第44話 修行中の長男と、その頃のカレン 前編
リュウがシュウの修行場所へと選んだのは、葉月島から島を2つ隔てた霜月島にある山だった。
葉月島から長月島へ、長月島から神無月島へ、神無月島から霜月島の山へと、3回のミーナの瞬間移動でやってきた。
「ふぅ、疲れたぞ」と、ミーナ。「遠くまでの瞬間移動を連続して3回も繰り返すのは、結構な労力だぞーっ」
「あー、おまえ大人になっても魔力大したことなかったからな。魔力ありゃあ、一度にもっと遠くまで瞬間移動できたのにな」
「うっ、うるさいのだっ、リュウ! 今夜置いて帰るぞ!?」
「ふっ、ふざけんなミーナっ(俺キラいねーと眠れねーのにっ)!」
リュウとミーナが騒ぎ始める傍ら、シュウとサラ、リン・ラン、レオンは辺りを見回した。
広葉樹が葉を赤や黄色に染めている。
霜月島はすっかり秋のようだった。
山の中が故に、葉月町の冬のような寒さだ。
「うわあ、さみぃ。長袖持って来て良かっ――」
「シュウ、剣構えて」サラとリン・ランを背に庇いながら、レオンがシュウの声を遮った。「モンスターの気配がするよ」
シュウは言われて気付いた。
「さっそくモンスターご登場かよ」
しかも物凄い数の気配だ。
シュウは腰から剣を抜き、モンスターがいつどこから出てきても良いように構える。
リュウがシュウとレオンを見、眉を寄せた。
「何してんの、おまえら。まずはウォーミングアップと体力づくりを兼ねて山道のジョギングからだぜ?」
「おい、親父」
「何だよ、シュウ」
「気付いてねーわけねーよな、あんたが。このモンスターの気配に」
「そりゃそうだぜ。周りにいるこいつらは――」
「おっ、親父っ!!」
シュウは叫んだ。
突如リュウの背後から飛び出してきたオオカミ風モンスターが、リュウの背に飛びかかる。
シュウがオオカミ風モンスターに剣を振り下ろそうとすると、リュウの剣がシュウを吹っ飛ばした。
「うっわあ!!」近くの木に背をぶつけて止まり、シュウは目を見開いてリュウを見た。「なっ、何す――」
「俺の話を最後まで聞け。こいつらはすでに手懐け済みなんだよ」
「へ?」
シュウはぱちぱちと瞬きをした。
5匹のオオカミ風モンスター―銀色の毛をしていて、見た目はオオカミそっくりだがその体長はオオカミの倍ほどの大きさがある――が、尾っぽを振りながらリュウの周りにおとなしくお座りしている。
ミーナが言う。
「名前は大きい方から、ギンタロー、ギンジロー、ギンサブロー、ギンシロー、ギンゴローだぞ。わたしが名付けたのだぞっ♪ そしてこの子たちのボスはリュウだぞっ♪」
オオカミのボス……?
シュウとレオンはリュウの顔を見た。
わー、ぴったり……。
「んで」と、リュウが続ける。「こいつらには、シュウ、おまえの修行手伝ってもらうことになってるからな」
「へ?」
「ここの山道は険しい部分も多くてな。走りにくいからってだらだら歩かねえように、こいつらにおまえが元気出すよう応援してもらうんだわ。実際むかーし、キラがこの方法でリンクの足を速くしたんだぜ?」
「へえ?」シュウは声を高くした。「オレのこと応援してくれるなんて、可愛い奴らじゃん! よろしくなー、おまえら!」
とギンタローたちの頭をシュウは嬉しそうに撫でるが。
その傍らで、レオンは眉を寄せる。
(昔キラがリンクの足を速くした方法? それってもしかして……?)
リュウが娘たちを見て言う。
「サラとリン・ランは、今日はとりあえずギンタローたちの背中に乗ってろ。ついでにミーナも」
サラとリン・ラン、ミーナが承諾した。
サラはギンタローに、リンはギンジローに、ランはギンサブローに、ミーナはギンシローに乗る。
それを確認したあと、リュウが言った。
「んじゃシュウ、レオン、ジョギング行くぞ。ギンタローたちシュウの応援よろしくな」
と、リュウが走り出す。
そのジョギングとは思えぬ速さにシュウは苦笑する。
「どこの短距離選手だ、オイ……」
「ガルルルル……」
「ガルルルル?」眉を寄せながら振り返ったシュウ。「――!? ど、どうしたオイ!?」
ぎょっとしてギンタローたちから後ずさった。
さっきまでの従順な瞳とおとなしさは何処へやら。
ギンタローたちが一斉に牙を剥いてシュウを見ている。
「やっぱりね……」とレオンが苦笑し、走り出しながらシュウの腕を引っ張った。「噛まれるから行くよ、シュウ」
「か、噛まれ……?」
え、何。
どういうこと?
シュウが首をかしげたとき、ギンタローたちがシュウに飛びかかった。
「――うっわああああっ!!」と、ぎりぎりのところで避けたシュウ。「なっ、何、ちょっ……!? ぎっ、ぎゃああああああああああああああっ!!」
リュウが走って行った方向に向かって、死に物狂いで走り出した。
ギンタローたちが今にも噛み付きそうな勢いで追いかけてくる。
背後からサラの笑い声が聞こえてくる。
「あーーっはっはっは! 兄貴ウケるー!!」
続いてリン、ランの声も聞こえてくる。
「おおーっ! すごいぞ兄上ーっ!」
「おおーっ! 速いぞ兄上ーっ!」
「いっ、嫌でも速くならああああああああああああああっ!!」
シュウがリュウの傍らに並ぶ。
続いてレオンも並ぶと、レオンは苦笑してリュウを見た。
「ちょっとリュウ、やっぱりだったんだね」
「おう?」
「キラが昔、『葉月島ハンター&猫モンスターVS文月島ハンター&犬モンスター運動会IN葉月島葉月町葉月小学校校庭』のリレーのときに、リンクの足を速くしようとしたあの作戦でしょ、これ……」
「おう、正解。まあ、リンクのときは普通のトラだったがな」
「おい、親父!?」必死なシュウが、声を裏返して訊く。「こっ、これは一体!? これのどこが応援で!?」
「これはだな、シュウ」と、ミーナが答えた。「昔キラが、運動会で鈍足だったリンクの足を速くさせるために練った策なのだ。人間、危機に遭遇すると己の限界以上の力が出るものだというところを利用したな。そしてトラに追われたリンクは、見事に足が速くなったのだぞっ♪ どうだっ、キラは賢いだろうっ♪」
「かっ、賢くねええええええええええええっ!!」シュウ、驚愕。「ミーナ姉、母さんのいうこと何でも正しいと思わないでくれっ!! こんなの危ネエェェェだけだろっ!! ていうかオレにまでそのバカな策を実行すんなっ!! リンクさんのときみたいに運動会じゃねーのに、何でこんなマッハで走らなきゃいけねーんだよ!?」
リュウが眉を寄せて言う。
「何言ってんだ、シュウ。おまえ毎日この状況で走るんだぜ? 己に甘えが出て休むことも歩くこともできねーし、嫌でも体力付くじゃねーか。良かったな」
「は!?」
「人間のリンクのときはトラだったが、おまえはハーフだからモンスターに追わせるくらいがちょうどいいと思ったんだが、見事正解だったな。さすが俺」
「ちょっ――」
「おまえのスピードが落ちようものならば、死なない程度に噛み付くようギンタローたちのこと躾けてあっから、痛い思いしたくねーなら気ぃ抜くなよー」
「おっ……」
鬼いいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!
シュウたちの修行初日の日。
カレンは、キラとミラ、夏休み中の三つ子と、ジュリと一緒に昼食を取っていた。
「あの、キラさま。ランチを終えたらお出掛けしてきてもよろしいですか?」
「ん? どこへ行くのだ、カレン?」
「ドールショップです」
「お人形屋さんかあ」と、ミラ。「カレンちゃん、お人形さん好きだものねっ♪」
「お人形屋さん…」マナが呟いた。「どこの…?」
カレンが場所を言うと、ユナとレナが声をそろえた。
「あー、あそこの!」
「あら、ユナちゃんたち知っているの?」
「うん。入ったことはないけど知ってるよ」と、レナ。「あのレンガ造りでアンティークな感じのお店でしょ?」
「ええ、そうそう。そうですわ」
「あたしたちも一緒に行くよ」と、ユナ。「あたしとレナがよく行く雑貨屋さんの向かいだから。あと、近くにはマナの作る薬の材料売ってるお店もあるし。一緒に行くよ、カレンちゃん」
「方向音痴だし…」
と、付け足したマナに、カレンは苦笑した。
「そ、それ言わないで……」
キラが言う。
「カレン、おまえを1人で外に出すのは心配だ。またシュウのファンに狙われるかもしれぬからな。ユナ・マナ・レナと一緒に行って来い」
「はい、キラさま。ユナちゃんマナちゃんレナちゃん、ありがとう」
と、カレンは安堵しながら言った。
集団リンチ事件以来、正直1人で外を歩くのは不安だったし、マナの言うとおり方向音痴だからなかなか店まで辿り着ける自信ないし、一番仲良しのサラがいなくて寂しいと思っていたところだから。
昼食を食べ終わったあとはキラとミラと一緒に後片付けをし、そのあと自分の部屋へと行って着替える。
大好きなロリータファッションを久しぶりに身にまとい、鏡で全身をチェックしてから三つ子と一緒に外へと出た。
「ねえねえ、カレンちゃん」と、ユナが興味津々と訊く。「カレンちゃんのお部屋にあるお人形、何ていうの? 綺麗なお顔してるよね」
「球体関節人形よ。その名の通り関節が球になっていて、可動範囲が広いから色んなポーズを取らせることができるのですわ。あ、ネットで検索すると泣き叫びたくなるほど怖い画像とかも出てくるから要注意ですわよ」
目的の場所の前へと着くと、カレンはドールショップへ、ユナとレナはその向かいの雑貨屋へ、マナはもう少し離れたところにある薬の材料屋へと入った。
久しぶりのドールショップに一歩足を踏み入れただけで、カレンの瞳がきらきらと輝く。
店内には人形とそのファッション関連のもの、ウィッグやドールアイなどが並べられている。
カレンは小走りでドレスが並べられているコーナーへと向かった。
久しぶりに来たこともあって、初めて見る新作ドレスがたくさんだった。
「あ、あの……」
と、少しおどおどとした声がして、振り返ったカレン。
(――まあ……!)
と、目が丸くなる。
(まさにドールみたいなお顔をした女の子ですわ……!)
カレンの瞳に映るのは、栗色をしたショートカットの女の子。
年齢はカレンと同じくらいだろうか。
身長はリン・ランと同じくらいで、とても華奢な身体をしている。
細身のパンツスタイルが良く似合っていた。
胸に名札がついていることから、どうやら店員らしい。
カレンが初めて見る顔だった。
接客に慣れない様子で、その店員の女の子が続ける。
「え、えと…、どのようなドレスをお探しですかっ……?」
「そうですわね…、ロリータファッションのドレスかしら」
そうカレンが言うと、店員の女の子がロリータファッションのドレスを集めて持ってきた。
「ロリータファッションのドレスですと、この8つになります。どれになさいますかっ……?」
カレンが好みのものを選んでいると、店員の女の子が言った。
「可愛いですよね、ロリータファッション。私もドールに着せているんです」
「そう」と、カレンは店員の女の子の顔を見た。「あなた、新しいバイトさん?」
「はい、3日前からここで働かせてもらっているんです」
「そう。ドールはたくさん持っていたりするのかしら?」
「そうですね。ここのドールももちろん持っていますが、創作人形を作っていて……」
「まあ、ドールを自分で作っているの! すごいのですわ!」
カレンはついつい時間を忘れて、店員の女の子と人形の話で盛り上がった。
大分話し込んでから結構な時間が経っていることに気付き、慌てて選んだドレスの会計を済ませる。
(大変、ユナちゃんたち待っているかしらっ……!)
店の出入り口に向かうカレンに、店員の女の子が慌てたように声をかけた。
「あのっ、お客様っ……!」
カレンは振り返った。
「何かしら?」
「よくここへはお買い物に来てくださるのですかっ……?」
「色々忙しくて、今日は久しぶりに来たのだけれど……。でも、今日から10日間はちょくちょく来れそうですわよ」
店員の女の子が明るい笑顔になり、カレンに深々と頭を下げた。
「お待ちしております、カレンさま」
「ええ、またね、ミヅキちゃん」
カレンはにっこりと笑って店員の女の子――ミヅキに小さく手を振り、店を後にした。
ミヅキの背後に1人の男が現れる。
「あれえ? お客様、帰っちゃったか。新作ドールの情報がたった今届いたから、お知らせしようと思ったんだが」
「店長……」
と、ミヅキは振り返った。
男――店長が続ける。
「なあ、ミヅキ。おまえやっぱり」と、店長がからかうように笑った。「女店員だと思われたりしたのか?」
「そうみたいです。ぼくのこと、『ちゃん』付けで呼んでいましたし」
「あっはっは! こうなったら女装して看板娘になるかーっ?」
「そうします」
「まじか、オイ。いや、男性客が確実に増えそうで有難いけど」
「その方が、これから色々と都合が良さそうなので」
そう言って、ミヅキが微笑んだ。
一方、その頃のシュウ。
精神統一のため滝行中。
「ぎゃあああああああああああああああああああっっっ!!」
リュウの魔法により、異常な勢いで頭上に降り注いでくる滝に首が折れそうになっていた。
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