第4話 喧嘩 中編


「ダイヤモンドダスト!!」

 大気中の水蒸気が巨大な氷の結晶を作り、カレン目掛けて降り注ぐ。

 ズドドドドドドーーッ!!!

「あっ……!」

 と、魔法を放ったリンとランの顔が、狼狽していく。

「あっ、兄上ーーーーーーっ!!」

 巨大な氷の結晶の雨を浴びたのは、瞬時にカレンを庇ったシュウだった。
 シュウの身体が氷の山の下敷きになってしまっている。

「や、やばいぞ、ラン!」

「や、やばいぞ、リン!」

「ど、どうしようなのだ、ラン!」

「ど、どうしようなのだ、リン!」

「そ、そうだ! わたしたちは水使い!」

「そ、そうだ! 水をかけて溶かしてみるのだ!」

 魔法で水をおこし、氷の山の上からかけてみたリンとラン。

「ふにゃああああ! やばいぞ、ラン!」

「ふにゃああああ! やばいぞ、リン!」

「な、何故なのだっ!」

「や、山がでっかくなってしまったぞ!」

「どっ、どうすれば良いのだあああ!」

「あっ、兄上がああああああっ!」

 おろおろとするリンとラン。
 そのとき、

「ゴルアアアアアアアアアア!!」

 というシュウの怒声と共に、氷の山が崩れた。
 氷の山の中からシュウが姿を現し、リンとランが声を高くする。

「おおーっ」

「おおーっ、じゃない!」

「にゃっ」

 シュウにデコピンされ、リンとランが両手で額を押さえる。

「リン、ラン! こんなところで魔法を放つんじゃない! 危ないだろうが!」

「ふにゃあああああん! ごめんなさいなのだ兄上ーーーーーっ!!」

 リン・ランに泣かれ、シュウは脱力する。

「ああもう……、反省したならもういいから、早く学校行け。遅刻するぞ」

 シュウが頭を撫でてやると、リンとランが涙を拭って魔法学校へと駆けて行った。
 そのあとシュウは慌ててカレンを抱き起こす。

「おい、大丈夫か!?」

 カレンがシュウの腕に支えられながら立ち上がり、声をあげる。

「信じられませんわ! なんっってことをするのかしら、あなたの妹たちは!」

「悪い……」シュウが言いながら、カレンの身体をあちこち見てチェックした。「怪我、してねえ? 痛いとこは?」

「……ありませんわ」

 カレンはシュウの心配そうな顔を見ながら言った。
 ぼそりと呟く。

「優しいのね……」

「ん?」シュウがカレンの声を見た。「何だって? オレ、母さんの聴力そんなに継いでねーから人間並なんだわ。もう1回言ってくれねえ?」

「なんでもありませんわ」そう言い、カレンが歩き出す。「さあ、行きましょう」

「いや、だからそっちじゃねえって。もしかして、おまえ方向音痴のせいで今日遅刻したのか?」

「うっ、うるさいのですわっ……!」

 と顔を赤くして眉を吊り上げるカレンを見て、シュウは短く笑う。

「図星かよ」

「う、うるさいと言っているのですわっ……!」

「歩く速さ合わせてやっから、ちゃんと着いて来いよ」

「偉そうにっ……」

 そう文句を言ったあと、カレンは少しだけ頬を染めてシュウの一歩後ろを着いて行った。
 
 
 
 昼時。
 いったん家へと帰ってきたリュウは、キラとミラ、ジュリと一緒に昼食を食べながら時計を見た。

(おせーな、シュウの奴……。仕事手こずってんのか?)

 リュウの様子を見て、キラが言う。

「遅いな、シュウは」

「ああ」

「だが、シュウはリュウと私の力をよく継いだ。無事であろう」

「そうだな」

 そう同意したリュウだったが本当は心配で仕方がない。
 そんなことは、妻であるキラにはバレていた。

 素直になれないリュウに、キラはこう言ってやる。

「でもまあ、私はシュウが心配だ。リュウ、食べ終わったらシュウに電話してみてくれるか?」

 リュウは承諾した。

 食べ終わったあと夫婦の寝室へと向かい、リュウは携帯電話を取ってシュウに電話をかける。
 シュウが出るまでに、結構な回数の呼び出し音が鳴った。

「も、もしもしっ、親父っ?」

「どうかしたのか、シュ――」

 リュウの声を遮るように、リュウの耳に女の声が聞こえてきた。

「リュウさま!? リュウさまですの!? ちょっと、あたくしに変わりなさいっ!」

 リュウは眉を寄せた。
 何でシュウが仕事中に女といるのか。

 リュウの顔が引きつる。

「てーめえ、シュウ。仕事さぼってデートとはイイ度胸してやがる……!!」 「ばっ……! ちっ、ちげーよ、親父!! リンクさんからまだ何も聞いてねーのかっ!?」

「? 何だよ」

「弟子ができちまったんだよ、オレに! しかも、今朝噂してたカレンがよ――って、オイ! 離せコラっ! カレン!」

 シュウの声に続いて、カレンと思われる女の声が聞こえてくる。

「嫌ですわ! あたくしもお屋敷へと連れて行きなさいと言っているでしょうっ!」

「グエェェェ! くっ、首をじめるなああぁぁぁ……!」

 どうやらシュウはとりあえず無事らしい。
 それが分かったリュウは、壁に掛かっている時計で時刻を確認しながら言う。

「んじゃ、俺はもう仕事行くから。おまえも早く帰ってきて飯食えよ。じゃーな」

 電話を切ったあと、リュウは部屋を出て玄関へと向かって行った。
 見送りのキラとミラ、ジュリに言う。

「シュウの奴、弟子つけられて仕事に手こずってたみてーだな」

「ほお」キラが声を高くした。「そうか、弟子か」

「ああ。葉月病院の院長の孫娘の、カレンっていう」

「え?」

 と、ミラの眉が寄った。

「もしかしたら、一緒に帰ってくるかもな。じゃ、行って来る」

 そう言ってリュウがキラの唇にキスし、ミラとジュリには頬にキスし、仕事へと向かって行った。
 そのあと、ミラが眉を寄せたままキラを見た。

「ねえ、ママ?」

「ん?」

「パパの言ってた葉月病院の孫娘のカレンさんって、会ったことあるわよね?」

「そうだったか?」

「あるじゃない。ほら、ママがジュリを産んだときに……って、そっか。ママはあのとき会ってなかったわよね」

「ミラたちは会ったことあるのか」

「ええ…」と、ミラが苦笑した。「お兄ちゃん、連れて来たらどうしよう……」

 ミラのそんな不安から約15分後。

   的中。

 シュウが背に真っ赤な髪をした少女をぶら下げて帰ってきた。

「た、ただいま……」

「おかえり、シュウ」

 と、キラ。
 シュウの背から降りたカレンを見て、にっこりと笑う。

「いらっしゃい。そなたがシュウの弟子のカレンだろう? 今、昼ご飯を作るから、食べて行くと良いぞ」

 そう言って、キラがキッチンへと向かう。

(ああ…、何事も起きませんように……)

 シュウがそんなことを願いながらカレンと共に食卓へと向かうと、そこにミラがいた。
 上手く作れていない笑顔をカレンに向ける。

「い、いらっしゃい、カレンさん。ゆっくりしていってね」

「ええ、そうさせていただくわ」そう言い、カレンが席に着いた。「あなた、名前は?」

「え、えと、ミラです……」

「そう。ミラ、紅茶をくださらない? ダージリンが良いわ」

 ミラの笑顔がさらに引きつった。

「ご、ごめんなさい、カレンさん。今ダージリンは切らしていて……。あの、アッサムならありますけどっ……」

「仕方ないわね」と、カレンが溜め息を吐いた。「アッサムでも良いわ。早くくださらない? あたくし、慣れないことして疲れているのよ」

「は、はい、ただいま……」

 そうカレンに言ったあと、ミラがシュウに強張った顔を向けた。
 低い声になって訊く。

「お兄ちゃんは?」

「オレは――」

「わかった、水ね」

「う、うん…、水でいい……」

 ミラがキッチンへと向かって行く姿を見つめながら、シュウはごくりと唾を飲み込む。

(な…、何事もなく終わらねー気がしてきた……)

 というか、何事もなく終わらなかった。
 ミラが淹れてきたアッサムティーを一口飲んで、カレンが顔をしかめる。

「ミラ、あなた紅茶を淹れるのがヘタクソね。マズイわ」

「ご…ごめ…ごめんなさいっ……!?」

 ミラの笑顔が引きつる。
 そりゃもう、笑顔とは言えないくらいに。

 さらに、キラが本日の昼食であるシュウの好物・ラーメン(醤油)を運んできて。

「あら……、これは何かしら、キラさん?」

「ん? そうか、そなたはラーメンを知らなかったのか」

「らあめん? 聞いたことはあるのですわ」

「こうな、箸ですすって食べるのだぞっ♪」

 と、キラが人差し指と中指を箸に見せ、麺をすする真似をして見せた。
 箸を持ち、それに倣ったカレン。
 ラーメンの汁が服に飛び、「きゃっ」と短く声を上げた。

「ヤダ! あたくしのお洋服が台無しだわ!」

「だ、大丈夫かっ?」

 キラが慌てて近くにあった布巾を取り、カレンの洋服の汚れた箇所を拭き取る。
 その途端に、カレンがキラの手を跳ね除けた。

「ちょっと、何をするのよ! もっと清潔なもので拭いてちょうだい! 信じられないわ! リュウさまはこんなところにお住みになってるというの!?」

 ここでミラ。
 スマイル完全消去。

「いーーー加減になさってくれません、カレンさん?」

「あら、何がですの?」

「とてもじゃないけど、お兄ちゃんのお弟子さんの身分とは思えない態度ですね」

「とてもではないけど、お客様に対する態度ではないわね、ミラ?」

「なっ――」

「レディがそんなことでは、お嫁にいけなくってよ? キラさんはどんな教育をなさっているのかしら。呆れるわ」

 ブチッ……

 前話のリン・ランに続き、ミラからもそんな音が聞こえた。

「ミラ!」

 落ち着け!

 シュウがそういう前に、キラがミラの前に出た。

「ミラ、下がっていろ」

「ママっ……!」

「ほら」

 そう言ってキラがミラに笑顔を向け、ミラを後方に下がらせた。

(おお、さすが母さん! 見た目は20歳前後でもさすが大人だぜ!)

 冷静なキラの様子を見て安堵したシュウ。
 キラがカレンに言う。

「気を悪くさせてしまったようで悪かったな、カレン。申し訳ない」

「まったくなのですわ。ちょっと、キラさん? このらあめんというものは下げてちょうだい。代わりにスパゲッティ・ボンゴレをくださるかしら」

「わかった。ちょっと待っててくれるか?」

 そう言い、キラがカレンのラーメンの器を持ってキッチンへと向かっていく。
 その途中でのこと。

「まったく、何なのかしら、この家。リュウさまがお気の毒で仕方がないわ。さっさと離婚させてあげなくてわ」

 そんなカレンの台詞が聞こえ、足をぴたりと止めたキラ。
 ゆっくりとカレンに顔を向ける。

「今、何と?」

 カレンが声を大きくして言う。

「リュウさまをあなたと離婚させてあげなくてわ、と言っているのですわ。リュウさまはあなたより、あたくしと一緒になる方が幸せになれるのですわ」

 なんてこと言うんだ、この赤毛女は……!

 シュウは顔面蒼白した。

 誰に喧嘩売ってんだ、オイ!

 オレの母さんにかよ!?
 最強を謳われるブラックキャットの中でも、飛びぬけて最強のブラックキャット・キラ母さんにかよ!?

 おまえ正気かよ!?
 どんな度胸してんだよ!?

 自慢じゃねーが、ソコまで言われて大人になれるよーな母さんじゃないぜ!

 ほーら、見ろ!
 世間は平和だってのに、うちだけ地震起きはじめたぜ……!?

 ドドド…

 屋敷内、まるで地震のような地響きが起きはじめる。

 ドドドドドド……

 さすがにやばいと思ったミラが、ジュリを守るように腕に抱いた。

「マ、ママ! お、落ち着いてママ!」

「母上は、落ち着いているぞ、ミラ」

 一体どこがだろう。

 屋敷が横揺れを始める。

 ドドド…!

 ミラが慌てて叫ぶ。

「おっ、お兄ちゃん! 早くその人連れて出て行って! お家壊れちゃうよ!」

「お、おう!」

 シュウは承諾し、好物のラーメンを残してカレンを抱きかかえた。
 カレンが鼻で笑って言う。

「レディとはいえ、所詮はモンスターね。野蛮だわ。さっさと山へお帰り」

 この、バカ女がーーーっ!

 シュウはさらに蒼白してしまう。

 ブチブチブチィッ……!!

 そんな音が聞こえた。
 ばっちり聞こえた。
 キラから。

「こぉぉむぅぅすぅぅめえぇぇぇぇぇぇ!!」

 ズドド…!!
 ズドドドドドドドドドドド!!!

 屋敷が激しく縦揺れを始め、

 ガシャシャシャーーーン!!!

 と全室の窓ガラス粉砕。
 そしてキラが鋭い爪を光らせ、カレンに飛び掛る。

「切り裂いてくれるわあああああああ!!」

「うっわあああ!!」と、カレンを抱きかかえているシュウが飛び避け、慌てて玄関へと駆けて行く。「母さん、落ち着いてくれええええええええ!!」

「お願いママ、落ち着いてえええええええっ!!」

 ミラがキラを足止めしてくれている間に、シュウは屋敷を飛び出した。
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system