第40話 只今、上空2500m
マリアを王子に渡し、全速力で自宅へと帰ってきたシュウ。
真っ直ぐ2階へと駆け上がる。
カレンの部屋の前に来て立ち止まり、走って乱れた呼吸を整えてからドアをノックした。
「カレン、オレ…、シュウだけどっ……! オレ、もうマリアの飼い主じゃないから。マリアにはもう、別の飼い主がいるからっ……。そのっ…、オレの弟子に戻ってきてくれねえかなっ…、お願いだからっ……」
そうシュウが言ってから十数秒。
カレンがドアを開けた。
シュウの顔を見ずに部屋から出て階段を降りていく。
「カっ…、カレンっ……?」
シュウは戸惑いながらカレンを追った。
1階に降りたカレンがリビングに向かい、そこにいたサラに訊く。
「ねえ、サラ。リュウさま知らないかしら?」
「親父ならついさっきハイテンションで帰ってきて『グッバイ王子!』とか言いながらママのこと抱っこしてスーゲー嬉しそうに寝室に入ってったから、今もろにエッチの真っ最中かと」
「そ、そう……」
カレンが顔を赤くしながらも、リュウとキラの寝室に向かう。
シュウもそのあとを着いて行こうと思ったが、サラに腕を引っ張られて振り返った。
「ねえ、兄貴。マリア、無事に王子のペットになったってことだよね?」
「ああ」
「あっ、兄上っ……?」
と、声がしてシュウは振り返った。
リビングの入り口の壁に身を隠すようにして、リンとランが立っている。
おどおどとしながら、シュウの顔を見つめて訊く。
「あっ、兄上っ、マリアのこと手放しましたかなのだっ……?」
「あっ、兄上っ、マリアはもう兄上のペットではありませんですかなのだっ……?」
「ああ」と、シュウはリン・ランに微笑んで言う。「マリアはもう大丈夫だ。何せ新しい主は王子だから、オレなんかもう生涯必要とされねえよ。この間は泣かせちまって悪かったな、リン・ラン」
シュウの顔を見つめながら、視界がぼやけていくリンとラン。
ぽろぽろと涙を零し、シュウにしがみ付いた。
「ふっ……ふにゃあああああん! 兄上ええええええええええっ!」
「おー、よしよし。今日兄ちゃんと一緒に寝ようなー」
声をあげて泣くリンとランの頭を撫でながら、シュウはサラの顔を見た。
何か訊きたそうな顔をしているシュウにサラが耳を寄せると、シュウが小声で訊いた。
「オ……オレ、もしかしてまだ階段少しも上れてない?」
「何でそう思う?」
「カレンがまだ口きいてくれないんだけど……」
「アタシの予想としてはー」と、サラが笑って言う。「兄貴、階段の半分まで一気に駆け上がったと思うよ?」
「と、いうことは……」
オレ只今、上空2500m?
もうそこまで階段を上れたのだろうかとシュウが考えていると、カレンがリビングへと戻ってきた。
シュウの顔を見てカレンが口を開く。
「今リュウさまと話してきて――」
「え、何」と、サラがぱちぱちと瞬きをする。「エッチの真っ最中に親父とママの寝室に入ったの? 兄貴みたいなことするね」
「いいえ、ドアの前で……」
と、カレンが頬を染めながら苦笑する。
「そ、それで? カレン」
シュウが話を催促すると、カレンが続けた。
「あたくし、あなたの弟子に戻ることにしたのですわ」
「えっ……!? ほ、本当にっ!?」
「ええ」
「おっ…おおおおおっ……!」
オレ……!
オレ今、まじで上空2500mにいるっ!!
シュウの瞳が感動に輝く。
「ありがと、カレン!」
そう言ってシュウが笑うと、カレンがシュウから顔を逸らして言った。
「早く着替えてきたらどうかしら。あたくしはもう、仕事へ行く準備整っていますわよ」
「ちょ、ちょっと待ってて! すぐ着替えてくるからっ!」
シュウが2階へ向かい、
「あ、わたしたちも学校へ行く準備しなきゃだぞっ」
リン・ランも2階へと向かう。
そのあと、サラがカレンを見て訊いた。
「兄貴、上空2500m地点まで上ってきた? 兄貴の弟子に戻ってあげたってことは」
「まあ、そうですわね……」カレンが俯きがちになって言う。「『嫌いではない』というレベルになりましたもの。あたくしがリュウさまの弟子だと、リュウさまに多大なご迷惑をかけてしまって……。リュウさま、仕事から仕事へと移動するとき、あたくしを脇に抱えて走らなければならないのですわ。本当にもう申し訳なくてどうしようかと考えていたところだったから、ちょうど良かったのですわ」
「そか。兄貴のこと『嫌い』になってたんだ、やっぱり」
「……ええ。シュウがマリアちゃんを飼って幸せにしてやりたいって言ったとき、本当にショックだったの。何だかとても裏切られた気分になって……。そのせい…かしら……」
「うん?」
「あたくし、またシュウを好きになれるかどうか分からないのですわ。……でも、シュウがちゃんとマリアちゃんに別の飼い主を見つけてきて、あたくしのいる上空5000m? まで、本気で上ってくるつもりだというのはよく分かった……。シュウがあたくしのいるところまでの階段、どれくらい上れるのか見てみたい気もするわ」
「じゃあさ、上空5000m地点で動かずに待っててあげてほしいな。アタシの兄貴は、どんなに時間が掛かっても上り切るから……絶対に」
カレンが顔をあげ、真剣なサラの顔を見つめる。
少し間を置き、
「……わかったわ」
そう言って頷いた。
「ありがと、カレン」
そう言って笑ったサラ。
がしっとカレンの首に腕を絡ませて言う。
「とりあえずこの話は落ち着いたことにして、水着買いに行ってみよおおおおおおおおおおっ!!」
「水着っ?」
「もうすぐ梅雨明け! そのあとは夏! イコール海! 毎年うちの家族とレオ兄、グレルおじさん、リンクさん一家と一緒に遊びに行くんだよね。うちの無人島に」
「あら、楽しそうねえっ! 行きましょう、水着買いにっ!」
「よおおおしっ!」
カレンとサラが腕を組み、
「レッツゴオォォォォォっ♪」
と張り切ったとき、
「は? どこへ?」
と、シュウの声。
リビングの入り口のところに、仕事へ行く準備を急いで整えてきたシュウが立っている。
「あ、ごっめーん兄貴!」と、サラが笑う。「アタシとカレン、これから買い物行ってくるわ。というわけで今日は一匹で仕事行ってきてー」
「なっ、なぬぁーーーっ!?」シュウ、衝撃。「かっ、買い物って何を買いに行くんだよ!?」
「水着ー」
「水…着……?」と、カレンに目を向けたシュウの顔が赤くなる。「き、ききき、着るのっ……!? カ、カカカ、カレン、着るのっ……!?」
「着るから買いに行くのですわ」
と、カレン。
「だ、だよな、うん。そ、そうか、無人島行ったときに着るのかっ……!」
「そうですわよ」
「…オっ…、オオオ、オレっ…オレもっ…オレも一緒に無人島行ってもいいっすか……!?」
「別に構わないのですわ」
「おっ……おおおおおっ!」
ってことは、カレンの水着姿を拝ませていただけちゃうよオレっ……!
すげーぜ上空2500m……!
ますます赤くなるシュウの顔。
カレンが玄関へと向かって歩き出す。
「それじゃ、行きましょうサラ」
「あっ、ちょっと待ってカレン!」と、シュウはカレンに手を伸ばした。「…しっ…白がいいなー…なんて言ってみたりっ……!」
「……」
「ゴメンナサイ調子こきました。もう二度と偉そうにリクエストなんてしません」
「……別に、良くってよ」と、カレンが玄関へと再び歩き出しながら言う。「白かピンクにしようと思っていましたもの」
「えっ!? じゃ、じゃあ、水着は白……!? しっ、しししっ、白ビキニとかになさっちゃうので……!?」
「ええ」
「マ・ジ・でええええええええええええええ!!」
オレ、白ビキニ大好きいいいいいいいいっ!!
早く来い来いパッピーサマァァァァァァァァァッッッ!!
――そして梅雨が明けた7月末。
天を仰げば真っ青な空と、真っ白な入道雲、じりじりと照りつける太陽。
耳に聞こえてくるのはセミの鳴き声。
シュウはどきどきわくわくしながら家族とカレン、リンク一家、レオン、グレルと共に自宅前に立っていた。
皆の手には遊び道具などがたくさん。
さりげなくカレンの隣に立っていたシュウが横目にカレンを見下ろすと、カレンの花柄のワンピースの肩紐と一緒に、白い水着の肩紐が見える。
(おお……! 白だ、まじで白だ! や、やべえ、すでに顔が熱いぜっ……!)
と、頬が赤くなるシュウ。
リュウが皆を見回しながら言う。
「えーと、皆そろったか? カレンいるな、リンク・ミーナ・リーナもOK。レオンと師匠もいる。うちの家族はー……、ああもう数えるの面倒くせえ! 番号! 1!」
「2だぞ!」←キラ
「3!」←シュウ
「4♪」←ミラ
「5ー」←サラ
「6ですなのだ!」←リン
「7ですなのだ!」←ラン
「はーちっ♪」←ユナ
「9…」←マナ
「じゅーうっ」←レナ
「じゅういちー」←ジュリ
「よし、全員いるな! んじゃ、今年も無人島へ」
ミーナの瞬間移動で、
「レッツゴオォォォォォォォっ!!」
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