第157話 トーナメントバトル 後編


 サラが隣の文月島で『全島ハンター・階級別トーナメントバトル』の二流ハンター級に参加し、優勝したのは昨日のこと。
 本日はシュウたち家族や仲間にトーナメントバトルに参加する者がいない故に、皆葉月島にいた。

 シュウ・カレンの夫婦部屋の中。
 カレンと向かい合って座り、サラが膝にシオンを抱っこしながら、これまでのトーナメントバトルの結果が書かれている紙を手にし、それを読み上げる。

「新人ハンター級は睦月ギルドのギルが優勝。重傷者などはなし」

「そう。良かったわね」

「四流ハンター級は葉月ギルドのカレンが優勝」

「ふふ」と笑い、紅茶をすするカレン。「あたくしもやれば出来るのですわ♪」

「審判を含め重傷者多数。特に葉月ギルドのユーキは瀕死だった…だって」

「ユーキ? って、雪合戦大会の優勝者さんだわ。瀕死だなんて、どうしたのかしら」

「カレンを応援しようと変装して、Aブロックの初戦に紛れ込んだが故に禁句言っちゃったもんだから、カレンのマシンガン食らったあとにバズーカで吹っ飛ばされ、何とかカレンのところに戻ったんだけど、今度はいきなりリボルバーで撃たれて慌てて逃げてるところに手榴弾食らったらしいよ」

「あら、当然の結果だったのね」

 ふん、と鼻をならしたカレン。
 続きを催促する。

「それで、三流からの結果は?」

「三流ハンター級は文月ギルドのユウタが優勝。重傷者はなし。二流ハンター級はアタシ――葉月ギルドのサラが、初戦以外を不戦勝で勝ち進み優勝…」

 と、昨日を思い出して顔を引きつらせるサラ。

「お、落ち着いてサラ」

 とカレンが苦笑すると、サラが気を取り直して続けた。

「んで、今日の一流ハンター級の優勝者はリエ」

「え、女性?」

「――がダントツだったんだけど、いきなり他の小説からやってきてハンターの資格も持ってないのに勝手に参加したもんだから失格になって、優勝者は葉月ギルドのランタン。リエがボコボコにしちゃったもんだから、重傷者多数」

「まあ、今日の一流ハンター級荒れたのね」

「四流ハンター級よりマシだと思うけどね」と言い、紅茶をすすったサラ。「明日はトーナメントバトルの最終日…。いよいよ超一流ハンター級……か」

 茜色に染まった窓の外に顔を向けて耳を済ませると、刃を交える金属音が聞こえてくる。

「…兄貴、今日は朝からずっとママ相手に修行してるね」

「ええ…、当然よ。明日はお義父さまに一撃を与えられるかもしれない機会なんですもの」

 そう言ってカレンも窓の外に顔を向ける。

「うん…、物心付いたときからずっと『親父を超えること』を目標として来て、明日はやっと親父に一撃与えられるかもしれないんだもんね……」

「ええ」

「…ねえ、カレン」

「ん?」

「兄貴、明日親父に一撃与えられるかな」

「与えられるわ、きっと。だって、努力しているもの。与えられないわけがないのですわ。シュウはお義父さまに必ず一撃を与えるわ」

 そして、

「最強のお義父さまに生まれて初めて『強くなった』って褒めて――認めてもらえるわ」
 
 
 
 翌日。
 シュウ一同は『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』の最終日にやって来ていた。

 超一流ハンター級の本日は、シュウとリュウ、レオン、グレルが参加する。
 リンクも超一流ハンターであるが、審判を務めることに。

 四流?二流ハンター級までは数が多い故に初戦を複数で行ったが、一流ハンター級と超一流ハンター級は初戦から決勝戦まで一対一で行う。

「で、初戦の組み合わせなんやけど」と、リンク。「レオンは如月島のハンターと、師匠はゲールとな。んで、リュウとシュウや。レオンは初戦の最初で、師匠はその次やからもう準備に入ってや。リュウとシュウのバトルは初戦の最後やからまだまだやし、それまでゆっくりしててや。特に」

 と、シュウの肩を叩いた。

「緊張しとるようならほぐしときや、シュウ」

「ん、大丈夫。緊張してないから」

 と言ったシュウ。

 昨日は一日中キラ相手に修行した。
 今朝も早くに起きて修行した。

 生まれて初めて、リュウへの一撃を与えるために。

 もし与えることが出来たら、とシュウは考える。

(きっと親父は、オレのこと『強くなった』って褒めてくれる。認めてくれる)

 シュウはちらりとリュウに目を向けた。

「今朝シャワー浴びたあと、ミントグリーンに白レースの付いたヒモパンに穿き替えたのか」

 なんてキラの尻に手を回してスカートの中に手を突っ込み、にやにやとしながら手触りで下着を当てているリュウに、顔を引きつらせてしまうシュウ。

「ったく、エロ親父が…」と呆れて溜め息を吐いたあと、「…ね、ねえ、今日の夜どのぱんちゅ?」

 と小声で傍らのカレンに訊いた。
 カレンの頬が恥ずかしそうに染まる。

「ピ…、ピンクの水玉よっ……」

「みじゅたまっ…!」

 と、にやにやと笑い鼻血を垂らしているシュウの顔を見上げ、カレンは小さく溜め息を吐いた。

「緊張してるんじゃないかと思って心配していたけれど…。大丈夫そうね、シュウ?」

「おう、大丈夫っ!」と言って鼻に治癒魔法をかけ、カレンの手を引いたシュウ。「もっと遠く行ってようぜ。超一流ハンターのバトルとなれば広範囲を要するから流れ弾食らっちまう」

 と、戦場から遠く離れていく。
 これから戦うレオンと審判のリンクを除き、他の一同もそれに続く。

 シュウとカレンの後方を歩きながら、リュウが傍らを歩いているキラに訊いた。

「あいつ――シュウの奴、最近どうだ」

「ああ…、目を見張るほど成長が早い。剣術も、魔力も」

 と言ったキラ。
 俯いて、リュウに聞こえぬように小さく続ける。

「闇の力も……」

 嫌な動悸がした。

(シュウは普通のブラックキャットとのハーフとは違う。私の血を引いている。だからハーフとは思えぬほど、闇の力の成長が早い。それは当然だ)

 だが、

(ここまでだとは思わなかった。闇の力の成長が早すぎる。まるで私の予想外だ。妻を娶り守るものが増えたためか、必死にリュウを超えようとするためにか……)

 キラはシュウの背を見つめた。
 今年の4月、キラの弟子になったばかりの頃よりも大きくなっている。

(シュウ…、もしおまえが今、破滅の呪文を唱えたとしよう。そしたら、おまえは間違いなく瀕死の重傷を負うだろう。そしてもしかしたら…、もしかしたらだが、リュウを超えられるかもしれないな……)

 キラの視線を感じてか、シュウが振り返る。
 何かと首をかしげているシュウの顔を見ながら、キラは心の中で続けた。

(まあ、そんな話はどうでも良いことだ。私はおまえに破滅の呪文を教えぬのだからな……何が何でも)

 キラの鋭い視線に、シュウが苦笑した。

「か、母さん? ど、どうかしたのか?」

「なんでもないぞ、シュウ」

 と笑ったキラ。
 小走りでシュウに駆け寄り、傍らに並んだ。
 そして言う。

「シュウ、母上の言葉を覚えているか?」

「え?」

「おまえは剣術と、リュウから受け継いだ火・水・地・風・光の力で強くなれ」

「ああ、その話――」

「いいな、シュウ。いいな」

 そう念を押して言うキラに、シュウは承諾の返事ができなかった。
 約束できなかった。

 黙りこくっているシュウの顔を見上げ、キラの黄金の瞳が困惑したように揺れ動く。

「シュウ…?」

「大丈夫」と、シュウは笑った。「オレ、母さんから破滅の呪文を聞き出そうとしたりしないから」

 それを聞き、安堵したように笑ったキラ。
 リュウに呼ばれ、リュウのところへと駆けて行く。

 一方そのとき、シュウの頭にはキラではない純粋なブラックキャットの顔が浮んでいた。
 破滅の呪文を当然知っているだろう、タマの顔が。

(オレが破滅の呪文を必要としたときは、あの人のところに行くしかない…よな)
 
 
 
 レオンが何の苦も無くサラの黄色い声を聞きながら初戦を突破したあとは、グレルとゲールの番。
 遠く離れているところからでも分かる。

 ゲールが快楽に悶えている姿が。

「んじゃゲール、次いくぞーっと! そーれいっ♪」

「がはぁっ! …ハァ、ハァ、ハァ…! …な、なんと素晴らしい旋風脚だ…! …首がもげそうだっ…! …ふ、ふふふ…」

「続いてバックドロップだぞーっと! とーりゃあっ♪」

「がはあぁっ!! …この、地にめり込んだ後頭部と肩に走るカ・イ・カ・ンっ…! …イイっ…! …イイィィィィィィっ…! …あぁあぁあぁ、逝かせてくれグレルゥゥゥゥウゥゥウウゥゥウゥゥウゥ……!!」

「分かったぞーっと♪ んじゃ、トドメの――」

 ピピピピピーーーっと笛を吹き、慌てて割り込む審判のリンク。

「ストップストップ! 師匠、これ以上はあかんっ! 死亡者出るわあぁあああぁああぁぁあぁぁああぁあっ!!」

 というわけで、グレルも初戦突破。

 刻々と迫ってくるシュウとリュウのバトル。
 出番までにはまだ少し早かったが、シュウは剣を振るって準備運動をしていた。

 素振りに合わせ、心の中で繰り返す。

(親父に一撃っ! 親父に一撃っ! 親父に一撃っ! 親父に一撃ぃっ!)

 そして、

(親父に『強くなった』って認めてもらうんだっ!!)

 キラが寄って来てシュウの手に、己の手を置く。

「こら、シュウ。準備運動からそんなに頑張っていてはバテるぞ?」

「お、おうっ…!」

 と素振りを止めて剣を鞘に収めたシュウ。
 キラが続ける。

「何、案ずるな。いつも通りにやれば、一撃くらいはリュウに与えられよう。おまえは私の剣を見切るようになったのだから」

「おうっ!」

 と気合を入れたシュウ。
 やがて出番がやってきて、リュウと共に戦場へと歩いていく。

 少し離れたところを歩いているリュウ。
 その横顔をちらりと見たあと、シュウは前を向いて口を開いた。

「なあ、親父」

「何だ」

「オレが親父に一撃を与えたら――」

 オレのこと『強くなった』って褒めてくれる?
 認めてくれる?

 とシュウが訊く前に、リュウがシュウの言葉を遮った。

「与えてから言え」

「…そ、そうだな」

 と頷き、シュウは戦場に辿り着いた。
 そこで待っていたリンクがシュウの顔を覗き込むように見て訊く。

「シュウ? 大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

 と言ったシュウ。
 リュウと10mほど距離を置いて向かい合って立ち、目を閉じて深呼吸をする。

(大丈夫。いける…! オレは親父に一撃を与えられる……!)

 リュウが徐に抜刀した音が、シュウの耳に微かに聞こえた。

(そして親父に『強くなった』って褒めてもらえるはず…! 認めてもらえるはずだ……!!)

 腰の剣に手を持って行き、抜刀すると共に、シュウは目を開いた。
 そしてその黒々とした瞳に、前方で悠然と片手に剣を構えている男――父親・リュウの姿が目に入る。

 その瞬間、シュウの背筋にぞくっと寒気が走った――。
 
 
 
 
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