第48話 ミヅキのアパートにて
カレンとミヅキが歩くところから後方20m。
シュウとサラは、ミヅキを不審に思いながら尾行していた。
「おい、見ろよサラ。ミヅキちゃんて首細いけど、カレンと比べると大分太いぞ」
「本当だ。あと微妙に喉仏が見える気が……」
「やっぱ男か?」
「兄貴、痴漢のフリして確かめてくれば? 前からスカートめくれば分かるんじゃない?」
「ばっ、バカ言ってんじゃねーよっ! ミヅキちゃん女の子だったらどうすんだよ!? っていうか、こんな公衆の面前で白昼堂々痴漢したら捕まるだろっ……!」
「それもそーか。じゃあ、うーん……。あっ」とサラが指をぱちんと鳴らして言う。「ミヅキの正面に回って、風魔法で風吹かせてスカートめくらせるとかどう?」
「すっ、すぐ隣にいるカレンのスカートまでめくれちまうじゃねーかよっ……!」
「良かったじゃん、兄貴。カレンのパンツ見れるよ」
「お…、おおお……! ありがてえっ……! ――じゃなくて! だっ、ダメだそんな――」
「今日のカレンはイチゴぱんちゅっ☆」
「イっ、イチゴぱ……!? イ、イイイっ、イチゴぱんちゅ!? イチゴぱんちゅっすか!? なっ、なんって可愛いパンツはいてんだカレンめっ……!!」
「よし、風吹かせるか」
「おうっ! 強風じゃなくて、こう下からフワッいく風の方がめくれ安いかもな――って、なっ、何言ってんだよオレはっ……!! ダメダメダメっ! ダメだからな、サラ!!」
「じゃー、どうやってミヅキの性別確認すんの」
その方法をあれやこれやと考えながら、カレンとミヅキの尾行を続けるシュウとサラ。
これといった方法が見つからず、日が暮れて行く。
「…あ、そろそろ帰る時間だな」
とシュウが携帯電話で時刻を確認したとき、夕立がやってきた。
結構な勢いで空から雨が降ってくる。
「うわ、カレン風邪が引く前に帰らねーとっ……!」
そう慌てたシュウだったが、ミヅキがカレンを引っ張ってどこかへ走っていく。
シュウとサラが追いかけていくと、ミヅキは割と近いところにあったアパートに入っていった。
大き目のアパートだ。
そこの1階にある部屋へとカレンを引っ張っていく。
アパートの中まで追いかけることはできず、シュウとサラは立ち止まった。
「ここってミヅキちゃんのアパートか」
「そうだろうね、たぶん。ど、どうしよう、兄貴……」
「ど、どうしような、サラ……」
ミヅキのアパートまで引っ張られてきたカレンは、リビングらしき部屋に連れて来られた。
ミヅキの部屋となると自分の部屋と同じように乙女な空間かと思っていたカレンだったが、そこはとても小ざっぱりとしている。
人形も飾られていない。
部屋の中を見回しながら、カレンは訊いた。
「ミヅキちゃん、1人暮らしなのかしら?」
「うん。両親は地元にいるよ」
「そう」
「ちょっと待ってて。カレンちゃん濡れたままじゃ風邪引いちゃうから、何か着替え持って来るね」
「あ、大丈夫よ。あたくし夕食までには帰らないと行けないから、そんなに長くいられないのですわ」
「そっか。じゃあ、これで身体拭いて」
と、ミヅキがタオルをカレンに渡した。
「ありがとう。ミヅキちゃんは早く着替えてきて。風邪引いてしまうのですわ」
「それじゃ、ちょっと失礼して……」
ミヅキがリビングの向かって右側の方にあった部屋へと入っていった。
そこが寝室なのだろうと、カレンは察する。
(じゃあ)
と、カレンはリビングの向かって左側の方にあるドアに顔を向けた。
(あっちのお部屋が、ミヅキちゃんのドール工房かしら。ああ、見てみたい。見てみたいのですわああああああっ! 入るには、ミヅキちゃんの許可をいただかなくてはね!)
ミヅキが戻ってくるのを待ちきれず、カレンはミヅキが入っていった部屋へと向かった。
ドアが少し開いていて、中を見ることができる。
カレンが隙間から中の様子を見ると、ミヅキが着ていたパフスリーブのトップスを脱いだところだった。
(――えっ……!?)
と目を疑い、一度ドアの後ろに隠れたカレン。
(な…、何…? えっ……?)
恐る恐る、もう一度ドアの隙間からミヅキを見る。
ミヅキはクローゼットを開け、着る服を選んでいるようだった。
(な…、何…? 何かしらっ……?)
カレンは足音を立てずにリビングへと戻っていった。
(何かしら何かしら何かしらっ……?)
混乱する。
カレンの頭が混乱する。
バッグの中にある携帯電話が鳴り、カレンはすぐに取り出して出た。
電話の相手は、サラと共にアパートの前にいるだろうシュウだ。
「もしもし、カレ――」
「ねえ、シュウ」カレンはシュウの言葉を遮った。「さ、最近のレディのことなのだけれどっ……」
「お、おう?」
「さ、さささ、最近のレディは脇ヘアー、ノー処理OKっ??」
「は? 何?」
「さ、さささ、最近のレディは逞しくも、は、ははは、腹マッスル割れてマッスルっ???」
「……。…と、とりあえず、おまえが今パニクッてることはよく分かった。落ち着いて分かる言葉でもう一度言ってみろ」
「だ、だだだ、だからですわねっ、さ、さささ、最近の――」
「カレンちゃん?」
カレンの言葉がミヅキの声に遮られた。
カレンは驚きのあまり、思わず電話を切ってしまった。
「あっ、ミヅキちゃんっ……! き、着替え終わったのねっ……!」
「うん。電話中だったみたいだけど、もう終わったの?」
「えっ? ええ、終わりましたわっ」
「そう。あ、そこのソファーに座ってて。今お茶淹れるね。アイスティーでいい?」
「え、ええ、ありがとうっ……」
ミヅキがダイニングキッチンへと向かい、カレンはリビングの2人掛けのソファーに腰掛けた。
カレンの頭がまだ混乱している。
(ど、どどど、どういうことなのっ? どういうことなのかしらっ…!? さ、さっき見たミヅキちゃんの身体、お、男の子のようだったのですわっ……! ま、まさかミヅキちゃんて男の子……!? …そ、そんなわけありませんわっ! こんなに可愛い男の子なんているわけがありませんものっ……! って、ジュリちゃんも女の子顔負けの可愛さじゃなくって!? じゃ、じゃあやっぱりミヅキちゃんも……!? …と、と、と、とりあえず落ち着くのですわ! 落ち着くのよ! 落ち着きなさい、あたくし!)
ミヅキが自分の分とカレンの分のアイスティーを持って、カレンのところへとやってきた。
2つのグラスをテーブルの上に起き、ミヅキがカレンの隣に腰掛ける。
「あ、ありがとう、ミヅキちゃん」
そう言って笑顔を作り、落ち着こうとアイスティーをごくごくと半分ほど飲んだカレン。
グラスをテーブルの上に置き、ミヅキの顔を見つめる。
「え、えと、ミヅキちゃん?」
「ん? なぁに、カレンちゃん」
「え、えと…、そのっ……」
本当は男の子なのかしら?
と、訊く勇気はカレンにはなかった。
「そ、そのっ……、あっちのお部屋は、ドール作りのためのお部屋かしらっ?」
「うん、そうだよ。最近ね、新しいドールのヘッドができあがって……」
「まあ! どういうお顔なのっ?」
「可愛いよ、すごく。本当クリソツで、ぼくの中の最高傑作だ」
「ぼく? 今、ミヅキちゃん、ぼくって言いましたわよね? ミヅキちゃん、もしかして本当は――」
カレンは言葉を切った。
身体がおかしい。
「えっ……?」
カレンの手が、足が、身体が麻痺したように動かなくなっていく。
ミヅキがおかしそうに笑った。
「一気に半分も飲んでくれるとは思わなかったよ、カレンちゃん」
「ミ…ヅキ…ちゃ……?」
「おかげで大分効いちゃったみたいだね、痺れ薬」
「し…、しび…れ……?」
「すごいでしょう、これ。魔法がかかっているんだって。でも安心してね、人体に悪影響はないんだって。誰から買ったと思う? あのリュウさんとキラさんの子供のマナちゃんだよ。マナちゃんが夏休み中だけ週に一度、葉月町のとある路地で色んな薬を良心的な価格で売ってくれるんだ」
「!?」
ちょ、マナちゃん裏でそんな商売していたの!?
カレンは驚愕すると同時に、マナの作った薬となればそれはもう強力で、しばらくは動けないだろうことを察した。
(こ…、怖いわ……)
カレンの怯えた瞳を見て、ミヅキが笑う。
「大丈夫だよ、カレンちゃん。痛いことはしないから。ねえ、ドール作りの部屋が見たいんでしょ? 見せてあげるよ」
ミヅキがそう言いながら、リビングの左側の方にある部屋のドアを開けた。
カレンをその細い腕で抱き上げ、そこの部屋へと連れて行く。
(――いっ…、嫌っ……!)
部屋の中に入れられるなり、カレンにぞっと寒気が走った。
8畳ほどの部屋の壁に沿って置かれている棚の上には、球体関節人形が隙間なく並べられている。
恐らく、そのうちの7割がミヅキ手作りのもの。
そして床には、人形がいくつか壊れた状態で投げ捨てられていた。
だが、カレンに恐怖を与えたのはそこらではない。
部屋の中央あたりに作られた、木製の作業台のようなところ。
そこの上にいくつも並べられた、同じ造形の人形の顔。
全て同じ塗装・グラスアイのその人形の顔は、まだウィッグを被せていない状態でもカレンは分かった。
(あたくしの…顔……!)
ミヅキがにっこりと笑って言う。
「ね? クリソツでしょ? この間ぼくがカレンちゃんのお顔を色んな角度からたくさん撮ってたのって、このためだったんだ」
ミヅキが戸口から中央の方へと歩いて行き、作業台の空いているところにカレンの身体を寝かせた。
恐怖に零れたカレンの涙を見て、ミヅキが笑う。
「やだなあ、痛いことなんてしないってば。ぼくね、3人の姉がいるんだけど。小さい頃から、女みたいだってバカにされて育ってきたんだ。だから姉たちなんか大嫌いでさ……。それからなんだ、ドールが好きになったのって。だって、ドールは傷付くことなんか言わないでしょ? それに、ドールはぼくの思うがままにできる。だからぼくね、好きな女の子のドールをたくさん作るのが好きなんだ。ぼくの好きなように扱って、1つや2つ壊れてしまっても大丈夫なように。飽きるまで、ぼくの好きに……思うがままにするんだ。まあ、飽きる前にいらなくなって壊しちゃうドールもあるけどね。床に転がってる子たちみたいに。あの子たちのモデル、ぼくの昔の彼女たちなんだ。ぼくと別れるときに、みーんな揃って言うんだよ。ぼくのこと『気持ち悪い』って。ひどいよね。まるでぼくの姉たちみたいだ。傷付いて思わず壊しちゃったよ。比べてドールは本当にいいよね、自分の思うがままにできるし傷付くことなんか言わないから。生身の人間じゃ、なかなかこうもいかない。…でも……」
カレンの目尻から耳元へといくつも流れている涙を、ミヅキが指で拭った。
「今のカレンちゃん、ドールと変わらないね。動けないから、ぼくの思うがままだ。いつもはモデルの顔だけ作るんだけど、今回は身体もそっくりに作りたかったから痺れ薬を飲ませたんだ。動けなくして、裸にして、細かいところまで測って、そのままドールサイズに縮小して作って、カレンちゃんのヘッドと組み合わせる。そうすれば、小さくともそのままカレンちゃんだ。嬉しいな、ぼく。本当にカレンちゃんが好きでさ。……ああ、それにしても」
と、ミヅキが不気味に微笑む。
「今のカレンちゃん、本当にドールと変わらないね。動けないし、薬が効いてもう何も言えない。ぼくの思うがままだ」
ミヅキの手がカレンの服にかかる。
カレンは助けを呼ぼうと思うが、もう口まで痺れてしまって言葉を喋ることができない。
(た…、助けてっ……! 助けて、サラっ……!)
心の中、カレンは必死に叫んだ。
(助けて、シュウっ……!!)
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