第43話 修行へいってきます


 ――8月。

 シュウがリュウから『修行に行って来い』と言われたのは10日前のこと。
 その次の日からリュウは、仕事の他にミーナの瞬間移動でどこかへと行っているようだった。

「なあ、カレン。親父、オレの修行場所でも探しに行ってんのかな」

「どうなのでしょうねえ?」

 と、カレン。
 シュウの仕事中、木の枝の上に座らせられていた。
 シュウに抱っこされ、地に足を降ろす。

(ああ…、上空3000mってすげえ……!)

 カレンが普通に会話してくれる上に抱っこまでさせてもらい、シュウは内心で大喜びする。
 が、その喜びっぷりはパタパタ振ってしまった黒猫の尾っぽでバレている。

 カレンが呆れたように溜め息を吐いた。

「ずいぶんな喜びようですわね。この間まで、あたくしのこと普通に抱っこしていたクセに」

「そっ…、そうだけど、この間まではオレおまえのこと好きだって知らなくて……。い、いやでも、それでもおまえが可愛くて抱っこすると嬉しかったんだけどっ……。今はもうオレはおまえのことが好きだって分かって、そうしたらなんか……この間まで以上に嬉しくてっ……。ああもうっ」

 オレのバカァァァァァァァ!!
 すーげー勿体ないことしやがって!!

 と、シュウは己の鈍感さに改めて後悔する。

 抱っこどころかキスまでしてたじゃん、カレンと!!
 今のオレからすれば、この間までのオレってスゲエェェ贅沢男っ!!
 すーげー羨ましいっ!!

   うう…。
 過去に戻りたいぜ……。

 うな垂れるシュウに、カレンが訊く。

「どうしたのかしら?」

 シュウは溜め息を吐き、カレンの顔を見た。

「…恋すると欲望が込み上げてくるもんなんだな……」

「欲望? たとえば?」

「もっとカレンの笑顔が見たい、もっとカレンの声が聞きたい、もっとカレンの料理が食べたい、カレンの頭なでなでしたい、カレンと手ぇ繋ぎたい、カレンの頬つんつんしたい、カレンに頬ずりしたい、カレンを抱っこしたい、カレンを抱き締めたい、カレンとまた一緒に寝たい、カレンとキスしたい、それからっ……」

「それから?」

「な…、なんでもないっ……」

 そう赤面しながら呟くように言って、シュウは口を閉ざした。

(カレンを抱きたい)

 なんてことはカレンに引かれそうで言えなかった。

 ――の、だが。
 カレンがシュウの顔を覗き込んで言う。

「スケベなこと考えているんでしょう」

「ギクッ」としてしまい、シュウはカレンから顔を逸らした。「…す、好きな相手なら当たり前だろっ…! …と、初恋のオレが言うのってどうなんだろう……」

「あら、初恋なの」

「お、おう。よく考えてみればオレってこれが初めてで……」

「マリアちゃんには恋していなかったの?」

「マ、マリアはやっぱりペットっていう感じで、カレンに対するものとやっぱ違う……」

「ふーん? でも、恋人同士がするような行為はしたんじゃなくって?」

「えっ…!?」シュウの声が裏返る。「…し……た。けど、それは求められたからで……」

「つまり好きなレディ相手でなくても、そういうことできるってことなのですわね?」

「でっ…、でもっ、オレ、マリアには欲求されたから応えてたけど、おまえにはオレから…、そのっ…、オレが……! ああもうっ、オレはおまえのこと抱きたいんだよっ!! 欲求される側じゃなくて、欲求してる側なんだよ!! 抱きたい抱きたい抱きたいっ!! 抱ーきーたーいーのおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 と、ぶっちゃけてしまったシュウ。
 言った直後に早くも後悔する。

「ああああっ、何言ってんのオレェェェェェ!! 引かないでくれカレンーーーっっっ!!」

「別に引いてはいないわ。そんなの、レディだって恋すれば同じことですもの。でも」と、カレンが日傘を差しながら歩き出す。「何もしないでちょうだいね」

「わ、分かってるよ……。っていうか、おまえそっちじゃねーよ。本当、方向音痴だな」

「う、うるさいのですわっ……!」

 カレンがシュウの隣を歩き出す。
 カレンの歩くスピードに合わせながら、シュウは話を戻した。

「んでさ、親父の奴、やっぱオレの修行場所探してんのかな」

「そうかもしれないわねえ。お仕事だけでも大変だというのに……」

「なんかオレ…」シュウはごくりと唾を飲み込み、「すーげーサバイバルになる気がしてんだけど……」

 その予想。
 
 
 
 的中。

「まっ…、待ってくれ……! 待ってくれ親父っ!!」

 夜、自宅リビングの中、シュウは声をあげた。
 リビングの中には家族全員とカレンが揃っている。

「ま、まず、何を買ってきたって!?」

 リュウが膝の上に乗せているキラの黒猫の耳をいじりながら答える。

「修行に適した山」

「で、その山がなんだって!?」

「すげー大自然でモンスターわんさか、魔法付き」

「どんだけサバイバル!! っていうか魔法付きって!?」

「ところどころ俺が魔法掛けてきた。修行の期間は10日間。1ヶ月くらい行かせようと思ったが、そこまで仕事放ったらかしにするわけにはいかねえからな。修行初日は俺が一緒に行って1日のメニュー教えてやっからちゃんと覚えろよ」

「まっ、待って親父っ!!」と、シュウはリュウに手を伸ばした。「1日目は親父も一緒だとして、残りの9日間は!? オレ一匹!?」

「いや、レオンも一緒に行くことになってる。レオンにはおまえの剣術修行のときに相手してもらう」

「そ、そかレオ兄も一緒かっ……!」

 それなら良いとシュウは安堵した。
 リュウの右隣に座っていたサラが言う。

「親父、アタシも行く」

「ばっ、おまっ……!!」リュウの顔が驚愕する。「あんなすーげー危ねえところに可愛い娘のおまえを行かせるわけにはいかねえよっ!!」

「――って、オレは行かせるのかよ!?」シュウの顔も驚愕する。「そのすーげー危ねえところに!? この娘と息子の差はなんだよ……!? マジひでえっ……!!」

「あぁ? 甘えてんじゃねーぞ」

「ねえ、親父ってば」サラがリュウの袖を引っ張って言う。「レオ兄も行くんでしょ? アタシも行きたいよ。レオ兄がいるなら安全だし、アタシも修行したい」

「う、うーん……。まあ、いいか…、気をつけて行って来い」

「ありがと親父っ!」

「おう――」

「父上、父上っ」と、シュウを挟んで座っていたリン・ランも続く。「わたしたちも行きたいのだ!」

「え!? ……さっ、最近めっきり強くなったサラはともかく、おまえたちはまだ駄目だ! 絶対に駄目だ! 危険すぎる! 10日間もシュウに独り占めさせたくねえよムカつく!!」

 その最後の台詞が本音だろ、親父。

 シュウは苦笑しながら心の中で突っ込んだ。
 リン・ランの瞳に涙がじわじわと浮かぶ。

「お、お願いしますなのだ、父上っ……!」

「あ、兄上と10日間も離れたくないですなのだ、父上っ…!」

「せ、せっかくの夏休みなのにっ……!」

「あ、兄上とたくさん遊ぼうと思ってたのにっ……!」

「……だ、駄目ったら駄目だ」

 とリュウがリン・ランから目を逸らすと、リン・ランが泣き出した。

「ふっ、ふにゃあああああああんっ!! 父上なんか大嫌いなのだあああああああっ!!」

「――!!?」

 リュウ、大衝撃。
 キラの頭にうな垂れる。

「…わ、わ、わ、分かったっ……。リ、リン・ランも充分に気をつけて行って来いっ……」

 そういうことになった。
 リンとランが泣き止んではしゃぐ中、シュウは話を続けた。

「んで、親父。修行いつから?」

「明日の早朝」

「はっ?」

 急すぎるわ!

 シュウとサラ、リン・ランは急いで修行へ行く準備を始めた。
 
 
 
 寝る前、修行へ行く準備を終えたシュウ。
 そのあと、カレンの部屋を訪ねた。

 ドアをノックしてカレンの返事がきて、シュウはカレンの部屋の中に入る。
 カレンは趣味の1つである人形遊びの最中だった。
 そのおかげで機嫌が良いらしく、カレンが明るい声でシュウに訊く。

「どうかしたのかしら、シュウ?」

 と、ベッドの上で背丈60cmくらいの人形の着せ替えをしながら。

「……。オレにはその魅力がさーーっぱりわかんねーんだけど、人形遊びって楽しいの?」

「楽しいのですわ。明日から10日間はお仕事ないし、たくさん遊ぶのですわ。お店にも久しぶりに行ってみようかしら♪」

「……楽しそうだな」と、シュウは少しふて腐れながら言った。「オレは10日間もおまえの顔見れなくて寂しいのに」

「そう」

「……おい」

「なぁに?」

「……人形に夢中になってないで、こっち見ろよ」

「偉そうですわねえ」

「ゴメンナサイこっち見てくださいお願いしますカレン様」

「仕方ないですわね」

 と、カレンが戸口にいるシュウの顔を見た。
 シュウの顔が明るくなり、尾っぽの先が嬉しそうに振られる。

「それで、あたくしに何の用かしら?」

「…その…さ、修行すげー厳しいものになりそうなんだけど……」

「そのようですわね」

 そう言ったあと、カレンはシュウが期待している言葉を察した。
 シュウに笑顔を向けて言ってやる。

「がんばってね」

「う、うんっ、サンキュっ…!」と、シュウが笑顔になる。「頑張るぜ、オレっ……!」

 そのあと真顔で頬を赤くしながら、

「んで、すーげー贅沢なことお願いしていいっすか……!?」

「何かしら?」

「オレが修行から帰って来てからのことなんだけどっ……」

「だから何かしら?」

「その……、オレが今より強くなって帰ってきたら、キ、キキキっ、キキキキキスさせてもらっていいっすか!?」

「は?」

 カレンの眉が寄る。

「ゴメンナサイ嘘です許して下さいもう二度と言いません」

 強張るシュウの顔。
 カレンは溜め息を吐いて言った。

「分かったわ、良くってよ。でも――」

「マ・ジ・でえええええええええええええええええ!!」カレンの言葉を遮り、舞い上がるシュウ。「オレ修行スゲエェェェェェ頑張るううううううううううううううううう!! ビバ・修行だぜヒャッホオォォォォォォォォイっっっ!! おやすみいいいいいいいいいいいっっっ!!」

 カレンの話を最後まで聞かず、飛び跳ねながら出て行く。
 1人部屋の中、カレンは遮られた言葉を続けた。

「ほっぺまでですわよ……?」
 
 
 
 翌朝5時。
 シュウとリュウ、サラ、リン・ランは玄関に並んだ。
 少しして一緒に修行に行くレオンと、瞬間移動のためのミーナが欠伸をしながらやってきた。

「ふあぁ……」

「いよっ、ミーナ姉! いい朝だな!」

「ミーナ姉は眠いぞ、シュウ……」

「さあ、修行の山へレッツゴオォォォだぜっ!!」

「張り切ってるな、シュウ……」

「もっちろん!! オレは強くなって帰ってくるぜ!!」

 親父に一歩近づけるし!!
 っていうか、カレンのキスというご褒美が待ってるし!!

 まだ眠っている家族の目が覚めるようなシュウの声が、屋敷中に響き渡っていった。

「んじゃっ、修行いってきまあああああああああああああああああす!!」
 
 
 
 
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