第22話 犯人は……
カレン宅のカレンの部屋の中。
お姫様が眠るようなベッドの上に、カレンが寝かせられている。
とてもお姫様とは思えぬような姿で。
無傷の顔に対して破られた衣類、柔肌に作られたいくつもの痣。
リュウはすぐにカレンの身体に治癒魔法をかけた。
身体の痣も苦痛も消えたはずだというのに、カレンの声が震えている。
「あっ…ありがとうございます、リュ、リュウさまっ……」
明らかに戦慄が走っているカレン。
その手は、必死にサラの手を握っていた。
リュウが訊く前に、カレンの手を握っているサラが声をあげた。
「ねえっ、カレン……! お願いだから本当のこと言ってよ!」
「ほ……本当なのよ、サラ」そういうカレンの様子は尋常ではない。「ほ、本当に、あたくし階段から落ちただけなのよっ…。し、心配しないで、サラっ……」
「そんなわけないじゃん!! どう見ても、暴行受けた跡だったよ!! ねえ、誰にやられたの!? ねえ、カレン!!」
泣き声に近くなるサラに、カレンが必死に笑顔を作った。
「ほ、本当なのよ、サラ? あたくし、階段から落ちただけで――」
「カレン」リュウがカレンの言葉を遮った。「俺は気が長くねえんだ。さっさと本当のことを言え」
「ちょっとリュウ! 脅さないでよ!」レオンが慌てて口を挟んだ。「ごめんね、カレンちゃん。大丈夫……、シュウには知られたくないんでしょう? シュウには言わないから、僕たちに話してくれないかな」
「……し、心配などなさらないで? あ、あたくし本当に――」
「カレン」
リュウがもう一度カレンの言葉を遮った。
リュウの手が、カレンの額に重なる。
少し乱暴だけど、その手はシュウに似ていた。
「正直に話せ、カレン。俺はおまえの勤めるギルドのギルド長だ。おまえはうちのハンターだ。少なくとも、俺にはおまえを守る権利がある」
優しかった。
シュウのように優しかった。
シュウの手は、リュウから受け継いだものだと知った。
じわじわとカレンの瞳に涙が込み上げ、リュウを見つめるその瞳は堪えきれずに涙を零す。
「おっ……お願いですっ、リュウさまっ……! お願いですっ…、シュウには言わないでっ……! 言わないでっ……!」
「言わねえよ。言わねえから、本当のことを話せ。誰に何を言われ、何をされた?」
「…だ、誰なのかは分かりませんっ……! か、顔も初めて見る方たちばかりでっ……! た、ただ、皆が女ハンターなのだと分かりましたっ……!」
「女ハンター!?」サラが鸚鵡返しに訊いた。「な……、何? 何で? もしかして、兄貴のファンの女とかっ……?」
「そうだろうよ」リュウは小さく溜め息を吐く。「おまえたちがダブルデートした次の日から、ギルドに苦情が殺到してんだよ。俺がシュウに弟子はつけないって言ったにも関わらず、カレンがシュウの弟子ってどういうことだっていう内容のな」
「なっ、何ソレ!」サラが思わずと言ったように声をあげた。「くっっっだんな! 嫉妬ってこと!? 嫉妬でカレンにこんなことしたってこと!?」
「だろうね」そう言って、レオンが苦笑する。「怖いなあ、女の子って……」
「リュウさまっ……!」カレンが必死に泣き声をあげる。「お願いです、リュウさまっ! シュウには言わないでっ…! 言わないでっ……! あたくしっ、彼の傍にいたいのですっ……!」
弟子であるカレンが、己のせいでひどい目に合ったと思えば、シュウはカレンの前から去ってしまう。
それはシュウの弟子であるカレンも、シュウの父であるリュウも、シュウの妹であるサラも、シュウに兄のように慕われているレオンも分かりきっていることだった。
「ねえ、カレン」サラの声は怒りに満ちていた。「あんたの顔は傷付けずに、身体だけボコるなんて、親父や兄貴に必死に内緒にしようとしてる証拠じゃん? チクッたら許さないとか、やっぱり脅されたんでしょ?」
カレンが戸惑いながら頷いたあとに、意を決したように言った。
「あっ…あたくしっ…あたくし、撮られたのっ……!」
「とられた……?」
リュウとサラ、レオンが声をそろえながら眉を寄せた。
カレンがもう一度、声を震わせながら言う。
「お洋服を破かれて、痣だらけになった身体を、写真に撮られたのっ…! バラしたら、町中にばら撒くって、言われたのっ……!」
カレンが両手で顔を覆った。
目尻から流れた涙の粒が、カレンの耳元へといくつも落ちていく。
「あたくし、そんなのをバラまかれたら葉月町を二度と歩けないわっ……! あたくしはシュウの傍にいたいっ…、でもそんなものを見られたらっ……!」
「大丈夫だよ、カレン」そう言いながら、サラが指をぼきぼきと鳴らす。「んなこと絶対させないから。ねえ、親父?」
「おう。させねえから安心しろ、カレン。……ったく、うちのギルドの名を汚すようなことしやがってカス共が」
サラに続き、指をぼきぼきと鳴らすリュウ。
レオンは苦笑した。
「えーと、そこの親子とりあえず落ち着いてねー。そろそろ帰らないと、カレンちゃんの親御さんに驚かれちゃうよ」
「おっと、そうだった!」ベッドの傍らにしゃがんでいたサラが立ち上がった。「行こうカレン!」
「えっ?」カレンが驚いてサラとリュウの顔を見る。「あたくしもっ……?」
「早く準備しろ、カレン」リュウが言う。「おまえ、ハンターやってたいんだろ? その様子じゃ親御さんに何があったか訊かれて、辞めさせられるのがオチじゃねーの。俺はそこまで面倒見れねーぞ」
「リュウさま……」
「それに」と、リュウが小さく溜め息を吐く。「シュウの傍が一番安心するだろ」
「…っ…はい……!」
頷いたカレンの瞳から涙が零れ落ちる。
もう怖くないと言ったら嘘になった。
シュウの傍にいなくても平気だと言ったら、大嘘になった。
「親御さんには俺が連絡しておいてやるから、早く準備しろ」
カレンは早急に泊まる準備をして、リュウ・サラと共に自宅を後にした。
夢の中に入っていたシュウは、身体が締め付けられてうっすら瞼を開けた。
「……こーら、兄ちゃんの背中にしがみ付いてんのはどいつだー」
「あ…あたくしよ…、カレン……」
「…カレン…? 送り忘れたのか、オレ……」半分眠っている状態のシュウの頭では、そう判断された。「…で、どうかしたのかー……?」
「…こ、怖い夢を見たのっ……。と、とても怖い夢っ……」
「怖い夢ー……? 子供みたいなやつだな、おまえ……」
シュウが寝返りを打って、カレンがいる方を向いて横臥した。
必死に胸にしがみ付いてくるカレンを抱き締めながら、シュウは笑う。
「んなにしがみ付かなくても怖くねえって、オレがいるんだから……。どんな奴が来ても守ってやるよ……」
と、瞼が閉じていく。
「あー…でも……、親父が襲ってきたらオレ死ぬなぁ……。そしたらオレが殺されてる間に逃げろよー……」
シュウは再び夢の中に戻った。
優しいシュウの腕の中、恐怖に満ちていたカレンの胸が落ち着きを取り戻す。
シュウの体温を感じながら、カレンは瞼を閉じていった。
翌朝6時。
ジリリリリリリ!!
一斉に鳴り出す10個の目覚まし時計に、シュウは一気に目が覚める。
毎朝のごとく、シュウはうるさい音を手で鮮やかに叩きとめた。
そして、今さらだが己に突っ込む。
「待て、オレ。昨日ちゃんとカレン送っただろ」
シュウは布団をめくった。
胸にしがみ付いているカレンの姿を確認する。
「……どういうことだ、オイ」
シュウが困惑していると、部屋のドアが開いた。
「おっはよー、兄貴」サラだった。「早くママとお姉ちゃんと一緒に朝ご飯作りに行けってのー」
「なあ、サラ」と、シュウは眉を寄せる。「何でカレンがうちに泊まってんの?」
「あー、アタシ昨日仕事終わったあと、カレンと遊びたくて夜に迎えに行ったんだわー」
「迷惑な奴だな、おまえ……」
「んで、アタシと一緒に寝てたんだけど怖い夢見たみたいでさ。アタシが兄貴の部屋に連れてきたんだ。ほら、兄貴はカレンの師匠だし? 弟子としては安心すると思って」
「ふーん。それでか」
と、納得した様子のシュウ。
話し声で、カレンが目を覚ました。
瞼を手の甲で擦り、シュウの顔を見上げる。
「オッス」と、シュウがカレンの頭を撫でながら笑った。「ちゃんと眠れたか? ガキんちょめ」
「……ええ」
そう答えて笑ったカレンを確認したあと、シュウは朝食作りへと向かった。
そのあとにリュウと、やって来ていたらしいリンクが入ってきて、シュウの部屋のドアを閉める。
リンクの手には封筒が握られていた。
「うちのハンターの名簿から、シュウのファンクラブの女の子抜き出して持ってきたんや。顔写真付きやから、カレンちゃん見てみてや」
幸いハンターという力の持った者しかなれない職から数は多くなく、一枚一枚をベッドの上に並べて見られた。
一般人のシュウのファンを含めたら、一部屋使っても並べ切れなかったかもしれない。
サラが言いながら一枚を手に取って言う。
「アタシこの女の噂知ってるー。兄貴の隠し撮り写真たくさん持ってるとか何とか」
「……あっ」と、サラが持っている女ハンターの顔写真を見て、カレンが短く声をあげた。「その人、たしかにいましたわ!」
1人思い出したら、カレンの頭の中にぞくぞくと顔が浮かんできた。
昨夜の女ハンターたちの。
「この人と、この人、それからこの人も!」
カレンが指した女ハンターの情報が書かれた紙を、リュウが手に取って目を通していく。
そして、ベッドの上から5人を取ってカレンに渡して訊く。
「あとはこの中にいねえか、カレン?」
「……あっ」と、カレンが再び短く声をあげた。「間違いないですわ、リュウさま! あとはこの人たちですわ! この5人の人たちですわ! さっきのを含めて、これで全員ですわ!」
「おお」リンクが声を高くした。「何で分かったん、リュウ?」
「その9人の住所を見てみろ」
そう言われ、9人の犯人の住所を見たカレンとサラ、リンク。
「あっ」と、声をそろえる。「同じ!」
9人全員が、ハンターの女子寮に住んでいた。
「なーるほどねー、寮の中で集団リンチ作戦練ってたのねー」そう言いながら、サラが指をぼきぼきと鳴らす。「腕が鳴るわぁー、今夜ぁー」
「こっ、今夜っ?」
カレンがぱちぱちと瞬きをして、サラの顔を見、その隣のリンクの顔を見、またその隣のリュウの顔を見た。
9人の犯人の情報をじっくりと見ながら、リュウが言う。
「ああ。俺とサラ、リンクに加えてキラ、リン・ラン、ユナ・マナ・レナ、それからレオンにグレル師匠、ミーナで女子寮に殴り込み行って来っから、カレンおまえはミラ、ジュリと一緒にここで待ってろ。何、安心していいぜ。撮られた写真を奪うのはもちろん、カメラもパソコンも怪しいものは全部破壊してくっからよ」
「…は、はいっ……」
カレンが承諾すると、リュウが顔をサラとリンクに向けた。
「寮の消灯は23時だ。寝静まったとこに奇襲かけんぞ」
サラとリンクが頷く。
「よって、本日24時に決行だ」
次の話へ
前の話へ
目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ