第150話 長男、今年も修行へ
――8月。
仕事から帰ってきたあと晩ご飯を食べて裏庭でキラ相手に修行をし、リビングのソファーで食休みをしているうちに眠ってしまったシュウ。
その頭にそっと手を乗せたリュウが呟く。
「使うなよ、シュウ…。キラから受け継いだ力を…、破滅の呪文を使うなよ……」
手が小刻みに震えるリュウ。
寝息を立てている息子の寝顔を見ながら続ける。
「おまえは剣術と、俺から受け継いだ力で強くなれ……」
「…うー…ん……?」
半分目を覚ましたのか、己の頭の方へと手を持っていったシュウ。
目を閉じたままにやけたと思ったら、リュウの手を掴んだ。
「カレンーっ…?」
「はぁ?」
とリュウが眉を寄せた途端、
「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」
とリュウの手に己の頬を高速ですりすりさせたシュウ。
「…っ……!?」
リュウの顔が引きつる中、
「ちと待ってー、シャワー浴びるからぁ」
と、さらにリュウの手にキス。
次の瞬間、
「…っ……!!?」
全身にトリハダが立ったリュウのブッチャーを顔面に食らう。
ビシィっ!!
「――ふぎゃあっ!!」
「カレンじゃねえ! 俺だ、俺!」
「えぇ? 親父ぃっ?」と、顔に治癒魔法を掛けながら瞼を開いたシュウ。「道理でなんかゴツイ手だと思っ――」
「気持ちわりぃことしてんじゃねえ! このバカが!!」
ドカッ!!
と今度はリュウのカカト落としを腹に食らい、頭と足を大きく跳ね上がらせる。
「――ガハァっ!!」
「さっさと起きて書斎に来い!!」
ゴスっ!!
と、おまけにシュウに拳骨を食らわせたリュウ。
リビングから出て書斎へと向かっていく。
一方のシュウは、腹と頭に治癒魔法を必死に掛けまくる。
「ちょ、マジ、一瞬本気で死ぬかと思っ……!!」
腹と頭の痛みが無くなったあと、シュウは疲れた身体を伸ばしてから立ち上がった。
リュウの待つ書斎へと向かっていく。
(仕事の話かな。明日の仕事、まだ言われてねーし)
と思いながら書斎に入ったシュウだったが、そうではなかった。
回転椅子に座っているリュウと向き合い、立って話を聞きながらはっとした。
(ああ、そうだった! オレこの時期は…)
この時期、シュウに待っているのは去年と同様、葉月島から島を2つ隔てたところにある霜月島にある山での修行。
期間も去年と同様に10日間のようだ。
「いいか、シュウ。今年は現在おまえの師であるキラが付き添うからな」
といっても、キラは朝にミーナの瞬間移動でやってきて、夜になったらまた葉月島に帰っていくらしい。
そうじゃないとイトナミ出来ない&眠れないというリュウの都合で。
一通りリュウの話を聞き終わったあと、シュウが声をあげた。
「カレンも連れて行きたい!」
「駄目だ。カレンはカレンで修行あんだ」
「ミーナ姉が瞬間移動で朝晩母さんのこと送り迎えするなら、そのときカレンも一緒に頼むよ! 母さんとカレン交代する感じでさ! そうすりゃ夜はカレンと一緒にいられるからオレっ!」
「はぁ?」とリュウが眉を寄せる。「おまえ修行に行くってこと分かってんのかよ」
「分かってるよ! だからオレ夜以外は修行頑張るしっ!」
「しかしなあ」
「頼むよ、親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
と、リュウの肩をぶんぶんと揺するシュウ。
「何すんだてめえ」
バキっ!
とリュウに殴り飛ばされ、背をドアに強打。
その後、倒れて床に這いつくばり、ガリガリと爪を立てながらリュウの方へと戻っていく。
低い声で唸りながら。
「イートーナーミィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ…………!!」
「リン○の貞○かおめーは」
「してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう…………!!」
「寄って来んな、気持ちわりぃ」
「ビョーキになるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………!!」
と、リュウの足にへばりついたシュウ。
「引っ付くな」
と、リュウに頭をぐりぐりと踏まれながら泣き出す。
「うっ、うっ、うっ、うぅっ…! イトナミしたいっ…! イトナミしたいんだオレはっ…! イトナミしたいんだよぅっ…! うぅっ、親父のバカんっ……!」
「…………」
シュウを見下ろし、リュウは思う。
(シュウおまえ、紛れもなく俺の息子だな……)
仕方ない、と溜め息を吐きリュウは言う。
「分かったよ、うるせーな。だが霜月島は秋だし、山の中は冬のような気温だ。テントなんかで楽しんでカレンに風邪引かせんなよ」
「うんっ」
と笑顔になり、シュウがぴょんと起き上がった。
リュウが話を続ける。
「去年と同様、初日だけ俺も一緒に行って修行のメニューを教える。そんときに分かるだろうが、今年は去年以上に厳しい修行になる。妊婦のサラはもちろん、リン・ランも連れては行けねえ。カレンもテント周辺以外には絶対行かせんな。ところどころに掛けてきた俺の魔法がマジ危ねえったら…」
シュウの顔が引きつる。
「あんたって本当、長男――オレの身は案じてくれねーのな…!?」
「おまえがヤロウである以上甘えんな」
「じゃあ次男(ジュリ)は!?」
「ジュリはいーんだ、ジュリは。むしろ甘えてくれっ…! だってすーげー可愛いからな」と、顔を恍惚とさせるリュウ。「キラそっっっっっっくりでっ……!」
「はいはい…」
と呆れながら溜め息を吐いたシュウ。
話を戻す。
「去年と同じように、修行にレオ兄は着いて来てくれんの?」
「いや」
「え!?」
「仕方ねーだろ、あいつもう副ギルド長なんだからよ。以前に増して暇がねーんだ」
「そ…そか、そうだよな……」
「代わりにキラが行ってやんだから文句ねーだろ。キラにはいつも通りおまえの剣術の修行のときに手伝うよう言ってある。おまえが別の修行してる間は炊事等してくれっから安心しろ」
と言いながらシュウの足首目掛け、
ドカっ!
と蹴りを入れたリュウ。
「うっわっ!」とシュウは尻餅をつきながら、仰天する。「な、何でオレ今蹴られたの!?」
「朝・昼・晩とてめーのせいでキラの飯が食えねーんだよ、俺は! 10日間も!!」
「ご、ごめん――って、母さんをオレの修行に付き添わせるって決めたのは親父だろ!?」
「あぁ!?」
ぐわしっとリュウがシュウの頭に手を乗せ、その髪の毛を引っ掴む。
「いっ、痛い痛い痛い痛いっ!」
「シュウ、てめーの目標を言ってみろ…!!」
「おっ…、親父を超えること(&親父に『強くなった』って褒められること)デスっ!!」
「ほらみろ、てめーのせいじゃねーかよ、あぁ!? 俺はてめーのためにキラを付き添わせてやってんだよ…!!」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」シュウ、涙目になって狼狽する。「マ、マジ髪抜けるっ…! ハゲるハゲるハゲるハゲるぅぅぅぅっ! お、おおお、お願い放してえぇえぇぇえぇぇえっ……!!」
フンと鼻を鳴らしてシュウから手を離し、リュウが椅子を回転させて背を向けた。
一方のシュウは己の頭に手を持って行き、髪の毛があることを確認して安堵の溜め息を吐く。
数秒後、リュウが再び口を開いた。
「おい、シュウ。おまえ、最近キラの攻撃が見えるのか」
「う、うん、大分見えるようになってきた」
「そうか…」
と呟くように言ったリュウ。
(ガキの成長はえーもんだ。俺とキラの子供だから当たり前だが。この調子なら、霜月島へと修行に行ってさらに鍛えたあと、今年の秋に行われるギルドイベントで…)
心の中で短く笑った。
(俺と戦って、俺に一撃与えられる……かもな)
シュウが首をかしげる。
「親父?」
「おい、シュウ。毎年秋に恒例のギルドイベントのことなんだが」
「うん? 今年も『スポーツの秋』をテーマにしたやつが行われる予定?」
「いや、今年は『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』」
「へ? 各階級ごとに誰が一番強いハンターか決めようってこと?」
「まあ、そんなところだな」
シュウが苦笑する。
「超一流ハンター級じゃ親父かグレルおじさんが優勝確定じゃねーか…」
「そうだが、そんなことはどうでもいい。シュウ、おまえそこで俺と戦ってみろ」
「ええっ…!?」と動揺して瞳を揺れ動かしたシュウ。「オっ…オレ死ぬぅぅううぅぅうぅぅぅうぅぅぅううぅぅぅぅぅぅうっ!!」
顔面蒼白しながら絶叫した。
「死なねー程度に加減してやっから安心しろ。そして与えてみろ、俺に」
「えっ?」
「一撃」
「――」
リュウが椅子を回転させて振り返る。
「あのキラの攻撃が見えるようになってきたってんなら、俺の攻撃も見えるはずだ」
「――そ…そっかっ……!」
「まあ、見えたからって一撃与えられるとは限らねーけどな。やれるだけやってみろ」
「う、うんっ!」
と笑顔になったシュウ。
リュウに夢の一撃を与えられるかもしれないと思うと、今から胸が高鳴った。
「ねねっ、親父っ! 霜月島での修行はいつからっ? 早く行きた――」
「明日」
「――って、はえええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
シュウ・カレンの夫婦部屋の中。
大きなバッグの中に急いで荷物をまとめているシュウを見て、風呂上りのカレンがぱちぱちと瞬きをする。
「シュウっ? どうしたのっ?」
「オレ、明日から霜月島へ修行なんだ」
「えっ、明日からっ? 何…、去年も行った山へ?」
「おうっ!」と張り切った様子で返事をしたあと、カレンを見たシュウ。「あ、おまえは夜だけオレのとこ来ることになってるからなっ♪」
と、にこにこと笑っているシュウを見ながら、
「え? 夜?」
首をかしげたカレン。
はっとして頬を染めた。
「んもーう、アナタってば! 修行だというのに夜はパイナポーフィーバーする気なのねっ…!」
「当たり前じゃねーかよーうっ! だってオレたちっ!」
「新・婚・サン♪」
「いらっしゃあぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁあいっ!!」
とカレンを抱きかかえ、ベッドにダイブしたシュウ。
カレンの寝巻き――パイル地キャミソールワンピースの裾をめくる。
「あっ…、純白ヒモパンっ……!」
うふふ、と笑ったカレン。
シュウに両腕を伸ばす。
「ヘイ、カモォォォォンっ…♪」
「オレのパイナポーまじフィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」
と絶叫し、シャツを脱ぎ捨て、ズボンを脱ぎ捨てたシュウ。
カレンに吸い付いた際、甘いボディーソープの香りが鼻をくすぐり、はっとしてカレンの上から避ける。
「仕事と修行後の汗クセー身体でハニーは抱けねえぜっ…!」
「別にいいのに…」
「シャワー浴びてくるから10分待ってて。あ、それからそこらへんに散らばってる服とか修行に持っていくやつだから――」
「ええ、分かったわ」
と、シュウの言葉を察して、散らばっている服を畳んでバッグの中に詰めていくカレン。
それを見ながらシュウは幸せを感じたりする。
「ああオレ…、カレンの夫って感じっ……!」
バスルームに入ったシュウ。
頭からシャワーを浴び、マッハで全身を洗いながら思う。
(強くなりてえ)
カレンと結婚してからは、ますますその気持ちが強くなった。
同時にシュウの中で闇の力が急速に大きくなっていっている。
だが、
(破滅の呪文を覚えれば、親父に一気に近くなるんだけどな。オレの中の闇の力って、どれくらいなんだろう…)
シュウ本人、己の中の闇の力がどれ程なのかまでは感じられていなかった。
己の中に闇の力があるということは、もう充分に感じている。
そのおかげで、誰が闇の力を持っていて、それがどれ程のものなのかも感じることができる。
でも、己の中のそれがどれ程の大きさまでかは分からなかった。
(レオ兄はオレが母さんの子供だって分かるくらい強い闇の力持ってるって言ってたけど、まだ親父を超えるには程遠いのかなあ…)
全身を洗い終えたシュウ。
脱衣所に出て、身体を拭く。
(霜月島に修行に行ってる間、親父がいねーから安心して闇の力のこと話せるし、母さんに聞いてみよう。とりあえず今は…)
と、にやけたシュウ。
「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」
ドカァァァァンっ!
とバスルームからライダーキックで飛び出し。
シュウの荷物をまとめ終わり、ベッドで待っていたカレンに食い付いた。
「…デ…デリシャスっ……!」
翌朝。
「んじゃ、いってきまあああああああああああああああああああすっ!!」
シュウはリュウ・キラと共に、ミーナの瞬間移動で霜月島の山へと修行に向かって行った。
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