第42話 只今、上空3000m


 巨大な口を開けたサメがシュウに襲い掛かる。
 頭から胴体にかけてパックリと噛みつかれ、シュウは海の中に沈められていく。

(いでででででででででっ! こっ、こらフカヒレ! 放しやがれっ!!)

 サメの口の中、シュウは必死に暴れる。
 だが、サメはシュウの胴体に牙を食い込ませたまま放そうとしない。

(ぐおおおお、食いちぎられるうううう! 倒そうと思ったのに、何倒されかけてんのオレェェェ……! だっ、だっせえええええ……! とか言ってる場合じゃねえええええ……! しっ、死ぬううううう……! おっ、親父いいいいいっ……! レオ兄いいいいいっ……! はっ、早く助けてええええええええええええ!!)

 そんなシュウの傍ら、近くでシャチの浮き輪に乗っていたキラとミーナが声をあげる。

「おおーっ! 見るのだミーナ! シュウがフカヒレを取りに行ったぞ!」

「おおーっ! さっすがキラとリュウの息子だぞ! 勇敢だぞーっ!」

 海面が真っ赤な血に染まっていく。

 それを見て悲鳴をあげたカレン。
 両手で口元を覆い、カレンは青ざめる。

「いっ、嫌っ…! シュ、シュウ……!?」

「あっ、兄上えええええええええええ!?」

 リン・ランも狼狽して叫び、

「おっ、親父っ!」サラも慌てて声をあげる。「兄貴浮いてこないよ! やばいって!」

「シュ、シュウ、おまっ……!!」リュウの顔が驚愕する。「かっ、か弱えええええええええええええええええっ!!」

 リュウは慌てて海へと飛び出した。
 同時にレオンも海へと飛び出す。

 リュウの拳とレオンの爪の一撃で、サメ退治は一瞬にて終了。
 リュウはサメの口からシュウを引きずり出した。

「うっ…げほげほっ……! あ…ありがと親父、レオ兄っ……! げほげほげほっ!!」

「なっ……、何!?」キラとミーナ、今さらになって狼狽する。「もしかしてシュウ、食われていたのかああああああ!?」

 リュウがシュウを担いで砂浜まで戻って来ると、皆がシュウに駆け寄ってきた。
 リュウはシュウを砂浜に寝かせ、血の流れ出ているシュウの胴体に治癒魔法を掛ける。

「…あ……ありがと、親父。ああー、まじ死ぬかと思っ――」

 バキッ!

 と、身体を起こしかけたシュウの頬にリュウの拳。

「グハッ!」シュウは再び砂浜に仰向けに倒れた。「なっ、なにすんだよ親父っ!」

「うるせえっ! 焦らせやがって!」

「だっ、だって海パンだから剣なかったんだよっ……」

「サメも素手で倒せねーのかおまえは!」

「ふっ、普通倒せねえっ!」

「おまえは俺とキラの血引いた息子なんだよ! か弱く普通になってんじゃねえっ!」

「……。それと同じことジュリに言える?」

「あ!? ジュリはいいんだよ」と、リュウが恍惚としながら、「すーげー可愛いから(キラそっくりで)……!」

「なっ、なんだよそれ!? そりゃジュリはスゲエェェ可愛いよ!? そこらの女の子じゃまったくもって敵わねえくらい可愛いよ!? だからってオレと差がありす――」

「うるせえっ!!」リュウがシュウの頬にもう一撃食らわせる。「おまえはこの世に生まれる前から俺を継ぐ超一流ハンターになるって決まってんだよ!! それなのに、たかがサメごときに殺されかけやがって……!! おまえがそこまで弱いとは思わなかったぜ!! あああああっ、情けねえっ!! 情けねえ情けねえ情けねえっ!!」

「まあまあまあまあ」と、リンクが再びシュウに殴りかかりそうなリュウを背後から押さえつけた。「落ち着けや、リュウ。シュウやてまだ17なんやから。強くなるのこれからやで」

「フンっ」リュウがリンクの腕を振り払い立ち上がる。「腹減った!! おい飯!! サメ食うぞ、サメ!!」

「はいはい……」

 とキラとレオンが苦笑して調理器具を用意し始め、それにミラも続いた。
 グレルはすでにサメをさばき始めており、三つ子はテーブルや椅子を設置し始める。

「なっ…なんだよ、親父の奴っ……!」

 とフテ腐れるシュウの頭を、リンクが笑いながら撫でた。

「まあまあ、シュウ。リュウやて、おまえくらいの年のときは素手でサメ倒せへんかったで、きっと。リュウはただ、おまえが大切やからめっさ心配したんや。分かったってや」

「だっ、だからって、何もあそこまでボロクソに言わなくてもいーじゃねーかっ……!」

 しかも、カレンの前で。

 シュウは仰向けに寝たまま、恐る恐る自分の頭の横に跪いていたカレンの顔を見上げた。

(――おっ…、怒ってーら……!)

 しかも、

 べちん!

 とカレンの小さな手に頬を叩かれた。
 リュウの拳を2発食らったあととなると、結構な痛さだった。

「カっ…カレンっ……?」

 カレンが立ち去りながら言う。

「嫌いよ」

「――!?」

 シュウの頭に、上空2500mから地上へと真っ逆さまに落下していく自分の映像が流れる。
 地に叩きつけられ、大衝撃。

(きっ……、ききき、嫌われたあああああああああああああああああ!!)
 
 
 
 昼食後、再び遊び始める子供たち。
 砂浜の上に仰向けに寝ているシュウの身体に、ミラと双子、三つ子が砂を盛ってはしゃいでいる。
 妙にバストの部分がふっくらと砂を盛られている気がするが、今のシュウにとってそんなことはどうでも良かった。
 されるがまま状態で、シュウは顔を傾ける。
 シュウの瞳に映るのは、波打ち際でサラとジュリ、リーナと一緒に遊んでいるカレン。

(ああ…、カレンが遠い……。また口きいてくれなくなっちゃったぜ……。カレンのいる上空5000mまでの階段半分まで上ったのに、また振り出しかよ……。そりゃそうだよな、オレまじでダサかったし……。ああ…、さっきまでの浮かれすぎて痛々しいほどバカだったオレが懐かしい……)

 すっかり意気消沈したシュウ。

 そこから10mほど離れたところのテーブルで、大人たち(リュウ・キラ・リンク・ミーナ・レオン・グレル)はまだ酒を飲んでいた。
 キラを膝の上に乗せ、グラスにウィスキーを注いでは仰ぎ、不機嫌露わな顔をしているリュウ。

 それを見て、リンクが苦笑する。

「ええかげん落ち着けや、リュウ……」

「落ち着けねえっ!」

 バリンっ

 と、リュウの手の中でグラスが割れる。
 昼食のときから数えて、これで3度目だ。

 キラが新しいグラスにウィスキーを注ぎ、リュウに渡しながら言う。

「落ち着くのだ、リュウ。シュウは無事だったのだから。おまえの大切な息子はちゃんと生きているぞ?」

「……」

 リュウがウィスキーを仰ぎ、グラスをどんとテーブルの上に置く。
 両腕でキラを抱き締め、深く溜め息を吐いた。

「なあ、キラ……。シュウの奴、何であんなに弱いんだと思う」

「何を言っているのだ、リュウ。シュウはまだ17だ。それなのに一流ハンターだ。普通のハンターからすれば、驚くほど強いではないか」

「そうやで、リュウ」リンクが続いた。「おまえも17の頃はまだ一流ハンターやったやん。おまえが超一流ハンターになったので、たしか19とか20とかそのあたりやろ」

「えー?」リュウが眉を寄せ、ウィスキーをグラスに注ぎながら訊く。「んだっけ?」

「んだぜ?」と、グレル。「だが、リュウの方が明らかに打たれ強かったな。ハンターが昇格するときに行う試験では、防御云々よりも攻撃の方を重視されっからな。物心ついたときからリュウに剣の使い方や戦い方を教わってきたシュウは、とりあえずリュウよりも先に超一流ハンターになるんじゃねえ? その剣さばきだけで」

「それちょっと危ないかもね」と、レオンが真剣な顔になって言う。「超一流ハンターなんて本当に危険な仕事ばかりなんだから、いつ命落としてもおかしくないよ」

 バリンっ

 と再びリュウの手の中で割れたグラス。

「わああああっ、ご、ごめんリュウ、心配かけてっ……! 僕の言ったこと気にしないで! ……とは言えないけど、と、とりあえず落ち着いて!」

「……決めた」

 と、リュウ。

「何を?」

 テーブルにいた者たちは、リュウの返答に耳を傾けた。
 
 
 
 朝から無人島へとやってきて、今はすっかり夜だ。
 帰る前に、たくさんの花火をやっていく。

 打ち上げ花火の担当はグレル。
 一本数百万の花火が惜しみなく次から次へと夜空に咲く。

 夜空を仰ぎ、笑顔になるカレン。
 離れたところからその横顔を見て、シュウは溜め息を吐く。

(もっと近くで笑った顔が見てえ……)

 シュウの視線に気付き、カレンがシュウの方を見た。

「ご…、ごめん……」

 何となく謝ってしまいながら、シュウはカレンから顔を逸らして俯いた。
 カレンが溜め息を吐き、シュウのところへと寄ってくる。

「もう怒っていなくってよ」

「えっ……」シュウはカレンの顔を見た。「ほ、本当っ?」

「ええ」

「そ、そか」

 と安堵して笑ったあと、またシュウの顔が沈む。

(でもオレ、地上に落ちたままだよな……)

 カレンが続ける。

「悪かったのですわ、さっき」

「……な、何がっ?」

「嫌いになっていないのですわ、別に」

「……えっ!? 何っ!?」

 シュウは耳を疑った。
 カレンが声を大きくして言う。

「あなたのこと、嫌いになっていないと言っているの」

「――まっ、ままま、まじでっ!?」

「ええ。ただ……」と、カレンがシュウに背を向けた。「心配したのですわ、とても……。しっ…、死んでしまったかと思ったじゃないっ……!」

 カレンの声に涙が混じり、シュウは狼狽しながら砂浜に正座した。
 土下座しまくる。

「ごめんなさいっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいカレン様! お嬢様! お姫様! なっ、泣かないでくれえええええええ!!」

「……そこまでしなくてもよろしいわよ、別に」

「あっ…、はいっ……!」

 シュウは頭をあげた。
 正座したまま、まだ背を向けているカレンにどきどきとしながら訊いてみる。

「…な、なあ、カレン。オレ…、上空2500mにいるっ……?」

 カレンが少し間を置いたあと、口を開いた。

「……あたくしのこと、庇ってくれてありがとう」

「えっ……!?」

 カレンが振り返る。

「上空、3000m」

「――うっそ」

 キタこれ。
 キタこれキタこれキタこれ!!
 キタキタキタキタキタァァァァァァァァァァァァァァ!!

 オレ、上空3000めーとるうううううううううううううううっっっ!!

 ガッツポーズで舞い上がるシュウ。
 突然、背に打撃を食らった。

 ゴスッ!!

「――ガハッ!!」

 シュウは砂浜の上にうつ伏せに倒れ、何事かと振り返ると、そこには仁王立ちしているリュウの姿。

「おっ、親父っ…! いっ、今殴っただろ……!」

「蹴った。膝で」

「膝蹴りすんなっ! いってえぇ……!」

 と、さも痛そうに自分の背中を擦っているシュウを見て、リュウが溜め息を吐いた。

「おまえ、本当打たれ弱いな」

「え?」

「俺、決めたんだわ」

「何を」

「おまえちょっと行って来い」

「どこへ」

「修行」

 は?
 修行っ?

 シュウはぱちぱちと瞬きをしながら、首をかしげた。
 
 
 
 
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