第47話 修行から帰りました


 シュウの修行10日目――最終日。
 早朝からミーナの瞬間移動でリュウがやって来て、シュウの傍らで修行の様子を見ていた。
 その鋭い瞳で、凝視していた。

 最後の修行を終え、荷物をまとめながらシュウはリュウの顔をちらちらと見る。

(な…、なんだろ。親父、何も言わねーな。も、もしかしてオレ、まったく成長してねえとかっ……?)

 と不安に思いながら、シュウはリュウに訊く。

「お、親父…、オレ成長したっ……?」

「あ?」

 とシュウの顔を見たあと、背を向けたリュウ。

(え、何、親父怒ってんの!? オレまじで成長してねえの!?)

 シュウが狼狽したとき、リュウの表情を見たレオンが笑って言った。

「成長したってよ、シュウ」

「えっ?」

「リュウのにやけた顔がそれを物語ってる」

「うるせーな」

 と、リュウがレオンをどついた。
 シュウはリュウの前まで走って行って訊く。

「ほ、本当っ? 親父っ!? オレ、成長した!?」

「……ま」と、リュウがシュウから目を逸らして言う。「思ったよりはな」

「…お…おおおおお……!」

 シュウの顔が感動に輝く。

(オレ、親父に少し近づいた!)

 そして、

(カレンとキスできちゃうよオレ!)

 シュウは舞い上がった。
 リュウが続ける。

「んで、シュウ、サラ、レオン。明日はおまえらに仕事入れてねーから休んどけよ」

 シュウとサラ、レオンは承諾した。




 修行を終え、霜月島からミーナの瞬間移動で帰ってきたシュウとリュウ、サラ、リン・ラン、レオン。
 シュウは1階でキラや妹たちと顔を合わせたあと、2階に駆け上って自分の部屋に荷物を放り投げた。
 そのあとカレンの部屋のドアをノックする。

「どうぞ」

 と久しぶりに聞くカレンの声に、シュウは笑顔になる。
 中に入ると、ベッドに腰掛けているカレンの姿があった。
 ますます顔が明るくなったシュウだったが、カレンはどうやら電話中。

 カレンの隣に腰掛け、おとなしく電話が終わるのを待つことにした。

「そうそう、そうですわよね、ミヅキちゃん」

 カレンの電話の相手は、どうやら噂のミヅキのようだ。

(本当に仲良しなんだなあ…)

 と、カレンの楽しそうな顔を見ながらシュウは思う。
 まだまだ終わりそうにない気配なので、疲れているシュウはカレンの背後に寝転がって待つことにした。

 5分後。

(長いなあ……)

 黒猫の尾っぽでベッドのマットの上をぱんぱんと音を立てて叩き、カレンの気を引こうと試みたシュウ。
 しかし、カレンは電話に夢中で反応なし。

 さらに10分後。

(まーだっかなあ……)

 ベッドつけられているカレンの片手を、尾っぽの先でくすぐってみたシュウ。

 ビシッ

 と振り払われた。

 またさらに20分後。

(本当長いな、オイ……!? まーだーかーよおおおおおおおおおおっっっ!!)

 バシバシバシバシと、カレンの手を尾っぽで叩くシュウ。
 カレンは溜め息を吐き、シュウの尾っぽをグイッと引っ張った。

「フギャッ!」

 というシュウの声に、電話の向こうのミヅキが驚いたようだった。

「い、今、すごい声が聞こえた気がっ……」

「誤って飼い猫の尾っぽを踏んでしまったのですわ」

「そ、そう」

「ごめんなさい、ミヅキちゃん。そろそろ……」

「あ、うん、分かった。それじゃ、明日ね。おやすみ」

「ええ、明日ね。おやすみなさい」

 カレンはミヅキとの電話を切ると、眉を寄せてシュウに振り返った。
 怒ろうと思ったカレンだったが、嬉しそうに笑っているのシュウの顔を見たら気が抜けてしまった。

「なーにを笑っているのかしら……」

「やっとこっち見た。ただいまっ」

「おかえりなさい。修行、がんばってきたのかしら?」

「おう! んでオレ、ちゃんと成長したって! 強くなったって!」

「そう。良かったわね」

「だ、だからっ……」と、シュウが少し頬を染めながらカレンの顔に手を伸ばす。「や、約束のキスさせてくださいっす……!!」

「ああ、そのことなのだけれど。あなた、あたくしが全部言い切る前に部屋から出て行ってしまうのだもの」

「? 何だよ」

「キス、ほっぺまでよ」

「――!?」シュウ、衝撃。「なっ、なっ、なっ、なんだよそれ!? きっ、聞いてなっ……!!」

「だから、あたくしの話を全部聞く前にあなたが部屋から出て行ったからでしょう」

「オっ、オレ、唇にしていいと思って頑張ってたのにっ!!」

「そんなの知らないのですわ」

「あああああ……、もうダメ。すーげーヘコんだ……」

 と、カレンに背を向けて横臥し、口を閉ざして傷心モードになるシュウ。
 そこへサラがドアから顔を覗かせた。

「あっ…! サラっ……!」と、サラの機嫌を窺いながら、カレンは笑顔を作った。「お、おかえりなさいっ……!」

「……ただいま」サラがカレンから目を逸らして訊く。「……怒ってる?」

「え?」カレンはぱちぱちと瞬きをしたあと、笑って言った。「どうしてあたくしが怒るのかしら? あたくしの方こそ先日はごめんね、サラ。怒らせてしまって……。えと…、まだ怒っているのかしらっ?」

 サラが首を横に振り、カレンのところへと歩いてきた。
 カレンの隣に座り、寝転がってカレンの膝枕に頭をつける。

「あっ」振り返り、短く声をあげたシュウ。「サ、サラおまえ、なんって羨ましいことをっ……!」

 シュウの声が聞こえているのか聞こえていないのか、サラはシュウには何も言わずカレンに訊く。

「ねえ、カレン。ミヅキとまた遊ぶんでしょ?」

「え、ええ……」

 と、カレンは戸惑いながら頷いた。

「いつ?」

「えと……、あ、明日ですわ」

「アタシまた尾行する」

「サ――」

「あの女」と、サラは声を大きくしてカレンの言葉を遮った。「やっぱり怪しいよ。レズ云々じゃなくても、何かおかしい。カレンが危ない気がする」

「何」

 と、シュウは眉を寄せた。
 カレンが危ないだなんて、聞き捨てならず。

「どういうことだよ、サラ?」

「この間カレンがミヅキと遊んだときさ、ミヅキ、携帯のカメラでカレンの顔撮りまくってたんだけど。その数があまりに多かったし、撮り方がどうもおかしくて」

「おかしいって?」

「カレンの正面の顔や、横顔を撮るのは分かるよ? でも、顔の下から撮るのっておかしくない? あと耳とかも撮ってた」

「た……、たしかにおかしいな」

 カレンが言う。

「そ、そのことついてはあたくしもおかしいと思ったのだけれどっ……。アレじゃないかしらっ? ミヅキちゃん創作人形を作っているから、ドールの顔を作る際に役立つとかっ……!」

 シュウは眉を寄せた。 「それってつまり、カレンの顔した人形を作るってことも有り得るってことか?」

「うっわ、何それ」サラが顔を引きつらせる。「きもっ! こわっ! ミヅキやばくね!?」

「そ、そんなことしないのですわ、ミヅキちゃんは!」と、カレンが慌てたように言った。「あたくしの顔したドール作るなんて、あたくし聞いていないものっ……! ドールを作るにあたって、色んな人の顔が勉強になるのよ! ……た、たぶん、きっと」

「……」

 シュウとサラは顔を見合わせた。
 同時にカレンの顔を見て、サラ、シュウの順に言う。

「アタシやっぱり明日尾行するよ、心配だから」

「オレも。明日の仕事は親父から休みもらってるし」

 そういうことになった。
 
 
 
 カレンとミヅキの待ち合わせ場所は、先日と同様に葉月町の中央にあるキラの銅像前。
 そこから後方20m。

 変装したシュウとサラが並んで立っていた。
 サラが自分とシュウをチェックする。

「カラコンよーし、サングラスよーし、帽子よーし、ウィッ……ぷっ、ウィッグよーし」

「……おい、サラ」シュウの顔がひきつる。「おまえ今笑っただろ」

「気のせい」

「嘘こけ。おまえは今、オレのヅラを見て笑った。そしてカレンもさっき堪えきれずに笑いを吹き出した。だがオレは笑えん。笑えねーぞ……!! おい、サラ!?」

「何」

「オレのヅラ、なああああああんでボーズなんだよ!?」

「最近、結構流行ってるって」

「この10円玉ハゲは!?」

「帽子被ってんだから分かんないって」

「帽子被ってんならヅラいらなくね!? っていうか、何だよこの薄っぺらいプラスチックは!? これどう見てもファッション用じゃなくてパーティー用だろ!! 手触りつるつるだぜ!!」

「うるさいなあ、もう。…あっ、ほら! ミヅキ来たよ!」

 と、サラが指を差す。
 シュウは帽子を深く被りながらミヅキの姿を確認した。
 本日もカレンと同じロリータファッションのミヅキ。

「ん? カレンに負けず劣らずの可愛い子だな」

「顔はね。ま、乳も可愛いか」

「…たしかにカレンに勝るとも劣らない貧乳……。…ていうか…なんか……」

 シュウはミヅキに違和感を感じ、首をかしげた。
 カレンとミヅキが歩きだし、サラがシュウを引っ張って歩き出す。

「なんか、何? 兄貴」

「いや……、あのミヅキちゃんて子、すげー可愛いけどさ。あんまり女の子っぽくないっていうか……」

「貧乳だから?」

「それ言ったらカレンもじゃねーかよ。乳じゃなくて、脚とか…」

「脚? 細いね、ミヅキ」

「いや、細いんだけどさ……。オレには今にもスネ毛が生えてきそうに見える」

「は?」ぱちぱちと瞬きをし、ミヅキの脚に注目するサラ。「……あれ……?」

 シュウに続いて違和感を感じ、サラは眉を寄せた。

「なんか良く見ると筋肉質? ていうか、あのふくらはぎの形っていうか、脚のラインが……」

「女の子とはちょっと違うよな」

 サラが同意して頷く。
 シュウとサラは顔を見合わせ、声をそろえた。

「まさか男……とか?」
 
 
 
 
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