第21話 カレンの危機


 5月の半ば過ぎ。

 リュウの弟子としてハンターの仕事へ行くときは、大好きなロリータファッションを着ないようになったカレン。
 何のためにって、シュウになるべく迷惑をかけないように。

 走り易いように巷で流行っているらしいショートパンツとローヒールの靴を身につけて、シュウに指示された場所にじっと座っている。
 これもまた、シュウに迷惑をかけないように。
 モンスターがいつどこから現れるか分からないような場所でちょろちょろと動き回っていると、シュウの手間をかけさせるだけだから。

 只今カレンが座っているのは、木の枝の上。
 目当ての凶悪モンスターを倒したシュウが剣を腰に収めて、カレンのところへとやってきた。

「よしよし、じっとしてて偉かったな」

 そう言いながら、シュウがカレンに両手を伸ばした。
 ひょいと抱っこして地に降ろして、カレンの頭を撫でる

 シュウの顔を見上げて、カレンは溜め息を吐く。

(サラとレオンさんは、すっかりラブラブ恋人同士だというのに……)

 シュウが眉を寄せた。

「何だよ、人の顔見て溜め息吐いて」

「あたくしのこと、妹さんたちと同じ扱いしているんではなくて?」

「え?」

「あなたが人の頭を撫でるのって、長男が故のクセなんでしょう?」

「まあ……、そうだな」

「あたくしのことも、妹みたいに思っているのではなくて?」

「かも」

 と答えたシュウに、カレンは頬を膨らませる。

「ちょっと、それやめてくださらない?」

「弟妹も弟子も、似たような感じがするっちゃするんだよな」

「まったくもって、嬉しくないのですわ」

「……何だよ?」と、シュウが膨れているカレンの頬を指で突いた。「頭撫でられるの嫌なのか?」

「い…嫌ではないけれどっ……、ちょっと子供扱いされてる気がするのですわっ」

「子供扱い」鸚鵡返しに言って、数秒の間シュウがカレンの顔をじっと見つめる。「おまえ特に小さいから無意識にしてんのか、オレ? おまえうちの母さんよりも少し小さいよなー」

 そう言いながら、シュウがカレンの頭を撫でる。
 カレンの頬がさらに膨れていくのを見て、シュウははっとして手を離した。

「わ、わり…。自然とやっちまうオレがいたんだぜっ……」

「小さくたって、一人前のレディなのですわ!」

「バカにして言ったわけじゃねえよっ……。いっ、いーじゃねーかっ!」そう言って、シュウはまたカレンの頭を撫でた。「おまえが自分で気にしてるとこって、オレは可愛いと思うけど? 小さいとことかプニプニホッペとか貧――……いや、乳小さめのとことか。二の腕だって太ももだって別に太くねーし、皮と骨みたいなのよりオレは好きだけど?」

「……じゃっ、じゃあ」と、カレンの頬が染まる。「あっ、あたくしのこと、レディとして恋愛対象に入るのかしらっ?」

「入るだろ」

「ほっ、本当っ?」

「小さい女が好きな男も多いし、ちょいぽっちゃりしたのが好きな男も多いし、何気に乳は小さい方が好きな男も結構いるし」

「……」  だーーーれが他の男のこと言ってるのよ、このニブちん。
 一瞬ぬか喜びしてしまったじゃないのよ。

 呆れ顔になってしまうカレン。
 溜め息を吐いて、歩き出した。

「おい、そっちじゃねーよ方向音痴。こっちこっち」

「わっ……、分かってるのですわっ!」

 戻ってきてシュウの傍らを歩き出す。
 カレンが歩きやすい靴になってからは、歩く速度が少し上がった。

 カレンの赤い頭を横目に見下ろして、シュウは表情を曇らせた。

「……ごめん」

「え?」

 カレンは歩きながらシュウの顔を見上げた。

「何か知らないけど、おまえオレといるとときどき気分悪くするみてーだから」

「そっ……そんなことありませんわよっ?」

「そうか?」

「ええ」

 とカレンは笑ったが、シュウは言う。

「おまえがオレの弟子を続ける理由は知らねーけど、嫌になったら無理しないで言えよ。親父に言っておまえの師匠変えてもらうから」

 カレンの笑顔が消えた。

「あたくし、やっぱりあなたにとって足手まといでしかないのかしら」

「そうじゃねーよ。嫌な思いしたくねえだろ?」

「……優しいのね」

 そう呟いて、カレンはシュウから顔を逸らした。

(でも、寂しいことを言うのね。あたくしがいなくても平気だって言われた気分ですわ。そりゃ、平気なのでしょうけど)

 カレンの口から小さく溜め息が漏れる。

(あたくしが一度でも辛い思いをしたならば、あなたはすぐにあたくしから離れて行ってしまうのでしょうね……)
 
 
 
 シュウはその日の仕事が終わってようと終わってなかろうと、カレンを午後9時までに家の前まで送る。

「送ってくれてありがとう」

「おう。それじゃ、また明日な」

 シュウはいつもそう言って、カレンの頭にぽんと手を乗せてから去っていく。
 これからまた仕事へ行くのか、自宅へと帰るのかは分からないが。

 カレンはその背が見えなくなるまで見つめてから、ようやく玄関の鍵を取り出す。
 鍵を開けて、誰もいない真っ暗な空間へと続くドアのノブを握る。

 そのとき背後に気配を感じて、カレンは振り返った。

「…あの……?」  カレンは動揺しながら目の前に立っている人物たちを見回した。
 見たことのない顔が10人近く集まっている。

 ただ1つ分かったのは、全員が女ハンターということだった。
 
 
 
 午後10時過ぎに自宅へと帰ったシュウは、遅い晩ご飯を取ったあとにリュウから書斎に来るよう言われた。
 書斎に入るときは、大抵仕事の話だ。

「緊急の仕事の追加?」

 シュウが訊くと、回転椅子に座っていたリュウが、くるりと身体の方向を変えてシュウの方を見た。

「なあ、シュウ。おまえんとこのカレン何ともねえ?」

「何ともって?」

「最近様子がおかしいとか」

「うーん、オレの顔見てよく溜め息吐いたり、オレが機嫌損ねさせたりしちゃってるな」

「ああ、それはたぶんおまえが鈍感男だから」そう言ったあと、リュウは突っ込まれる前に続けた。「そういう、おまえといるときのことじゃなくてよ」

 シュウは眉を寄せた。

「オレと一緒にいねーときのことまでは知らねーよ」

「カレン、何かに怯えた様子とかねえ?」

「ないけど?」

「……そうか」リュウが椅子をくるりと回転させ、シュウに背を向ける。「自分の部屋行っていいぞ」

「おう……?」

 シュウが書斎から出て行ったあと、リュウは携帯電話を取り出した。
 電話をかける相手はリンク。

「どうやった、リュウ」

 電話に出るなり、リンクが訊いた。
 その後ろでは、電話の呼び出し音が鳴っている。
 リンクはまたギルド長室にいるのだと、リュウは察した。

「またか、リンク」

「ああ、またやろな。また非通知やから、また苦情の電話やろ」

「くだんねーから出んなよ」リュウは溜め息を吐いた。「ったく、カレンばっかりシュウの弟子ずるいから何とかしろって何だよ……」

「おまえがシュウに弟子つけへん言ったのに、おれがシュウにカレンちゃんを押し付けたせいやんな。ごめん……」電話の向こうで、リンクが苦笑したのが分かった。「でもくだらん言ってられへんで。女は怖いんやでって、うちのリーナが言っとったで」

「ふーん、リーナがねえ。おまえんとこのリーナの性格って、おまえにもミーナにも似なかったよな。何だあのマセガキぶりは」

「まったくやで……。リーナの奴、もう『おとんのパンツと一緒に洗わへんで』とか言うんやで?」

「おまえ哀れだな。俺んちなんて、ミラが俺のパンツ洗いたがるぜ」

「す、すごいなファザコンて」

「この間、ミラが洗った俺のパンツをニヤニヤしながら干してたのを見たときはちょっとビビッたな。気のせいかと思ったんだが、乾いた俺のパンツを畳んでるときもやっぱりニヤニヤしてたな」

「……そこまでいくと、ファザコンやなくて痴女やな。めっさかわええのに勿体ない」

「うるせーよ。話ずらしてんじゃねーよ」

「お、おう、ごめんっ……――って、ずらしたのおまえやなかった!?」

「発端はおまえだ。んで」リュウは話を戻した。「たしかに放っておいたら、カレンに何かあるかもしれねーな。シュウに訊いたところ、今のところカレンは無事みてーだが」

「そ、そか、良かった」

「あくまでも、今のところ、だ。カレンて家にいるときはほとんど1人みてーだから、そこ狙われる可能性高いよな」

「せやな。何かあってからや遅いわ。シュウの弟子外すか?」

「外すだけで治まる気がしねえなあ」

「そやろか……」

「んだって、苦情が一気に増えたのってシュウとカレンのデート現場目撃されたからだろ? サラとレオンと一緒のダブルデートのときに」

「みたいやな。……せやな、シュウの弟子外したところで治まらへん気するわ。デート現場見られたとなっちゃあ、一部のシュウのファンは黙ってへんやろな」

「ファンねえ。シュウの奴、すげー口うるさいのに何がいいんだか」

「おまえと同じ顔で、おまえより優しいところやないか?」

「俺とシュウのファンクラブの会員ってどっちが多い?」

「謎なことに、おまえのが多いな」

「……マジでファンクラブあったのか」

「知らなかったんかい」

「勝手なもん作りやがって……」リュウは溜め息を吐いたあと、リンクの声の後ろでいつまでも鳴っている電話の呼び出し音に顔をしかめた。「ああもう、それにしてもうるせーな。ギルド長室の電話線引っこ抜け」

「おまえ、仕事の依頼の電話やったらどうすんねん……って、おわあああっ!」電話の向こう、リンクが動転した声を出す。「ひっ、非通知やないやん! あっ、あかん、依頼の電話かもっ」

「何してんだ、バカが。さっさと出ろ!」

「……は、はい、葉月ギルドですー」ギルド長室の電話に出たリンクの声が聞こえてくる。「あれ、サラ?」

 サラと聞いて、リュウは眉を寄せた。

「ああ、リュウなら今おれと電話しとったから通じなかったんやな。どしたん? リュウに急用か?」

「リンク、電話切れ」リュウは言った。「俺からサラにかけなおす」

 リュウはリンクとの電話を切ったあと、サラがリンクとの電話を切るだろう時間を考えて10秒ほど間を置いた。
 それから、サラの携帯電話へと電話をかけた。

「親父っ!」リュウよりも先に、サラが甲走った声を出した。「頼まれてっ!」

「頼まれるぜ!」

 だって可愛い娘の頼みだし!

 リュウは張り切って立ち上がった。

「お願いっ、来て!」

 来て。

 その言葉を聞いて、リュウは自分に足の速くなる魔法をかけた。
 書斎から飛び出て、玄関へと向かっていく。

 サラが続ける。

「絶対兄貴には内緒で!」

 シュウには内緒。

 その言葉で、カレンに何かがあったのだとリュウは察する。
 リュウは屋敷の外に飛び出した。

「早く親父っ! 5分以内にカレンの家に来て!」

「2分以内に行ってやる」

 電話を切ったリュウの頭の中、うろ覚えだったカレン宅への地図がくっきりと浮かぶ。

「待ってろよサラァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 
 
 
 リュウがカレン宅の前へと着くと、そこでレオンが待っていた。

「よ、よくここまで1分20秒で来たね、リュウ。車でも10分はかかるのに」

「んなことよりサラは!?」

「正しくはサラじゃなくて、カレンちゃんだよ。こっち、早くリュウ! カレンちゃんの親御さんが帰ってくる前に!」

 リュウは靴を脱ぎ捨て、レオンの後を着いてカレン宅の中を走った。
 カレンの部屋だろうところに入ると、サラの姿が目に入った。

「親父っ! 早くカレンに治癒魔法をっ……!」

 そしてサラの傍ら――ベッドの上には、カレンがぼろぼろの姿で寝かされていた。
 
 
 
 
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