第53話 長男が元に戻りません


 ほぼ毎月行われる誰かの誕生日パーティーの日、シュウとその家族宅に集まった者たちは大抵泊まっていく。
 昨日はリンクの誕生日だったが故に、今朝は昨日のままのメンバーがキッチンにそろっていた。

 シュウとその家族、居候のカレン、リンク一家、レオンとグレルの合計4人と13匹。
 シュウを除く一同の顔は、爽やかな外の空気とはまるで違っていた。

「…な、なんだって? マナ、もう一度言ってくれ」

 と、強張った顔で訊いたリュウ。
 マナが言う。

「薬失敗して、兄ちゃんがニューハーフから戻らなくなった…。誰か戻す方法教えて…」

 と、言われても、誰一人知らない。
 シュウに『ニューハーフになる薬』を作って飲ませたのはマナなのだから。

 ニューハーフのままのシュウが、皆の顔を見回して言う。

「何よぅ、今のあたしじゃ嫌なのぉ? あんもう、ひど――」

「おい、リンク」

「なんや、リュウ」

「鎖とガムテ持って来い」

「お、おう」

 シュウの身体を鎖で縛り、シュウの口にガムテープを張ったリュウ。
 そのあと話を続けた。

「マナ。戻せる薬は作れねえのか?」

「作り方がわからない…」

「う、うーん」キラが唸った。「これはちょっと困ったぞ」

「パパ…ママ…みんな…」マナの瞳に涙が浮かぶ。「困らせてごめんなさい…」

「大丈夫だ、マナ。大丈夫だ」と、キラがマナを抱き締めた。「時間が経てば、きっとシュウは元に戻るぞ」

 マナを励ますように、それに同意した一同。
 リュウはキッチンの時計に目をやって言った。

「そろそろ朝飯食おうぜ。俺やシュウ、サラ、カレン、リンク、レオン、師匠は仕事だし、リン・ラン、ユナ・マナ・レナは夏休み終わって今日から魔法学校だろ」

 そうだったと、仕事や学校へ行く者たちは慌てて目の前に置かれている朝食を口に運ぶ。
 リュウはシュウの鎖を外し、口に張っているガムテープをはがした。

 ビリッ!!

「――いったぁぁい!」と口を押さえて涙目になるシュウ。「んもうっ、パパってば優しくしてっ!」

「気持ちわりぃ声出してねーで、さっさと朝飯食って仕事行く準備しろ」

「パパ、あたしハンター辞めてニューハーフ専門のお店に勤めたいん――」

 ゴスっ!!

 リュウの拳骨を食らい、シュウが泣きながら朝食を食べ始める。

(お、お仕事大丈夫かしらっ……)

 とカレンが心配していると、リュウが訊いた。

「カレン、おまえ仕事どうする。いつも通りシュウに着いて行くか? それとも俺にするか?」

「えと…」カレンは少しの間戸惑ったのち、答えた。「い、いつも通りシュウの弟子として着いて行きますわ」

 その理由としては、リュウに着いて行って迷惑を掛けたくないから。
 それから、この状態のシュウを一匹で仕事に行かせるのが何だか不安だから。

「そうか。何かあったら俺に電話しろ」

「はい、リュウさま」
 
 
 
 シュウの本日の仕事1本目。

(さ…、さっそくリュウさまに電話しようかしら……)

 いつも通り、シュウから少し離れたところで仕事の様子を見ているカレン。
 巨大なコウモリ型モンスターと向き合っているシュウを見て、はらはらとしてしまう。

「あぁーん、シュウこーわーいーーっ」と、剣を両手で持って内股になっているシュウ。「モンスターさん、あっち行ってぇー」

「ちょ、ちょっとシュウっ…! は、早く倒してっ! そのモンスター、もう3人も人間食い殺しちゃってるのよっ…! くっ、くねくねしてないで早くっ……!」

「だってシュウか弱いしぃー。あぁん、もうっ、どうすれば――」

「シュウ危ないっ!!」

 モンスターがシュウに飛び掛り、カレンは叫んだ。

「きゃああああんっ!!」

 と慌てて避けたシュウ。
 頬にモンスターの爪が当たり、シュウの顔から血が流れ出す。

「あっ…あたしの顔っ……! ああぁ…! あたしの顔があぁぁ……!!」衝撃で真っ青になるシュウの顔。「許さないわ…! もおおお、許さないわあぁぁぁぁ……!!」

 次の瞬間。

「ニューハーフ舐めてんじゃないわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」

 それはもうドスの利いた声と共に、見事な剣さばきでモンスターをみじん切りに。

「……。だ…、大丈夫そうですわね」

 カレンはバッグから出しかけていた携帯電話をしまった。

「ふぅ、怖かったぁ」とシュウが頬に治癒魔法を掛け、カレンのところへとやってくる。「さっ、次のお仕事に行きましょっ♪」

「え、ええ、行きましょう」

 シュウが修行のときに魔法書を読んで覚えてきた足の速くなる魔法を自分とカレンに掛け、次の仕事へと向かって歩き出した。
 というか、スキップし出した。
 普段のシュウならカレンの歩くスピードに合わせてくれたものだが、今のシュウが相手だと逆にカレンがシュウに合わせなければならないようだった。
 小走りになってシュウに着いて行きながら、カレンは願う。

(明日の朝には、普段のシュウに戻っていますように……)
 
 
 
 翌朝。
 6時に起きてシュウの部屋へと向かったカレン。

(お願い、戻っていて…)

 そう願ってシュウの部屋のドアを開けた。
 ――が、しかし。

「どう? 見て見てカーレンっ♪ 久しぶりに着たのよっ♪」

 と、カレンが今年のシュウの誕生日にプレゼントした甘ロリワンピースにヘッドドレス、鈴つきリボンチョーカー、おまけにチョーカーとおそろいのリボンを尾っぽに付けたシュウ。

「……。か、可愛いわ、シュウ。でも、お仕事には向かないからやめた方がいいのですわ。ほら、早く着替えて」

 とカレンはシュウに今すぐそれを脱ぐよう催促した。
 それをプレゼントしたのは他の誰でもないこのカレンであるが、今さらになってプレゼントを間違ってしまったと後悔する。

「そっかぁ。お仕事ハードだから、お洋服がぼろぼろになってしまうわよね。お化粧も崩れるからできないし、外へ出るのが恥ずかしいわぁ。はぁ…、ニューハーフ専門の夜のお店に勤めたいー」

「……」

 シュウはまるで元に戻っていなかった。
 
 
 
 さらに3日後。
 書斎にいるリュウを訪ねたシュウ。

「パパ…」

「なんだ、シュウ」

「あたし…、あたしねっ……!」

「駄目だ」

「まっ、まだ何も言ってないじゃない!」

「今のおまえじゃロクなこと言わねーんだろ」

「んもうっ! 聞くだけ聞いてくれたっていいじゃないっ!」

「うるせーな。んじゃ言うだけ言ってみろ」

「おっぱいほしいから女性ホルモンを摂取――」

「失せろ」

 バキィっ!!

 とリュウの拳を食らったシュウ。
 書斎のドアを突き破り、廊下の壁に激突した。

「ドアの修理代おまえの報酬から引いておくからな」

「あんっ! パパひどぉぉいっ!!」

 シュウはまだ戻っていなかった。
 
 
 
 さらに一週間後。
 再び書斎にて。

「分かったわ、パパ」

 回転椅子に座っているリュウが、背を向けたまま溜め息を吐いて訊く。

「何がだ、シュウ」

「あたし、もうおっぱい大きくしたいなんて言わない!」

「…お?」と、椅子を回転させてシュウに振り返ったリュウ。「もしかしておまえ、元に戻りかけて――」

「その代わり性転換手術させてほし――」

「エスカレートしてんじゃねーか!!」

 ドカっ!!

 とリュウの蹴りを食らったシュウは、再び書斎のドアを突き破り廊下の壁にめり込んだ。

「おまえ今月報酬よく引かれんなあ」

「いやあああん、パパひどおぉぉぉいっ!!」

 シュウはまだ戻っていなかった。
 
 
 
 さらに一週間後。
 気付けばほぼ毎日シュウとバスタイムを過ごしているカレン。

 最初は恥じて胸からタオルを巻いていたシュウは、今やカレンの前で堂々全裸になっている。

「カレン、背中お願いっ♪」

「ええ」

 とカレンは慣れた手付きでシュウの背中をスポンジで擦る。

「次は交代ねっ♪」

「ええ」

 そして当たり前のように背中を擦られるカレン。

(最初は恥ずかしかったけど…、もうすっかり慣れたのですわ…。だって日課みたいなことになっているんだもの。長い間付き合っている恋人同士でもないのに、どうなのかしらこの恥じらいのなさ……)

 小さく溜め息を吐き、振り返ってシュウの顔を見る。

「ん? なぁに?」

 とシュウが首を傾げる中、カレンはシュウの股間に目を落とす。
 そしてもう一度小さく溜め息。

(本当、慣れたのですわ…、銅メダル……)

 シュウはまだ戻っていなかった。
 
 
 
 そして、さらに10日後のこと。
 シュウがニューハーフになってしまってから約一ヶ月が経ち、9月末になった。
 今日はミーナの誕生日パーティーで、いつも通りシュウ宅のリビングにシュウとその家族、居候のカレン、リンク一家、レオンとグレルが集まっていた。

 リンクとレオンに遠巻きになられ、リュウに近寄ると容赦なく殴られるシュウが、キラと向かい合って立っている。
 わんわんと泣きながらシュウが言う。

「ひどいわひどいわ! ママ、ひどいわ!」

「えっ…!?」と、困惑するキラ。「ど、どうしたのだシュウ…!? 母上が何かしたかっ…!?」

「ママ、どうしてあたしを男に産んだのよ! 女に産まれてくれば、こんなに冷たい目で見られなかったのに!!」

「えっ…!? はっ…、母上はっ…、母上はっ……!!」

 キラの黄金の瞳に浮かぶ涙。

「ママのバカ!!」

「……ふっ……ふにゃああああああああん!!」

 と堪えきれずに泣き出してしまったキラ。
   一同に衝撃が走る。

「――にっ、兄ちゃんママのこと泣かせるなああああああああ!!」

 とユナの炎魔法を食らい、レナの光魔法を食らったシュウ。
 さらに、

「お兄ちゃん何してるのよ!!」

 とミラの往復ビンタを食らい、

「ママ泣かせてんじゃないよ!!」

 とサラのドロップキックを食らい、

「なっ、なんて親不孝なこと言う息子なのだおまえはあああああああああああ!! キラに謝れえええええええええええええええええ!!」

 とミーナの爪で引っかかれ、

「兄上、ママを泣かせるのは駄目ですなのだっ!!」

 とブラコンであるリン・ランの魔法で作った巨大な氷に押しつぶされ、

「大丈夫か、シュウ」

 とリュウがその巨大な氷を避けて助けてくれたと思ったら大間違いで、

「――なぁーんて言ってやると思ったかコラ!! 何てこと言いやがるんだおまえはよ!? え!? キラのせいにしてんじゃねーぞ!! おまえが俺ん中から飛び出して真っ先にキラの腹の中に辿り着いたんじゃねーかバーカ!! 恨むなら自分を恨みやがれってんだ!! 大体、キラに産んでもらっておいてその態度は何だよ!? あぁ!? キラ泣かせやがって許さねーぞコラァ!!」

 と、いくつもリュウに技を掛けられ、シュウは泣きながら床をばんばんと叩いて降参した。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! あたしが悪かったわああああああああっっっ!! パパ許してえええええええええっっっ!!」

「俺に許してほしかったらキラに謝りやがれ!!」

「ごめんなさいっ…!! ごめんなさいママァァァァァァァァァァァ!! あたし男に産まれて良かったわあああああああああああっっっ!! 産んでくれてありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」

「――だ、そうだキラ」と、リュウがキラに顔を向ける。「どうする、このバカ息子。許してやるか?」

「う、うむ。泣いてごめんなのだっ。リュウ、シュウのこと許してあげてくれ」

 とキラが涙を拭うのを確認したあと、リュウはシュウを解放してやった。
 キラのところへと向かい、キラを左腕に抱っこして頭を撫でながら言う。

「さぁて……、本気で考えねーといけねーな」

「そうだね」と、レオンが続く。「考えないとね、シュウが元に戻る方法」

 一同は同意した。
 時間が経てばシュウは元に戻るだろうと思っていたが、戻らないままもう約一ヶ月が経ってしまっている。

 カレンは強く思う。

(いつものシュウに会いたい……)

 リュウが一同の顔を見回して言った。

「幼いジュリとリーナを除く一同に命ずる。明日の夜8時までに、それぞれシュウを元に戻す方法を考えよ」

 一同はリュウの命令を承諾した。
 
 
 
 
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