第151話 長男、修行中


 葉月島から2つ島を隔てたところにある霜月島には、去年リュウがシュウの修行用にと買った山がある。
 シュウは今年もそこで修行のため、ミーナの瞬間移動でやって来た。

 去年はサラやリン・ラン、レオンなどが付き添っていたが、今年はキラ一匹だけが付き添いだ。
 初日の今日はシュウに修行のメニューを教えるため、リュウの姿もあった。

 夜になったらキラは帰り、カレンがやって来る。
 朝になったらカレンは帰り、キラがやって来る。
 カレンがやって来ている間以外、シュウは修行の時間になりそうだった。

 去年と同様、広葉樹が葉を赤や黄に染めている。
 葉月島は真夏だが、霜月島はすっかり秋だ。
 山の中が故に、気温はまるで冬のような寒さ。

 そして去年と同様、リュウの周りにオオカミ型モンスターが寄ってきた。

「おー、おまえら久しぶりー」

 と、リュウの周りにいるモンスターたちの頭を撫でるシュウ。
 名を大きい方からギンタロー、ギンジロー、ギンサブロー、ギンシロー、ギンゴローという。
 どうやらリュウをボスと思っているらしく、リュウによく懐いている。
 彼らの役割は、きっと今年もウォーミングアップと体力作りを兼ねて険しい山道をジョギングするシュウに噛み付くことだろう。

(去年、少しでもオレのスピードが落ちようものならば噛まれたよな…)

 と思い出して苦笑してしまうシュウ。

「んじゃ、早速ジョギング行くぞシュウ。今年は去年のコースを3周な」

「――はっ!?」

 耳を疑って声を裏返し。
 走り出したリュウの背が見えなくなるまで突っ立っていたら、早速ギンタローに尻を噛まれた。

「ふぎゃあああああっ!!」

 と慌ててリュウを追い駆け走り出したシュウ。

(こ…今年も嫌でも強くなれそうだぜっ……!)

 なんて思って、複雑な気分で苦笑した。
 
 
 
 修行5日目。
 視界が悪い真っ白な霧の中での剣術の修行中、シュウの叫び声が響く。

「ふぎゃあぁあぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁあぁぁああぁぁあっ!!」

「む!? シュウっ…!?」

 野生に戻った気分でシュウの修行に付き合っていたキラは、はっとして木刀を振るうのを止めた。
 霧のないところへとシュウをずるずると引っ張っていく。

 そして目を丸くする。

「おおっ、シュウの腕が有り得ない方向に曲がってるぞーっ!」

「ちょ、母さっ……!!」

「シュウおまえすごいぞーっ! どうやって曲げたのだっ?」

「あっ、あんたに折られたんだよっ!!」

 と突っ込んだシュウ。
 腕を正しい位置に戻し、治癒魔法を掛けまくって治す。

(死ぬ…! マジ死ぬっ……!!)

 と思った。
 どの修行よりも、この真っ白な霧で視界が遮られてしまう中での剣術の修行が一番恐ろしかった。

 最強の中の最強モンスターで、しかも天然バカのキラを相手にしているから。

「シュウ、おまえは私の攻撃が見えるようになってきたようだが…。このように相手の姿が見えないところでは滅法ダメダメだな。リュウならばどんなところでも相手の攻撃が読めているぞ?」

「わ、分かってるよ。オレだって、母さんの殺気とか肌で感じて少しずつ攻撃読めてきてたとこ…」

「そうか」

 と笑い、また霧の方へと向かっていくキラ。
 シュウが呼び止めた。

「ねえ、母さん。そういやオレ、訊きたいことがあったんだけど」

 と、ふと思い出す。

「む? なんだ?」

 と、キラが振り返ると、シュウが続けた。

「オレさ、よく分からないんだよ、自分の闇の力が」

「まだ己がそれを持っているということを実感していないのか?」

「そうじゃないよ、オレが闇の力を持ってるってことはよく分かった。でもさ、その闇の力がどれ程の大きさなのかまでは分からねーんだよ」

「…そうか」と、キラが再びシュウに背を向ける。「鈍いからな、おまえは」

「う…、放っておいてくれ」

 シュウ、苦笑。
 数秒間を置き、キラが訊く。

「……己の中の闇の力がどれ程の大きさなのか知って、どうする気だ?」

「いや、ただちょっと気になって…。オレがもし今、破滅の呪文を使ったとするだろ? そしたらオレ、親父のこと超えられる?」

「無理だな」

「ああ、うん、やっぱりぃー?」

 と分かっていながらも、がっくりと肩を落としてしまうシュウ。
 そんな息子を尻目に、キラは心の中で続ける。

(だが、おまえの闇の力はハーフとは思えぬほど急速に増大している。私の血を継いでいるが故に、まるで純粋なブラックキャット並だ。加えて、ここへ修行に来てからというものの、魔力もだ。破滅の呪文を使うのならば、リュウが年々強くなっているとはいえ超えるのはそう遠くないだろう。だが……)

 急に黙り込んだキラに、シュウが首をかしげた。

「母さん…?」

「…シュウ、おまえは剣術とリュウから受け継いだ、火・水・地・風・光の力で強くなれ」

「えっ…?」シュウは困惑した。「そ、それってどういう意味?」

「まんまだ」

「や…闇の力を…、破滅の呪文を使うなってこと?」

 キラが数秒、間を置いてから答えた。

「そうだ。私はおまえに、破滅の呪文を教えぬ」

「――えっ…!?」

「…さあ、剣術の修行の続きを始めるぞ」

 そう言って再び白い霧の中へと向かおうとしたキラの腕を、シュウが慌てて引っ掴む。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ母さんっ!!」

 シュウに顔を見せようとせず、俯いているキラ。
 声を低くして言う。

「私は教えぬ。おまえは破滅の呪文など覚えなくて良いのだ」

「今は訊こうとしねえよ、今はっ…! だけどオレだっていつかは教えてもらう気でいた! 母さんだって、いつかはそういう覚悟でいたんじゃねーのかよ!?」

 首を必死に横に振るキラ。
 声をあげる。

「教えぬったら教えぬ! 絶対に教えぬ! 私は親として失格かもしれぬ! だが、絶対に教えぬ! おまえにも、ジュリにもっ……!!」

「母さんが親父のこと気遣う気持ちは分かるよ! でも――」

「私はっ…!」シュウの言葉を遮り、キラが続ける。「私はおまえたちの母親で、リュウの妻である以前に、リュウの飼っているブラックキャットだ! リュウのペットだ!」

 ブラックキャット――猫科モンスターで、最強を謳われるうちの一種。
 野生の場合は懐き辛いものの、主と認めた者を生涯忠実に愛してしまうもの。
 一部には例外もいるが(マリアなど)。

「もちろん私はおまえたち子供が大切だ! とてもとても、大切だ! かけがえのない宝物だ!」

「じゃあ――」

「だがっ…!」と、再びキラがシュウの言葉を遮った。「だがっ、だがっ…! 私にとって、主の――リュウの幸せが何よりも大切だ! それがっ…、それが私たち猫モンスターというものだ!!」

 ペットとなった猫モンスターは基本的に、飼い主が何よりも大切。
 そして主の幸せが、己の幸せだ。

 そのためならキラは命だって惜しまない。
 シュウが産まれる前、キラは己の身が消滅すると分かっていても、リュウを守るために破滅の呪文を使ったのがその証拠だ。

 キラが顔をあげ、シュウの顔を見つめる。

「私はよく、娘たちのことでリュウと揉めるな? リュウの我侭で身勝手さに、娘たちは不幸だと、私はリュウとよく喧嘩するな? 娘の幸せを考えてやれと、喧嘩するな?」

「う、うん…」

「それと同じように、私は息子のおまえを助けてやりたい…! おまえの幸せのため、おまえが困り果てたときは、助けてやりたいと思っていた…! だが…、ダメなのだ。ダメだったのだ! これだけは訳が違ったのだ! 分かるか、シュウ……!? 分かるか!?」

 キラの大きな黄金の瞳に涙が浮ぶ。
 シュウの黒々とした瞳が困惑して揺れ動く中、キラが続けた。

「おまえとジュリは闇の力を持っているのだ! 生涯私には及ばないものの、破滅の呪文を持っているのだ…! それを使ってしまったら、リュウを恐怖のどん底に陥れるのだ! また、恐ろしくて恐ろしくて仕方のないところへと、リュウを陥れてしまうのだ!」

 キラの手がシュウの胸倉を掴む。
 その華奢な手からは想像も出来ないような力に、シュウの身体が引っ張られてよろめく。

「良いか、シュウ…!? 私は、主――リュウの幸せを崩させぬ! 私はもう、リュウを恐怖のどん底に落としたりはせぬ! もう、二度とだ……!!」

 零れ落ちたキラの涙。
 鋭くシュウを見つめるその黄金の瞳は訴えている。

 主――リュウの幸せを阻もうとするならば、たとえこの息子であるシュウでも許さぬと。

 キラの頬を伝う涙を見ながら、シュウは小さく溜め息を吐いた。

「分かったよ…母さん、分かった…。オレ、破滅の呪文もう訊かねえから……」

 そう言ったシュウの顔を数秒の間見つめたあと、キラが頷いた。

「…すまぬ、シュウ。こんな母親で……」

 そう小さく呟き、シュウから手を離したキラ。
 白い霧の中へと入って行った。

 その細い背を見つめながら、シュウは心の中で続ける。

(もう訊かねえから、母さん…。訊かねえから……)

 シュウは誓う。

(母さん…、あんたからは……。あんたからは訊かないよ、母さん)

 シュウの頭の中に、タマの顔が思い浮かぶ。
 純粋なブラックキャットであるタマの顔が。
 破滅の呪文をもちろん知っているであろう、タマの姿が。

(でも…、母さん。オレ、絶対に破滅の呪文覚えたいんだ……)

 それがあれば、目標である『親父を超えること』を近いうちに叶えられる気がして。
 同時に、

(親父が初めてオレのこと『強くなった』って、絶対に褒めてくれるから)

 リュウがいつ褒めてくれるのか、シュウはときどき考えていた。

 超一流ハンターになったときは褒めてくれなかった。
 期待していたのに。

 今年の秋のギルドイベントで、もし一撃を与えられたときはどうなのだろう。

(もしかして、褒めてくれるのかも。でも…)

 もし褒めてくれなかったら?

 シュウは考える。

(そのとき褒めてくれなかったら、親父はオレが親父を超えたときしか褒めてくれねえってことだ…。そしたら、オレは……)

 キラの声が、白い霧の中から聞こえてくる。

「シュウ、早く来い。リュウに一撃を与えたいのだろう?」

「うん、今行く」

 と返事をして、シュウはキラに続いて白い霧の中へと入って行き、修行を再開した。

(とりあえずオレは、ここで鍛えて鍛えて鍛えまくって、今の力だけで親父に一撃を与えてみせる――!)
 
 
 
(あっ、でも夜はイトナミタイムね)

 大自然の中、不自然に置かれた猫足バスタブで入浴を終えたシュウを、テントの中からカレンが呼ぶ。

「ヘイ、カモォォォォンっ…♪」

「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

 と素っ裸でカレンに飛び掛ったシュウ。

 ドガァっ!

 とテントに蹴りを入れてしまい、

「ぎゃああぁぁあぁぁあっ!! テント壊れたあぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁあっ!!」

 イトナミどころじゃなかった。
 
 
 
 
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