第52話 六女の仕返し 後編


 ただいまマナに『ニューハーフになる薬』を飲まされ、心がすっかり女になっているシュウ。
 一階にある大きなバスルームでカレンと入浴している最中に、リンとランが全裸で浴室に入ってきた。

「リ、リンちゃ…、ランちゃ……!」

 シュウの膝の上、顔を真っ赤にして必死に胸を隠しているカレンに、リンとランが言う。

「カレンちゃん、今のうちに逃げるのだ!」

「え、ええ……!」

 カレンは外されたタオルを胸から巻きつけると、逃げるように浴室から脱衣所へと出た。
 リンとランが浴室へと入り、カレンはそこと脱衣所を遮るドアを閉める。

「大丈夫…? カレンちゃん…」

「え、ええ…」

 とカレンはマナの質問に答えながら、カメラに映らない位置に移動した。
 浴室に耳を傾ける。

(だ…、大丈夫かしら、リンちゃんランちゃん……)

 シュウの声が聞こえてくる。

「ちょっとあんたたち!! あたしはカレンとお風呂に入っていたのよ!? カレンを押し出して、あんたたちが入ってくるってどういうことよ!?」

「兄上、わたしたちっ…」リン・ランのそろった声が聞こえてくる。「兄上がどんな中身でも、兄上を愛しているのだっ……!!」

「えっ…!? リン…ラン……!!」

「というわけで、兄上っ!!」と、リン・ランの張り切った声。「お背中流しますなのだっ!!」

 カレンの頭の中にリン・ランのにやけた顔が浮かんできた。
 なかなか激しいブラコンのリン・ランは、シュウの背中を流すどころじゃないだろうとカレンは察する。

「そうねっ…! ありがとう、リン・ラン……!」と感涙したシュウの声。「あたし、あなたたちを誤解していたわっ……! さっきあたしとお風呂に入りたいって言ったとき、決してあたしのおっぱいをバカにするためじゃなくて、ただ単にあたくしのことが大好きだからなのよねっ……!」

「もちろんなのだ、兄上っ! ささっ、どうぞこちらへですなのだっ!」

「ええ、ありがとうっ」

 とシュウがバスタブから上がり、風呂椅子に腰掛けたのが分かった。
 リンとランがバススポンジにボディーソープをつけ、泡立てている音まで聞こえてくる。

「では、お背中失礼しますなのだ!」

「ええ、お願い」

 というシュウの声のあと、身体を擦る音が聞こえてきた。

「どうですかなのだ? 兄上」

「ええ、気持ちいいわ」

 少しの間会話が途切れ、

「兄上、次は腕を洗いますなのだ」

「あら、ありがとう」

 また少し間会話が途切れ、

「兄上、次は首と胸元を洗いますなのだ」

「前の方は自分で洗えるから大丈夫――」

「いやいや兄上、ご遠慮無用ですなのだ」

「あ、そ、そう?」

「兄上、次はお腹を洗いますなのだ」

「え? あ、ありがとう?」

 少し困惑したようなシュウの声。

 リンとランの声が交互に聞こえてくる。

「兄上、次は足を洗いますなのだ」

「兄上、次はふくらはぎを洗いますなのだ」

「兄上、次は太股を洗いますなのだ」

「兄上、膝広げてくれないと太股ちゃんと洗えませんなのだ」

「――きゃっ、きゃああああっ」と、シュウの声。「なっ、何するのよ!? 膝広げさせないでよ恥ずかしいわっ!!」

「はぁっ…はぁっ……あっ、兄上っ、ま、丸見えですなのだーっ……」

「ちょ、ちょっとドコ凝視してんのよ!? しかも何興奮してんのよあんたたち…!?」

「こっ、ここは素手で洗わせていただきますなのだっ……!」

「はっ!? え、ちょ、なっ、何あんたたちまさか……!?」

 脱衣所にいるカレンは苦笑した。
 次の瞬間、シュウの悲鳴が響き渡ってきた。

「きゃああああああああああああああああああっっ!! あんたたちどこ触ってんのよおおおおおおおおおおっっ!! 乙女が恥じらいなくそんなとこ巧みに洗ってんじゃないわよ!! ああああんっ、やめてえええええええっ!! いやああああああああ!! …そっ、そんなにいじられたらっ……ああっ……ちょっ、やっ、やめっ…………!!」

「おおーっ」

「おおーっ、じゃないわよ!! コレどうしてくれるのよ!?」

「兄上やっぱりすごいですなのだーっ」

「ちょっ、やだっ、それ以上触らないで!! やっ、やめっ、やめてっ……!!! ……ああもう、いーーー加減にしなさいよ……!?」

 と、シュウの声色が変わった。
 リンとランの動揺した声が聞こえてくる。

「あっ、兄上っ……!?」

「もおおおおおおう怒ったわよ、あたしはあぁぁぁ……! あんたたちっ!!」

「はっ、はいっ……!!」

「責任持ってさっさとケツの穴貸しなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」

「――ふっ、ふにゃああああああああああああああああああっっっ!!!」と、今度はリン・ランの叫び声。「あっ、兄上そっちは嫌ですなのだああああああああああああっっっ!! っていうか無理ですなのだあああああああああああああああああああああああっっっ!!」

 浴室の中、泣きながら逃げ回るリン・ランと、それを追い掛け回しているらしいシュウ。
 カレンは脱衣所のドアを開け、慌ててリュウを呼んだ。

「リュ、リュウさまああああああああああああああああっっっ!! たっ、大変なのですわあああああああああああああああああっっっ!!」

 そんなカレンの只ならぬ叫びを聞き、リュウがリビングから駆けて来た。

「どうしたカレン!?」

「シュ、シュウとリンちゃんランちゃんが浴室で……!!」

 リュウが慌てて浴室のドアを開ける。

「おい、どうした!?」

「ちっ、父上えええええっ!!」

 リュウの姿を見たリンとランが、慌ててリュウの背に隠れた。
 シュウを見たリュウの顔が引きつる。

「てーめえ、シュウ……!! カマヤロウだと思って油断してりゃあ……!! 妹に欲情してんじゃねえぞコラァ!!」

「ちっ、違うわパパ!」シュウが必死に首を横に振る。「あたしはニューハーフ! 女なんかに興味なんかないわ!」

「だったらその股間のモノはどう説明すんだ!? あぁ!?」

「こっ、これはリンとランにいじられたから大きくなっちゃっただけでっ……!! あっ、ああぁぁぁん、パパ見ないでええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! シュウ恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 タオルで股間を隠し内股になって声をあげるシュウを、リュウの拳が殴り飛ばす。

 バキィッ!!

「きゃあああああんっ!!」

 飛んだシュウの身体は、浴室の窓を突き破って裏庭の芝生の上を滑っていった。
 
 
 
 カレンの部屋の中。
 ベッドに腰掛けるカレンの膝に、胸からバスタオルを巻いたシュウが突っ伏して泣いている。
 そして相変わらずマナはシュウにビデオを回している。

「ひどいわひどいわ! みんなひどいわ! サラはあたしを指差して笑うし、リン・ランは泣きながら逃げるし、レオ兄は遠巻きになるし、パパなんかすぐあたしのことを殴るのよ!」

 何て言ってやれば良いものかと、カレンはシュウの頭を撫でてやりながら苦笑する。

「あたしだって好きで男に産まれたわけじゃないのに! 何よっ、みんなしてあたしのこと変な目で見て!」

「そ、そんなことないのですわ、シュウ? ただ、あなたが今までと違うからみんな戸惑っているだけなのですわ。慣れの問題ですわ、慣れの」

「慣れの…」シュウが鸚鵡返しに呟き、顔を上げてカレンの顔を見た。「じゃあ、しばらくすればみんなあたしと普通に接してくれるっ?」

「ええ、きっとね」

 でもその前に、あなたは元に戻ってしまうけれど。

 とカレンは心の中でだけで続けた。

「カレン…!」シュウの瞳が潤む。「あなたなんて優しい子なの…! 前のあたしがあなたに恋をしていたからというのもあるのかしら…。あたし、あなたとはとても良いお友達になれる気がするの……!」

「そ、そう。ありがとう。今のあなたになる前のこと、覚えているのね」

「ええ、覚えているわ。前のあたし、本当にあなたのことが好きだったわ。1日中、あなたのことばかりを考えてた」

「…そ…そう……」カレンの頬が少し染まる。「あ、ありが――」

「でも今のあたしの頭の中は男性でいっぱいっ(ハート)」

「……。そう…」

「もうシュウの周りの男性、素敵な人ばかりで迷っちゃうっ。パパとレオ兄とリンクさんとグレルおじさま、どれがいいと思う?」

「…そ、それ以外がよろしいと思われますわ」

「えー? じゃあ探さなくっちゃ♪」

「…が、がんばって」

 カレンは言いながら、部屋の時計に顔を向ける。
 時刻はPM10時過ぎだった。

「ね、ねえ、シュウ。あたくしそろそろ寝るわね」

「え? もう?」

「ええ…、妙に疲れて……」

「そう。それじゃあ、あたしもそろそろ寝ようかしら。ねえ、可愛い寝巻き貸してくれない?」

「…す、好きなの選んで行ってよろしくてよ」

「えっ、本当っ!?」

 シュウがカレンの出した寝巻きを見回し、パイル地でピンク色のキャミソールワンピースを選んで着た。
 カレンが着ると膝丈のものなのだが、シュウが着ると尻が見えそうなくらいのミニスカート状態。
 しかも生地が破れそう。

「どう? カレン」

「…か…可愛いわ、とても……」

「あ・り・が・とっ(ハート) それじゃ、おやすみなさいっ♪」

「お、おやすみなさい…」

 カレンが苦笑しながら言うと、シュウがカレンの部屋から出て行った。
 マナがビデオ撮影を止める。

「仕返し終了…」

「ね、ねえ、マナちゃん。明日の朝にはシュウは元通りになっているのよね?」

 と、何だか不安になってマナに確認したカレン。
 マナが頷いた。

「そのはず…」

「そう…、良かった」

「それじゃ、おやすみカレンちゃん…」

「ええ、おやすみなさいマナちゃん」

 マナも部屋から出て行くと、カレンは電気を消してベッドに入った。

(はぁ…、やっと解放してもらえたのですわ…。今のシュウも悪い子ではないけれど…。でもやっぱり……)

 カレンの頭の中に、普段のシュウが浮かぶ。

(…元に戻ったら、また1日中あたくしのこと考えたりするのかしら……)

 軽い動悸の中、カレンは瞼を閉じた。
 この日見た夢は、普段のシュウと一緒にいる夢だった。
 
 
 
 
 翌朝6時、カレンは目覚まし時計が鳴って目を覚ました。
 部屋に備え付けてあるバスルームの洗面所で顔を洗って歯を磨いてから部屋を出る。

 同時に、斜め向かいの部屋のミラも出てきたところだった。

「おはよう、ミラちゃん」

「おはよう、カレンちゃん」

 そう笑顔で挨拶を交わしたあと、カレンとミラが注目するのはシュウの部屋のドア。

「ねえ、カレンちゃん。お兄ちゃん元に戻ったはずよね?」

「そのはずですわ。…でも、何だか無反応ですわね。あたくしの寝巻きを着て眠ったはずなのに」

「どうしたのかしら、お兄ちゃん」

 カレンとミラが顔を合わせて眉を寄せていると、いつもはまだ起きて来ないマナが部屋から出てきた。

「ミラ姉ちゃん、カレンちゃん…。兄ちゃんは…?」

「それが」と、カレンは再びシュウの部屋に顔を向けて言った。「まだ出てこなくて…」

 それを聞き、シュウの部屋のドアを開けたマナ。
 中へと入っていく。
 カレンとミラも続いて中へと入った。

 きょろきょろと部屋の中を見回すが、シュウの姿はない。
 どうやらバスルームの洗面所にいるらしい。

 バスルームに向かってマナが言う。

「おはよう、兄ちゃん…」

 それにミラ、カレンと続いた。

「お、おはよ、お兄ちゃん」

「お、おはよう、シュウっ…」

「あらぁ?」

 と、バスルームからシュウの声。

 カレンとミラは眉を寄せた。
 何か変だ。

 バスルームのドアが開き、カレンから借りた寝巻き姿のままでシュウが顔を出した。

「おはよう。ねえ、ミラ、カレン。ちょうど良かったわ、お化粧道具がなくて困っていたのよ。貸してくれない?」

「――!?」

 カレンとミラは手を取り合って後ずさった。

 普段のシュウとは思えないこの口調。
 普段のシュウとは思えないこの台詞。

 まさか……!

 と、カレンとミラがマナに顔を向けると、マナがシュウを見たまま口を開いた。

「兄ちゃん戻らないね…。薬、失敗作だったみたい…」

「――と、いうことは……!?」

「困った…」

 と、溜め息を吐いたマナ。
 カレンとミラの方に振り返って訊いた。

「元に戻す方法教えて…」

「――しっ…」

 知らねええええええええええええええええええっっっ!!
 
 
 
 
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