第15話 次女の悩み


 灰色の猫耳と尾っぽ。
 しなやかな身体。
 艶のある青い髪。
 整った顔立ち。

 その紅い瞳にアタシを映して。
 その優しい声でアタシを呼んで。

「サラ……」

 なぁに、レオ兄。

「…き…っ……」

 えっ?

「……きろ……」

 レオ兄?

「起きろっ!」

 えっ!?
 ちょ、声ちが――

「起きろっつてんだゴルアァ!!」
 
 
 
 布団をがばっとめくられ、次女・サラは目を覚ました。
 目の前には、一家の長男・シュウの顔。

「やーっと起きやがったか。朝飯だぞ」

「……アタシときどき本気で兄貴のことぶっ飛ばしたくなるわ」

「なっ、何だよいきなり!?」

「せっかくいい夢見てたってのに、ムカつく。親父と同じ顔ってだけでムカつくのに、何なの?」

「なっ、何なのって、おまえこそその可愛くねえ性格は何なの!?」

 フンと鼻を鳴らし、サラはベッドから起き上がって部屋から出た。
 2階から一階へと続く、緩やかな螺旋階段を下りてキッチンへと向かう。

 キッチンには長女・ミラがいた。
 いるはずの母親・キラの姿が見えないのは、きっと父親・リュウを起こしに行ったら欲情されたが故に捕まっているのだろう。

「おはよ、お姉ちゃん」

「おはよう、サラ」

「いただきまーす」

「あっ、こらサラっ。みんなそろってから食べないと、パパに怒られちゃうわよ?」

「いちいち親父に構ってられないよ。何であんなにうるさいんだろ」

 と、サラは溜め息を吐く。

 サラには大きな悩みがあった。
 リュウがうるさいせいで、思うように恋愛ができないことだ。

(レオ兄はレオ兄で、親父に逆らわないし……)

 サラが小さい頃から恋をしているミックスキャットのレオン。
 飼い主であるグレルや、リュウとキラ、リンク、ミーナとの付き合いは、もうかれこれ18年になる。
 そのせいでリュウと親しく、リュウの性格もよく知っていて、リュウを怒らせるようなことは極力しない。

 おかげでリュウが決めた門限6時までにサラを必ず家に送るし、「サラに手を出すな」なんてリュウの命令に背いたことはない。

(まあ、アタシに何もしてくれないのは、アタシのことそういう対象に見てないからかもしれないけど……)

 レオンのサラに対する態度は、他の兄妹たちに対する態度と何ら変わらない。
 もう16歳になるのに、小さいときからの態度のままだ。

(アタシの気持ち知ってて何もしてくれないってことは、やっぱりアタシはレオ兄にとって恋愛対象じゃない……か)

 妹たちがシュウに起こされて続々と2階から下りてくる中、サラはさっさと朝食を終えて自分の部屋へと戻った。
 ハンターの仕事へ行く準備をして、玄関へと向かう。

「おいサラ! 朝飯一緒に食えって言ってんだろうがっ!」

 そんないつものリュウの声を無視して、サラは師でもあるレオンとの待ち合わせ場所へと向かった。

 毎朝のごとく、ふて腐れるリュウ。

「なっ……んだよ、サラの奴。あいつ誰に似たんだよっ……!」

「どう考えても親父だろうが」そう言って、シュウは溜め息を吐いた。「本当、そっくりで可愛くねえ……」

「まあ、リュウに似ているな、サラは」と、キラが同意した。「そのせいか、サラは小さい頃からリュウに甘えるのが上手くなかった。ミラや妹たちがリュウに甘えるのを、サラはいつも離れたところで見ているような子だった」

「ああ、そうだったな」と、シュウは小さい頃のサラの様子を思い出しながら、うんうんと頷いた。「んで、そんなサラをよく構ってたのがレオ兄だったよな」

「ああ。それもあってか、サラは昔っからレオンが大好きだな」そう言ったあと、キラが小さく溜め息を吐いてリュウを見た。「リュウ、いい加減サラの好きなようにさせてやってはどうだ?」

 リュウがキラの顔を見、眉を寄せて訊く。

「なんだよ、好きなようにって……」

「サラだってもう16になるのだ。恋愛くらいさせてやっても良いだろう」

「嫌だ」

 どこのガキだよ……。

 と、シュウは心の中でリュウに突っ込んで苦笑する。
 キラが深く溜め息を吐いて続けた。

「リュウ……、娘たちはいずれみんな嫁にいくのだぞ?」

「ふっ、ふざけんなっ!」

「うちの場合だと、長女のミラよりもサラの方が先に嫁にいくだろうな」

「やっ、やらねえっ!」

「良いではないか、レオンなら」

「よっ、良くねえっ!」

「サラに嫌われるぞ、リュウ」

「なっ……!」

 ゴスッ!!

 と、殴られたのはシュウである。

「――ゴフッ!? なっ、何でオレを殴るんだよ親父!? 意味わかんねえっ、夫婦喧嘩だろ!?」

「うるせえっ!! 俺にキラは殴れねえっ!!」シュウにそう怒鳴ったあと、リュウが再びキラを見た。「お、おい、キラ! 何でそういうこと言うんだよ……!?」

「サラが不憫でな」

「そっ、それじゃ俺が悪いことしてるみてえだろ!?」

「サラにとっては良くはないだろう」

「なっ、何……!? キ、キラおまえっ……! 今夜2回しか抱いてやらねえからなっ!!」

「良いぞ」

「――!? いっ、いいのかよ!!」

「むしろ1回にして良いぞ」

「……。…やっぱ5回で許してやるぜっ……!?」

「そんなに甘くしてくれなくて良いぞ、リュウ」

「…キ、キラ、俺の好意を受け取ってくれて構わねえんだぜ……!?」

「悪いから受け取らぬぞ」

「いやいや遠慮するなっ……!」

「遠慮するぞ」

「……たっ、頼むから受け取ってくれ! 2回ってどんなイジメだよ!? おまえいつからそんなひでー女になったんだよ!? なあオイ、キラ!? おまえまだ俺のこと好きか!?」

 突っ込みどころ満載すぎて突っ込めないぜ、親父……。

 シュウはさっさと朝食を終わらせて、魔法学校に通う妹たちの弁当作りと、仕事へ行く準備を始めた。
 
 
 
(本当に可哀相だよなあ、サラの奴)

 仕事の休憩中、シュウはそんなことを考える。

(あいつ、本当にレオ兄のこと好きだし……)

 野原にあった切り株の上に座っているシュウ。
 日傘を差して機嫌良さそうに近くを歩いていた弟子のカレンが、笑顔でシュウの顔を覗き込んだ。

「ぼーっとして、どうかなさったのかしら?」

「……」

 じっとカレンの顔を見つめるシュウ。

 プニッ

 なんて、人差し指でカレンのぽちゃっとした頬を触って笑った。

「可愛いな、オイ」

「ちょ、ちょっと?」カレンが顔を赤らめて眉を吊り上げた。「今、あたくしのことバカにしたんじゃなくって!?」

「してねーよ」

「かっ、顔が笑っているのですわあああああっ!」

 ぽかぽかとシュウを殴るカレン。
 シュウは笑いながら、その小さな手を握って抑えたあとに訊く。

「なあ、おまえさ。サラと仲良しだよな?」

「ええ。夜になると、よく電話で話しているわ」

「ふーん。じゃあ、悩み事とか相談し合ったりしてんの?」

「ええ、そうね……」

「あいつ、親父に困ってるだろ」

「えっ……?」と、少し戸惑ったような声を出したあと、カレンが頷いた。「リュウさまのことを悪くなど言いたくないけれど、リュウさまちょっと厳しすぎるのではないかしらっ……」

「ちょっとどころじゃねーだろうな、サラにとっては」そう言って、シュウは溜め息を吐いた。「レオ兄と、デートくらいさせてやりてーんだけどなあ……」

「そうね。……あっ、そうですわ!」

 とカレンが声を高くし、シュウはどうしたのかと首を傾げた。
 カレンが続ける。

「明日の夜、あたくしとサラとシュウとレオンさんで、こっそりデートプランを立ててみてはどうかしら! リュウさまにバレないで出来るようなっ」

「明日の夜?」

 シュウがぱちぱちと瞬きをすると、カレンが呆れたように言った。

「明日は、あなたのバースデーパーティーでしょう?」

「あ」

 そうだった。

 5月の誕生日は自分だったとシュウは思い出す。
 カレンが嬉しそうに笑って続けた。

「あたくし、ちゃんとおじいさまから外泊の許可もらったのよ? 明日だけではなくて、これからずっと、あなたのお宅なら外泊の許可をもらえるのですわ。パーティーなどにお呼ばれしたときだけだけれど」

「そうか、良かったな」

 そう言って微笑み、シュウはカレンの頭を撫でる。
 カレンが頬を染めて言った。

「あたくしからのバーステープレゼント、期待していてね?」
 
 
 
 ――翌日の夕方。
 リュウ一家宅のリビングにて、毎月のように行われる誰かの誕生日パーティー。
 今月はシュウの17歳の誕生日だ。

 シュウの姿を見た、リュウとリンク、レオンの顔が引きつっている。

「シュウ、おま……。俺と同じ顔してやめてくれ、気持ちわりぃ」

「オ、オレだって好きでやってんじゃねえぜ、親父っ……!」

 その傍らでは、キラやミラ、双子のリン・ラン、三つ子のユナ・マナ・レナ、ミーナやリーナという女集団と、グレルがはしゃいでいる。

「可愛いぞーっ、シュウ!」

「仲が良いのは知ってるけどハモらないでくれ、母さんとミーナ姉……」

「似合うじゃねーかよ、シュウ♪」

「そ、そうは思えねえな、グレルおじさん……」

 さらにその傍らでは、サラがシュウを指差して大爆笑している。

「あーーーっはっはっはっは! 最高っ! 兄貴ちょーウケる! おいしすぎるーーーっ!!」

「うっ、うるせえっ!! 涙出るまで笑ってんじゃねえっ、サラ!!」

「うふふ、どう?」と、シュウの隣に座っていたカレン。「特注なのよ? お気に召したかしら?」

 にこにこと笑って聞かれ、シュウは激しく返答に困る。
 何がお気に召したのか訊かれているって、カレンからシュウへの誕生日プレゼントが。

(こっ、こんなものを特注するんじゃないっ……!)

 と、カレンの笑顔を見ては心の中でしか突っ込めず。

 カレンからシュウへの誕生日プレゼントは、甘ロリワンピースにヘッドドレス、リボンチョーカー(鈴付き)。
 おまけにチョーカーと同じリボンが、シュウの黒猫の尾っぽの先につけられている。

(オレに女装趣味なんてねえっ!!)

 カレンがもう一度訊く。

「ねえ、どうかしら? 首と尾っぽのリボンについてる鈴がチャームポイントなのですわ♪」

 気に入ったと言ってほしいと言わんばかりのカレンの笑顔。
 シュウは引きつった笑顔を作りながら言った。

「き……気に入ったっ……」

「良かったのですわ!」

「サ、サンキュなっ…、カレンっ……!」

 とか言ってやっちゃうオレ、悲しい性分なんだぜ……。

 カレンから顔を背け、シュウの笑顔が消え失せる。
 シュウがカレンからのプレゼントを堪能(?)したあとは、女たちがそれらを自分の身につけて遊びだした。

「まあ、みなさんも喜んでくださったのね!」

 と、はしゃいでいる女たちを見て嬉しそうに言ったカレン。
 少し間を置き、シュウは耳打ちした。

「なあ、カレン」

「何かしら?」

「パーティー終わったら、オレの部屋にしようぜ」

「分かったわ。こっそりサラにも伝えておくわね」

 カレンが小声でそう言い、さりげなくサラの隣に移動した。

 シュウとカレンの行動を見逃さなかったリュウ。
 シュウの首に腕を絡ませ、自分の方に引き寄せた。
 シュウの耳元、小声で訊く。

「今おまえ、カレンと何の話した?」

 ギクッとしてしまいながら、シュウは冷静を装う。

「親父には関係ねえことだよ」

「俺には言えねえことの間違いじゃねーの」

 またギクッとしてしまい、シュウの手から箸が一本落ちる。

「ち、ちげえよっ、親父っ……」

「おまえって嘘吐くのヘタクソだよな」

 またまたギクッとしてしまい、シュウの手からもう一本箸が落ちた。

「う、嘘なんか吐いてねーよっ……!?」

「なあ、シュウ」

「な、何だよ?」

「俺はこうしておまえと話しながら、違うところを見ていたんだぜ」

「はっ?」

 テーブルの方を見ていたシュウは、顔を傾けてリュウの顔を見た。
 リュウの視線の先を追うと、そこにはレオンにこそこそと耳打ちしているサラ。

(や、やべえ……!)

 シュウはごくりと唾を飲み込んだ。

(オレたちがこれからサラとレオ兄の『親父に秘密で出来ちゃうデートプラン』を考えようとしていることがバレる!)

 シュウの耳元、リュウが小声で続ける。

「おまえがカレンに何かを伝え、それをカレンがサラに伝え、それを今度はサラがレオンに伝えたな」

「…っ……!」

 まずいと、シュウは冷や汗を掻きはじめる。

「と、いうことは……」

 と、数秒の間、考えたリュウ。
 シュウの目の前、リュウの顔が驚愕していく。

「おっ、おまえらっ……!」

「おっ、怒らないでくれっ、親父――」

「4Pすんの!?」 「――ちっ……」シュウの顔も驚愕する。「ちげええええええええええっ!!」

「おっ、おまえセックスしたきゃカレンと2人でやってろよ! サラは妹だってのに、まじ信じらんねえっ……!」

「おっ、オレはアンタの思考回路が信じらんねえよっ!」

「でもまあ、サラを抜いて3Pにすんならいいぜ?」

「だっ、だからちげえって言ってんだろ!」

「何だ、驚いたぜ俺」

「オレが驚いたわっ! このバカ親父っ!」

 ゴスッ!!

 リュウの拳骨を食らい、シュウは両腕で頭を抱える。

「いてえぇ……!」

「一言多いからそういうことになるんだぜ、バカ息子」

 呆れたように言い、小さく溜め息を吐いたリュウ。

(さて)

 と、鋭い瞳でシュウとカレン、サラ、レオンを見回した。

(なーに企んでんだか)
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system