第159話 長男の決意


 満身創痍ながら、リュウに一撃を与えたシュウ。
 トーナメントバトルが終わり、リュウに思い切って訊いた。

「オレ、強くなった!?」

 期待した。

『強くなった』

 と褒めてくれることを期待した。
 認めてくれることを期待した。

 だが、リュウの口から出た言葉は思いも寄らぬ言葉だった。

「たった一撃与えたくらいで笑わせんな、バーカ」

「――えっ……?」

 と、首をかしげる。
 言葉を理解するまでに時間が掛かってしまう。

 呆然としてしまったシュウの周りの一同。
 カレンが最初に声をあげた。

「ちょ…ちょっとお義父さま!? 何なんですのそれ!?」

「まんまだろ」

「しっ、信じられないのですわっ! お義父さまに一撃を与えるということが、どれほど凄いことか分からないんですの!?」

「そ、そうですなのだ父上っ!!」とリン・ランが続く。「兄上のこと褒めてあげてくださいなのだっ!!」

 カレンとリン・ランの甲高い声が辺りに響く。

 それを聞きながら、シュウの頭は徐々に理解していく。

(そうか…、オレ、親父に褒めてもらえなかったんだ。認めてもらえなかったんだ。そうか…、そうか……)

 頭の上にシュウの手が乗って来て、カレンとリン・ランは振り返った。
 シュウが言う。

「いいよ、カレン、リン・ラン。帰ろう」

「シュウっ…!?」

「兄上っ…!?」

「もう……、分かった」

 結局のところ、

(親父は、オレが親父を超えたときしか褒めてくれないってことだ)
 
 
 
 ミーナの瞬間移動で葉月島へと戻ってきたシュウ一同。
 自宅屋敷の前、ドアに手を掛けたリュウをシュウが呼び止める。

「親父」

「あ?」と、振り返るリュウ。「何だ」

「今から母さんに頼みたいんだけど」

 と、シュウはリュウの左腕に抱っこされているキラに目を向ける。

「キラに頼みたいって、何をだ」

「修行」

「い、今からか?」

 と、キラが戸惑いながら声を高くした。
 頷くシュウから顔を逸らし、リュウが家の中に入って行きながら言う。

「俺とキラはこれからイトナミだって言ってんだろ。邪魔すんな、バーカ」

「……」

 リュウとキラの背を見送ったあと、無言で裏庭の方へと向かっていくシュウ。
 それを、

「あっ、シュウ! 今日は僕が相手するよ!」

 と、レオンが慌てたように追いかけて行った。

 夫婦の寝室に入ったリュウとキラ。
 リュウの腕から降ろしてもらい、キラは訊く。

「こらリュウ。何故だ。何故シュウを褒めてやらなかったのだ」

「まだ褒めるに値しねーだろ」

「素直じゃないぞ」

 と、溜め息を吐いたキラ。
 その黒猫の耳に、少しして裏庭の方から刃を交える金属音が聞こえてきた。
 いつもより荒々しく感じさせるその音。

 今のシュウの姿が脳裏に浮かんでくる。

(必死だな、シュウ…。最強の父親…リュウに褒めてもらおうと、認めてもらおうと必死だな……)

 キラはベッドに座ったリュウに顔を向けた。

「そう遠くないうちに、シュウはおまえを超えようと挑んでくるかもしれないぞ」

 キラに横顔を見せているリュウ。
 静かに口を開いた。

「……キラ」

「ん」

「……教えてないよな」

「む?」

「シュウにもジュリにも、破滅の呪文教えてないよな」

「あ…当たり前ではないかっ!」

 キラは声をあげ、リュウに駆け寄った。

 膝に肘をつき、手を組んでいるリュウ。
 よく見るとその手が少し震えている。

「あいつの…シュウの中の闇の力がどれくらいあるかなんて俺には分からねえけど、あいつが今の魔力で破滅の呪文を唱えたら危ねえことくらいは分かる。あいつ、全身全霊の力を込めたからとはいえ、俺の魔法押し返しやがったからな。破滅の呪文を唱えて消滅することはないものの、相当の重傷を負うことも分かる。それで治癒が遅れたらシュウはそのまま死――」

「リュウっ!」

 リュウの言葉を遮ったキラ。
 胸元にリュウの頭を抱く。

「変なことは考えるな、リュウ! 私はシュウに、リュウから受け継いだ火・水・風・地・光魔法と剣術で強くなるよう言ってある! それに何より、私はシュウに教えぬ! 破滅の呪文を、何が何でも絶対に教えぬっ…!」

「ああ…、そうだよな。そうだよな……、キラ」

 キラの胸に顔を埋め、乱れかけた呼吸を整えるリュウ。

 その人間の耳にも聞こえた。
 裏庭から、刃を交えた際に起こる金属音。
 シュウが必死にこのリュウを超えようとしていることを裏付けるかのような、激しく荒々しいその音。

(そうだ…、シュウ。おまえはその剣術と、俺から受け継いだ力だけで強くなれ。決して闇の力――破滅の呪文なんか使うなよ、シュウ。破滅の呪文なんか…、破滅の呪文なんか――)

 恐ろしいものでしか、ないんだ――。
 
 
 
 そろそろ日付が変わろうか時刻。
 シュウはようやく本日の修行を終え、自分の部屋へと戻ってきてシャワーを浴びていた。

 レオン相手に修行をした。
 レオンはやはり強い。
 だが、その力も俊敏さもキラには及ばない。

 故に、レオンの身体を何度も傷つけてしまった。

(ごめん、レオ兄……)

 だがそれは己が大きく成長したことを意味していた。

(オレは成長したんだ…、以前に比べて、凄く強くなったんだ。レオ兄に何度も攻撃を当てられたんだから、それに間違いない。オレは、たしかに強くなったんだ。だから親父に一撃当てられたんだ)

 だけど、リュウは『強くなった』と褒めてくれなかった。
 認めてくれなかった。

 とても、とても期待していたのに。

(結局のところ親父は、オレが親父を超えたときにしか褒めてくれないってことだった)

 だからトーナメントバトルで疲れた身体に鞭を打って、帰ってから修行をした。
 死に物狂いになってした。

 聞きたかった。
 どうしても、聞きたかった。

(『強くなった』って…、親父から――最強の男から『強くなった』って言葉を聞きたかった。言われたかった。褒められたかった。認められたかった……!)

 ぎゅっと握り締められたシュウの右拳。
 それが目の前の壁に直撃し、大理石のタイルにヒビが入って砕ける。

「親父っ…! オレのこと、強くなったって言ってくれよっ……!」

 そう願うシュウの奥歯が、折れそうなくらいに歯軋りを立てる。
 涙で視界がぼやける。

 期待していた分、その言葉を聞けなかったことは辛かった。

(親父を超えられる方法…!)

 シュウは必死になって考える。

(親父を超えられる方法…! 親父を超えられる方法…! 今のオレに、親父を超えられる方法っ……!)

 それを知って、早く聞きたい。

 リュウを超えて、早く『強くなった』と聞きたい。

 褒められたい。

 認められたい。

 リュウから、早く――!

「――あっ…!」

 ふと、シュウの脳裏に一匹の純粋なブラックキャットの姿が浮かんだ。
 それは母親ではない。

(――タマ和尚っ…!)

 葉月島の離島に暮らしている、キラの父の友人だったというタマ。
 彼なら知らないわけが無い。

(破滅の呪文を…!)

 それがあれば、

(オレは…オレはきっと親父を超えることができる…! 破滅の呪文さえあればっ……!)

 そして、

(親父に、今度こそ『強くなった』って褒めてもらえる…! 認めてもらえる……!!)

 そう確信した途端、シュウは脱衣所に出た。
 タオルを腰に巻き、カレンが待っている部屋へ飛び出る。

「カレンっ!」

 シュウが大きな声を出したものだから、ベッドでごろごろとしていたカレンが驚いた顔をして振り返った。

「な、何かしらシュウっ?」

「オレ、破滅の呪文を教えてもらう!」

「――ええっ?」

 と、声を裏返したカレン。
 ベッドから飛び起きて、シュウのところへと駆けて行く。

「と、突然何を言うのっ? シュウっ? 教えてもらうって、誰にっ? お義母さまは教えてくれないのでしょうっ?」

「うん、母さんは教えてくれないよ。だから、タマ和尚に」

「タマ和尚さまにっ?」

 シュウが頷き、続ける。

「破滅の呪文があれば、オレは親父のこと超えられるんだ……!」

「…そ、そうかもしれないわね。でも――」

 そんなに焦らなくても良いんじゃない?

 そう言おうとしたカレンの言葉を、シュウが遮る。

「そしたら親父、今度こそ…今度こそオレのこと『強くなった』って褒めてくれるんだ。そう、認めてくれるんだ……!」

 そう、必死な表情で言うシュウ。
 リュウから早く『強くなった』と言われたいと、強く訴えている。

 それを見た瞬間、カレンは口から出かけたことをまた飲み込んでいた。

「そうねシュウ…、そうね。破滅の呪文を唱えてお義父さまを超えたら、お義父さまは今度こそシュウのこと『強くなった』って褒めてくれるわね…、認めてくれるわね。……でも」と、カレンは壁のカレンダーに顔を向けた。「タマ和尚さまのところへ行くって、いつ?」

 はっとしたシュウ。
 今すぐ訊きに行く勢いでバスルームから飛び出してきたが、よく考えればそういうわけには行かなかった。

「う、うーん…、親父にも、母さんにも知られない日。それからオレが破滅の呪文を覚えないよう願ってるだろうリンクさんやミーナ姉、レオ兄、グレルおじさん……、つまり、親父を心配して庇う大人たちに知られない日がいいんだけど」

 眉を寄せ、もう一度訊くカレン。

「それっていつかしら?」その直後、はっとして思い出した。「年末――大晦日の前日っ…!」

 去年のリュウとキラの誕生日――大晦日の前日、大人たちがこの屋敷にも個々の自宅にもいなかった。
 そのとき、シュウは毎年そうなのだと言っていた。
 毎年その日は、大人たちはリュウとキラが昔住んでいたマンションに行っているのだと行っていた。

 キラが昔、破滅の呪文を唱えた、その日だけは。

 それだ、と指を鳴らしたシュウ。
 意を決して続けた。

「オレはその日、タマ和尚のところへ行って破滅の呪文を教えてもらう!」

 そして、

「オレは親父を超える!」
 
 
 
 
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