第152話 今年も無人島へ 前編


 修行最終日。
 去年と同様、朝からやって来て、シュウの修行の様子を見に来たリュウ。
 キラとの剣術の修行がやってきたとき、あえて白い霧のないところでやらせた。
 その成果を見るために。

   修行前はキラの攻撃を目で見てから防御するが故に、間に合わずよく怪我をしていたシュウだが。
 キラの攻撃を反射的に避けるようになっていた。

(まあ、そうなるわな)

 とリュウは思う。

(この天然バカキラ相手じゃ、そうでもならねーといつ命落とすか分かんねーし)

 つまり、生きようとするシュウの自己防衛本能が必死に働くようになったということだった。

 それに、修行中は木刀だったが今回は真剣。
 ますます過敏に反応してしまうことだろう。
 本気で命の危機を感じているのか、少しシュウの顔が蒼白している。

(それにしても…)

 と、リュウは心の中で微笑んだ。

(本当、ガキの成長は早いもんだぜ)

 シュウが剣を振るい、キラが避ける。
 シュウの剣圧――シュウが振るった際に起きた風は刃のように飛んで行き、十数メートルに渡って山の木々を倒していく。

 おまけに、修行前はどんなに精一杯力を込めてもキラに届くことなく、掻き消されてしまっていた魔法が、今はキラの身体を包み込んでいる。

 それは大幅に魔力が増加したことを意味していた。

 とはいえ、キラは無傷だが。
 それは仕方ないと、リュウは思う。

(この俺だって、魔法じゃキラに切り傷一本しか食らわせられねーんだから)

 おまけに、モンスターというものは普段戦わなくたって年を取るたびに力が増す。
 キラに魔力が敵う者がいるとすれば、亡くなったキラの父親――ポチだけだろう。

(だが、物理攻撃となれば違う。キラは物理的な力では俺や師匠に及ばない。義父上だったら話は違うが、キラは女だからな。よって、俺の血を引いているシュウは――)

 リュウの目の前、刃と刃を交差させ、鍔迫り合いになるシュウとキラ。
 修行前はやはりシュウが押されていた。

 だが、十秒後。
 キラの足がじわりじわりと後方に押されて行き、地に爪痕がついて行く。

 両手で剣の柄(つか)をしっかりと握ったシュウ。

「ぬぅぅ…おぉぉおぉぉぉおりゃあぁぁあぁぁああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあっ!!」

 雄叫びを上げると共に、力いっぱい剣を振り切った。
 その際に、キラの頬に出来た切り傷。

「ふにゃっ!」

 とキラが後方に飛び退り、頬の血を手の甲で拭う。

(――うわ、ヤベっ!)

 顔面蒼白したシュウ。
 恐る恐るリュウに顔を向けた途端、

 ゴスッ!!

 と頭に拳骨を食らい、大地に熱い接吻をかました。

「うぐうぅっ…!」

  「この、バカが!!」

 とシュウに怒鳴り、キラを抱っこするリュウ。
 その切れた頬に治癒魔法を掛けてやりながら、シュウに言う。

「おまえの力は分かった。さっさと荷物まとめろ。帰るぞ」

  「う、うんっ…」

 と承諾し、頭と顔に治癒魔法を掛けてからテントのある方へと向かっていくシュウ。
 途中、リュウに振り返った。

「な…、なあ、親父っ……?」

「あ?」

「その…さ…、オレ……」

 強くなった?

 と心の中で訊いたシュウ。
 リュウの返答が怖くて、口に出して訊けなかった。

「な…、なんでもない……」

 と、再び背を向けたシュウに、キラが言う。

「10日前より大分強くなったぞ、シュウ」

「えっ?」と、シュウが再び振り返る。「ほ、本当っ?」

「うむ。何よりも」

 と、キラが笑った。
 シュウから顔を背けているリュウの顔見ながら続ける。

「リュウのにやけた顔がそれを物語ってるぞ」

「うるせーよ」

 と、リュウにデコピンされ、

「にゃっ」

 と声をあげたキラ。
 額を擦りながらシュウに笑顔を向けた。

「良かったな、シュウ?」

「う、うんっ…!」と笑顔になったシュウ。「イヤッホォォォォォォォォォイっ!!」

 スキップしながらテントの方へと駆けて行った。
 シュウの姿が見えなくなったあと、リュウが小さく溜め息を吐いた。

「どーもあいつって自信がねえよなあ。修行の成果なんて、一目瞭然じゃねーか」

「おまえが自信家すぎるのだ…」キラ、苦笑。「というか、おまえが褒めてやらぬからだぞ、リュウ?」

「ふん、まだ褒めるに値しねーよ」

「にやけてたクセに」

「うるせ」と再びキラにデコピンしたあと、リュウが続ける。「あいつ、剣術、魔力の他に防御力や敏捷さも大幅に成長したな」

「うむ。海面走るのも余裕だと思うぞ」

「あいつはとうの昔に海面走れんだよ。キラの敏捷性継いでんだから。あいつ自身自信がねえもんだから、走れねえと思ってるかもしれねーが」

「うむ。睦月島ギルドのCMの際、必死になったが故に走っていたのが何よりの証拠だな」

「ああ」

 と頷いたリュウ。
 数秒後、ぱちぱちと瞬きをしながら訊いた。

「あれ、今年はいつ無人島に行くんだっけ?」

「明日だぞ」
 
 
 
 翌日。
 ミーナの瞬間移動で無人島へと遊びに来たシュウ一同。
 今年はリンク40歳の誕生日パーティーも兼ねて来た。

(そういえば、今年はまだ来てなかったな)

 砂浜の上、その場でぐるりと回って辺りを見回すシュウ。
 シュウが生まれる前にリュウが買ったらしいこの島へは、毎年遊びに来る。
 海が美しく、ときどきイルカが姿を見せたりもする。

(いや、うん、去年はサメが現れてオレ食われかけたんだけどね)

 と苦笑しているシュウの後頭部に、リュウのチョップが入った。

「いって! な、何だよ、親父っ…!」

「早く服脱いで海パンになれ」

 と、リュウ。
 シュウが皆を見てみると、妊婦のサラを除いて水着姿になっていた。

 続いてシュウも脱ぐと、リュウが続けた。

「今年はおまえも勝負すんぞ」

「は? なんの?」

「毎年俺と師匠が勝負してるやつ」

「そ、それって…」シュウの顔が引きつる。「『かけっこ勝負IN海面上』のことすかね……!?」

 つまり運動会の徒競走を海の上でやるようなものだ。
 足の速くなる魔法を掛けるとはいえ、バケモノにしか出来ない勝負である。

「おう。おまえ、もう走れるだろ? 睦月島ギルドのCMに出たとき走ってたし」

「あ、あれはちょっと夢中になってて…」

「走ろうと思えば走れるってことだ。俺も師匠もおまえの足の速くなる魔法で勝負してやっからよ」

「みんなオレの? 親父の魔法かけられちゃ不利すぎるが、それならマシか…」と勝負を引き受けることにしたシュウ。「な、何か賭けたりすんの?」

 と恐る恐る訊いてみた。

「そうだな…、今年は勝った奴にそれぞれ500万ゴールド出すか」

「って、たけええええええええええっ!!」

「おまえだってもう超一流ハンターなんだからそれくらい余裕だろ」

「は、払えることは払えるけどっ…! も、もうちょっと安くしてくんねえっ?」

「あぁ? 最初から負ける気満々だな、おめーは」

「だ、だってこんな――」

 バケモノ相手じゃ無理。

 と言おうとしたシュウの言葉を、リュウの溜め息が遮る。

「何でそう、おまえには自信が足りねーんだ。そんなんで2ヶ月後、この俺に挑む気か?」

 2ヵ月後――10月には、ギルドイベントで『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』が待っている。
 シュウは超一流ハンター級クラスに参加し、リュウと戦うことに。

 超一流ハンター級では、間違いなくリュウかグレルが優勝。
 日々ハンターとして働いている分、リュウの方が優勝する可能性が高いが。

 シュウにとって、そんなことはどうでも良かった。
 そこでリュウと戦って、そしてリュウに一撃を与えるのが目標だ。

(どうしてオレって、すぐこう自信を無くしちまうんだろう。いやまあ、こんな親父を見て育ったから仕方ないよ、なんてマジすーげーフォローがほしいが…。自信を持て、オレ。自信をっ……!!)

 と、気合を入れたシュウ。

(トーナメントでは親父に一撃をっ! そして今は『かけっこ勝負IN海面上』でバケモノ2匹を負かしてやるっ!!)

 リンクがどこからともなく出してきた赤いハチマキを、しかと頭に結んだ。

「お? ヤル気じゃねーか」

 と短く笑ったリュウ。
 リンクから白いハチマキを受け取り、頭に結ぶ。

 リュウの額の部分に来るところには、『キラ命』と文字が。

 それを見たシュウ。

「うわ、何それ」

 と言って己の頭からハチマキを外し、マジックで『カレン命』と書き、頬を染めながら再び頭に結んだ。

「パクリかよ」

「いーの」

 ぐふふ、と笑ったシュウ。
 にこにことしながらカレンに顔を向けた。

「見て見てカーレンっ♪ どう?」

「ど、どうって…(何か意味あるのかしら、それ…)」カレン、苦笑。「……頑張ってね、ダーリン?」

「おうっ!」

 と張り切るシュウの傍ら、グレルも頭にハチマキを結ぶ。
 そこに書かれている文字、『マナ命』。

 リュウの顔が引きつる。

「ちょ、師匠…!? 何であんたマナの名前書いてんすかね……!?」

「何でって、マナは将来オレの嫁さんだからだぞーと♪」

「まだそんなこと言って――」

「ま、まあまあまあっ! いーじゃねーかよ親父っ!」

 とシュウは慌てて口を挟んだ。
 リュウにマナとグレルのことを知られるのが恐ろしい。

「良くねえ!」

 とリュウがグレルと口論になっていると、響いてきたマナの声。

「ねえ、まだ…?」

 声のした方に振り返るシュウとリュウ、グレル。
 すると、海の上にマナがぷかぷかと浮いていた。
 普通のものよりも最高速度が速く作られているハンター用水上バイクに乗り、ハンド型メガホンを手に握っている。

 操縦者はリンクのようだ。
 リンクがマナの手からメガホンを取り、浜にいるシュウたちに向かって言う。

「これなら本気出るやろー? コースはおれたちが案内してやるから心配すんなやー」

「は…?」

 と首をかしげたシュウだったが、すぐにどういうことが気付いた。

 いつの間にかレオンの操縦する水上バイクの後ろにカレンが、ミーナの操縦する水上バイクの後ろにはキラが乗って、浜から遠く離れて行っている。
 よく見ると、カレンとキラの手にもメガホンが。

 サラがシュウたちに駆け寄ってきて言う。

「囮取られたら通常より数倍早くなると思ってさ♪」

「ああ、たしかにな」とキラの方を見てうずうずとした様子のリュウ。「あそこで俺の可愛い黒猫が俺を誘惑してると思うと、捕まえたくて仕方ねえ」

 スタート地点として浜に引いた線のところに立った。

「オレも嫁さんの誘惑には答えなきゃだぞーっと♪」

 と続いたグレルも、スタート地点に立つ。

「んな通常の数倍も速くなるかよ…」

 と苦笑したシュウだったが、

「アナタがんばってーっ♪」

 とメガホンを通して聞こえてきたカレンの声を聞いた瞬間、リュウとグレルの間に立っていたのだった。
 
 
 
 
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