第62話 バスケットボール大会 後編
毎年恒例秋のギルドイベント。
今年は『全島ギルド・バスケットボール大会IN葉月島』。
葉月島チームはジュニア・アダルト共に、1回戦を余裕で突破した。
次は準々決勝。
1回戦のときはボール運びとパスに専念してシュートは決められなかったシュウだが、次はがんがんシュートを決めて派手に行きたいところ。
(そしてカレンの目を引こうとしてるオレ、上空5000mまで駆け上がろうと必死だぜ……)
次の対戦相手は水無月島ジュニアチーム。
試合10分前、シュウ率いる葉月島ジュニアチームは、離れたところにいる水無月島ジュニアチームに顔を向けてぱちぱちと瞬きをした。
全員が人間の女だ。
「まあ、うちもオレとジュリ以外は女だけど……。うちはカレン以外ハーフだから勝てるよーなもんだし……」シュウが感心したように言う。「よく人間の女の子だけで1回戦突破したなあ」
「人間の女だけだからこそ、1回戦突破したんでしょ。あそこのチーム、1回戦は皐月島の男だけのチームと戦ったみたいだし、勝たせてもらったっていうかさ」と、サラ。「兄貴、今回は思うように動けないんじゃないの」
「へ?」
とサラの顔を見たあと、再び水無月島ジュニアチームに顔を向けたシュウ。
水無月島ジュニアチームの女たちが、シュウに向かってにっこりと笑いながら声をそろえる。
「お手柔らかにお願いしまぁーす(ハート)」
「……は…、はぁーいっ……」
うわ、何この勝たせてやらなきゃいけねー雰囲気。
シュウの顔が引きつった。
シュウの顔を見て、サラが溜め息を吐く。
「やっぱりね。兄貴、今回はベンチね」
「ええっ!? オレなしで大丈夫かよ!?」
「今回は兄貴いると邪魔になる」
「ひっ、ひでえっ……! おいサラ――」
「んじゃ今回は」と、サラがシュウを無視してチームを見回す。「アタシとリン・ラン、それからジュリとリーナね」
「合点しょーちのすけやで、サラちゃん!」と、リーナが張り切った声を出した。「めっさ可愛いうちとジュリちゃんで、相手の女どもにムネきゅんさせてボールうばいまくんでーっ!」
「頼んだよ、チビ2匹。子供作戦は男にも女にも有利。どうしても甘くなっちゃうからね。子供嫌いでも、これだけ観客いればその目が気になるもんだし」
「ああ、つまり…、オレの水無月島の女の子チームに対する心境と一緒にさせるってことだな?」と、シュウが苦笑した。「こう、手加減して勝たせてやらなきゃいけねーみたいな……」
「そゆこと。というわけで、ジュリとリーナが相手チームの動きを封じて、アタシとリン・ランで点取りね」
そういうことになった。
つまり次の準々決勝はシュウの出番なし。
サラの作戦通り水無月島ジュニアチームはジュリとリーナにボールをあげてばかりで思うように動くことはできず、サラとリン・ランで次から次へと得点を稼いでいく。
特にサラのプレイは観客の目を引きつける。
カレンの目も。
「きゃああああああっ! サラ素敵ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
目がハート状態になっているカレンを傍らに、シュウは苦笑する。
(つ…、次こそオレがカレンの目をハートにっ……!)
葉月島チームの準々決勝はジュニアが340対52で、アダルトが503対40で勝利した。
準々決勝で勝利したら、葉月島はジュニア・アダルト共に決勝まで試合はない。
昼食タイムに入り、シュウはカレンとキラ、ミラお手製の弁当を食べてパワーと気合をチャージ。
シュウは一番の好物であるハンバーグを一口食べてみて分かる。
「こっ、これはカレンのハンバーグっ……!」
「ええ、あたくしが作ったのですわ」とカレンがシュウに笑顔を向ける。「たくさん食べて、決勝戦がんばってね!」
「すーげー頑張っちゃう、オレ……!」
「ああ、頑張れよシュウ」と、リュウ。「俺、昼飯食ったあとアダルトの部の決勝戦来るまでいねーんだわ。だから妹たちに怪我させねーようにな」
「へ? どこ行くわけ、親父?」
ぱちぱちと瞬きをして訊いたシュウ。
「どこって……何、おまえ気付かなかったわけ?」と、リュウが呆れたように溜め息を吐いた。「ここの近くにラブホあんだぜ? こりゃ行かなきゃだぜ」
シュウの顔が引きつる。
「なっ、何で行かなきゃいけねーのか訊きてえっ!!」
「食後はセックス。これ常識。知らねーのかよ」
「しっ、知らねええええええええええええええっ!!」
シュウがいくら喚こうが、とにかくジュニアの部の決勝戦にはいないらしいリュウ。
シュウを嫌な動悸が襲う。
(親父がコート脇にいねえってことは、もしかしてオレ……、堂々殴られたり蹴られたりの可能性あり? ていうかあるよな、ファウルにならねーんだし)
シュウは妹たちに顔を向けた。
(親父の娘であるオレの妹たちを殴る奴はなかなかいねーと思うが…、一応気をつけねーと……)
ジュニアの部決勝戦前。
コートの周りに多くの観客たちが集まる。
葉月島ジュニアチームは、準決勝を勝ち抜いた師走島ジュニアチームに顔を向けた。
師走島に多く生息するコウモリ型のモンスターが2匹と、そのハーフが2匹、あとは人間。
どういうスタメンで来るのかは分からないが、全員が男だということは見れば分かった。
師走島ジュニアチーム全体を見て、シュウは苦笑する。
(こりゃ強いぜ……。コウモリの羽がある時点で飛べるわけだし、皆ゴツイし……)
サラが言う。
「うーん……、コウモリの羽つきが4匹かあ。スタメンにいれてくるんだろうな」
「なあ、おまえたち」と、リンクが割り込んできた。「相手、気ぃつけや。おれジュニア・アダルト共に準決勝見とったけど、ファウルにならんとはいえ醜いプレイしよんで。師走島のジュニアもアダルトも。今回リュウの殺気作戦はないからな、ほんまに気ぃつけや」
シュウたちが承諾すると、リンクが下がって行った。
シュウが言う。
「スタメンにオレとサラは決定だとして、あとはリン・ランと、三つ子から1匹じゃねーの」
「いーや」とサラが首を横に振った。「兄貴とアタシ、双子または三つ子から1匹、それからお姉ちゃんとカレンだね」
「ミラとカレンっ?」シュウの声が裏返った。「って、試合に出すつもりだったのかよサラ?」
「もちろん。ちゃんと選手だよ。お姉ちゃんとカレンの服をチアガールにさせたのは応援のためと、それからもう1つあるんだなー」
ふふん、と笑うサラ。
一体どんな作戦かと、シュウは眉を寄せた。
カレンとミラを見てみると、顔を見合わせて苦笑している。
しかも何だか恥ずかしそうだ。
(サラの奴、どんな作戦立てたんだ…? カレンとミラなんて、ドリブルすら上手くできねーのに……)
サラがシュウに言う。
「今回はアタシがガードやるから、兄貴はシュート頼んだよ。がんがん行ってね」
「お、おう。まかせろ」
決勝戦のスタメンはシュウとサラ、カレン、ミラ、それからレナとなった。
決勝戦は前半30分、後半30分の計60分。
ジャンプボールはシュウ。
相手と同時にジャンプしてボールに届くか寸前、早々に相手の膝蹴りを腹に食らい、シュウはボールを叩けず腹を抱えて地に足をつけた。
「いってえぇ……!」
サラが相手からボールを奪い、狼狽したように訊く。
「兄貴、大丈夫!?」
「お、おう、大丈夫だ。気にすんな」
「ったく、醜いプレイしてんじゃないよアンタたち!!」サラが相手チームに怒鳴りながら、ミラにパスした。「お姉ちゃん、頼んだよ!!」
「え、ええっ…? ほ、本当にするのっ…!?」
「するの!」
「わ、分かったわよ、もうっ……」
頬を染めながら、寄ってきた相手選手の顔をじっと見つめたミラ。
(何すんだ…?)
シュウが首をかしげる中、ミラがジャンプしながらカレンにボールをパスした。
ミラが宙から地に降りるとき、ミラの前にいた相手選手の動きが止まる。
(お、おい、待て……)
シュウの動きも止まった。
(い…、今、スカートの下にアンダースコートじゃなくてパンツ見えなかったか…!?)
シュウがサラに目を向けると、サラがミラに向かって笑顔で親指を立てている。
(ま、ま、ま、まさか……!?)
シュウがサラの作戦を察して、カレンに顔を向けたときにはもう遅い。
相手選手の目の前、カレンもミラのようにジャンプしながらレナにパス。
カレンが着地する際に一瞬めくれたミニスカート。
シュウは見た。
ばっちり見た。
(今日のカレン、白パンツっ……!)
と、鼻血吹きそうになっている場合ではない。
シュウは赤面しながらサラを見た。
「ちょっ、待てサラ!! おまえ、なんっっって作戦立てやがる!!」
「えー? ちょー有効じゃん。ホラ」
とサラがレナに顔を向け、シュウもそちらに顔を向けた。
レナが難なく5ポイントラインからシュートを決める。
「ね?」と笑い、サラが再びシュウの顔を見る。「相手、硬直して動けないでやんの?」
「オレまで硬直したわっ!!」
「しないでよ」
「するわっ!!」
「えー? じゃあダメじゃん、この作戦」
「当たり前だっ!! ええいっ、選手交代っ!! カレンとミラは下がってろ!!」
ということで、カレンとミラは結局ベンチに。
代わりにリン・ランが出てきて試合を再開。
(気を取り直して行くぜぃっ!!)
と思って張り切ったシュウだったが、ボールを受け取るたびに殴られたり蹴られたり。
「あああっ!!」リン・ランが声を上げ、相手選手を指差して言う。「いい加減にするのだ、おまえたちっ!! どこまで兄上を傷つければ済むのだ!!」
「いい、リン・ラン。ファウルにならねーんだから仕方ねーよ」
「でっ、でも兄上っ……!」
「大丈夫、親父殴られるのに比べたらどうってことねーし。気にすんな」
そう言って笑ったシュウ。
「――うっ……!」
とサラの呻き声が聞こえて振り返った。
サラの身体が飛んできて、慌てて受け止める。
「サラ!?」
「サラ姉上っ!?」
リン・ランが慌ててサラに駆け寄り、レナが相手選手を指差して声を上げる。
「あっ、あいつ今サラ姉ちゃんのこと殴ったあああああああ!!」
「――なっ……!」
ブチッ
とシュウの中で何かが切れた音。
「てっ…、てめえら、いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ加減にしやがれ……!」相手選手を見るシュウの顔が怒りで引きつる。「女にまで手ぇ上げてんじゃねえぞゴルアァァァァァァ!!」
びくついた相手選手たち。
ベンチから女たちやリンクの声が聞こえてくる。
「おっ、落ち着いてっ!」
「おっ、落ち着くんやっ……!」
「落ち着けねえっ!!」
とベンチに振り返ったシュウも、相手選手と同様にびくついた。
顔面蒼白する。
女たちやリンクが落ち着かせようとしているのはシュウでない。
そして相手選手が怯えた相手もシュウではない。
それは、
(れっ…、レオ兄怖えぇぇっ……!!)
サラが殴られたことによりブチ切れたレオンだった。
腕組みして試合を立ちながら見ていたレオン。
いつもは優しい赤い瞳から放たれる、リュウにも劣らない殺気。
いつもの穏やかな表情からは想像もできない恐ろしい形相。
逆立っている柔らかいはずの青い髪。
爪がぎりぎりと腕に食い込んで血が流れ出ている。
(れっ、レオ兄が切れたのって初めて見たよオレ……!!)
ミラに慌てて治癒魔法を掛けられながら、レオンがシュウを見て言う。
「シュウ」
「はっ、はいレオ兄様っ!?」
「ぼうっとしているんじゃない。早くサラに治癒魔法」
「はっ、はいただいまっ!!」
シュウは慌ててサラが殴られた頬に治癒魔法をかけた。
王子を相手にしたときよりも畏まってしまう。
(怖えぇ…! レオ兄って切れるとマジ怖えぇぇぇぇ……!!)
そのことを肝に銘じながら、シュウは試合を再開した。
レオンの殺気により、すっかり畏縮してしまった師走島ジュニアチームの選手たち。
ボールはシュウを中心に集められ、試合はシュウの独壇場に。
5ポイントラインから飛んで宙返り1回転付きのダンクシュートや、センターラインからのロングシュートなど派手なプレイで観客を目を釘付けにする。
ばっちりカレンの目も。
「きゃああああああっ! シュウかっこいいのですわあああああああああああっ!!」
「イエイっ!」
とカレンに親指を立てながら、シュウは心の中でにやける。
(ああ…、オレ今、上空5000mまで駆け上がってる感いっぱいだぜ……!)
試合は520対63で、葉月島ジュニアチームが優勝した。
ベンチに戻ってカレンや妹たち、観客と一緒に舞い上がりながら、シュウはレオンに顔を向けた。
「レオ兄、ありが――」
ありがとう、おかげでオレ活躍で出来ちゃったぜ!
と言おうとしたシュウは言葉を切った。
レオンがサラと話したあと、ようやく戻ってきたリュウとキラのところへと歩いていく。
(レオ兄、親父と母さんに何話してんだろ?)
との疑問は、リュウの変化した表情をすぐ見ればわかった。
(ああ…、言っちゃったのね、サラ殴られたこと……)
シュウは苦笑した。
まだ落ち着いていないレオンに加え、ブチ切れたリュウ。
次のアダルトの部の決勝戦も師走島が相手。
男のコウモリ型のモンスター5匹と戦うようだ。
リュウやレオンが相手を殴ったり蹴ったりなど醜いプレイに行くことはないだろうが、シュウは何だか血を見るような気がした。
(そしてそんなオレの予想、的中だぜ)
ダンクに行こうとしたリュウを止めようと、3匹で殴りかかろうとした相手選手たちが逆にリュウに吹っ飛ばされ、ゴール下で顔面から血を流して倒れる。
同様にレオンにも吹っ飛ばされ、レオンの足元に相手選手たちがうずくまる。
(あー、怖っ……! …っていうかよー)
シュウの顔が引きつる。
(オレよりすげープレイをしないでくれっ!!)
ジュニアの部決勝戦のときに、5ポイントラインから宙返り1回転付きでダンクシュートを決めたシュウだったが、
「にゃあああああんっ♪」
ドカンッ!!
と、キラに5ポイントラインから宙返り7回転付きでダンクシュートを決められ……。
ジュニアの部決勝戦のときに、センターラインからロングシュートを決めたシュウだったが、
「いよっと」
と、リュウに相手ゴール下から軽々と超ロングシュートを決められ……。
(観客もカレンも、オレのときより騒いでんじゃねーかっ!! うううっ…、なんて可哀相な主人公なんだオレっ……!)
沸いている周りとは裏腹に、重く沈んでいるシュウ。
アダルトの部は、750対10で葉月島チームが優勝した。
表彰台の一番高いところに上るシュウから、少し離れたところにある表彰台の一番高いところ。
そこにはリュウの姿。
(親父と並ぶと全くかっこよくねーよ、オレ……)
笑うことなく優勝カップと賞金を受け取り、シュウは表彰台から降りた。
これにて『全島ギルド・バスケットボール大会IN葉月島』は終了。
シュウのところへと妹たちが駆け寄ってきて、優勝カップや賞金を手にしてはしゃぐ。
暗いシュウの顔を覗き込んで、カレンが首をかしげた。
「どうかしたのかしら? 優勝したのに嬉しそうじゃないのね」
「優勝したのは嬉しいけどよ……、オレかっこわりーんだもん」
「どうしてっ?」
と、カレンが驚いたように訊いた。
「どうしてって、親父や母さんたちの方が格好良かっただろ」
「そりゃ、リュウさまやキラさまはとても格好良かったけれど…」カレンが笑って言う。「シュウも、とっても格好良かったのですわ!」
「え…」
オイ、マジか……!
シュウの頬が染まった。
「カ、カレン」
「何かしら?」
「オレ今、上空何mっ……!?」
「えっ…? えと……」
カレンの頬も染まる。
カレンの返答を待ってシュウがごくりと唾を飲み込んだとき、リン・ランが割り込んできた。
「兄上ーっ、今日とってもかっこよかったですなのだっ♪」
「兄上ーっ、今日とっても素敵でしたなのだっ♪」
「早く帰りましょうなのだっ♪」
「わたしたちと帰りましょうなのだっ♪」
リン・ラン両腕を力いっぱい引かれ、帰路へと着くシュウ。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
ずるずると引っ張られながら、後方をサラと共に歩いているカレンの顔を見たシュウ。
(さ、さっきのカレンの反応……!)
もう一度ごくりと唾を飲み込んだ。
(オレもしかして、上空5000m一歩手前……!?)
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