第2話 赤い髪、現る


 家を出たシュウは、父親・リュウと共に葉月町にある葉月ギルドへと向かった。
 いつもなら家を出たらすぐに受付済みの仕事へと向かうのだが、今日だけは特別だった。

 今は4月の頭。
 葉月島の学生たちが進学・進級して学校へ向かう中、同様に新米ハンターたちもギルドへと向かう。
 新米ハンターがギルド長であるリュウと顔を合わせる、学生でいえば入学式みたいなものだ。

 シュウも一緒に着いていかなければならないのは、活動している一流ハンターだから。
 新米ハンターは1年間、それなりに活動している一流以上のハンターに弟子入りしなければならず、今日はリュウから師弟の組み合わせが発表される。
 といっても、師弟の組み合わせを一生懸命決めたのは、忙しいリュウに代わって仕事をこなしている副ギルド長だが。

 葉月町の中央にあるキラの銅像の前を通れば、ギルドはすぐそこだ。
 母親の銅像がたっているのは、いつ見ても違和感たっぷりのシュウである。
 なんでも、シュウが産まれる前にキラはこの世を救い英雄になったからとか何とか……。

 リュウがギルドの扉を開けると、すでに集まっていた一流以上のハンターと新米ハンターが整列していた。
 1匹を除いて、一斉にリュウに頭を下げる。

 その1匹とは、新米ハンターの次女・サラである。
 ぎゅっと男の腕に抱きついている。

 灰色の猫耳と尾っぽに、青い髪と赤い瞳。
 長身のリュウよりも5センチ低く、シュウよりは2センチほど低い身長180センチ。
 外見年齢23から25歳ほどで、実年齢は今年で32歳になるミックスキャット――ブラックキャットとホワイトキャットの間にできた青年。
 その名をレオン。

 リュウに睨むように見られ、レオンは苦笑する。

「怖いって、リュウ……」

 リュウの師匠であるグレルのペットであり、キラを姉のように慕うレオン。
 シュウたち兄妹からは、小さい頃から「レオ兄」と慕われている。
 リュウとの付き合いは18年、ハンター歴14年。
 最強の一種といわれる猫科モンスターが故に、その力は最初から超一流ハンターだった。

「信じてるからな、レオン」

 そんなリュウの言葉に、レオンは溜め息を吐く。

「はいはい、分かってるよ……」

「んで、リンクは?」

「今戻ってくるよ」

 レオンがそう言ってから少し経つと、ギルド長室へと続く廊下へのドアが開いた。
 現・副ギルド長で、リュウが新米ハンターの頃からの付き合いがあり、なお且つ親友のリンクが姿を見せた。
 金髪に、相変わらずの童顔ぶり。
 リュウと同じく今年で39歳だというのに、シュウよりも幼く見えなくもない。

「おう、来たかリュウ。ほな、これ見てやー」

 と、リンクがリュウに渡したものは師弟の組み合わせが書かれた紙だ。
 シュウはリュウと一緒になってそれを覗き込む。

 全体的にざっと目を通していく。
 他の島と比べて明らかに女ハンターの人数が多いのは、他の島からも女ハンターが集まってくるからである。
 その目当てはリュウまたはシュウか、レオンか……というのが大半だ。

 紙の一部に、動いていたシュウとリュウの視線が止まった。

 カレンという新米女ハンターのところ。
 試験官との実践テストで普通は100点満中の得点が書かれるところに、『顔パス』と書かれている。

 シュウとリュウが眉を寄せてリンクの顔を見ると、リンクが苦笑して小声で言った。

「あとで説明するわ……」

 それを聞いたあと、リュウが続けて紙に目を通しながら整列しているハンターたちに言う。

「俺がギルド長のリュウな。んでコレが息子のシュウ。こいつの弟子希望結構いるみてーだけど、こいつに弟子はつけねーから。あと俺も弟子はいらね。それから、あっちの黒猫ハーフの美少女は俺の娘ね。手ぇ出した奴は即クビだからヤロウ共は肝に銘じとけ」

 すみません、こんなギルド長で……。

 と、シュウとリンク、レオンは苦笑するしかない。
 リュウが続ける。

「んじゃ、師弟の組み合わせ発表する。1回しか言わねーから、ちゃんと聞いてろよ。1人の師につき、1人?2人の弟子な。まあ、一部は例外として、超一流ハンター・レオンのところはサラとカナエとアキコとミサキとミヨコと――」

「親父」

 サラが刺々しい口調でリュウの言葉を遮る。

「レオンのところはサラとカナエとアキコとミサキと――」

「親父」

「レオンのところはサラとカナエとアキコと――」

「親父」

「レオンのところはサラとカナエと――」

「親父」

「レオンのところはサラと――」

「親父」

「レオンのところはサラ……、な」

「はーいっ♪」

 と、満開の笑顔になるサラ。

「くそっ…」と、リュウはぼそりと文句を言う。「2匹きりにしたくねーってのにっ……!」

「ったく」と、シュウは呆れたように溜め息を吐く。「どーしてそう、娘には弱いんだか……」

「フン」

 と、ふて腐れ、リュウが苛々とした様子で指定の組み合わせを発表した。

「以上だ。文句ねー奴は早速仕事行け。文句ある奴は俺の前に出て来い」

 誰も出て来ず、ハンターたちはギルドの出入り口へと向かっていく。
 たとえ文句があったとしても、リュウに恐縮して出て来れなかっただろうと、シュウは思う。

 サラとレオンを除く師弟たちがギルドから出て行くと、リュウがリンクに顔を向けた。

「んで? この『顔パス』のカレンって女は何者だ」

「今日は来てなかったみたいやけど……」

「来てねえってどういうことだよ」

「のんびりなんかも。お嬢様やから」

「どこの」

「カレンってさー」と、サラが口挟んだ。「なーんか聞いたことあんだよねー」

「カレンだろ? カレン…?」シュウが首を傾げて考える。「あれ、何か聞いたことがあるよーな……」

 シュウとサラの顔を見て、リンクが言う。

「ほな、シュウとサラにヒントだしたる。カレンは葉月病院の……」

「あっ」シュウとサラが声をそろえた。「院長の孫娘!」

「ああ、それで顔パスな」リュウが納得しながら、溜め息を吐いた。「キラがおまえたち産む度にあそこの院長には世話になってっからなあ。でかい病院の孫娘が何でハンターに……」

 そんな疑問を口にしたリュウの顔を、シュウとサラがじっと見つめた。

「? なんだよ」

「親父、覚えてねーの?」と、シュウ。「ジュリがあそこの病院で産まれたときのこと」

「ジュリが産まれたとき?」リュウが鸚鵡返しに訊いた。「何か変わったことあったっけ」

「すげー変な女が現れただろ。オレやサラと同じくらいの年の、真っ赤な髪したやつ」

「ああ、そういえばそんなガキが気付いたら俺の背にぶら下がっていたよーな」

「あー、それで僕も思い出したよ」そう言って、レオンが苦笑した。「あのときの子ね。覚えてるよ。リュウ、本当に覚えてないの?」

「詳しくは覚えてねーな」

「せやろなあ」と、リンク。「おまえはキラにそっくりなジュリにすっかり見惚れてたから」

「あー、それでか」なんて納得したあと、リュウはギルドの時計に顔を向けた。「じゃ、俺仕事行って来るわ」

「あ、待った。おまえ1人で大丈夫か?」

 と、リュウを呼び止めて心配そうな顔になるリンク。
 昔はリュウの助手としてリンクが一緒に働いていたらしい。
 今日からはシュウもいないというのに、リュウに依頼される仕事の量は増えていた。

「大丈夫だ、心配すんな」リンクにそう言ったあと、リュウがシュウに顔を向けた。「気ぃ抜いて仕事すんじゃねーぞ」

「わかってんよ」

 シュウが承知したあとは、リュウがサラとレオンに顔を向ける。

「いーか、サラの門限は午後6時な…!? それまでに終わらなかった仕事はレオン1匹でやれよ…!? それから決して遊ぶんじゃねえぞ…!? 仕事へ行くんだからな…!? いいな…!? 余計なことすんじゃねーぞ…!? 分かったな…!? 怪我したら俺かシュウを呼べよ…!? サラが怪我した場合はそっこー呼べよ…!? いいな…!? ……オイ、返事は!?」

「はいはい」

 サラとレオンが呆れたように返事をしたあと、リュウは足の速くなる魔法をかけて仕事へと向かって行った。
 それを見送ったあと、サラが溜め息を吐く。

「門限6時ってバッカじゃないの。嫌だっての」

「いや、一応きいてやれ、サラ」そう言って、シュウが苦笑した。「それ守らないと怒られんのはレオ兄だから」

「うわあ、何て最悪な親父」

 そう言って顔をしかめたサラの頭に、レオンの手が乗った。

「リュウはサラが大切で仕方ないんだよ。門限過ぎる前に、僕が家まで送るからね」

 そう言って見せる優しいレオンの微笑みに、シュウとサラの瞳が恍惚とする。

「レオ兄、素敵……」

 昔からシュウやサラの憧れといえば、レオンなのだ。
 俺様で我侭で自分勝手で横暴で鬼のリュウとは、似ても似つかない温厚篤実な性格で。

「えーと、うっとりしてるとこ悪いんやけどー」と、口を挟んだあと、リンクが苦笑した。「話戻ってカレンのことなんやけど。やっぱあれやんな? 彼女リュウの弟子希望やったんやけど、あれやんな? 絶対あかんよな?」

 リンクの質問に、シュウとサラ、レオンが深く頷いた。
 シュウが苦笑する。

「親父は弟子つけねーけど、それ以前の問題だよな。そのカレンがハンターになったってことは、あの言葉は本気だったってことだろ?」

「だろうね。えーと、当時のカレンちゃん、病院の中でリュウに何て言ったんだっけ?」

 レオンがリンクに訊くと、リンクが当時のカレンを真似て上目使いで言った。

「『ねえ、リュウさま? あたくしが将来ハンターになりましたら、今の奥様と離婚して、あたくしと再婚してくれるかしら』…やで。なんちゅーこと言うガキやねんと思ったで、おれは」

「ま、親父に相手にされないだろーけどね」と、サラ。「ママにゾッコンじゃん、親父。たぶん鼻で笑われて終わるよ」

「それで終わればええんやけどな。ほんまにハンターになりにきたってことは、リュウのこと本気ってことやろ? そう簡単に諦めへんと思うんやけど。んで、しつこくされたリュウがキレて大変なことになって……」

 キレたリュウを想像して、リンクの顔が蒼白する。

「有り得るね」レオンが同意した。「ていうか、絶対そうなるよね。そのカレンちゃんどうするの? リュウの弟子がダメなら誰の弟子にするの?」

「もー、こうなったらさー」と、サラがシュウの顔を見た。「兄貴の弟子にすればいーじゃん」

「はぁっ?」シュウの声が裏返った。「なっ、何でオレなんだよ!?」

「だって親父と顔一緒だし、何とか文句言われずに済むと思って」

「だっ、だからってオレはごめんだ! ただでさえ家に帰ればおまえたちの世話があるっていうのに!」

 サラに続き、

「んー、シュウの弟子かあ。良いかもね」

 と、レオン。
 さらにリンクが、

「あー、ええかも。シュウ面倒見ええしなあ。リュウはシュウに弟子つけへん言ってたけど、おれがちゃーんと説得するで! というわけでー……」

 シュウに集まる視線。
 シュウは後ずさった。

「いっ……嫌だっ! 嫌だからなっ、オレは! 絶対嫌だからな!」

 くるりと身体の方向を変え、出入り口へと駆けて行ったシュウ。
 出入り口のドア約3メートル手前まできたとき。

 ガチャ……

 と、ドアが開いた。

(やべっ、ぶつかる!)

 そう思って急ブレーキをかけたシュウ。
 何とか止まれたシュウの瞳に飛び込んできた少女は――。

「ごめんなさい、少しばかり遅れてしまいましたわ」

 肩下5センチの赤い巻き髪。

「あら、ハンターさんたちこれだけなのかしら?」

 俗に言うロリータファッションに身を包んだ小柄な身体。

「まあ、あなたは!」

 気の強そうな赤茶色の瞳が、シュウを見上げて輝く。

「リュウさま……!」

 いえ、シュウです。

「会いたかったですわあああああああっ!!」

 投げ捨てられた白い日傘。

 ピョーーーーン

 と、小柄な身体が宙に舞う。

 ガシッ

 柔らかい腕がシュウの首に巻きついた。

 ゴスッ

 それと同時に頭に被っているボンネットのツバがシュウの顔面を直撃。

「――カハァッ!」

 ドサッ……!

 床に仰向けに倒れたシュウは、仰天して自分の上に乗っている相手の顔を見た。
 見ていたサラたちの目も丸くなる。

「あら、ごめんなさい、リュウさま」

 とか謝っておきながら、まるでシュウの上から避ける気配もない少女。

「あたくしのこと覚えていらっしゃるわよね? そう、カレンですわ。ちゃーんとハンターになりましたのよ? さあ、約束通り奥様と離婚してくださらない?」

 うふふ、と笑う少女――噂のカレン。

「いや、オレは――」

 リュウじゃなくてシュウだ。
 そう言おうとしたシュウの言葉を、遮るカレン。

「あら? ヤ…ヤダ……! いっ…いやっ……!!」

 顔が見る見るうちに驚愕していく。

「コレ倅の方じゃなくってええええええええええええええええ!?」

 ビシィッ!!

 小さな手が、シュウの頬を張り飛ばした。
 
 
 
 
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