第59話 大仕事 後編
カレンとキッチンで喧嘩になってしまい、王子のいるリビングへと戻っていくカレンを焦って追いかけたシュウ。
「まっ、待ってくれカレン!! 嘘です嘘なんです、他の女の子なんて好きにならないっすううううううううう!!」
「触らないでっ!」
べちんっ!
「――ハゥッ!」
とカレンの小さな手にビンタされたのは3時間前のこと。
ようやく注文された料理を全て作り終えたシュウは、キッチンの椅子に座ってしょげ返っていた。
王子や女たち、ジュリのいるリビングに行きたいところだが、このシュウが姿を見せるとカレンの笑顔が消えてしまうが故に行きづらい。
(なああああああにしてんだよオレっ! カレンはオレの名を汚さないために頑張ってくれただけなんじゃねえかっ…! カレンのいる上空5000mまで順調に駆け上がれてたのに、オレの大バカヤロォォォォォォォォォ! ああもう、オレどこまで落下したんだろ…。まさかまた地上…!? あああ…、誰かヘルプミーっ……!)
シュウがショックのあまり椅子からずり落ちそうになったとき、キッチンにカレンとミラ、サラが食べ終わった皿を持ってきた。
「王子様、今度はジュリに付き合ってお庭に鬼ごっこしに行ったわよ」と、ミラ。「リン・ラン、ユナ・マナ・レナも一緒に」
「おっ、鬼ごっこぉ!?」シュウの声が思わず裏返った。「ちょ、待て! 王子様に何をさせて――」
「大丈夫ですわよ」と、カレンがシュウの言葉を遮った。「王子様、張り切った様子でお庭へ出て行きましたもの」
「…あ…、そ、そう」
シュウは言いながら、機嫌を窺うようにカレンの顔を見た。
カレンに顔を背けられ、がっくりと肩を落とす。
(ああオレ…、やっぱり地上にいる……)
シュウは立ち上がってキッチンの戸口へと向かった。
サラが訊く。
「兄貴どこ行くの? 王子が外で遊んでるうちに休んでおけば?」
「汗かいたら風呂入りたがるだろ、王子」
「ああ、そうか! アタシも準備しないと!」
とサラもシュウのあとを着いて1階にある大きなバスルームへとやってきた。
洗面所の引き出しから入浴剤を取り出す。
シュウはバスタブが汚れていないことを確認したあと、水魔法と炎魔法でお湯を作って中に入れた。
「もうお湯作ったら、王子が入る頃には冷めるんじゃないの、兄貴」
「熱めに作っておいたから大丈夫」
「ふーん」
サラはシュウの背に目を向けた。
明らかに元気のない様子が伝わってくる。
「兄貴、カレンと喧嘩したの?」
「オレまた、地上まで落下したっぽい…」
「まさか。夜になればカレン怒ってないよ。それよりさ、兄貴」
とサラが入浴剤を手に持ってシュウのところにやってきた。
シュウに顔を近づけ、小声になって言う。
「さっき、問題の王子の夜伽の相手の話になったんだけど」
「お、おう…?」
「アタシは聞き逃さなかったよ」
「な、何を?」
「王子が、『万が一リュウにバレたことを考えると面倒だな…』ってポロッと呟いたのを」
シュウは眉を寄せた。
「それって、つまりどういうことだ?」
「ずばりアタシの予想としては、王子は夜伽にカレンを選ぶ!」
「なっ…」シュウ、驚愕。「なぬぁーーーっっ!? えっ、ちょっ、何でっ!?」
「だって、王子は親父にバレたら面倒とか言ってたんだよ? それってつまり、親父の娘であるアタシたちに手を出したら面倒なことになるっていう意味でしょ」
「あああ、そうかっ! 面倒にならねえのは親父の娘じゃねえカレンだけなのかっ…!」
「どうするよ、兄貴」
「どっ…どうしようっ…!?」
狼狽するシュウ。
サラが入浴剤をバスタブに入れながら言う。
「まあ、予想外れるかもしれないけどさ…」
「そ、そうなることを願うっ…!」
王子が夜伽の相手にカレンを選びませんようにと、シュウは願った。
かと言って妹たちのどれかを選ばれても困るのだが、シュウは願った。
カレンが王子の夜伽になりませんようにと、必死に願った。
王子のバスタイムのお供をしたサラ。
ふらふらになってバスルームから出てきて、夕食の支度のためキッチンにいたシュウのところへとやってきた。
「あっ…兄貴っ……!」
「おっ、おいサラっ!?」とシュウはよろけたサラの身体を慌てて支えた。「どうした!?」
「おっ…王子にっ…!」
「王子様に!? まさかおまえっ……!?」
「そのまさかだよ兄貴っ…! もう信じらんないっ……!」
「なっ…!」シュウ、驚愕。「なっ、なんって王子なんだよ…! サラが嫌がってるっていうのに無理矢理――」
「まさかレオ兄の鉄メダル奪取されるなんてっ!!」
「は?」
「レオ兄がアルミメダルになってしまったあああああああああ!!」
「…ちょ、おま……」シュウは脱力しながら苦笑した。「そんなことかよ…。っていうかどんなモノがついててもプラチナメダルを差し上げろと言ったじゃねーか…。んで、王子様はリビング?」
「うん。風呂上りのビール取りに来たんだった、アタシ」と、サラが冷蔵庫を開けてビールを取り出す。「結構飲めるんだなあ、あの王子。…んでさ、兄貴」
「ん?」
サラが強張った顔をして振り返った。
「王子やっぱりカレンを夜伽にしようとしてるみたい」
「――!?」
「カレンの腰抱き寄せて何か口説いてたっぽいもん」
「…ま、ま、ま、待て。あ、焦るな、サラっ…! だ、大丈夫だ。王子がカレンを夜伽に選びませんようにって、オレ必死に願ってるしっ…!」
「アタシも願ってるよ。だけどさあ、兄貴」
「お、おう?」
「この世(小説)はそんなに甘くないと思う」
(ウン、ソウダネ)
就寝前、シュウの顔が引きつる。
(必死に、そりゃもう必死に願ったのに…! オレの――主人公の、願い叶えてくれたっていいじゃねーかっ!!)
カレンの部屋の前、王子がカレンの手にキスして言う。
「愛らしいカレンよ。私はそなたに恋をしてしまったようだ。今夜はそなたの部屋にお邪魔してもいいかな?」
「王子様」
と思わず声を大きくして割り込んだのはシュウである。
王子が振り返った。
「何だ、シュウ」
「そ、そのっ……、王子様はどうぞ広い客間でお休みください。そしてどんな者が襲ってきても大丈夫なように、オレが徹夜で護衛しましょう」
「そんなことしなくても良い。このリュウの屋敷を襲う者などなかなかおらぬのではないか?」
「いやいや、親父が出掛けてるのをいいことに襲ってくるかもしれませんし」
「大丈夫だ」
「いやいやいや、オレはもう心配で心配で」
「案ずるな、シュウ。私は大丈夫だから――」
「いやいやいやいや! 危ないです、王子様! もう危なくて危なくてデンジャラスもいいとこですぜ!」
王子が溜め息を吐いた。
「そんなにカレンに私の相手をさせるのが嫌か、シュウ」
「うっ…」
「カレンから聞いたところ、カレンはおまえの弟子なだけであって恋人ではないそうではないか」
「…そっ…そうですけどっ……」
「ならばおとなしく引っ込んでおれ。私の邪魔をするでない」
「……も、申し訳ございませんでしたっ……」
と王子にくるりと背を向けたシュウ。
カレンの向かいにある自分の部屋のドアノブに手を掛けて立ち止まる。
(なぁーんて、このままカレンを王子様の夜伽にさせるわけにはいかねえっ…! ええいっ、こうなったらっ……!!)
シュウは再び王子に振り返った。
(壊れろオレっ!!)
シュウは王子に飛びついた。
「王子様っ!!」
「なっ、何だシュウ!?」
「オレもう告白しますっ!!」
「なっ、何をだシュウっ?」
「オレ、カレンのことも好きだけどっ…! そ、それ以上に王子様のこと、す、すすすっ、好きなんですっ!!」
「なっ…!?」王子、驚愕。「何を言い出すのだおまえはっ!?」
「こっ、こここっ、今夜はオレに夜伽をさせてくださいっす!!」
「きっ、気色悪いことを申すでないっ!! い、今、私の身体中に寒気が走ったぞっ!!」
「そんなひどいこと言わずに、さあっ!! オレをぜひ夜伽に!!」
「ふっ、ふざけるなっ!!」
「大丈夫です王子様!! どこかの島のイイ男は、女よりも男を好むらしいですし!!」
「わっ、私はレディしか好まぬっ!!」
「王子様たる者、食わず嫌いなどなりませんっ!!」
「くっ、食わず嫌いって――」
「さあっ、お召し上がりください王子様っ!! オレまじピッチピチっ!!」
「よっ、よっ、寄るなああああああっ!!」
必死ね、シュウ…。
と、シュウをじっと見ていたカレンは苦笑した。
その場を離れ、ジュリの部屋へと向かっていく。
少しして、カレンはシュウと王子のところにジュリを抱っこして連れて来た。
「王子さま」
とカレンの声が聞こえ、騒いでいたシュウと王子がぴたりと止まった。
カレンに顔を向ける。
「どうしたのかな、カレン?」
「ジュリちゃんが…」
とカレンがジュリに目を落とすと、シュウと王子もジュリに目を落とした。
カレンの腕の中、ついさっきまで眠っていたという顔をしているジュリが王子に両手を伸ばす。
そしてにっこりと笑って言った。
「おうじさま、いっしょにねんねしてください」
「――うっ!」
ずきゅーん!
と、ジュリに胸を貫かれた王子。
カレンの腕からジュリを受け取って抱っこする。
「そーかそーか、ジュリは私と共に眠りたかったのだな! よしよし、今夜は私と一緒に眠ろうなーっ♪」
「ありがとうございます、おうじさま」
「ああ、たまらん! たまらんぞジュリの可愛さは! シュウ、カレン、私は客間で休むとするぞ!」
と緩やかな螺旋階段を降り、1階にある客間へと向かっていく王子。
(そ、そうかっ…! ジュリという手があったんじゃねーかっ…! そ、それなのにオレときたら……)
シュウは赤面しながら、傍らのカレンに目を落とした。
カレンがシュウの顔を見上げて溜め息を吐く。
「必死とはいえ、すごいこと言いましたわね、あなた」
「…わっ、忘れてくれっ!」
「本当に王子さまの相手をすることになってたらどうしてたのかしら? おとなしく相手を務めてたわけ?」
「う…。…そ、それでもおまえが王子様…いや、他の男の相手するよりマシなんだよっ…!」
そう言ったあと、カレンに背を向けたシュウ。
恐る恐る訊く。
「…ま、まだ怒ってる?」
「怒ってないのですわ、もう」
「…で、でもオレまた地上まで落下したよなっ?」
「してませんわよ、別に」
「―ーえ!?」シュウが勢い良くカレンに振り返る。「落下してねーのオレ!? もしかして少しも落ちてねえとか!?」
「落ちてませんわよ、少しも」
「まーじでえええええええええええええええええっ!!」
カレンを腕に抱え、自分の部屋に入ったシュウ。
カレンをベッドに押し倒して黒猫の尾っぽを興奮にぶんぶんと振る。
「おっ、お嬢さんっ!」
「お、押し倒さないでちょうだい」
「ええ、すみません。しかし放しません」
「は、放しなさいよ」
「もう一度訊くっす。オレ、少しも落下してないんすよね…!?」
「し、してませんわよ?」
「…おお…! おおお…!」じーんと感動が込み上げてきて、シュウの瞳が輝く。「オレすーげーハッピーボーイ……!! さあっ、お嬢さんっ!!」
「は、はい?」
「オレを誘ってくださいっす!! さあ、あの台詞と共に!!」
「……ま、まったく仕方ないわね」とカレンは頬を染めながら呟いた。「…でも、その前にあたくしも訊きたいことがあるのですわ」
「何?」
「あたくし、今回のお仕事役に立てたかしら……?」
そう、不安そうな顔をしながら訊いたカレン。
シュウが微笑んだ。
「もちろん、すげえ役に立った。おまえのおかげで、きっとこの仕事は大成功だな」
「…まあねっ…!」
と嬉しそうに笑ったカレン。
シュウの顔をじっと見つめて誘った。
「ヘイ、カモオォォォォン!」
「あざーーーっす!!」
と、シュウはカレンの唇に吸い付いた。
閉まり切っていなかったドアの隙間に、2つの黄金の瞳が光っていることも知らずに。
翌朝、王子はリュウとキラが帰ってくる前に屋敷の外へと出た。
すぐにミーナの瞬間移動で城へ帰ると思いきや、王子は庭の木の陰に身を隠した。
一緒になって身を隠したシュウとミーナが首を傾げていると、王子が言った。
「キラの姿だけでも見せてくれ」
リュウとキラが帰って来たのは、木の陰に身を隠してから10分後のこと。
(ああ…、相変わらず美しいな…キラ)
リュウの腕に抱っこされて帰って来たキラを、王子は愛おしそうに見つめる。
でも少し切なそうだ。
そんな王子の横顔を見ながらシュウは思う。
(この王子様、未だに母さんのこと好きなんだ…)
リュウとキラが屋敷の中に入って姿が見えなくなると、王子がシュウに振り返った。
「シュウ」
「はい、王子様」
「おまえの母上は幸せそうか?」
「え…?」
ぱちぱちと瞬きをし、考えたシュウ。
笑って答えた。
「はい。あの親父が旦那なもんだから色々と大変だと思うけど…、でも母さんは幸せそうです」
「…そうか。ならば良い」と、王子が微笑んだ。「シュウ、仕事ご苦労であった。私は満足したぞ。仕事は大成功だ」
「あっ…」シュウが王子に頭を下げる。「ありがとうございますっ!」
「報酬は今日にでもおまえの銀行に振り込ませておく。では城へと瞬間移動を頼むぞ、ミーナ」
ミーナの瞬間移動でやってきたヒマワリ城の門の前。
王子はシュウとミーナに見送られながら、城へと帰って行った。
王子の姿が見えなくなるなり、シュウは舞い上がった。
「大仕事、大成功だぜヒャッホオォォォォォォォォォォイ!!」
この日の午後、王子からの報酬を確認するために銀行へと向かったシュウ。
その報酬金額は、リュウの5分の1という約束。
なのだが、
(なっ、なんじゃこりゃあああああああああああああ!?)
とてもではないが5分の1とは思えぬ多額の報酬に、シュウは目玉が飛び出そうになった。
シュウに振り込まれていた報酬は2000万。
ということは、リュウは王子から依頼を受けるたびに1億をもらっているということだった。
(お、親父あんたっ…!)
シュウ、改めて驚愕。
(何様だよ……!?)
何はともあれ、シュウの大仕事は無事に大成功だった。
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