第39話 新・飼い主


 マリアにとって、これ以上ないくらいぴったりな飼い主。

 シュウは考える。

(何と言っても第一に金持ちだよな。マリアはモンスターだから、必然的にハンターの資格を持つ者……か。マリアの前の飼い主、一流ハンターなのに借金までできちまったんだっけ。もしかして、超一流ハンターじゃないとダメなのか?)

 朝食と弁当作りのあと、シュウは書斎にいるリュウのところへと向かった。

「親父、お願いがあるんだけど」

「何だ。カレンならおまえの弟子に戻りたくねーってよ」

「そ、そうじゃなくてさ。その……、葉月島の超一流ハンターの連絡先を教えてほしいんだけど」

「は?」リュウが眉を寄せた。「何で」

「マリアの飼い主……探そうと思って」

「……ふーん。葉月島はハンターが多いが、超一流ハンターは俺とリンク、レオン、師匠を含めて現在30人もいねえ」リュウは言いながら、書類の中から超一流ハンターの連絡先が書いてある紙を集めた。「大抵はもうすでにモンスターのペット飼ってるか、飼ってなかったらモンスター嫌いの奴が多いから、難しいと思うぜ?」

「そ……そか。でも、一応訊いてみるからさ」

 シュウがリュウから葉月島の超一流ハンターの連絡先が書かれた紙を受け取り、書斎から出て行く。
 リュウの予想。

(最終的には困り果てて、シュウは俺に助けを求める)

 リュウはにやりと笑い、携帯電話を手にした。

(そしてシュウを助けてやることは俺の利益に繋がるぜ)
 
 
 
 
 仕事から仕事への移動中、シュウはリュウから教えてもらった葉月島の超一流ハンターへと電話をかける。
 ホワイトキャットのメスを飼ってくれないかと頼んでみるが、リュウの言っていた通り受け入れてくれる超一流ハンターはいなかった。

 その理由は、

 もうすでにモンスターを飼っていて、これ以上飼うことは難しいから。

 モンスターは敵にしか見えなくて、愛でることは難しいから。

 モンスターだろうが動物だろうが、ペットはいらないから。

 などなど。

(すーげー困ったし……)

 シュウは苦笑する。

(葉月島の超一流ハンターがダメとなりゃ、一流ハンターか? いや、でも、そうなると1年も持たないうちにマリアの飼い主をやめるハメに……。こうなったら他の島しか……)

 仕事を終え、夜に帰宅したシュウ。
 自分の部屋へと向かい、今日はモデルの仕事へと行っていたマリアに訊いてみる。

「なあ、マリア」

「おっかえりー、シュウ♪」と、マリアがシュウの首に抱きつく。「とぉーってもお金持ちなマリアの飼い主見つかったかにゃ?」

「いや、それがまだで……」シュウは苦笑した。「あのさ、他の島になってもいい?」

「えー」マリアが顔をしかめて言う。「マリア、やっぱり葉月島が一番いいよぅ。猫モンスター専門のお店がいーっぱいあるしにゃっ♪ 卯月島もなかなか良かったけど、戻ったら前の飼い主に捕まっちゃいそうで嫌だしー」

「そ、そか。う、うーん……」

 ヘルプミーだぜ、親父っ……!

 シュウはリュウのところへと向かった。
 
 
 
 書斎の中、リュウは回転椅子に座って機嫌良く回っていた。

「なあ、リュウ。おまえ、めっさ機嫌ええなあ」

 と、リュウと電話中のリンク。

「おう、分かったかリンク」

「分かるわ、声明るいし。おまえ今、顔にやけてるやろ」

「んなことねーよ」

 と言うリュウの顔は、今朝からにやにやしっぱなしである。

「嘘こくなや。何年おまえの親友やっとると思ってんねん。おれには今のおまえの顔がよく見えるで。そんなに嬉しいんか、シュウがマリアの飼い主探しに困り果てておまえを頼ってくるのが」

「おうよ。俺って何て優しいお父上様だ」

「シュウを助けてやることによって、おまえにええことがあるんやろ」

「リンク、おまえ意外と鋭いな。ガキ面のクセに」

「うっさいわ」電話の向こう、リンクの顔が引きつる。「んで? シュウを助けることによって、おまえにどんなええことがあんねん」

「ふっふっふ」

「キモいわ」

「ついに……!」

「ついに?」

「キラを飼い始めて約2ヵ月半からまじすーげー厄介だった虫を追っ払えるぜ!」

「キラを飼い始めて約2ヵ月半からまじすーげー厄介だった虫?」鸚鵡返しに訊き、リンクが数秒考える。「……って、王子のことか?」

「よく分かったな、アホ面のクセに」

「うっさいわ! ていうか……」電話の向こう、リンクが苦笑した。「おまえ、王子に押し付けるなんて何様のつもりやねん」

「押し付けるとは人聞きが悪いぜ。今朝俺が王子に電話して『すげー可愛い18歳のホワイトキャットのメスがいるんすけど飼いませんか』って言ったら、何て返ってきたと思う」

「あの王子のことやから、とりあえず飼いたいって口から出たんちゃうん?」

「そう、そうなんだよ。『おお、是非とも飼いたいぞ』だってよ。さすが超・女ったらし! ナイスだぜ王子っ! これで王子はもうキラに顔合わせできねえ! しょっちゅう『舞踏会にキラを連れてこい』だの『キラとデートさせろ』だの『もう妃にはできないが、せめてペットにさせろ』だの言われてたが、マリアを飼ったとなればもうそんな台詞言えねえだろ! 言いたくても言えねえだろ! キラの顔見たくても合わせる顔ねえだろ! さんざんキラのこと口説いてきたんだからな!」

「楽しそうなやあ、おまえ・・・」

「ふっふっふ」

「キモいて」

「ああ、もうダメだぜ。嬉しくて楽しくて愉快で俺はもう耐えられん……! 俺のキャラが前作のようにまた崩れると思うと嫌だが、今の主人公がシュウな分まだマシだろう。ああ、ダメだ。もうダメだ。込み上げてきたぜ……!!」

「は?」

 何が?

 とリンクが訊く前に、リュウが答えた。

「ぶわーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」

 正解は、大爆笑。

「うわ、リュウの大爆笑聞いたのこれで人生3度目や……!」

 1度目は約18年前、リュウが初めてキラの絵を見たとき。
 2度目は、コウノトリは男女が一緒に呼べば来るものだと信じていた17歳のミーナと一緒に、リンクが窓から「コウノトリさあああああああああん!!」と叫んだとき。

 そして現在、リンクは3度目のリュウの大爆笑を聞いている。
 リュウの古くからの親友であるリンクだが、リュウが大声で笑っている姿には驚倒してしまう。

 そして、

「おっ…、親父っ……!?」

 リュウに用があって書斎までやってきたシュウも驚倒する。
 シュウの人生では、リュウの爆笑する姿を見るのはこれで2度目である。
 1度目はリンクとミーナがコウノトリを呼ぼうと叫んだとき。
 当時4歳と幼かったシュウだが、リビングのソファーでリュウが笑い転げているというあまりにも衝撃的な光景は今でもはっきりと覚えている。

 シュウがいることに気付いて、リュウがはっとして爆笑を止めた。
 ぶちっとリンクとの電話を切って言う。

「……おまえは幻を見た、シュウ」

「ま、幻? いやオレ、今たしかに親父がバカ笑いをしてる姿を――」

「夢だ。幻だ。おまえ仕事で疲れてんじゃねーの」

「…そ、そう思うことにするぜっ……!」

 本気でコエェェェから。

 シュウは話を切り出した。

「な、なあ、親父。マリアの飼い主のことなんだけど……」

「何だ(よし、早く言え!)」

「その…さ、やっぱり葉月島の超一流ハンターでマリアを飼ってくれる人が見つからなくてさ……」

「だろうな。諦めて自分で飼うことにしたか(YESと答えたらシメる)」

「ち、違うっ……!」シュウが首を横に振る。「で、でも、オレの頭じゃもう飼い主見つけてやれなくてっ……! お願い、親父。何とかしてくれっ……!」

「甘えんな(と、俺らしく焦らさねーとな)」

「甘えたこと言ってるのは分かってる。でも、お願いだよ親父……!」

「……(すがれ。もっと俺にすがれ。偉大なお父上様にすがれ)」

「オレ…、オレ、上空5000mまで上りたいんだっ……! お願いだよ、親父っ……!」

「……ったく、仕方ねーな」とリュウは溜め息を吐き、「何とかしてやるよ(おっしゃあ! シュウ、俺は今、おまえが果てしなく可愛いぜ!)」

「あっ……ありがとう親父っ! やっぱり困ったときは親父だよなっ!」

「まーな(グッバイ、王子!! ぶわーーーっはっはっは!!!)」

 リュウは再び携帯電話を手に取った。
 シュウが首を傾げる。

「? 誰に電話かけて……? もしかして親父、オレのためにもう飼い主見つけて――」

「もしもし、王子? 明日の朝、例のホワイトキャット連れて行くんでよろしくお願いします。それじゃ」

 リュウが電話を切る。
 シュウはぱちぱちと瞬きをした。

「オージさんて、誰?」

「ちゃんとハンターだぜ? まあ、顔パスで受かったんだけど」

「顔パスで? カレンみたいだな」

「カレンも金持ちのお嬢だが、それとは比べ物にならないほどの金持ちだから安心しろ」

「そんなにっ? うわあ、すげー人がいたもんだなあ。葉月島の人だよな? マリアは葉月島がいいって言うから、違ったら困るんだけど」

「ああ、葉月島だぜ」

「葉月島のどこに住んでんの?」

「ヒマワリ城」

「は?」

「ヒマワリ城」

「……」

 リュウの言葉を理解するまでに数秒。
 シュウの顔がみるみるうちに驚愕していった。

「オージって、おーじって、オウジって、おうじって……!」

 王子様かよっ!!
 
 
 
 翌朝。
 シュウは、リュウとマリアと共にヒマワリ城の門の前に立っていた。

(マジ信じらんねー、親父……)

 シュウはごくりと唾を飲み込む。

(王子に押し付けるなんて、恐れ多すぎるだろっ……!)

 と、恐縮してしまっているのはシュウだけである。

 リュウの顔を見れば何故かウキウキ。
 マリアの顔を見ればえらくワクワク。

 シュウとリュウ、マリアが門の前にやってきてから10分後。

 ブロンドの長いウェーブヘアに、ブルーの瞳。
 若い頃と変わらず、まるで絵本に出てきそうな葉月島ヒマワリ城の王子が登場。

「申し訳ございませんでしたっ!!」

 と、思わず頭を深々と下げてしまうシュウ。
 王子が驚いたように目を丸くした。

「何のことだ、シュウ?」

「そっ、そのっ、このマリアのことをっ……」

 マリアと聞き、王子はシュウの傍らにいたマリアに顔を向けた。

「おおっ」と、瞳を輝かせる。「これはこれは何と愛らしい子猫ちゃんだ……! 私は嬉しいぞ、リュウ!」

 あれ、なんかすげー喜んでる?

 シュウは眉を寄せて頭を上げた。
 きらきらと瞳を輝かせている王子に、マリアがきらきらと瞳を輝かせて抱きつく。

「王子さま、マリアのことペットにしてくれるかにゃ?」

「ちょ、マリアっ……!」

 慌てて王子からマリアを引き剥がそうとしたシュウだったが、王子がマリアを抱き締めて言う。

「そなたのようにとても愛らしいレディなら、私は大歓迎だぞマリア」

「にゃあああんっ、マリア嬉しいにゃあっ!」
 マリアにキスされ、王子がでれでれと鼻の下を伸ばす。
 リュウがにやりと笑って、王子の肩にぽんと手を乗せた。

「良かったすね、王子」

「ああ。礼を言うぞ、リュウ」

「気にしなくていいっすよ。王子に愛猫ができたって、キラにも伝えておきます」

「――!?」リュウの顔を見る王子の顔が引きつる。「ま、待て、リュウ……! キ、キラには伝えないでくれっ……!」

「いやいや、うちのキラにも王子の幸せを祝ってもらわねーと。キラに祝いの品持ってこさせましょうか」

「えっ!?」

「どうしたんすか、嫌なんすか。ああ、キラに顔見せられないんすね、そうっすよね、すみません」

「リュ、リュウ、おまえ仕組んだのだなっ……!?」

「何のことすか。んじゃ、帰るぞシュウ」

「おっ、おいコラ、リュウ! 待てっ!」

 王子に向かって短く笑い、リュウが自分とシュウに足の速くなる魔法をかけてその場を去った。
 王子がぷんすかと怒ってリュウの背を見送る。

「なっ、なんって奴だリュウは!」

「も、申し訳ございません……」

 と、シュウはもう一度王子に深々と頭を下げた。

(親父、あんた…、オレのためでもなくマリアのためでもなく、自分の利益のためだったんだな……)

 リュウらしすぎて、シュウは苦笑するしかない。
 王子がシュウを見て言う。

「頭を上げろ、シュウ」

 シュウは頭を上げた。
 王子が言う。

「中身は父親に似るでないぞ、シュウ」

「もちろんです」

「おまえはマリアの元飼い主だそうだな」

「は、はい」

「安心しろ。私はマリアを幸せにすると約束する」

「あっ、ありがとうございますっ……!」

 と、シュウは再び王子に頭を下げた。
 そのあとマリアの頭に手を乗せて言う。

「よかったな、マリア」

「うんっ♪」

「元気でな」

 今度こそ幸せになれよ。

 シュウはマリアの笑顔を少しの間見つめて微笑んだあと、自宅へと踵を返した。
 カレンの顔を思い浮かべながら全速力で走る。

(オレ、階段どこまで上れたかな……)
 
 
 
 
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