第56話 不幸のあとの幸福
――10月。
月の初めに行われる葉月島ヒマワリ城の舞踏会にて。
舞踏会全体の警護の仕事に毎回来ているリュウとレオンに着いて、今日はシュウとカレン、サラもやってきた。
ふと王子の方を見ると、ちゃんと傍らにペットのマリアの姿が見えた。
シュウはご婦人たちのダンスパートナーを務めるのも忘れ、カレンと踊ってばかりいる。
(ああ…、ワルツって素晴らしいぜ。この身体の密着加減が……)
腕の中のカレンを見つめながら、シュウは恍惚としてしまう。
(可愛すぎる…。今日の昼間親父と出掛けてたみたいだけど、この新しいドレス買ってたのかな。オレのために。……なぁーんて、自惚れんなよオレ。でもオレ…、もうちょっとで上空5000mの気が……)
カレンがシュウの顔を見上げて言う。
「顔が、キラさまを見つめるときのリュウさまみたいになってますわよ?」
「えっ…!?」
シュウは慌てて表情を引き締めた。
リュウがキラを見つめるときの恍惚とした表情ときたら、傍から見るとバカでしかない。
カレンが言う。
「それにしても不思議なのですわ。あなたの身体が変わっていたわけでもないのに、なんだかあなたのこの腕の中がとても久しぶりに感じるわ」
「嬉しかったりすんの?」
「ええ」
「――えっ!? 嬉しいの!? マジで!?」シュウ、頬を染めながら仰天。「自惚れちゃうよオレ!?」
「自惚れるにはまだ早いレベルなのですわ」
「ゴメンナサイ」と苦笑したあと、シュウははっとしてカレンの顔を見た。「そうだっ、サラから聞いたんだけどっ……!」
「何かしら?」
「オ、オオオ、オレっ…!」と、シュウの頬が再び染まる。「カレンの濃厚なキスで元に戻ったって本当!?」
「…ほ…」カレンの頬も染まる。「…ほ、本当ですわよっ…?」
「おっ…おおおっ…おおおおおっ……!! スゲエェェェ…!! 何ソレ愛の力っ!? ねえ、愛の力!? おまえやっぱりオレのこと好きなんじゃ……!?」
「うっ…、自惚れには早いと言っているでしょうっ!」
「はいゴメンナサイ」
と口を閉ざしたシュウ。
少ししてから再び口を開く。
「……あ、あとでまたしてもらっちゃダメっすか」
「……」
「ゴメンナサイもう言いません」
「考えておきますわ」
「そうですよねダメですよね所詮オレなんか――って、え!?」シュウ、耳を疑う。「何!? 今なんて言った!? ハイもう一度ハッキリと、さんハイっ!!」
「かーんーがーえーてーおーきーまーすーわーーー」
「――マっ、マ・ジ・でえええええええええええええええええええええええ!!」
「考えておくって言っただけで、まだするなんて――」
「不幸のあとの幸福ヒャッホオォォォォォォォォォォォォォォイっっっ!!」
と、いつかのリュウのように超高速回転で回るシュウ。
カレンはぐるんぐるんと回されながら、慌てて声をあげた。
「シュ、シュウ止まって!!」
「オレのハッピーターンはノンストップだぜ!!(謎)」
「みっ、見られてる!! 見られてますわよ!?」
「――ハッ!」
として超高速回転を止めたシュウ。
周りを見ると、舞踏会の招待客たちが目を丸くしてこちらに注目している。
「…すっ…、すっ、すっ、すみませぬっ……!」
シュウは顔を真っ赤にして、カレンと一緒に小さくなりながらダンスを再開した。
それをダンスホール脇で見ていたサラと、ご婦人たちのダンスパートナー休憩中のレオンも思わず赤面してしまう。
「兄貴マジ勘弁して……」
「か、可愛いね、まったくシュウは……」
「ていうかバカだね、バカ。兄貴のダンスパートナー望んだご婦人たちが踊ってもらえないからって、ぜーんぶ親父に詰め寄ってるのも知らないで……」
と、サラはリュウに顔を向けた。
そのリュウの顔は、遠くで踊るシュウを見つめながら怒りで引きつっている。
レオンが苦笑する。
「ああ…、舞踏会が終わったあとのシュウが心配だね……」
「まあ、とりあえず殴られるのは確定だよね。それより、そろそろくっ付きそうじゃない?」
「シュウとカレンちゃん?」
「うん。兄貴が元に戻ったのってさ、カレンの愛の力なんだよ、きっと。兄貴、そろそろカレンに手が届く……と、いいな」
「そうだね」
と、レオンがシュウを見て微笑む。
「ところでレオ兄?」
「ん?」
レオンはサラに顔を戻した。
「そろそろ休憩終わりでしょ?」
「あ、そうだね」
「次はどのレディの手ぇ取って踊るんデスカー」と、むくれた顔のサラ。「ここに一匹、さっきからずーっと紳士の誘いを断ってるが故に壁の花になってるレディがいるんだけどなー。目に入らないのかなー」
レオンがおかしそうに笑う。
「僕の彼女も可愛いね、まったく。…一曲お相手願えますか? レディ?」
と、差し出されたレオンの手。
サラは嬉しそうに笑うと、それを握ってダンスホールに出た。
(うーん……)
と、ダンスホールにいるシュウとリュウ、レオンを見ながら心の中で唸っているのは王子である。
ブロンドのウェーブがかった長い髪の毛に、ブルーの瞳、甘いマスクの彼は、昔と変わらず絵本に出てきそうな王子だ。
(以前から思っていたが……。おまえたち、レディに恵まれてないか? シュウ、何だその愛らしい弟子は!? しかも共に暮らしているそうだな!? レオン、おまえそんなにも美しく育ったサラを恋人にしただと!? そしてリュウ、おまえキラを嫁にしただけでも贅沢だというのに、加えて美しい娘たちに囲まれて暮らしているのか!? もうしばらくおまえの娘たちには会っていないが、小さい頃からそうだったように美少女ぞろいに違いないのだろう!? それはハーレムというやつではないのか……!?)
王子の視線はリュウ一点に。
(リュウ、おまえはつくづく羨ましい奴だな…! 私もそこで一度で良いから暮らしてみたいぞ…! よし、仕事の依頼を出すか。…ああ駄目だ、マリアを飼ってからというものの、キラに顔を合わせづらいぞ…! というかリュウがそう簡単に依頼を受けてくれるとは思えぬな…。ああでも、見てみたい…! 見てみたいぞ、リュウの美しい娘たちを…! そして囲まれて過ごしてみたいぞ…! しかしこういった内容の依頼ではリュウを説得するのが至難だ…。う、うーん……)
と眉を寄せ、心の中で唸る王子。
(あっ、リュウが駄目でも……)
王子の視線はシュウに置かれた。
舞踏会が行われているヒマワリ城の2階から1階へと続く、外に作られた階段。
招待客はまだダンスを楽しんでいるため、そこは人気がなかった。
(そんなところにカレンを引っ張ってきたのはオレ…、シュウです)
階段の手擦りに両手をつくシュウ。
その腕の間には、シュウのタキシードのジャケットを羽織らされたカレンがいた。
「お嬢さん」
「何かしら、こんなところまで連れて来て」
「家に帰るまで待てませんでした」
「何をかしら」
「不幸のあとの幸福くださいっす……!!」
期待に興奮して、シュウの黒猫の尾っぽがパタパタと振られている。
カレンは溜め息を吐いた。
「あたくしは考えるって言っただけで――」
「くださいっす!」
「だからあたくしは考え――」
「ほしいっす!」
「だからあたくしは――」
「お願いっす!」
「だから――」
「不幸な主人公に幸福をくれよ頼むからっ!! 一ヶ月もニューハーフにさせられてたんだぜオレ!! なんってひでーんだよおおおおおおおおっ!!」
「…わ…分かったから泣きそうな声出さないでちょうだい。あたくしがいじめたみたいじゃない。もう……」
カレンは苦笑した。
シュウの首に両腕を伸ばす。
「ほら…」
「あざーーすっ!!」
シュウの腕にぎゅっと抱き締められ、抱き上げられてカレンの足が地から浮く。
唇を重ねて、カレンの舌を捕らえて、シュウは幸福を味わう。
(ううーん、デリシャスっ……☆)
その様子をダンスホールとの境を作るドアのところから見ていた王子。
ここで声を掛けたら無粋になってしまうからと、とりあえず3分待った。
が、終わらない。
(貪り食っているところを悪いがシュウ…、あまり長い間リュウの前から姿を消すと怪しまれるから邪魔させてもらうぞ)
王子が咳払いをすると、シュウとカレンの身体がびくついた。
驚いた反動でカレンに舌を噛まれてしまったシュウが声をあげる。
「いでっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ、ワザとじゃないのよっ…!」
「お、おう」
シュウとカレンが王子の方に振り返る。
そして赤面して狼狽。
「おっ、王子様っ!?」
シュウとカレンは声を裏返しながら、慌てて離れた。
王子がシュウとカレンに近寄っていきながら言う。
「無粋ですまないな、シュウ。それからカレン」
「いっ、いえっ…!」と、シュウは首を横に振った。「ど、どうされたんですか王子様っ…!?」
「うむ…。その、おまえに仕事の依頼を頼もうと思ってな」
「仕事の依頼?」とシュウは鸚鵡返しに訊いてぱちぱちと瞬きをしたあと、顔が驚愕していった。「って、オ、オオオ、オレにですか!? 親父じゃなくてオレにですか!? とっ、とんでもネエェェェェでござるでありましっ!」
「大丈夫だ、難しい仕事ではない。リュウにこの手の依頼を出すと、なかなか引き受けてくれなくてな」
「え!? 親父、王子様の依頼断ったりしてるんですか!?」
「依頼にもよるがな。昔はまだ引き受けてくれたものだが、最近は引き受けさせるのに苦労する。依頼の内容によっては、よっぽどの条件を出さないと引き受けないぞ、奴は」
「なっ……」
何様だよ親父……!!
シュウの顔が引きつった。
王子が続ける。
「それでおまえに依頼というわけだ、シュウ。リュウが快く受けてくれない内容なのでな」
「は、はあ、なるほど。それでそれはどういった仕事で…?」
「おまえの屋敷に一度住んでみたいのだ」
「へ?」
「以上だ」
王子の言葉を理解するまでに数秒。
そのあと、シュウの顔が見る見るうちに狼狽していった。
「なっ、なっ、なっ、なりません王子様!! そんな粗末なところに連れて行くわけにはっ…!!」
「粗末? 何をいうのだ、シュウ」
「えっ?」
「ハーレムではないか!」
「ハー…?」
「美しいレディばかりで! もうしばらくおまえの妹たちを見ていないが、皆美少女なのだろうっ? サラを見ただけで驚いたぞ、私は…! ああ、住んでみたい…! 一度で良いから住んでみたいぞ…!」
「……」
この人、本当に根っからの女好きなんだな…。
シュウは苦笑した。
「あ、あの、王子様。王子様がオレに依頼を持ってきた理由はよく分かりました。その内容だとあの親父が引き受けるわけないし…」
「だろう? だから頼んだぞ、シュウ」
「いや、あのですね…、オレに頼んだところで家には親父がいるから親父にバレるわけで――」
「ああ、そうならないようにリュウを外泊させておいてくれ。なぁに、1日で良い」
「1日だけとはいえ、それは難し――」
「そ、それからキラもリュウと一緒にっ…! その、ほ、本当はキラの顔が一番見たいのだが、マリアを飼って以来、か、顔を合わせづらくて…だな……」
「は、はあ…。しかし――」
「では、頼んだぞシュウ!」
「え!? あのっ、お待ちください王子――」
「シュウ」と、王子が威厳を漂わせて言う。「この私の依頼が受けれぬとは申さぬであろう?」
「うっ……!」王子の威厳に押されたシュウ。「も…、申せませぬ……」
としか答えられなかった。
「よし、良い子だな。リュウとは大違いだ」と王子が笑った。「報酬はいかほどだ? シュウ?」
「親父の5分の1ほどで…」
「そうか。欲がないな、おまえは」
「いえ、まだ一流ハンターですから…」
「そうか。では頼んだぞ、シュウ」
「ぎょ、御意…」
そう言ったシュウを確認したあと、王子はダンスホールへと戻っていった。
シュウの顔を見上げ、カレンが興奮したように言う。
「王子様がお泊りになられるなんてすごいのですわっ!」
「す、すごすぎて困るわ……」
シュウは苦笑した。
(まず、どうやって親父と母さんを外泊させりゃいいんだよ……)
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