第20話 交際許可


 午後6時5分前。
 シュウはごくりと唾を飲み込み、カレンとサラ、レオンと一緒に自宅のドアを開けた。

「た……ただいま」

「おう、おかえり」

 と言ったのは、玄関で待ち伏せしてただろうリュウ。
 サラが眉を寄せて言う。

「親父そんなとこで何してんの?」

「と、通りかかっただけだ」

「今日の仕事もう終わったわけ?」

「おう、ついさっき帰ってきてな」

「ふーん」

 キラがパタパタと駆けてくる。

「おかえり。レオンとカレンも晩ご飯食べていくか?」

「ええ、是非。ありがとうございます、キラさん」

「ありがとう、キラ」そうキラに笑顔を向けたあと、レオンがサラを見た。「サラ、自分の部屋に行ってな」

「ついでにカレンも」

 と、シュウ。
 サラは戸惑いながらレオンの顔を見たあと、カレンと共に2階の自分の部屋へと向かって行った。

 不審そうな顔をしているリュウに、レオンが真剣な顔で言う。

「ちょっと外でいいかな、リュウ」

「……ああ」

 レオンと共に、外へ出て行ったリュウ。
 嫌な予感がしたキラが続き、心配で仕方ないシュウも続いて外へと出た。
 
 
 
 サラの部屋に入るなり、カレンは狼狽した様子で口を開いた。

「や、やっぱりレオンさん危ない気がするわっ……!」

「アタシも心配で仕方ないよ、親父に殴られてもおかしくないし……」そう言いながら、サラがベッドに腰掛けた。「それに、あの親父が許してくれるとは思えない」

「い、今からでも遅くないかもしれないわっ! レオンさんを止めましょう! リュウさまにサラとレオンさんがお付き合いをしていることを黙ってれば良いだけのことですわ! 黙っていれば、レオンさんは危ない目にあったりしないのですわ!」

「うん……、アタシもさ、最初はそう思ったんだ。レオ兄が、親父にアタシとの交際許可取りたいって言ったとき。でもレオ兄は誠実だから、そんなこと出来ないよ」

「…そ、そう……」

「それにさ、レオ兄がアタシとのこと真剣に考えてくれてる気がして嬉しいんだ。レオ兄が殴られるのなんて見たくないけど……、嬉しいんだ。って、何だそりゃ」サラは自分に突っ込んで苦笑した。「何が言いたいんだろ、アタシ。言ってることおかしいよね」

「……いいえ、サラ」と、カレンがサラの隣に腰掛けた。「好きな人が自分のために何かしてくれるって、とても嬉しいことよね。分かるわ」

 カレンが微笑むと、サラも微笑んだ。

「ところで」と、カレンは頬を染めて小声になる。「レオンさんとの甘いキッスのこと、詳しく聞かせてくれないっ……?」

「OK」サラがにやりと笑った。「こう、アタシがえーんって泣いたフリしてー、レオ兄が心配して顔寄せてきたところにチュッってしたのが1回目でー」

「きゃあああっ」カレンが口を両手で隠して黄色い声をあげる。「サラってば小悪魔レディなのですわああああっ! それでそれでっ?」

「それで次はー、こうー」

 ドサッと、サラがカレンをベッドの上に押し倒した。

「手が滑ったーって押し倒してー」

「きゃあああっ。サラってば大胆なのですわああああっ!」

 サラが突然シュウの口真似をして言う。

「カレン、オレのこと好きか……?」

「えっ!?」カレンの顔がぼっと熱くなる。「あっ、あなた誰!?」

「誰ってシュウだろ? なあ、オレのこと好きか?」

「……すっ、すっ、すっ、好きですわああああああっ!」

「オレもおまえが好きだぜ、カレン。ちゅーーー……」

「えっ…あっ…シュウってばダメェっ……!」

「今夜はおまえを離さないぜ☆」

「ああああっ、ダメよシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「――なぁーんて」と、サラが笑う。「いつかなるかもおおおおおおおおおおっ!!」

「きゃあああああああああああああああっ!! いっ、いけないのですわあああああああああっ!!」

 ベッドの上、カレンとサラが抱き合ってごろんごろんと転がって数秒後。
 ぴたりと止まって冷静になる。

「程遠いのですわ」

「兄貴、ニブいしね」

「ええ、本当に」

 カレンとサラは顔を見合わせて、深く溜め息を吐いた。
 
 
 
 その頃の屋敷の裏庭では。
 シュウとリュウ、キラ、レオンで四角形を作っていた。

 レオンと向き合っているリュウが最初に口を切る。

「何だ、レオン。わざわざこんなところに呼び出すってことは、殴られる覚悟の上での話ってことか」

「うん。軽く5、60発殴られる覚悟だよ」

「ほう」と、リュウがぼきぼきと指を鳴らす。「とりあえず言ってみろ」

 レオンが頭を下げた。

「サラと……、お付き合いさせてください」

「ふ」

 短く笑うなり、リュウがレオンの胸倉を掴んだ。
 レオンが殴られる前に、シュウはリュウを押さえつける。

「止めろよ、親父!」

 同時に、キラがレオンを背に庇って眉を吊り上げた。

「そうだぞ、リュウ! 私の可愛い弟を殴るな!」

「どけ」

 リュウがいとも簡単に、力いっぱい押さえつけていたシュウを突き放した。
 レオンを背に庇いリュウの前に両手を広げて立っているキラを、リュウが睨むように見下ろす。

「おまえもどいてろ、キラ。おまえとは、前からこの件にして意見が合わねえ」

「当たり前だ! 娘が可愛いのは分かるが、リュウのしていることは単なる我侭だ!」

「うるせえ、どけ」

「どかぬ! おまえは何故、サラやレオンの気持ちになってやれぬのだ! 逆に愛する娘を不幸にしているということが、何故分からぬのだ!」

「……」

 ゴスッ!!

 と拳骨を食らったのは、キラではなくシュウである。

「いっ、いってーな! だから何でオレを殴るんだよ親父!? 夫婦喧嘩の八つ当たりすんなよなっ!」

 喚くシュウを無視し、リュウはキラに怒鳴りつける。

「俺を怒らせてねーで、さっさとそこをどきやがれ!」

「どかぬ!」

「どけ!」

 リュウがキラを引っ張り、レオンの前から退かせた。
 リュウの拳に顔を殴打され、レオンの身体が後方によろける。

「レオン!」

「レオ兄っ!」

 シュウとキラが、慌ててレオンに駆け寄った。
 必死にリュウとレオンの間に立ちはだかる。

「いいんだよ、キラ、シュウ」レオンが言った。「殴られるのは覚悟の上だったし、僕はサラの傍にいてあげたいんだ。リュウから許可をもらえるなら、どんなに殴られたっていいよ」

「ダメだ、レオ兄っ!」シュウが声をあげる。「そんなカッコイイこと言ったところで、殴られるだけ殴られて許可なんかもらえねえっ! さあっ、今のうちに逃げてくれ!」

「逃がさねえよ」

 リュウがシュウを脇に突き飛ばした。
 キラはレオンを守るように、必死にレオンにしがみ付いている。

 リュウよりも先に、キラが声をあげた。

「どかぬからな! レオンは何も悪くない! 私は、絶対にどかぬ!」

「どけ」

「どかぬ! サラもレオンも可哀相だ!」

「どけ」

「どかぬったら、どかぬ!! 絶対にどかぬ!!」

「どけったらどけ!!」

 リュウがキラの腕を掴み、力ずくでレオンから引き剥がそうとする。

「嫌だ! どかぬったらどかぬ! 絶対にどかぬっ……!」

 ぽろぽろと零れ始めたキラの涙。
 シュウ、大衝撃。

「あああああああっ!!」と、リュウを指差す。「いーけねーんだ、いけねーんだ! 母さんのこと泣ーかせたあああああああああああっ!!」

「うっ、うるせえっ!! マザコンはすっこんでろ!!」

「まっ、マザコンじゃねえっ!! アンタ最っっっ低だ!! 最っっっ低、最っっっ悪のクソ親父だ!!」

「うるせえっ!!」

 ゴスッ!!

 リュウの拳骨を食らい、シュウが蹲る。

「いってえぇ……!」

「おまえは割り込んでくんじゃねえ、シュウ! この件に関しては、俺はいくらキラに泣かれようと――」

「娘、娘って……!」リュウの言葉を、キラが遮った。「リュウには私がいるではないかっ……! ふにゃああああんっ」

「――かっ……」

 可愛いじゃねーかっ!!

 ガシャーン!

 とリュウの拳が突き破ったのは、傍らにあった夫婦の寝室の窓である。
 カチャッと窓の鍵を開け、左腕にキラを抱っこする。

「そうだな、キラ。俺はおまえだけで充分だぜ。ほら泣くな、晩飯の前に可愛がってやるからな。おー、よしよし」

 キラに心を鷲掴みにされたリュウがにやにやと笑いながら言って、夫婦の寝室の窓を開けて中に入っていく。

「あっ、あのっ、リュウ!」レオンが慌ててリュウを呼び止めた。「僕とサラのことはっ……?」

「おー、いいぜー。サラのこと大切にしろよー」

 機嫌良さそうなリュウの声のあと、窓と鍵、カーテンが閉まる。
 唖然としてしまったが故の無言のあと、シュウは口を開いた。

「えーと……、玄関から入れよ親父」

 と、今さら突っ込んだところでリュウには聞こえていない。
 レオンが笑いながらシュウの顔を見た。

「ほらね、シュウ。キラの一言ってすごいでしょ?」

「オレは親父の単純さの方を尊敬する」

 シュウはレオンの頬に治癒魔法をかけたあと、レオンと一緒に玄関へと回って行った。
 
 
 
 サラの部屋のドアを、レオンがノックする。

「誰ー?」

「僕だよ、サラ」

「レオ兄っ……!」

 パタパタと駆けるスリッパの音がしたあと、サラがドアを開けた。

「だ、大丈夫だったっ?」

「どうでしたのっ?」

 サラ、カレンの順にレオンの顔を見上げて訊いた。
 レオンはにっこりと笑って言う。

「一発しか殴られなかったから大丈夫。それから、やっぱり僕の姉の一言はやっぱりすごいよ」

「えっ?」カレンとサラが声をそろえた。「ということは……!?」

「サラと僕、お付き合いしていいってさ」

 それを聞いたカレンとサラが顔を見合わせて驚喜した。

「うっそおおおおおっ! あの親父がっ!? 奇跡ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「きゃあああああっ! 良かったわねサラァァァァァァァァァァ!」

 カレンとサラが抱き合い、その場をぴょんぴょんと小躍りする。

「それじゃ、サラ」と、カレンが部屋からパタパタと駆けながら出て行く。「がんばってねええええええええええっ!!」

「まかせてええええええええええええっ!!」

 すごいテンションだなあ……。

 なんて思っているレオンの手を引っ張って部屋の中に入れ、部屋に鍵を掛けたサラ。

「とりゃっ!」

 両腕を前方に伸ばして宙を舞い、レオンの首にしがみ付いて豪快にベッドに押し倒す。

 ドサッ!

「はぁい、そこのカッコイイ猫のお兄さんアタシとマッパでイイことしなぁい?」

 レオンがおかしそうに笑う。

「本当、ストレートに誘ってくれるね」

「お兄さんなら無料でサービスするアルヨ」

「それ何語?」

「なんだったかな」

 と、笑ったサラ。
 レオンのシャツのボタンを外していきながら訊く。

「ねえ、するの? しないの?」

「じゃあ――」

「分かった」

「何が分かった?」

「するのね」

「したいよ。すごく」

「えっ……?」

 サラはレオンの顔を見た。
 はっきりと言われたら何だか恥ずかしくなって、頬が染まってしまう。
 レオンのシャツのボタンを外していた手も止まってしまう。

 そんなサラを見て、レオンが笑った。
 サラを抱き締めて、サラを身体の下にする。

「どんなにリュウ似でも、やっぱり女の子だね」

「あ、あのっ……」

「可愛い」

 レオンの唇が、サラの唇に重なった。
 
 
 
 リュウとキラが夫婦の寝室に入ってから3時間後。
 キラは備え付けのバスルームでシャワーを浴び、リュウはベッドの中で深い溜め息を吐いていた。

(サラとレオンの付き合い許可しちまった……)

 なんて、今さらになって後悔する。

(やっぱり駄目って言ったらサラに嫌われっかな…。嫌われるよな……)

 リュウはもう一度深い溜め息を吐いた。
 ドアをノックする音が聞こえて、意気消沈した声で口を開く。

「開いてるー」

 ドアを開けて姿を見せたのは、サラだった。

「サラ…」サラを見て一瞬驚いたあと、リュウは戸惑いながら顔を逸らした。「……レオンは帰ったのか」

「うん、さっき」

「ふーん……」

 会話が途切れる。
 少しして、サラから口を切った。

「あの……、親父?」

「……ん」

「あ……、ありがとうっ」

「え?」

 リュウはサラの顔を見た。
 サラが続ける。

「レオ兄とアタシのこと、許してくれて」

 そう言って、サラが嬉しそうに笑った。

 リュウがサラに礼を言われるのはどれくらいぶりだろう。
 サラがリュウに笑顔を向けてくれるのも、どれくらいぶりのことだろう。

 複雑だったけど、リュウは嬉しかった。

(いいか……、もう。レオンがどんな男か、俺はよく知ってる。サラのこと大切にしてくれる。もう、いいか……)

 リュウの顔が綻んだ。

「おう、仲良くやれよ」

「もちろん! それでさ、門限もう少し遅くしてくれない?」

「……まあ、いいか。じゃあ、門限は日付変わる前な」

「ありがと、親父っ!」

「おう」

 ああ……。
 俺、またサラに礼と笑顔もらっちゃったぜ……。

 心の中、そんなことに感動してしまうリュウ。
 サラがもう一度言う。

「本当にありがとう、親父」

「もう分かったから、そんなに言わなくても――」

「マジで」と、サラがリュウの言葉を遮って言う。「良かった……!」

 と、恍惚としているサラ。
 嫌な予感に襲われ、リュウの顔が引きつる。

「ま、待てサラ。よ、良かったって何がだ」

「ああもうっ、レオ兄ってばあっ……!」

「――!?」

「んじゃね、親父♪ さっさとご飯食べなよー」

 ひらひらと手を振り、サラが寝室のドアを閉める。

「まっ、まっ、まっ、まっ……!」

 わなわなと震え出したリュウ。
 部屋から飛び出す。

「待てコラアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「うっわ!? 娘の前にパンツ一丁で出てこないでよ親父っ!!」

「うるせえっ!! やっぱり駄目だ!! レオンと付き合うことは許さねえっ!!」

「は!? 何言ってんの今さら!? ふざけんじゃないよ!!」

「許さねえったら、許さねえっ!!」

 リュウの怒声が、屋敷中に響き渡って行った。

「ぜっっっったい、許さねええええええええええええええええええっ!!」

 それから数時間後。
 またキラに泣かれたリュウは、結局サラとレオンの交際を許可したのだった。
 
 
 
 
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