第6話 告白の前日
ついに遭遇してしまった。
極力避けていたシュウだったのに。
カレンと、リュウの接触を。
恐らく次の仕事への移動中だろうリュウ。
足の速くなる魔法をかけ、車道をどの車よりも速く駆けて来る。
「きゃあああああああ!! リュウさまあああああああああああ!!」
黄色い声をあげ、カレンが飛び跳ねる。
シュウとカレンの近くまで走ってきたリュウが、車道と歩道を遮る柵をぴょんと乗り越えた。
そしてシュウの脇で急停止。
ゴスッ!!
「いってえぇ……!」
いきなりリュウの拳骨を食らい、シュウは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「何、ちんたら歩いてんだおまえは! そんな暇ないだろうが! 昼飯はちゃんと食ったんだろうな!?」
「く、食った……」
「ならさっさと仕事行け! じゃーな」
と去ろうとしたリュウを、カレンが慌てて呼び止める。
「リュウさま! お待ちになって、リュウさま!」
「ん?」どうやら今になってカレンに気付いたリュウが、カレンに目を向けた。「ああ、葉月病院院長の孫娘でシュウの弟子の……」
「カレンですわ!」
「そうか」
と、言うなり猛ダッシュでその場を去っていったリュウ。
「えっ!? ちょっ!? お待ちになってえぇぇぇぇぇぇぇ!?」
そうカレンが慌ててリュウに手を伸ばしたときには、リュウの姿はすでに夜空に浮かぶお星様サイズ。
(よし、何事も起きなかった)
そう安堵したシュウだったのだが。
カレンがシュウを見上げて喚く。
「ちょっと、シュウ! 早くリュウさまを追いかけて!」
「バッ……、バカ言うなっ。あんなバケモノの足に追いつけるかよ」
「追いかけてったら、追いかけて!」
「無理だ。ていうか、見てただろ、さっき。オレも仕事行かねーと怒られるんだよ」
「嫌っ! 追いかけて!」
「ああもう、ワガママな女だな!」
必死なカレンの瞳に、涙が浮かぶ。
「やっと、やっとお会いできたのですわ……!」
う…、泣かれる……。
と、シュウは苦笑しつつ、カレンの頭の上に手を乗せた。
(こいつ、本気で親父のこと好きなんだな……)
そんなことを思って、小さく溜め息を吐く。
「分かったよ。そうだな……明日にでも親父に会わせてやるから。今は我慢してくれよ」
「……約束してくださる?」と、カレンが上目遣いでシュウを見上げる。「明日、必ずリュウさまに会わせてくれるって……」
「ああ。約束する。約束するから、今は仕事行こうぜ」
カレンが頷いて承諾した。
暗くなる前にカレンを家へと送ってやり、自分は深夜に仕事を終えてやっと帰宅したシュウ。
屋敷の中はもう寝静まり帰っていた。
昼間に母親・キラが粉砕した全室の窓は、どうやらガラス屋に直してもらったようだ。
(よくたった1日で直してもらったもんだ。親父の権力か。すげーな、親父は……)
そんなことを思いながら、シュウは暗いリビングのソファーに寝転がった。
きっとキッチンにキラやミラが作った晩ご飯が置いてある。
でも、あまりの疲れに食事が咽を通らなそうだった。
(飯ちゃんと食わねーと、親父にどやされる……。食わねーと……)
そう思っているのに、瞼が閉じていく。
(ああ…、すげーな、親父は……。オレよりずっと仕事の数多い…のに……)
起き上がることができず、夢の中に入っていったシュウ。
それから少しして、リビングの電気が付いた。
(やーっと帰ってきたか)
と、シュウの父親であるリュウは溜め息を吐いた。
ソファーで寝ているシュウのところへとやってきて、死んだように眠っている息子の寝顔を見つめる。
(青い顔しやがって……)
リュウはシュウの身体を揺すった。
「おい、シュウ。起きろ」
起きる気配のないシュウ。
リュウはもう一度身体を揺する。
「シュウ、起きろ。こんなところで寝てんな」
やはりシュウは起きない。
「まったく、仕方ねえな……」と、溜め息を吐いたリュウ。「世話の焼ける息子だ……ぜっ!!」
ドスッ!!
と、シュウの腹目掛けてカカト落とし。
「――ガハァッ!!」
頭と足が跳ね上がり、シュウの身体が「く」の字に折れ曲がる。
一気に夢から現実へと引き戻されたシュウは、腹を抱えてリュウの顔を見た。
「おっ、親父…、い、今何した……!?」
「カカト落とし?」
「ふっ、ふざけんなっ……!」
「いてーの?」
「当たり前だろうがっ……!」
「何だよ、力抜いてやったのに。だらしねえ」
そう言いながら、シュウの足を避けてソファーに座ったリュウ。
シュウが重たい身体を起こし、体勢を整えてから訊く。
「こんな時間まで仕事に手こずった理由は何だ」
「いや、その――」
「弟子か」リュウがシュウの言葉を遮った。「あの葉月病院院長の孫娘のカレンっていう。昼間会ったときは急いでたから大して気にしてなかったが、あの女は本当にハンターになる気あんのか?」
と、リュウが眉を寄せる。
きっとカレンの服装を思い出して言ったのだろう。
なんせ、ハンターという戦いばかりの仕事にも関わらず、ロリータファッションだったから。
リュウが続ける。
「そのカレンのせいで、倍近く時間食ったんだろ?」
シュウは否定できなかった。
実際、うろちょろとするカレンを見張ったり守ったりしていなければ、仕事はずっと早かったし、ここまで疲れなかっただろう。
移動だって、カレンがいなければその3倍のスピードで出来た。
かといって、はっきりと肯定もできなかった。
リュウに一途に恋するカレンが、リュウに悪く思われてしまう気がして。
もちろん、リュウとキラの離婚を望むカレンの味方をしているわけではないが。
ただ、可哀相だと感じた。
シュウの様子を見て、リュウは肯定したと判断した。
「なら、カレンは別の師につける。俺はもともとおまえに弟子つける気なかったしな」
「いや、親父っ……!」シュウは慌てて口を開いた。「か、構わねーから、オレはっ……。弟子がいてもっ……」
昼間のカレンの必死な顔が、シュウの脳裏に浮かぶ。
カレンがシュウの弟子をやめたら、カレンはますますリュウに会えなくなってしまう。
あんなにもリュウに会いたがっているのに。
そう思うと、やっぱり可哀相で。
眉を寄せたリュウが口を開く前に、シュウは続けた。
「そ、それでさ、親父。明日、少し時間あっかな」
「明日なら……まあ、午前で仕事終わらそうと思えば終わっけど?」
「じゃあ、昼過ぎからは家にいるよな?」
頷いたあと、リュウがじっとシュウの顔を見つめて言う。
「カレン連れてくると、俺の可愛い黒猫――キラと、娘たちが機嫌悪くなんだがな」
シュウは苦笑した。
「き、聞いたのかよ。今日何があったのか……」
「いや、何があったまでかは聞いてねーが。そろって不機嫌そうにカレンの名を出してたからよ。キラが全窓ガラス粉砕したのも、カレンが関わってんじゃねーの?」
「……。ごめん、窓ガラス……」
「ガラスくらい気にすんな、大したことねえから」と、リュウがシュウの肩をぽんと叩いた。「あとで金返せよ」
「うん……――って、オレが払うのかよ!?」
シュウが仰天してリュウの顔を見ると、リュウがきっぱりと答えた。
「当たり前だろうが。カレンが原因だと分かったら、師であるおまえの責任だ」
「う……」
たしかにリュウの言う通りなので、シュウは抵抗できず。
リュウが続ける。
「んで、ガラス代のことなんだけど。大量購入割引で安くしてもらったんだぜ」
シュウはごくりと唾を飲み込んで訊く。
「い…いくら……!?」
「900万」
「たっ、たけぇーーーーっ!!」
「一応一流ハンターなんだからそう時間かかんねーで返せるだろ」
「そ、そうかもしれねーけどっ……」
「トイチな」
トイチ――十日で一割の利子。
「ハァ!? ちょっ、待っ――」
「俺って闇金デビューもできるんだぜ」
「自慢げに言ってんな!!」と、リュウに突っ込んだあと、シュウは訊いてみる。「お、おい、親父。このオレの立場が、もしサラでも同じことさせてたよな……!?」
そんなシュウの問いから数秒後。
リュウの顔が驚愕していった。
「そっ…、そんな鬼畜なことを俺が娘にさせるわけねえだろ!? なっ、何考えてんだ、おまえ……!?」
「あっ、あんたこそ何考えてんだよ……!?」シュウの顔も驚愕する。「この息子と娘の差は何だよ!? 天国と地獄じゃねーかよ!?」
「息子に甘くするもんじゃねーぜ」
「って、ジュリには甘いじゃねーかよ!? オレがジュリくらいの年のとき、すでに今の扱いと変わらなかった気がすんだけど!?」
「いーんだよ、ジュリは。なんせ、すーげーマジ半端ねえ可愛いさだからな」そう言ったあと、リュウが瞳を恍惚とさせて付け足す。「キラそっくりでっ……!」
「はいはい……」
シュウは呆れながら苦笑した。
そりゃ、キラは絶世の美女と言っても過言ではないけれど。
どうやったらここまでバカになれるのだろう。
リュウが欠伸をして立ち上がる。
「じゃ、飯食ってから寝ろよ。おやすみ」
と言ってリビングのドアへと向かっていくリュウを、シュウは慌てて呼び止めた。
「まっ、待ってくれ親父っ!」
「何だよ」と、リュウが眉を寄せて振り返る。「俺、おまえとは『おやすみのキス』に抵抗あんだけど」
「あっ、当たり前だ気持ちわりぃっ!! オレが言いたいのはそうじゃねーよ!!」
「借金の利子はきっちりトイチな」
「う……。そ、そのことでもなくて」
「? じゃあ、何だよ」
「そのっ…、明日カレンがうちに来たら、話してやってくれねえかなっ……。あいつ、ずっと親父に会いたがっててさ。だからっ……」
そう、懇願しているような顔で言ったシュウ。
それを少しの間見つめたあと、リュウは小さく溜め息を吐いた。
「おまえは、昔っから自分のことより他人のことだな」
そう言って、再びリビングのドアへと向かっていく。
「おっ、親父っ……!」
返事は?
シュウが訊く前に、リュウが答えた。
「してやるよ、話くらい」
「お、おう」シュウは安堵して笑顔になった。「サンキュっ……」
「優しいな、俺」
そう言ってもう一度欠伸をしたあと、リュウはリビングから出て行った。
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