第3話 喧嘩 前編
――葉月町ギルドの中。
少女の悲鳴と打撃音が鳴り響いた。
ビシィッ!!
「――んなっ……!」頬を殴られたシュウの目が丸くなる。「なっ、なにしやがるんだ、おまえ!」
「お色気が足りないと思いましたら、倅の方でしたのね! リュウさまとそっくりな顔しないでちょーだいっ! 紛らわしいわ!」
床の上に仰向けに倒れているシュウの上に跨り、きゃんきゃんと喚いているのは赤い髪が特徴的なカレンという少女である。
シュウの上から避けて立ち上がり、ゴテゴテとしたロリータファッションのスカートについた汚れをぱんぱんと手で払う。
(なんっなんだ、この女は)
込み上げてきた怒りを堪えながら、シュウは立ち上がって殴られた頬に治癒魔法をかけた。
カレンが自分の手を見て顔を歪める。
「痛っ……」
「バカじゃねーの、おまえ。んな柔な手で殴っから。ほら、手ぇ貸せ」
そう言いながら、腹の立てた相手に治癒魔法をかけてやってしまうシュウ。
(なんて悲しい性分なんだ、オレ……)
そんなことを自分に思って苦笑する。
「あとは? 痛いとこねーな?」
おまけに心配までしちゃったりして。
「ええ、ないわ」
カレンがそう答えたところで、ようやく呆然として見ていたサラとレオン、リンクが近寄ってきた。
落ちているカレンの日傘を拾い上げ、レオンがカレンに渡す。
「はい、どうぞ」
「あら、どうもありがとう」
そうレオンに笑顔を向けたあと、カレンが周りに立っているシュウたちを見上げて見回した。
「それで、リュウさまは何処にいらっしゃるのかしら?」
「親父ならもう仕事へ行った」シュウが答えた。「言っておくけどな、親父に母さんと離婚しろって言っても無理だからな」
「それは何故かしら?」
「うちの親父は母さんがいないと生きていけねー男なんだよ」
「代わりにあたくしがいれば大丈夫ですわ」
「いや、だからな? 他の誰でもなく、母さんじゃないとダメなんだよ、あの親父は」
「あたくしが、あなた方のお母様に劣るとでも?」
「は……?」サラの顔が歪んだ。「アタシのママがあんたに劣るとでも?」
「あら、劣るでしょ? 面白いこと訊くのねぇ」
「このっ……!」
かちんと来て、サラが手を振り上げる。
その手を、すかさずレオンが握った。
「サラ、駄目だよ」
「レオ兄っ……」
サラがレオンの顔を見上げる。
真剣なレオンの顔を見て困惑したあと、サラが小さく頷いた。
「…っ…は…い……」
「良い子だね」そう言って、レオンが微笑んでサラの頭を撫でる。「それじゃ、僕たちも仕事行こうか。ね?」
サラが頷くと、レオンがサラの手を引いてギルドを後にした。
(ああ…、レオ兄って本当イイな……)
なんてシュウは恍惚としてサラとレオンを見送ったあと、カレンに目を落とした。
「んで、おまえの師のことなんだけど」
「リュウさまでございましょ?」
「親父は弟子つけねーんだよ」
「あたくし、リュウさまが良いわ」
「だから親父は――」
「なあ、カレンちゃん?」リンクが口を挟んだ。「リュウはな、ほんまに忙しい奴やから、弟子がおると仕事が終わらへんねん」
「あら、それはいけないわね……」
「せやろ? というわけで、カレンちゃんはシュウの弟子ってことでええかな」
「う」
シュウの顔が引きつった。
カレンがじっとシュウの顔を見て考える。
「うーん……」
嫌だと言ってくれ!
心の中、シュウは懇願する。
「うーん……」
頼むから!
「うーん……」
オレこれ以上、手ぇかかる奴の面倒みたくねえ!
「うーん……。わかったわ」
え!?
「あたくし、この……シュウ? でもよろしくってよ。顔だけならリュウさまですし」
何ィーーーー!?
シュウ、愕然。
「おー、良かった良かった」と、リンクが笑う。「ほな、おれも仕事あるから。シュウ、よろしく頼んだで、カレンちゃんの師匠♪」
そういうことにされてしまったシュウである。
(オレって仕事中も誰かの世話に追われる運命なの!? ねえ、そうなの!?)
リンクがギルド長室へと向かっていき、シュウはカレンと2人きりで向き合う。
「……えーと、カレン?」
「なんですの?」
「おまえ、その格好でハンターの仕事ヤル気なの?」
「あたくしは見ているだけですもの」
「は?」シュウは眉を寄せた。「なんだそりゃ」
「危ないでしょう?」
「……も、もしかしておまえ」
「なんですの?」
「まっっったく、何の力も持ってないのか!?」
「持ってますわよ、炎魔法が使えますわ」
「へえ、炎使いか」
「ええ、それはもう偉大ですのよ」と、カレンが得意そうな顔になって言う。「あたくしのおじー様のおじー様のおじー様のおじー様のおじー様のおじー様のおじー様のおじー様のおじー様の」
と、いったん息を吸い、
「おじー様のおじー様のおじー様のおじー様のおじー様がおじー様が、とーっても偉大な炎使いでしたのよ!」
「……。それ、おまえは力継いでんのか?」
「ええ、ほら」と、カレンが指先に小さな炎をおこした。「こんなことできちゃいますのよ?」
「……オイ」
「なんですの?」
「もしかして、それしかできないのか?」
「ええ」
「……。おまえ、何でハンターになるなんて言ったの」
「リュウさまと1日中ご一緒したいもの」
「た、戦えねークセに何言ってんだ、おまえっ! 悪いこと言わねーから、今すぐハンターやめて帰れ! ハンターっていうのは本当に危ねー仕事なんだからな! 帰れったら帰れ!」
「嫌ですわ。あなたの弟子になれば、絶対リュウさまにお会いできますもの」と、カレンがギルドの出入り口へと向かっていく。「さあ、お仕事に行きましょう? あたくしの護衛よろしくね」
「なっ……!」
なんなんだ、この女は。
シュウは顔を引きつらせながら、カレンを追った。
これじゃ、本当に足手まといにしかならねーじゃねーか、オイ。
しかも護衛よろしくねって、よろしくねって、何様だよ!?
おまえ弟子の身分だろうがよ!?
ふざけんじゃねーぞ、この――
ブスッ
「――グハッ!」
「あら、ごめんなさい」
「ちょ、おま……!!」
カレンの日傘の先端が思いっきり腹に突き刺さり、シュウは身体をくの字に折り曲げる。
「かっ、傘を差すときは人に向けるんじゃない!」
「あなたがあたくしの差す方向に立っていたのですわ」
「なっ、なんだと!?」
「謝りましたのに、うるさい男ですわね。だからお色気が足りないのですわ」
「意味わかんねーこと言ってんじゃねえ!」
「さあ、お仕事に行きましょ」
「そっちじゃねえ、こっちだ!」
シュウは言い、今日の仕事先へと向かう。
早歩きのシュウの背を、カレンは小走りで着いて来る。
「ちょっと! お待ちになって!」
「ああもう、おせーなっ……!」苛々としつつも、シュウはカレンの歩く速さに合わせてやる。「散歩してんじゃねーぞ、オレはっ! ――って、ん?」
シュウの足が止まった。
「なんですの?」
と、カレンがシュウの視線を追うと、こちらへと向かってくる人間と猫モンスターのハーフの5人組が目に入った。
シュウの妹である双子のリン・ランと、三つ子のユナ・マナ・レナである。
どうやら登校中らしい。
母親のキラに似てよく通る声をしているリン・ランの明るい声が、交互に聞こえてくる。
「良いか、ユナ・マナ・レナ♪」
「姉上たちの後を、離れずに着いてくるのだぞっ♪」
「おまえたちは今日初めて魔法学校へ通うからな♪」
「姉上たちが、魔法学校まで案内してやるぞ♪」
いや、案内されなくても学校までの道なんて分かるだろ……。
心の中で、シュウは苦笑して突っ込む。
というか、
(この今のオレの光景、リンとランに見られたらヤベー気がする)
そう勘付いても、遅かった。
リン・ランの黄金の瞳が、ばっちりシュウを捕らえ、声をそろえる。
「あっ! 兄う――」そして、黄金の瞳はカレンを捕らえた。「えーーーーーーーーっっっ!?」
驚愕して、思わずといったように後方に飛び退いたリンとラン。
シュウとカレンを交互に指差して、交互に声をあげる。
「あ、兄上!?」
「ど、どういうことなのだ!?」
「そ、その女は一体!?」
「な、何者なのだ!?」
シュウよりも先に、カレンが答えた。
「あたくし、この男の弟子ですのよ」
「でっ、弟子だとぅ!?」リンとランが声をそろえ、シュウに詰め寄った。「どういうことなのだ、兄上っ!!」
「いや、なんか半ば強制的にこういうことになっちまって……」
そう言って苦笑したシュウの顔を見たあと、リンとランがじろりとカレンを見下ろした。
交互に問い詰める。
「おい、小娘!」
「どういうつもりだ!」
小娘といっても、ハンターになれる年齢なのだから最低でも今年で16歳であって、カレンはリン・ランよりも年上なのだが。
カレンが溜め息を吐く。
「何てうるさいメス猫たちかしら」
ブチッ
と、リン・ランの中で何かが切れた音。
シュウの耳にも聞こえた気がした。
リンとランが無表情になり、くるりと後方にいる三つ子に顔を向ける。
「ユナ・マナ・レナ」
「先に学校へ行っていろ」
今がどういう状況になっているのか何にも分かっていない三つ子が承諾し、学校へ向かっていく。
その背を見送ったあとは、リン・ランの瞳はカレンを向けられる。
「おい、小娘」
「もう一度言ってみろ」
リン・ランにそう言われ、カレンがもう一度はっきりとした口調で言った。
「うるさいメス猫。黙りなさい。きんきんとした声に耳が腐ってしまいそうだわ」
ブチブチブチィッ……!!
リンとランの中で、さらに何かが切れる音がした。
「おい、小娘」
「よーく聞け」
「わたしの名をリン」
「わたしの名をラン」
「葉月島葉月町魔法学校・水学部、今日から3年1組」
「同じく葉月島葉月町魔法学校・水学部、今日から3年2組」
「最強人間の父上と」
「最強モンスターの母上を受け継ぎ」
「この運動能力」
「この魔力」
「本物ぞ!」
「食らえ、小娘!」
カレンにかざされた2つの手。
「ばっ……!!」
こんなところで、魔法を放つんじゃねえ!!
なんてシュウが言う間もなく、リン・ランが声をそろえた。
「ダイヤモンドダスト!!」
大気中の水蒸気が巨大な氷の結晶を作り、カレン目掛けて降り注いだ。
次の話へ
前の話へ
目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ