第58話 大仕事 前編
シュウ宅の玄関。
これから1泊していく王子が、出迎えてくれた女たち――シュウの妹の長女・ミラ、次女・サラ、三女・リン、四女・ラン、五女・ユナ、六女・マナ、七女・レナと居候のカレン、加えて女の子を服を着せられた幼い次男・ジュリの顔を見回して顔を輝かせる。
「おかえりなさいませ、ご主人さま♪」
女たちのそんなそろった声が、王子をさらに上機嫌にさせた。
「なんと美しいのだ…! なんっっっとハーレムなのだ、ここはっ……!」
「え、えと、お喜びいただけたようで光栄です」
と、シュウはとりあえず安堵した。
女たちが順番に自己紹介していく。
「お久しぶりです、王子さま。長女のミラです」
「先日の舞踏会ではどうも。次女のサラです」
「兄上がお世話になってますなのだ。三女のリンですなのだ」
「兄上に依頼をしていただきありがとうございますなのだ。四女のランですなのだ」
「五女のユナですっ♪」
「六女のマナです…」
「七女のレナでーすっ!」
「あ…、えと、居候のカレンです」
王子が女たちを見回して恍惚とする。
最後にジュリが王子の足元に歩いていって、王子を見上げてにっこりと笑った。
「おうじさま、はじめまして。じなんのジュリです」
「――なっ…!?」王子、驚愕。「なっ…、なんとキラそっくりな愛らしい子なのだ!! まことに男の子なのか!?」
「まことですよ、王子様」と、シュウはちょっと自慢げに言ってみる。「可愛いでしょう。うちのアイドルです」
「ああ、可愛い! 可愛いぞジュリ!」
と王子がジュリを抱っこしたところで、リンとランが王子の両脇に並んだ。
「リビングへご案内しますなのだ、ご主人さまっ♪」
「うむ、では頼もうかなリン・ラン」
一同リビングへと向かうと、まず王子をソファーに座らせた。
その左隣にミラ、右隣にサラがくっ付いて腰掛ける。
「シュウ、私の荷物を貸せ」
「はっ」
とシュウはすぐさま手に持っていた王子の荷物を王子に渡した。
王子が中から取り出したのは女たちへの贈り物。
「美しい宝石ばかりを選んできた。好きなものを選ぶと良い」
きらきらと輝く宝石に女たちの瞳も輝く。
(うっわ)
シュウの瞳は丸くなった。
(1つでブランド物のバッグ何十個も買えそうだな、オイ…)
カレンが1つのネックレスを取る。
「あたくしこれが良いのですわ! ルビーですもの」
「そうか。カレンはルビーが好きなのだな。こちらへ参れ、カレン」
と王子が言うと、カレンが王子に近づいていった。
王子にネックレスをつけてもらい、カレンが王子に笑顔を向ける。
「ありがとうございます、王子さま」
「ああ。愛らしい笑顔だな、カレン。ルビーの輝きはそなたにぴったりだ」
と、王子がカレンの手を取ってキスし、思わず少しシュウの腹が立つ。
が、仕事を成功させるために堪えなければならない。
女たち全員の手にプレゼントが渡ったあと、シュウは口を開いた。
「王子様、お飲み物は何になさいますか」
この日のために、シュウは最高級の紅茶を何種類もそろえておいた。
のだが、
「うむ、ビールを大ジョッキで頼むぞ!」
「へ?」意表を突かれたシュウは、ぱちぱちと瞬きをして訊く。「申し訳ございませんが、もう一度……」
「ビールだ。ビールを大ジョッキで頼むぞ、シュウ」
「……なっ」シュウ、驚愕。「なっ、何でビールなんすか!? 乙女が夢に描きそうな王子様とあろうものが、午前中から大ジョッキのビールをゴクゴクぷはぁーってするんすか!?」
「うむ。昔、城の庭でキラとそうやって飲んだものだ。キラとそっくりなジュリを見たらそれを思い出してな」
王子様に何させてんだよ、母さん…!
さらにシュウが驚愕してしまう中、王子が催促する。
「早く持ってこい、シュウ。レディたちの分もだぞ」
「はっ、はいっ…!」
シュウは急いでキッチンへと向かい、食器棚から王子と妹たちの大ジョッキを用意した。
飲酒できないカレンとジュリにはジュース用のグラス。
(予定外だな、オイ…! ミラたちも飲むってなれば、買い足しに行った方がいいかも…)
注いだビールとジュースの入ったグラスを、零さぬように急いで持っていったシュウ。
すぐ無くなるだろうことを察して、冷蔵庫の中のビールもリビングに持っていった。
王子の隣に座っているミラとサラが酌をしやすいように、近くに置いておいてやる。
王子が言う。
「おい、シュウ。レディたちの好きな食べ物を持ってこい」
「えっ!? 王子様の好きなものでいいんすよ!?」
「私はレディたちの好きなものを食べたいのだ」と、王子が女たちを見回して訊く。「そなたたち、何が食べたいのかな?」
「はいはいはい!」と真っ先に手をあげたのは大食いのレナ。「あたしハンバーグ5kgね、兄ちゃん!」
ちょっ、おまっ、多いよ…!
王子の前ということで、シュウは口に出さず心の中で突っ込む。
「はーい」と次に手をあげたのは偏食気味のユナ。「エビフライのエビ抜き」
衣じゃねーかっ!
「はい…」とその次に手をあげたのはゲテモノ好きのマナ。「秋の味覚イナゴの佃煮…」
おまえ王子様に虫食わせる気!?
「兄上、兄上」と次はリン・ラン。「ショートケーキ砂糖多目で」
ツマミになるもん言えっ!
「あんたたち、兄貴が作るの楽なの言ってやんなよ…」と呟き、呆れたように溜め息を吐いたサラ。「兄貴、スルメ持って来て」
おっ、オッサンくせええええええええっ!
顔が引きつるシュウ。
それを見たカレンとミラが顔を合わせて苦笑した。
シュウがこの日のために用意しておいたものを言ってやる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と、ミラ。「私、キャビアが食べたいわ」
「シュウ」と、カレンも続く。「あたくしはトリュフのたくさんかかったサラダを前菜に頂きたいのですわ」
「おっ、おうっ!」
シュウはカレンとミラのおかげでなんとか笑顔で承諾し、再びキッチンへと向かって走って行った。
足りない材料はミーナに電話して頼み、シュウは料理を作り始める。
リビングの方からは楽しそうな声が聞こえてくる。
女たちが頑張ってくれている証拠だ。
(今のところ王子様は満足そうだな。良かった。……が)
と、シュウは苦笑する。
(誰か料理作るの手伝ってくれ…! 料理が遅くて王子様が機嫌損ねちまうかも……!)
シュウが慌てて料理していると、ミラがやってきてくれた。
エプロンをつけながら言う。
「手伝うね、お兄ちゃん」
「おお、サンキュ、ミラ。助かるぜ。でもおまえ、王子様の隣で酌してたんだろ?」
「うん。でも大丈夫よ、カレンちゃんに代わってもらったから」
と言ったあとに、ミラはしまったと思って苦笑した。
シュウの顔を恐る恐る覗き込んで見る。
「ご、ごめんねお兄ちゃんっ? お兄ちゃんにとったら、全然大丈夫じゃないよねっ…」
「…だ…大丈夫だぜっ?」とシュウは無理に笑顔を作る。「たかが酌だろ、酌。王子はカレンに酒を注がせるだけだろっ…? だ、大丈夫大丈夫、余裕だぜオレっ…!」
そう、大丈夫だ大丈夫。
オレは余裕のよっちゃんだぜ!
そう自分に言い聞かせながら、急いで仕上げた前菜をリビングへと持っていったシュウ。
「お待たせしま――」
笑顔が引きつる。
王子の手がサラの腰と、そしてカレンの丸出しになっている肩を抱き寄せていて。
「おお、シュウ。前菜か」
と、えらくご機嫌な様子の王子。
「は、はい。お待たせいたしました」
シュウはそう言いながら前菜をガラステーブルの上に置いた。
リン・ランが王子の皿に取り分け、サラが王子のジョッキにビールを追加。
「食わせてくれ、カレン」
そして前菜を王子に食べさせてやるカレン。
「王子様、ハイあーん」
あーんと口を開けてカレンに食べさせてもらう王子に、シュウの笑顔が笑顔とは言えないくらいに引きつる。
(王子様、あんた1人で食えるでしょ…!? 何してんすか…!? つーか、そのカレンに触れてる手いい加減離してくれませんかね…!? このセクハラ王子っ!!)
と、口に出して言えたらどんなに楽だろうとシュウは思う。
そしてカレンに目をやって、シュウの顔中の筋肉が強張っていく。
(笑顔満開だな、カレン。そんなに頑張らなくていーんだよおまえはよ…!? 王子様とはいえ、おまえが怯えてる男には変わりねーんだからよ…!? しかも女好きなんだから気をつけろよおまえはよ…!? あああああ、もうダメだ。ダメだオレ。ここにいられねえ……!!)
シュウはキッチンへと踵を返して行った。
リュウに似てもキラに似ても、決して気は長くない。
もう少しでブチ切れそうだった。
キッチンにどかどかと足音を立てて戻ってきたシュウに、ミラが苦笑する。
「…お、お料理は私がリビングに持っていくね」
「ああ、頼む」
ズドドドドドド!
と不機嫌露わなシュウの包丁さばきが、とてもではないが軽やかとは言えない音を立てる。
まな板まで切れてしまいそうだ。
(機嫌悪いなあ、お兄ちゃん…)
ミラは恐る恐るシュウの顔を見上げた。
(わあ…、怒ってる怒ってる…。お兄ちゃんのこういうときの表情って、何だか少し……)
ぽっと染まるミラの頬。
「パパみたぁぁぁいっ(ハート)」
「――うっわ!」ミラに飛びつかれ、シュウは慌てて包丁を止める。「なっ、何すんだよミラ! あっぶねーなっ!」
「だってお兄ちゃん一瞬パパみたいだったあああああっ!」
「おっ、オレあんなにやべえオーラ醸し出してねえっ!!」
「あの周りを圧倒させるようなオーラがたまらないのよおおおおっ! 加えてパパってばセクスィィィィィィィィィィィィっっっ!!」
「お、おいミラ、鼻血吹くならあとにしろよ!?」
「ああん、パパあぁぁっん! 私のこともママみたいにラブホで犯してえええええええっ!!」
「おまえ病院行けっ!!」
「あのー…」
と背後の方から声がして振り返ると、そこにはカレンの姿。
苦笑しながら訊く。
「何を騒いでいるのかしら?」
「…なっ、なんでもねえよっ…」
とシュウはカレンに背を向けて再び包丁を動かし、ミラははっとして出来上がった料理が盛られた皿を持つ。
「私ってば、妄想で鼻血吹きそうになるのはあとにしなくっちゃダメじゃないっ」
と、ミラが慌ててリビングに料理を運んでいく。
シュウがカレンに背を向けたまま訊いた。
「何の用だよ」
「王子様にそろそろ用意していたワインをお出ししようと思って取りにきたのだけれど…」と、カレンがシュウの顔を覗き込んだ。「何だかご機嫌ナナメなのねえ?」
「別に」とシュウはカレンから顔を逸らす。「早くワイン持って行けよ」
「悪いじゃない、機嫌。どうなさったのかしら?」
「別に」
「別に、じゃないクセに。まあ、とりあえず今は頑張ってお仕事に集中した方がよろしいのではないかしら。あたくしは頑張っていますわよ?」
「……頑張らなくていい」
「え?」
シュウがカレンの顔を睨むように見下ろして言う。
「おまえは頑張らなくていいって言ってんの」
カレンが溜め息を吐いた。
「嫉妬してたの」
「…そっ、そんなんじゃねえよっ」
「でもあたくし、あなたが何て言おうと頑張るのですわ」
「何でだよ」
「何でって――」
「迷惑」と、シュウは声を大きくしてカレンの言葉を遮った。「オレにとっちゃ、すげー迷惑!」
「なっ…」カレンの眉が吊りあがる。「何よそれ! あたくしは、あなたの名を汚さないために頑張っているというのに!」
「いつもの仕事のように今回も役立たずで結構っ!!」
「なっ、何ですって!? そっ、そりゃいつもは役立たずだけれどっ、今回はあたくしだって役に立ちたいのですわっ!!」
「うるせえっ!! 弟子なんだからおとなしく師であるオレの言うこと聞けよ!! 可愛くねえっ!!」
「なっ…!? だっ、だったら他の女の子を好きになってなさいよ!!」
「ああ、そうするよ!! さっさと王子んとこ行っちまえっ!!」
「言われなくても行くわよ!!」
カレンがワインとグラスを腕に抱え、王子のいるリビングへと戻っていく。
苛々としながら料理を再開するシュウ。
1、
2、
3、
4、
5……。
冷や汗だらーり。
カレンがキッチンから出て行ってから5秒後、シュウもキッチンから飛び出す。
カレンの背を追いながら、真っ青になって叫んだ。
「うっ…、うっそピョオォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!」
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