第158話 『親父に一撃』


 文月島で行われている『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』の最終日。
 超一流ハンター級のバトル。

 それにはシュウ一同からは、シュウとリュウ、レオン、グレルが参加していた。
 レオンとグレルが初戦を突破したあとは、シュウVSリュウの番。

 戦場の中央でリュウと向かい合い、背筋にぞくっと寒気が走ったシュウ。

 刃を交える前なのに感じる。
 重々分かってはいたが、改めて確信させられる。

 目の前に悠然と剣を構えて立っている男――父親・リュウ。
 それは、

(――この世で最強の男だ)

 背筋に冷や汗が垂れる。
 10mも距離を置いているのに、その威圧感に押しつぶされそうだ。

(怯えんな!)

 シュウは自分に言い聞かせる。

(怯えんな! おまえはこれからこの男に一撃を与えるんだろうが!)

 剣の柄(つか)を両手で握って構えたシュウ。
 それを見たリンクがバトル開始の合図を出し、小走りで離れていく。

 それから数秒後。
 リュウが口を開いた。

「来い」

 深呼吸をしたシュウ。

「うおおぉぉおぉぉりゃあぁあああぁああぁぁあぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」

 雄叫びをあげると共にリュウに飛び掛った。

 初太刀は、頭頂から下に向かって振り下ろす唐竹割り。
 それは片手に剣を持っているリュウに軽々と受け止められた。

 ガキィンッ!

 と辺りに響いた金属音。
 一度後方に身を引いて態勢を正したシュウに、リュウは容赦なく切りかかり、絶え間なくそれを響かせる。

 後方に押されて行きながら、シュウの腕に強い衝撃が走る。

(すげえ力っ…! やっぱ母さん相手みたいに行かねえかっ……)

 でも、

(――見えるっ…! 親父の攻撃がっ……!!)

 押されながらも、リュウの振るう刃をしっかりと受け止めているシュウ。

 力はキラよりもリュウが圧倒的に強くても、俊敏さは人間のリュウよりもモンスターのキラの方が格段に上だった。
 今までキラ相手に修行してきたシュウには、リュウの攻撃が良く見えた。
 いかなる方向から刃が飛んできても受け止められる。

(でもやっぱり、とんでもねえ力だっ……!!)

 リュウの左下段からの右切り上げを防御したシュウ。
 耐え切れずリュウに剣を振り切られ、後方に飛ばされる。

 宙返りして地に足を着けたとき、リンクが短く笛を吹いた。

「シュウっ! 大丈夫かっ!?」

「え?」

 息を切らしながら、リンクの目線を追って自分の胴体に目を落とす。

 ハンター用に作られた頑丈な防具。
 超一流ハンター用は特に強力に作られている。

 それが右腰から左肩に掛けて切られていた。
 リュウの剣先が掠めたのだ。

 それを見た途端、

「――うっ…!」

 と顔を痛みに歪めたシュウ。
 リュウに顔を向けると、その右手に持っている剣の切っ先が鮮血を滴らせていた。

「邪魔すんな、リンク。掠めただけだ。わざわざ切れ味わりぃ剣を使ってやってんだし、どうってことねえよ」

 そう言い、リュウが血刀を地に向かって軽く振るう。
 リュウの右足近くの地面に亀裂が入ると同時に、血がその付近に飛び散った。

「おい、シュウ」とシュウに左手をかざしたリュウ。「戦闘中にぼーっと突っ立ってんじゃねーぞ」

 シュウに向かって炎魔法を放つ。

 ゴオオオオオオオオオッ!!

 と、音を立てて突進していった炎はシュウの身体を通り抜け、遠くの山に激突。
 山の半面を覆う木々が燃え上がって山火事になり、水魔法を使えるハンターたちが狼狽しながら消火に向かっていく。

 修行中に強力なモンスターの魔法をいくつも食らって耐性をつけてきたシュウだったが、リュウはやはり桁違いだった。
 このままでは墨になる。

(ちっくしょうっ…! 親父に一撃与えられずに終わって溜まるかあぁっ……!!)

 炎の中、地に剣を刺したシュウ。
 片手じゃ無理だ。

 両腕をリュウに向かってかざし、

「うおぉぉりゃあぁぁああぁぁああぁぁぁあぁぁあああぁぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁっ!!」

 と気合を入れ、水魔法を放った。
 たぶん、このあともう魔法は使えないだろう。
 それくらいの力を込めて放った。

 シュウの前面に出来た水の壁。
 それはじわりじわりと伸びて行き、炎を押し返していく。

(親父に一撃っ…! 親父にっ……!!)

 身体のあちこちが火傷していたが、シュウのそんな必死な思いが痛みを感じさせていなかった。
 炎を押し返し切ったと思ったとき、

「おい、次行くぞ」

 と聞こえてきたリュウの声。

 はっとしてシュウが地に刺していた剣を手にした、次の瞬間、

 ズガァァァァァァァァン!!

 とシュウの足元から飛び出した岩。

「――ガハァっ!!」

 先端がシュウの身体を「く」の字に折り曲げ、天に向かって突き上げていく。

 天を仰がないと姿が見えないほどまでに突き上げられたシュウの身体。
 宙を舞い、落ちてきたと思ったらまた地面から飛び出してきた岩に突き上げられる。
 その繰り返しで弄ばれていた。

 背に衝撃を食らい、腹に衝撃を食らい、肋骨を折られ、吐血するシュウ。
 そんな中でも、心の中で繰り返していた。

(親父に一撃っ…! 親父に一撃っ…! 親父に一撃っ……!!)

 一方地上では、リンクがリュウにしがみ付いて絶叫する。

「リュウっ! やめぇやっ! リュウっ!! シュウ死ぬでっ!! おい、リュウっ!!」

 遠くからカレンやリン・ランの泣き声も聞こえてくる。

「お義父さまっ!! もうやめてくださいっ!! お義父さまっ!!」

「ふにゃあぁあああぁぁああんっ!! 兄上死んじゃうのだああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあっ!!」

 だが、リュウは止めなかった。

 高く舞っているシュウの身体が、トルネードで巻き上げられ、さらに高くなっていく。

 その様子が純猫モンスターには良く見えた。
 シュウの身体のあちこちが風の刃に切り裂かれ、血が飛び散っている。

「シュウっ…!」

 とミーナが衝撃に口を手で塞ぐと同時に、レオンが声をあげた。

「リュウっ! まずいよ、リュウっ!! もうダメだよ!! リュ――」

 リュウのところへと駆けて行こうとしたレオンの腕を、キラが引いた。

「キラっ……!?」

 キラは落ち着いた様子でシュウを見つめながら言う。

「大丈夫だ、レオン、ミーナ。カレンにリン・ラン、皆も」

 戸惑いながら再びシュウを見上げた一同。

 地上から見てピンポン玉サイズになるまで高く巻き上げられたシュウの身体。
 今度はそれが地上に向かって猛スピードで落とされて行く。

「――…っ……!!」

 真っ青になり、ぎゅっと目を閉じたカレンやシュウの妹たち。

 シュウの身体が背から地に叩きつけられる。
 地をへこませるほど強く落ちたシュウの身体。
 その手から剣が離れると同時に、砂埃が舞い上がり、その胴体を稲妻が貫く。

 ズガァァァァァァァン!!

 と激しい落雷の音に、猫耳を持つ者も人間の耳を持つ者も思わず耳を塞いでしまう。
 飛んだ剣は、シュウから3mほど離れたところに突き刺さった。

 動かないシュウ。

 この場にいる者で、冷静なのはリュウとキラだけだった。

 あまりの光景にがたがたと震えたり、泣き出したりする女たちに、声を失っているレオンやグレル。
 絶叫するリンク。

「もうあかんっ!! あかんっ、リュウっ!! もう決着ついたやろっ!?」

 シュウを見つめるリュウ。

「いや……」とシュウを見ながら、短く笑った。「まだみてえだぜ」

「えっ……!?」

 リュウの顔を見たあと、シュウに顔を向けたリンク。
 シュウの指先がぴくりと動く。

「…う……」

 と声を出したあと、咳き込んで吐血したシュウ。
 満身創痍の身体を徐に起こし、四つん這いで歩きながら剣のところへと向かっていく。

「シュウっ…!?」狼狽してシュウに駆け寄るリンク。「もうあかんっ! あかんで、シュウっ!!」

「……」

 首を横に振り、剣の柄を両手で握ったシュウ。
 剣を杖代わりにして立ち上がる。

「…一撃っ…! 親父に…一撃っ……!」

「何言ってねん、シュウっ! もうあかんっ! あか――」

「親父に一撃、与えるんだっ!!」

 そう声をあげ、リンクの身体を脇に突き飛ばしたシュウ。
 剣を構え、リュウに飛び掛る。

 ガキィンッ!!

 と、再び辺りに鳴り響く金属音。
 片手で悠然として受けるリュウに、シュウは両手で必死に切りかかる。

 頭頂から振り下ろす唐竹割り。
 右上段からの袈裟斬りに、左上段からの逆袈裟斬り。
 左下段からの右切り上げに、右下段からの左切り上げ。
 真下からの切り上げに、左右からの胴斬り、中段突き。

 それらを己の身体が出せる最大限の速さで乱撃し、時たま二段斬り・三段斬り・四段斬りと繋げて技を出すシュウ。
 身体のあちこちの傷口から血が流れ出て危険な状態だったが、そんなことは目に入っていなかったし、どうでも良かった。

 今、己の視界にあるのは、目の前に立っている最強の男だけ。
 物心付いたときからずっと追いかけてきたこの男に一撃を与えることだけが、シュウの頭の中にあった。

(親父に一撃っ!)

 刃を振るう度、シュウは頭の中で繰り返す。

(親父に一撃っ! 親父に一撃っ! 親父に一撃っ!)

 激しさを増して行く金属音に、その度に散る火花。
 シュウの身体にリュウの刃が当たる度、近くで見ているリンクは顔を背けてしまいたくなる。

 だが、シュウは一歩も引かなかった。

(親父に一撃っ!!)

 刃が身体に当たろうが、吹っ飛ばされようが、シュウはリュウに斬りかかる。
 リュウはそんなシュウの必死な様子を見つめつつ、シュウの身体の状態に目を落とす。

(精神が肉体を凌駕するとはことのとだな)

 と思った。

 満身創痍だというのに、なおも俊敏に動くシュウ。
 動きは鈍るどころか、素早くなっていく。

(親父に一撃っ! 親父に一撃っ! 親父に一撃っ!)

 シュウの傷口から噴出した血が、リュウの身体を赤く染めた。

「シュウっ!」

 とリンクが叫ぶと同時に、リュウがシュウを押しやる。
 後方に飛ばされ、砂埃を立てながら踏ん張って止まったシュウ。
 その足元の地には、ぽたりぽたりと血が滲んでいく。

 一方、後方に飛び退ったリュウが、剣を構えなおして言う。

「リンク、ケリーを呼べ」

 その台詞は決着の時を意味していた。

 リンクが慌ててケリーがいるところまで駆けて行く一方、シュウも剣を構えなおした。

 激しく息を切らしているシュウ。
 その瞳はリュウを真っ直ぐに見つめていた。

「親父に一撃っ…! オレは親父に一撃っ……与えるんだっ!!」

 そう絶叫するなり、リュウへと突進して行ったシュウ。
 この最後の一太刀に、残りの力の全てを注ぎ込む。

 同時にシュウへと向かって突進したリュウの目が、一瞬丸くなった。

(――速ぇっ……!)

 中段に飛んできた刃を避けようと、腰を捻ったリュウ。
 シュウの身体に一太刀浴びせた。

 突進し合ってから、ほんの一秒後。

 遠くから思わず口を塞いで見つめる一同の目に、2つの身体は背を向き合わせる形で立っていた。

 2つの身体を包み込む砂埃。
 その中、シュウが小さく口を開く。

「…お…親父に…一撃……与え…たら……、そしたら…、そしたら親父っ…――」

 オレのこと『強くなった』って褒めてくれる…?
 そう、認めてくれる……――?

 リュウの最後の一太刀で出来た傷口から、大量の血を流したシュウ。
 気を失い、うつ伏せの形で地に倒れ込んだ。

 はっとして振り返り、リュウがこちらへと駆けて来ているケリーに向かって声をあげる。

「早くしろ!!」

「はいっ!!」

 とケリーの返事を聞きながら、リュウはシュウに駆け寄る。

 うつ伏せになっているシュウの身体を仰向けにし、その肩を抱く。
 全身を見渡してみると、ケリーの治癒魔法でなければ完治しないほどの重傷だった。

 数秒後、やって来たケリーがシュウの全身に治癒魔法を掛けた。
 シュウはまだ目を覚まさないが、全身の傷が癒えたのを確認してリュウは小さく安堵の溜め息を吐く。

「リュウっ!!」

 と、キラの声。
 ケリーの後方を走ってやって来た一同が、慌ててシュウの様子を見る。
 そして大丈夫であること確認して安堵し、リュウに続いて溜め息を吐いた。

「ところでリュウ、シュウは――」

 おまえに一撃を与えられなかったのか?

 と訊こうとして、キラはリュウの身体に目を落としてはっとし、言葉を切った。

 リュウの右腰のところ。
 防具が破壊されている。

 そしてそこから見えるリュウの皮膚には、10cmほどの一本の赤い線が出来ていた。
 
 
 
 シュウが目を覚ますと、カレンの顔が正面にあった。
 一度瞬きをしたあと、カレンの膝枕で眠っていたのだと気付く。

「シュウっ! 良かった、目を覚ま――」

「親父っ!」

 とカレンの言葉を遮り、危うくカレンに頭突きしそうになりながら身体を起こしたシュウ。
 辺りを見渡し、リュウの姿を探す。

「あっ…、親父っ……!」

 リュウは遠くでグレルと戦っていた。
 バケモノ対決なものだから、このトーナメントバトル1の凄まじさだ。

 シュウを挟んで座っていたリン・ランがシュウに抱きついて泣き声をあげる。

「ふにゃあぁああぁぁあぁぁあんっ! 良かったのだ兄上ぇぇええぇぇええぇぇえぇぇええっぇえぇぇえっ!!」

 よしよしとリン・ランの頭を撫でながら、シュウはやって来たレオンの顔を見上げた。

「ね、ねえ、レオ兄、親父は――」

「今決勝戦中だよ」

「そ、そかっ…! それで、オレは…そのっ……」

 微笑んだレオン。
 シュウが訊こうとしていることを察し、その答えを口にした。

「与えたよ、シュウ。リュウに一撃」

「――えっ?」

「リュウの防具を破壊して、見事にね」

「ほ、本当っ!?」

 とシュウが家族や仲間の顔を見回すと、皆が笑顔で頷いた。
 それを確認したシュウに、とてつもない喜びが込み上げてくる。

「そっかオレ…、オレ、親父に一撃与えたんだ…! 与えられたんだっ……!」

 と、シュウは右拳をぎゅっと握り、

「イヤッホォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォイっ!!」

 ガッツポーズでぴょーんと舞い上がった。

 超一流ハンター級の決勝戦は3時間もの時間を掛けたのち、リュウが勝利。
 バケモノ対決だったが故にどちらも相当の重傷を負っていたが、

「腹減って目が回るぞーっと」

 なんて言って腹からでかい音を出し、グレルの方が先に倒れたようだった。

 ケリーに治癒魔法を掛けてもらったあと、リュウとグレルが一同のところへと歩いて戻ってくる。

(あっ、親父が戻ってくるっ…!)

 と、指先をびしっと伸ばして直立したシュウ。
 それを見ながらカレンが笑った。

「そんなに緊張しなくたって、お義父さまはきっと褒めてくれるわよ、シュウ」

「お、おうっ…!」

 と胸を膨らませ、シュウはリュウを待つ。

(親父、オレのこと『強くなった』って…、『強くなった』って……!)

 30秒後、戻ってきたリュウ。
 びっしょりと掻いた汗をキラから渡されたタオルで拭いながら、直立しているシュウに顔を向けた。

「おう、気がついたかシュウ」

「う、うんっ…!」

「んじゃ帰るぞ」

「え」

「早くイトナミしてえ」とリュウがキラを左腕に抱っこする。「ミーナ、瞬間移動頼む」

「い、いやいやいや! ちょっと待って!」と、慌てて言うシュウ。「そ、そりゃオレも、みじゅたまぱんちゅのカレンとイトナミしたいけどさっ?」

「だから早く帰ろうぜ」

「そ、その前にっ……!」

「何だよ」

「だ、だからっ……!」

「さっさと言え」

「そ、そのぉっ……」と口ごもったあと、シュウは思い切って訊いた。「オ……オレ、強くなった!?」

「……」

 シュウの顔を無言で見つめるリュウ。
 数秒後、ミーナに顔を向けた。

「おい、早く瞬間移動し――」

「な、なあ、おい親父っ!?」とリュウの言葉を遮り、シュウはもう一度訊く。「オレ、強くなった!? なあなあなあっ!?」

「うるせーなあ」

 と眉を寄せ、再びシュウの顔を見るリュウ。

 シュウはどきどきとしながら待つ。

『強くなった』

 他の誰からでもない、最強の男――父親・リュウからのその一言を待つ。
 その口元に注目して待つ。

(早く、親父…! 早くっ……!)

 心の中、催促するシュウ。
 他の一同も皆、心の中で同じことを言っていた。

 だが、リュウの口から出た言葉は思いもよらぬ言葉だった。

「たった一撃与えたくらいで笑わせんな、バーカ」
 
 
 
 
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