした。
 ハート型にカットされたルビーがついたそのネックレスは、カレンが気に入ること間違いなし。

 それに、

「カレンに似合いそうだな、これ」

「だね」とサラが同意して頷いた。「赤に見えるくらいの綺麗な濃いピンクだなあ。しかもピンクダイヤもついてキラキラしてるし、これでカレンの瞳もキラキラだわ」

「邪魔にならない大きさだし、普段使いできるよな。よし、これに――」

「兄貴」

「ん?」

 女性店員に顔を向きかけたシュウは、サラに顔を向きなおした。
 サラがルビーのネックレスの値段のところを見ながら訊く。

「予算いくらで来たわけ?」

「えと、この間の王子からの報酬とバスケ大会のときの賞金があるから太っ腹に――」

 予算200万!

 と言おうとしながら、ネックレスの値段に目を落としたシュウ。

「たっ、足りねええええええええっ!!」愕然としてショーケースに張り付く。「オイおまえ、なああああんでそんなに高いんだよ!? え!? 怖がらずにお兄さんに話してごらん!! さんハイっ!!」

「ちょ…、兄貴っ」サラは赤面しながら、シュウをショーケースからはがした。「石に話しかけないでよ、恥ずかしいっ…! 天然ルビーに天然ピンクダイヤ、あとブランド料で高いんでしょっ…!」

「何騒いでんだ、シュウ。静かにしろ」

 と、リュウが顔をしかめながらやってきた。

「おっ、親父っ…!」シュウは小声になってリュウに顔を近づけた。「よっ、予算足りねええええええええんだけどっ!!」

「どれ」

「これこれっ」

 とシュウがルビーのネックレスを指差すと、リュウがそちらに顔を向けた。

「ふーん。いくら足りねーの」

「200万も!」

「それくらい俺が出してやる」

「えっ!? 親父に半分も出してもらったら意味が――」

「おまえまた俺に借金だな」

「借金かよっ!」

「当然だろうが。甘ったれんな。利子はトイチな」

「ひっ、ひでええええええっ!!」

「嫌なら諦めて別のもんにしろ」

「うっ……!」

 シュウはネックレスに顔を向けた。

(た…高い…。でもカレンに似合うよな、絶対。それに……)

 シュウの頭の中に、カレンの喜ぶ顔が浮かぶ。
 数秒考えたのち、シュウは決めた。

(やっぱりこれにしよう)

 シュウがリュウに振り返ると、サラがリュウにおねだり中。

「親父っ、親父っ! アタシこのネックレスほしいなっ♪」

「どれ」

「これこれっ♪ 200万だって」

「おー、買っていいぞー」

 シュウの顔が引きつる。

「オイ親父……!?」

「何だ、シュウ」

「ちょっと娘に甘すぎるんじゃねえかな…!? サラだってハンターやってんだからその200万を借金させろよ、え……!?」

「ばっ、おま……!?」リュウの顔が驚愕する。「むっ、娘に借金させろだと…!? しかも200万も…!? なっ、何て鬼畜なこと言いやがるんだおまえ…!! マっ、マジ信じらんねえっ…!! おまえ誰に似たの……!?」

「あっ、あんただろうがっ!!」

 驚愕のあまり、思わず大声をあげてしまったシュウ。
 気を落ち着かせ、リュウをルビーのネックレスの前まで引っ張って行って言う。

「オレ、やっぱりこれをカレンの誕生日プレゼントにする」

「俺に借金ってことでいいんだな」

「ああ。オレだって一流ハンターなんだから、200万なんてすぐ返せる。…でもオレの仕事増やしてね、再来月にはクリスマスだから金溜めねーと」

「いーけどぶっ倒れんなよ」

「おう」

 リュウがルビーのネックレスと、サラがほしいと言ったネックレス、それからキラへの土産だという桁違いのネックレスをカードで一括払いで買った。
 店員がラッピングを済ませている間、シュウがリュウに200万ゴールドを渡しながら言う。

「なあ、親父」

「何だ」

「オレからプレゼントもらったとき、カレンどういう反応するかな」

 リュウはシュウの顔を見た。

 期待しているけど、少し不安。
 そんな目をしている。

「んなの、喜ぶに決まってんだろ」

 そう言ってリュウが呆れたように溜め息を吐くと、シュウから安堵の笑みが零れた。

 再びシュウの頭の中に浮かぶ、カレンの喜んだ顔。
 シュウは頬を染めて飛び跳ねた。

「早く来い来い、カレンの誕生日ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 
 
 
 
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