第46話 修行中の長男と、その頃のカレン 後編
――霜月島にある山の中での、シュウの修行5日目。
寝る前にシュウとサラ、リン・ラン、レオンはテントの近くに火を焚いて囲み、猫モンスターもハーフも大好きなビールを飲んでいた。
主に炊事担当のリンとランが訊く。
「兄上、修行の方はどうですかなのだ?」
「兄上、強くなった気がしますかなのだ?」
「んー、そうだな……」と、シュウは数秒考えた。「物理的な力も魔力も強くなった気するけど、それより体力とか防御力、魔法に対する耐性のがついた気するかなあ」
「そうだね」レオンが同意した。「シュウを見てるとそれは僕も感じるよ。この修行は正解だったね。リュウの目的はシュウの総合的な力の増加だったけど、その中でも特に打たれ強くなることが目的だったから」
「ふーん?」
そうなのかと数回首を縦に振りながら、シュウはサラに目を向けた。
携帯電話をいじくっているサラに、シュウは眉を寄せながら言う。
「ここ、もろに圏外だろ? サラ」
「うん……、そうなんだけどさ。カレン、どうしてるかなあと思って」
うん、オレも気になる。
とシュウが心の中で同意したとき、キラがミーナの瞬間移動で現れた。
焚いていた炎の上に。
「ん? 寒いと聞いていたのだが、暖かいぞ」と、キラが足元に目を向ける。「おお、火を焚いていたのか。消してしまって悪かったぞ」
「いや、うん、それより母さん流石だね…」
炎の上に落ちて何ともないなんて……。
オレこの黒猫の血、本当に引いてんのかな……。
なんて思わず疑ってしまいながら、シュウは薪に再び魔法で火をつけた。
サラが訊く。
「わざわざどうしたの、ママ?」
「ビールが切れる頃だと思って、追加持ってきたぞ」
と、キラとミーナが両手の袋を掲げた。
「おおーっ、母上とミーナ姉上ありがとうございますなのだ!」
「おおーっ、母上とミーナ姉上さすがですなのだ!」
リン・ランが涎を垂らし、袋の中から新しいビールを取り出して飲みだす。
「キラ、ミーナ。少し話していくでしょ?」
と、レオンが身体をずらしてキラとミーナが座れるスペースを隣に作った。
レオンの隣にキラが、キラの隣にミーナが座る。
サラが訊く。
「ねえ、ママ。カレンどうしてる?」
キラの返答に、シュウも耳を傾けた。
「カレンも一緒に連れてこようと思ったのだが、部屋で電話中だったから連れて来なかったぞ」
「電話中?」シュウが鸚鵡返しに訊いた。「……って、ああ、親御さんか」
「いや」
と、キラが首を横に振る。
ミーナと共にビールの缶を開けて、一口飲んでから続けた。
「共通の趣味の友達とだぞ」
「共通の趣味の友達?」と、今度はサラが鸚鵡返しに訊いた。「え、何。カレンってそういう友達いたの?」
「シュウが修行でいないことにより、カレンは暇ができたわけだろう? だから久しぶりに人形屋へ行ったみたいでな」
「ああ、カレン人形遊び好きだもんね」
「そこのバイトと仲良くなったみたいだぞ」
「バイト?」シュウとサラが声をそろえる。「って、男? 女?」
「ミヅキっていう名の女みたいだぞ」
それを訊いてシュウは安堵するが、サラの顔はむっとしたように歪んだ。
「電話してるってことは、携帯番号とか交換したんだ。ふーん、仲良いんだね」
「みたいだぞー」
とキラが同意したことにより、ますますサラの顔が歪む。
「その女、気に食わない」
「サラ……」シュウは苦笑した。「嫉妬かよ、オイ。おまえカレンのこと好きだなあ」
「アタシ帰ろうかな」
「何をする気だ? サラ」キラが訊いた。「ミヅキには、カレンがシュウの弟子だということは黙ってある。サラがカレンと一緒にミヅキの前へ出たら、そのことを勘付かれてしまうぞ」
「それ危ないぞーっ」と、リン・ランが口を挟んだ。「今度は兄上の一般人のファンが、カレンちゃんを狙うかもしれないぞーっ」
「でも気にくわない」と、サラが口を尖らせる。「カレンの一番の仲良しはアタシでいいんだ。その女に、カレンに近寄るなって言いたい。嫌だって抜かしたらボコりたい」
「くぉらっ!」シュウは手を伸ばし、サラにデコピンをした。「おまえは新米とはいえ列記としたハンターだろうがっ! 一般人に手を上げるんじゃねえっ!」
「わ…かってる……けど」
と、額を擦ったサラ。
それから30秒ほど思案顔になったあとに立ち上がった。
「アタシ帰る」
カレンがミヅキと携帯電話番号を交換し合ったのは一昨日のこと。
一昨日も、昨日も、そして今日もカレンはミヅキと電話していた。
もうすっかり仲良くなった2人。
ミヅキが訊く。
「ねえ、カレンちゃん。明後日、私バイト休みなんだけど、一緒に遊びに行かない?」
「明後日? ええ、いいわよ。遊びましょう」
とカレンが言ったとき、部屋のドアが開いた。
サラが姿を見せる。
シュウと一緒に修行へ行ったはずのサラが現れて、カレンはぱちぱちと瞬きをした。
「あらっ? サ……。えと、おかえりなさい?」
「ただいまあ」と、サラが大きな声で言った。「カレン、誰と電話してんのー?」
「え、えと、友達よっ……」
「ふーん?」
と、不機嫌そうに、ベッドに腰掛けているカレンの隣に座ったサラ。
電話の向こうで、ミヅキが訊く。
「カレンちゃん、兄弟姉妹いるの?」
「え、ええ。そうなのよ、今のは姉で……」
「へえ? 顔とか似てるの?」
「……に、似ていませんわね、まるで。姉は強いしモデルさんのようだし」
「わあ、すごいねえ!」
「あ、ありがとうっ……。え、えと、ミヅキちゃん、姉があたくしに用事があるみたいだから、そろそろ……」
「あ、うん。分かった。それじゃあ、明後日の予定とかメールするね。おやすみ」
「ええ、分かったわ。おやすみなさい」
と、電話を切ったカレン。
その途端サラが寝転がり、カレンの膝に頭を付けた。
カレンがサラの頭を撫でながら、おかしそうに笑う。
「サラってときどき甘えん坊よね。それで、急に帰ってきてどうしたのかしら?」
「アタシも行く」
「え?」
「アタシも明後日一緒に遊びに行く」
「…そ、それはまずいかもしれないわっ……。あたくし、ここに居候してることをミヅキちゃ……あ、えと、ついさっき電話してた子ね? ミヅキちゃんには内緒なのだもの。サラが一緒に着いて来たらバレちゃうかもしれないでしょう?」
「大丈夫。変装して背後からこっそり着いていくから。だからアタシも絶対に行くからね」
何だかフテ腐れた様子のサラに、カレンは困惑した。
「ど、どうしたのよ、サラ……?」
「何が何でも絶対一緒に行く。ミヅキ、どんな女か見てやろーじゃん。あームカつく」
「だ、だから何を怒っているのかしらっ?」
「……アタシが一番」
「え?」
「アタシが、カレンの一番の友達なの!」カレンの膝に顔を埋め、サラが足をじたばたとさせて喚く。「アタシが一番、アタシが一番、アタシが一番ーーーーーーっっっ!!!」
「もう、サラったら」とカレンは溜め息を吐いた。「そんなの当たり前のことですわ。あたくしの一番の友達なんてサラに決まっているじゃない」
サラが仰向けになり、下からカレンの顔を見ながら訊く。
「本当にぃ?」
「本当よ。だからフテ腐れたりしないで、ご機嫌直してくれないかしら?」
「……わかった、直す」
「よかっ――」
「尾行させてくれたらね」
「……わかったわよ、もう……」
と、カレンは苦笑しながら、サラに尾行の許可を出した。
シュウの修行7日目の日。
PM12時。
ミヅキと遊ぶというカレンを、サラは待ち合わせ場所――葉月町の中央にあるキラの銅像前まで送ってやった。
そしてそこから後方20mへと下がる。
(ウィッグよーし、帽子よーし、サングラスよーし、念のためにカラコンよーし)
変装バッチリ、サラはミヅキの姿が現れるのを待つ。
(これでアタシだとは気付かれまい! さあっ、そのツラ見せてみろやミヅキっ!!)
そして数分後、カレンの前に姿を現せたミヅキ。
(――ぐはっ!!)
サラ、何となく衝撃を受ける。
(すんごい可愛い女じゅわんっ!! ちょっ、何それ反則っ……!! 可愛いもの大好きなカレンにとっちゃ、ドツボの女かもっ……!!)
本日のミヅキは、カレン同様のロリータファッション。
カレンと二言、三言交わしたあと、カレンの手を取って歩き出した。
サラの顔がひきつる。
(なっ…なあああああああんで手ぇ繋いじゃうわけえええええええええ……!? あっ、ちょっ、くっ付きすぎっ!! おっ、おのれミヅキィィィ…………!!)
イライライライラとしながら、サラはカレンとミヅキを尾行する。
カレンに対するミヅキの態度は、友達というより恋人に見えた。
彼女に対する彼氏の態度、というような。
(何なの、ミヅキって…!? レズなわけ…!? だったらカレン危ないじゃん! ……って、あれっ? 兄貴と入れ替わったとき、カレンといちゃつきまくったアタシもレズ!? ……いや、アタシはそれとは違うか。アタシ、レオ兄のこと大好きだし。…ん? バイってやつかアタシ!? アタシどんだけ節操な――ゴホゲホゲフッ……。アタシどんだけオールマイティー!!)
しばらく尾行してから、サラはあることに気付く。
(ミヅキの奴、どこかに立ち寄る度に携帯取り出して、カレンの顔画像撮ってない……? しかも色んな角度から)
サラは眉を寄せた。
(顔の正面や横顔は分かるけど、顔の下からは撮らないでしょ、普通…。あれっ? 今度は耳? 耳撮ってるっ? おかしいだろ、オイ。…すーーーんごい、怪しい女なんだけど……)
ミヅキを不審に思い、サラの顔が歪む。
カレンがミヅキと落ち合ったのは昼前で、今はもう夕刻。
夏でまだ明るいとはいえ、カレンは夕食前には帰ることになっている。
(そろそろ帰る雰囲気だな。とりあえず良かった、カレンに何もなくて……)
そうサラが安堵したときのこと。
今日の昼に待ち合わせしたキラの銅像前に、カレンとミヅキが立ち止まる。
サラがカレンの口元に注目すると、「今日はありがとう、楽しかった」というようなこと言っているようだった。
ミヅキの斜め後ろから見ているものだから、ミヅキが何を言っているのかまでは見えない。
(いつまでカレンと話してんの、ミヅキの奴。さっさと帰れって――……えっ?)
苛々としていたサラは、突然のミヅキの行動に目を丸くした。
キラの銅像前、サラが凝視している前、人々が行き交う公衆の面前。
何ら戸惑った様子も周りの目を気にする様子もなく、ミヅキがカレンにキスした。
キスした。
キスした。
キスしやがった。
(――レズ、決定)
顔を赤くしながら呆然として立っているカレンの前から、ミヅキがにっこりと笑って去っていく。
それと同時に、サラはカレン目掛けて飛び出した。
目の前にサラが物凄い形相で現れ、カレンはぎょっとしてしまう。
「サ、サラっ……!?」
「ちょっとちょっとちょっとちょっと!」と、サラはミヅキが去っていった方向を指差しながら言う。「何あれ何あれ何あれ何あれ! レズ!? レーズー!? ズーレー!? ズーレーかああああ!?」
「ちっ、違うわよ、いくらなんでもっ……!」
「だってキスされてたじゃんカレン!」
「え、ええ。あたくしも驚いたのだけれど、それがミヅキちゃんの地元の挨拶だそうよ」
「ああ、そういえばそういう島もあると聞いたことが……。なーるほどねー、挨拶だったかあ」と一度安堵したサラだったが、そのあとぶんぶんと首を横に振った。「って、いやいやいやいや! 挨拶に交わすようなキスじゃなく見えた! だって結構長かったし! あれレズだよ、レズレズレズ!!」
「そんなわけ――」
「そんなわけある! 絶対ある! カレン危ないよ! もうミヅキと会っちゃダメ!!」
「え、ええっ?」
「ダメったらダメだよ!? いいね!? 分かった!? よし、分かったね、イイ子イイ子」
とサラがカレンの手を引き、帰路へと着く。
カレンは小走りになってサラの後ろを着いていきながら、慌てたように言った。
「ま、待ってサラ! あたくし、ミヅキちゃんと次に遊ぶ約束しちゃってっ……!」
「断ればいい。断れないっていうなら、アタシが断ってやるよ」
「あっ、あたくし、ミヅキちゃんから教えてもらいたいのですわっ……!」
「創作人形の作り方? 球体関節人形だっけ? そんなの親父に頼んでちょっと調べてもらえば詳細まで分かるよ」
「でっ、でもっ、ミヅキちゃんと話しているととても楽しいのですわ、あたくしっ……。今まで共通の趣味持っている人は周りにいなかったから、ミヅキちゃんと仲良くなれたことが余計に嬉しくてっ……!」
「……」
サラの顔が膨れる。
「お願いよ、サラっ…! あたくし、ミヅキちゃんとお友達でいたいのですわっ……!」
「……」
さらに膨れる。
「ねえ、サラっ…! 心配しなくても大丈夫なのですわ、ミヅキちゃんは本当に良い子だからっ……! お願い、お友達でいさせてっ……!」
「……」
ぱんぱんに膨れた。
サラが立ち止まり、カレンに背を向けたまま口を開く。
「あとはここの道まっすぐ行けば、家に着くから」
と、カレンの手を離して先に家に向かって駆けていく。
「あっ、サラっ……!」
慌てて追いかけるカレンだが、サラの足にはまるで追いつかない。
50m走る間にサラの姿は小さくなってしまい、立ち止まったカレン。
「もう……」
と、苦笑しながら自分のペースで歩き出す。
(ヤキモチ焼きの幼い彼氏を持った気分なのですわ……)
家に帰ったはずのサラが再びミーナの瞬間移動でやって来て、食事中だったシュウとリン・ラン、レオンはぱちぱちと瞬きした。
「どうしたの、サラ?」
とレオンが訊くと、サラがレオンの膝の上に腰掛けた。
レオンの向かいの席からシュウがサラの顔を覗き込む。
「えらく膨れてんな。カレンと喧嘩でもしたのかよ?」
サラが口を開く。
「……カレンにキスしやがった」
「へっ!?」思わず声が裏返ったシュウ。「だっ、誰がっ!?」
「ミヅキ」
「ミヅキ……」鸚鵡返しに言いながら、シュウはぱちぱちと瞬きをする。「って、女の子だろ?」
「レズだレズ。ズーレーだ」
「おまえだってカレンとしようと思ったらできるだろ?」
「できるよ。でも、アタシとカレンは友達だけど、ミヅキは違う感じ! 明らかにカレンに恋してて狙ってるっていうか! 危ないからもうミヅキと会っちゃダメって言ったのに、カレンがミヅキと友達でいたいって言う! アタシがダメだって言ってるのに!」
「それでフテ腐れてまたここに来たわけね、おまえ……」そう察しながら、シュウは苦笑した。「おまえ本当親父そっくりだな、俺様でワガママで独占欲強いところが。あ、おまえは女だから俺様じゃなくて女王様か?」
「ムカつく! ムカつくムカつくムカつく! ミヅキ、ムッッッカつく!!」
「はいはい、サラ。落ち着こうね」
そう言ってレオンがサラの頭を撫でると、サラがレオンにだらんと背を預けて口を閉ざした。
まだむくれているサラの顔を見ながら、シュウは呆れて溜め息を吐く。
(何をそんなに心配してんだか。カレンの一番の友達はサラだろうし、そのミヅキっていう女の子は別にレズじゃないと思うけどね、オレは。…でも、もし本当にレズだったら……?)
シュウは眉を寄せた。
(もしかしてオレのライバルか?)
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