第154話 次女、出産


 9月半ばの、とある昼下がり。
 シュウとリュウ、レオン、グレルは仕事。
 屋敷の中にはカレンとキラ、シュウの弟妹、ミーナとリーナ、それからミヅキが居た。

 リビングに集まり、カレンが黄色い声をあげてはしゃいでいる。

「きゃああぁああぁぁあぁぁあっ!! かぁぁぁぁぁぁわいぃぃぃぃぃぃぃぃぃのですわあああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあっ!!」

 何が可愛いって、ミヅキ作・レナ人形が。
 本物のレナをそのまんま小さくしたようなそれは、毎月オークションで売っているシュウ人形よりも力作だと、ミヅキは言う。

「だからシュウドールよりも完成までに時間掛かっちゃったんだけど」

「ほおぉ」と、キラが声を高くし、レナ人形を手に取った。「本当にレナそっくりだぞ。そのまんまだぞ」

「ぼくの持っているドールの中で、一番大切な子です」

「そうか」

 と笑ったキラ。
 レナに顔を向けた。

「良かったな、レナ?」

「う、うんっ…!」

 とレナがはにかんだ。

「おまえの将来の夢は、ミヅキと結婚することか?」

「えっ?」と赤面したレナ。「…う…うんっ……!」

 と頷いた。
 ミヅキが微笑んで続ける。

「それから、いつかぼくが自分のドールショップを持ったら、そこで一緒に働くことなんだよね? レナ?」

「えへへ」と笑ったレナ。「うんっ…!」

 とまた頷いた。

「ええなあ、レナちゃん。もうそんなことミヅキくんと約束してるんや」と、リーナ。「ま、うちもジュリちゃんと結婚するけどな!」

「うむ!」と頷いたのはミーナだ。「おかんがキラと暮らせるように、頼んだぞリーナっ!」

「任せぇや、おかん! うちがジュリちゃんと結婚して、絶対この屋敷に住まわせてやるからな!」

「おおーっ!」とキラが声をあげた。「ミーナと一緒に暮らせるなんて、楽しみだぞーっ♪」

「楽しみだぞーっ♪」

 とはしゃぐキラとミーナ。
 その傍ら、ユナが溜め息を吐いた。

「はあーあ、いいなあ。あたしの将来の夢は『パパよりかっこいい人と結婚すること』なのに、そういう人全然いないんだもん」

「それはそうよ、ユナ♪」と、ミラ。「だって、パパはこの世一かっこいい男性なんですものっ♪」

「じゃー、夢叶えられないね、あたし」

「残念ねえ、ユナ。私は『パパと結婚すること』が夢だから叶えられるけ――」

「や、無理だからお姉ちゃん」

 と、ミラの言葉を遮ったのはサラだ。
 腹を擦りながら続ける。

「レオ兄と結婚したアタシの次の夢は、『レオ兄似の可愛い男の子産むこと』かなあ」

「はいはいはい!」とリン・ランが手をあげた。「わたしたちの夢は、『兄上と不倫すること』ですなのだ♪」

「リンちゃん、ランちゃん?」

 とにっこりと笑うカレンに、リン・ランは顔を引きつらせる。

「ご、ごめんなさいです…なのだっ…。じゃ、じゃあ、魔法学校出たら兄上と同じ『ハンターになること』にしますなのだっ……!」

「あら、素敵な夢ね♪」

「は…ははは……(カレンちゃん怖いのだ…)」

 マナが口を開く。

「あたしの夢は『グレルおじさんと結婚』…」

「ねえ、正気?」

 と、声をそろえたジュリ以外の一同。
 正気であることは分かっているのだが、何度聞いても信じられなくて。

 マナが頷いて続ける。

「それから、『(怪しい)薬屋さんになること』…。魔法学校出たあと、魔法薬の薬科大を出て、パパにお店建ててもらう…」

「そうね、マナちゃんの魔法薬はすごいものね!」

 と声を高くしたカレン。

「あたくしの夢は」と続いた。「そうね…、シュウと結婚できて、そしてこのお家で皆さまと一緒に暮らせて、本当にもう今だけでも充分に幸せなのだけれど。あたくしもいつかは、シュウの子供を産みたいかしら」

 サラが笑って言う。

「アタシ、カレン似の可愛い女の子がいーな」

「わ、わたしたちは」とリン・ランが手をあげて続く。「兄上似の男の子が良いぞ、カレンちゃんっ…!」

 ふふ、と笑ったカレン。

「そうね…、あたくしは男の子でも女の子でも、見た目はシュウ似でもあたくし似でも構わないから、健康で元気な子が産まれて来てほしいわ。そして、そうね…、シュウのように心優しい子に育てたいかしら」

 そう言ったあと、ジュリに顔を向けた。
 床にぺたんと座り、玩具で遊んでいるジュリに訊く。

「ねえ、ジュリちゃんの将来の夢は何かしら?」

 カレンに続いて一同が注目する中、ジュリが笑顔で答える。

「ちちうえのように、つよくなることです」

「うーん…」

 可愛くない……。

 と頭を悩ませてしまう一同。
 カレンがもう一度訊く。

「そ、それがダメだったら、将来の夢は何かしら?」

「ダメだったら…?」

 と首をかしげたジュリ。
 数秒後、再び笑顔で答えた。

「カブトムシ」

「……」

 ごめん、無理。

 と、苦笑した一同。
 サラが立ち上がりながら言う。

「そろそろ不可抗力って言葉でも教えようかね」

「サラ? どこへ行くの?」

 カレンが訊いた。

「トイレ」

「また? ずいぶんと頻繁に行くのねえ」

「どうも昨日の夜から腹痛とゲリピーが続いててさあ」

「そう…」

 とサラの背を見送ったカレン。
 数秒後、はっとして立ち上がった。

「――って、サラ!? ねえ、サラ!?」

 とサラを追ってトイレの方へと慌てて駆けて行くカレンに、首をかしげた一同。

「サラ、それたぶん陣痛よっ!」

 というカレンの言葉を聞いて仰天した。
 キラが張り切ったように立ち上がる。

「おおおっ! ついに孫が産まれるぞっ! ミーナ、瞬間移動でサラを葉月病院へっ!」
 
 
 
 そして葉月病院へとやって来た一同。
 キラのシュウ出産のときと同様に、もう産まれる直前でサラはすぐ分娩室へと運ばれた。
 立ち会いは連絡を受けてすぐにやってきたレオンと、それからカレン。

 助産師もキラのときと同様、葉月病院の院長――カレンの祖父。

「お祖父さま、頼みましたわよ!」

「任せなさい、カレン」

 と余裕の笑みを見せたカレンの祖父。
 サラから1m離れた。

「?」

 カレンとサラ、レオンが眉を寄せる中、「もう少しかな…」と呟いてさらに1m離れるカレンの祖父。

「あの…」と、レオンが訊く。「院長、何をして……?」

「サ…、サラさんは、キラさんのお子さんだからね」

 カレンの祖父はキラの助産をするとき、キラから3m離れる。
 キラが腹の中から子供を吹っ飛ばすものだから。

「ちょ、ちょっとお祖父さま!?」カレンが眉を吊り上げた。「サラはお義母さまとは違うのよ!? それにサラは初産なんだから、真面目に助産してちょうだい!」

「わ、私は真面目だよカレン…」

「ねえ、院長…」とサラが苦笑した。「アタシをママと一緒にしないで。大丈夫だからさ……」

「そ、そうかい。悪かったね」

 と、サラのところへと戻ってきた院長。
 サラのお産が始まった。

 カレンはサラの顔の汗をハンカチで拭き、レオンはサラの手を握り。
 懸命になってサラに励ましの言葉を送る。

「がんばって、サラ! がんばって!」

 そして院長が言う。

「サラさん、いきんでください! 一か月分の大便を出す感じで!」

「了解っ! 一か月分のウン○ね!」と承諾したサラ。「出て来い出て来い、レオ兄似の男の子おおおおおおおおおおおっ!!」

 力一杯いきんだ。
 その瞬間やっぱり、

 スポォォォォォォンっ!!

 と飛び出した子は、ヘソの緒をぶっ千切り、

 ドガァっ!!

 とカレンの祖父の腹に突っ込んでそのまま2m吹っ飛ばした。

「あれぇ?」

 と裏返ったサラの声を聞きながら、踏ん張るカレンの祖父。
 飛ばされた身体は、壁に当たるぎりぎり寸前で停止。

「……………」

「ごっめーん、院長。お産って難しいねー」

 とサラが笑う一方。

「にゃあああああっ! にゃああああああっ!」

 と、響いた赤ん坊の泣き声。
 分娩室の外で待っていた者たちが、一斉に立ち上がった。

「おおっ! 産まれたぞ! 私、バーバになったぞ!」

「私たちはオバサンに…」

 とミラが複雑な気持ちで苦笑したとき、慌ただしく駆けて来るシュウとリュウの姿が目に入った。

「あ、パパ、お兄ちゃん!」

 今産まれた!

 とミラが言おうとしたとき、分娩室の中から聞こえてきたサラの絶叫。

「ぎっ、ぎゃああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁあっ!!」

 続いてカレンも。

「きゃああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁぁあぁぁあっ!! ど、どどど、どうしてですのおぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉおぉぉおおぉぉおおっ!?」

 一体何事か。

 リュウが慌てて分娩室に駆け込む。

「サラっ!? どうした!? おい、サラ!?」

 続いて分娩室の中に駆け込む一同。
 シュウが狼狽して訊く。

「お、おい、サラ!? どうしたんだよ!? な、なあ、レオ兄っ!?」

 呆然とした様子で立っているレオン。

「…な…なんで……?」

 と青い顔でリュウの顔を見たと思った途端、サラの絶叫が再び響き渡った。

「あっ、青い髪の親父が出て来たあぁぁああぁぁあああぁあああぁあぁぁあああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあっ!!」

 ――!!?
 
 
 
 猫モンスター同士の子供は生まれて3日で立ち。
 人間と猫モンスターの間に生まれた子――ハーフは1ヶ月で立つ。

 先日、サラ――ハーフと、レオン――純猫モンスターの間に生まれた長男。
 シオンと名づけられたその子は、あっという間に大きくなっていった。

 青い髪は父親譲りだが、顔は祖父――リュウ譲り。
 伯父――シュウもリュウとそっくりではあるが、生まれた瞬間から只者ではないオーラを放っている様は、間違いなくリュウ譲りだった。
 猫耳や尾っぽなどはなし。

 そして生まれてから2週間。
 ミーナの誕生日パーティー中のこと。

 シオン、立ち上がる。

「うわ……」

 リビングの中、立っている我が子を目の前に顔を引きつらせるサラ。
 結構な衝撃だった。

「た、たった2週間で立ち上がるなんて……」

「え、ええ、す、すごいのですわっ…!」と、シオンから思わず引いてしまうカレン。「さ、さすがお義父さま似……!」

「あぁ? 俺似じゃなくても立つっつーの」

 と、言いながら、リュウがシオンを抱っこする。
 祖父が孫を抱っこしているのだが、まるで父親が子供を抱っこしているようにしか見えない。

「なあ、シオン?」

 と言ったリュウの顔を見つめるシオン。
 口を開いた。

「じじー」

「……」引きつったリュウの顔。「シオンてーめえ、絞め殺されてぇのか……!?」

「やっ、やめてよリュウっ!」

 と、レオンが慌ててリュウの腕からシオンを奪い取る。

「フン、可愛くねえ!」

「見た目から中身まで自分そっくりなだけでしょ」

「まったくだぜ。ああ、可愛くねえ!」

「あんまりそういうこと言わないでよ。僕にとっちゃ、すごく可愛いんだから」

 そう言い、幸せそうに微笑んでシオンをあやすレオン。
 それを見つめて微笑むサラも幸せそうだ。

 2匹の顔を交互に見たあと、続いて微笑んだシュウ。

(幸せそうだな…、サラとレオ兄……)

 そんなことを思いながら、レオンからシオンを貸してもらい、小さなその子を腕に抱っこする。

「おー、よしよし。たしかに親父似だけど小さいからやっぱり、かわ――」

「おっさん」

「――いく、ねーなオイ……!?」

 と、リュウに続いて顔を引きつらせたシュウだったが。
 シオンの頬を突いた際に指をその小さな手に握られ、小さな感動に包まれると同時に前言撤回。

「か、可愛い…!」

「ええ、そうね」と同意したカレンが、シュウの腕からシオンを受け取って抱っこする。「とてもかわ――」

「ひんにゅー」

「――いく、ないのですわあぁぁ……!?」

 と、シュウに続いてカレンも顔を引きつらせた。
 サラが溜め息を吐いて、シオンを受け取る。

「まぁーったく、シオン。あんた、本当おじーちゃんそっくりだね」

「まぁま」

「いーけどさ、ママは」

「めし」

「はいはい、ご飯ね」

 と、シオンの食事を用意しようとキッチンへと向かって行くサラ。
 手伝おうと、カレンも着いて行く。

 それを見送ったあと、シュウはリュウに顔を向けた。

「なあ、親父。来月カレンとサラも参加させんの?」

 何の話かというと、来月に行われるギルドイベント『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』のことである。
 場所はここ葉月島に隣接する島――文月島。
 賞金等はなく、参加は自由だ。

「賞金がねえのに集まるのは己の力に誇りと自信を持った奴らばかりだろうから、あまり参加させたくねーんだが…。参加するって言ってるな」

「普通に強いサラはともかく、カレンもっ?」

「ああ」

 シュウの瞳が動揺して揺れ動く。

「だ…大丈夫なのかよっ? ど、どの階級に参加っ? 新米ハンター級…は、ハンター歴1年未満までだから違うよな」

「ああ。だからカレンは四流ハンター級。サラは三流に参加…と言いたいところだが、相手にならなすぎる。だからサラは二流ハンター級に参加だな」

「17の少女にしてすでに二流ハンター級とは…。すげーな、サラのやつ……」

「んで」と、シュウの顔を見たリュウ。「俺とおまえは超一流ハンター級に参加…だな」

「おうよっ!」

 とシュウの気合充分な返事を確認し、

(そうだ、その意気だ。そして…)

 心の中で笑った。

(この俺に、一撃与えてみろ)

 シュウがはっとしたように言う。

「おっと! だけどその前に!」

「あ? 何かあんのか?」

「オレのハニーの17歳の誕生日っ♪」
 
 
 
 
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