第149話 父親帰りました


 予定よりも数時間早く葉月島本土に帰ってきたリュウ。
 シュウたちが必死に隠していることを、タマから聞き出すのは簡単だった。

 というか、タマが勝手に喋った。

 神の友人というタマを目の前に一通り感動したあと、話を切り出したリュウ。

「タマ様、シュウのことなのですが…」

 とリュウが言った途端、狼狽し出したタマ。

「シュ、シュウのこと!? や、やっぱりダメであったのか!? シュウに言ってはいけなかったのか!? い、いや、言ってないが、シュウにバレてしまったのか!? シュウが闇の力を持っているということをっ!!」

 シュウが闇の力を持っている。

 その言葉を聞いた瞬間、ぞくっとリュウの背筋に走った恐怖。
 離島へと自家用クルーザーで辿り着いてからほんの15分。
 リュウは踵を返した。

 途中キャロルとすれ違ったのだが、冷静さを失ったその瞳には映らなかった。
 クルーザーに乗り込み、葉月島本土へと向かって全速力で走らせながら察した。

(そうか…、シュウとそれからジュリも闇の力を……)

 その途端、リュウの中で増した恐怖。

(キラはシュウとジュリの力のこと、産まれた瞬間から…いや、もしかしたら腹の中にいるときから分かってたはずだ。何故キラはずっと俺に黙っていた? 何故…!?)

 困惑すると同時に、キラに対して怒りを覚えた。
 帰宅してキラの顔見たら怒鳴ってしまいそうだと思った。

(何でだよ、キラ…! そんな重要なこと、何で俺に言わなかった……!)

 そんな疑問の答えは、ふと目を落としたときに解けた。
 小刻みに震えていた、舵を取る己の手。

(ああ…、そうか…。俺が、こうなっちまうから…。キラやシュウたちは……)

 このリュウに隠そうと、必死になっていたキラや子供たちの姿を思い出す。

(情けねえな、俺…。キラはともかく、子供たちにまで心配されるなんてよ……)

 深呼吸をして、気を落ち着かせたリュウ。
 しっかりと舵を握って、葉月島本土へと帰った。

 自宅屋敷へと向かって歩きながら考えた。

(キラ、今日1日何してたかな…。俺がどこ行ったのか心配してたかな……)

 と思った後、にやけた。

(いや、『リュウ、早く帰ってきて抱いてなのだ(ハート)』かな。まったく仕方ねーな、俺の愛猫はよ。朝の分と昼の分もまとめて抱いてやっからちょっと待ってろ。って、ああ……俺の足が勝手に…)

 と、足の速くなる魔法を掛けて走り出したリュウ。
 もう少しで自宅に着くというときに考えた。

(そういや、シュウは何してたかな。俺のこと気にかけて仕事捗らなかった、なんてこともありそうだぜ)

 なんて思ったときのこと。
 自宅屋敷から響いてきたシュウの絶叫。

「助けてっ、親父ぃぃいぃぃいいぃぃいいぃぃいぃぃいぃぃいぃぃぃいぃぃいいぃぃぃぃぃいぃぃいいっ!!」

 ぎょっとして一瞬立ち止まったリュウ。
 あまりのシュウの声に、慌てて自宅屋敷へと駆けて行った。
 そしてドアを破壊する勢いで開け、

「おい、シュウ!? どうした!?」

 と叫んだ直後、硬直した。

(ま…、待て……)

 リュウの目の前。
 シャツとパンツ姿のシュウが、素っ裸のグレルに押し倒されている。
 脇には脱がされたと思われるシュウのズボン。

(俺がいない間に何があった……!)

 真っ青になっているシュウが、泣きながらリュウに手を伸ばす。

「助けて親父っ!! 助けてえぇぇえぇぇえぇぇえっ!!」

「……(って、言われてもな…)」

「助けてってば親父ぃっ!! グレルおじさん、こえーよおぉぉおぉぉおっ!!」

「……(寄りたくねえ…)」

 しかし、気持ち悪くて仕方がない。
 シュウが自分と同じ顔なだけに。

「し、師匠…」

 と、リュウがグレルに顔を向けると、グレルが己の右腕をリュウに差し出した。

「おお、リュウ。ちょうど良かった。ココ怪我してっから治癒魔法かけてくれねえ?」

「……」

 リュウが離れたままグレルに治癒魔法をかけてやると、ようやくグレルがシュウの上から避けた。

「サンキュ、リューウっ♪」

「寄ってくんな。そして早く服着ろ」

「おおーっと、いつまでもこんな格好じゃ風邪引いちまうぞーっと!」

 と、自分の部屋の方へと駆けて行ったグレルだが、バケモノにそんな心配は無用である。

「た…助かった……!」

 と、涙を拭い、脱がされたズボンを穿きなおすシュウ。
 リュウがごくりと唾を飲み込んで訊く。

「お、おい、シュウ。貞操は大丈夫だったか」

「お、お、おうっ…」

「そ、そうか。つか、おまえすげーパンツの趣味してんな。ハート柄かよ…」

「カっ、カレンが買って来たんだよっ!!」

 と赤面して言ったあと、はっとしたシュウ。
 リュウの顔を見つめる。

「おっ、親父っ…!?」

「何だ」

「ど…どこ行ってたの……!?」

「……」

 リュウの返答を待つシュウの瞳が揺れ動く。
 嫌な動悸がした。

(まさか、タマ和尚のいるところに行って来たなんて言うんじゃあ…!)

 リュウが再び口を開きかけたとき、グレルと入れ違いにやってきたカレンとキラ、ミラ、サラ、マナ。
 さっきまで脱いでいたマナは、リュウの声を聞いて慌てて服を身につけたようだ。

 リュウの姿を見、キラとミラがリュウに飛びつく。

「おかえりなのだリュウゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!」

「おかえりなさいパパァァァァァァァァっ!!」

「おう、ただいま」

 とキラとミラを抱き締めたリュウ。
 何だか怯えた様子の2匹に訊く。

「何かあったのか?」

 ギクっとしたシュウとカレン、キラ、ミラ、サラ、マナ。
 マナとグレルの間にあったことは、口が裂けてもリュウには言えない。

 キラ、ミラと慌てて言う。

「べ、別に? さ、寂しかっただけなのだっ…!」

「そ、そうよ、パパっ…! とぉーっても寂しかったのっ!」

「おう、そうか」

 とミラの頬には軽く、キラの唇には熱く接吻をかますリュウ。

 終わるまで待とうと思ったシュウ。
 1分後、耐えられず声をあげる。

「ああもうっ、なげえっ!!」

「なんだよ、うるせーな」と、眉を寄せ、キラから唇を離したリュウがシュウを見る。「俺とキラ、いつから離れ離れになってたと思ってんだバカヤロウ!!」

「24時間も離れてねえと思うんすけどね…!?」

「俺とキラの1時間は通常の1日に値する。よって、約20日も会ってなかった」

 と言って、またキラに熱い接吻をかますリュウに、顔を引きつらせてしまうシュウだったが。

(まあ…、いっか)

 と思った。

(親父、いつも通りだ。タマ和尚さんとこ行ってきたってわけでもなさそうだ…。オレが闇の力を持ってること、知って帰ってきたわけじゃなさそうだ……)

 小さく安堵の溜め息を吐いたシュウ。

「んじゃ、オレ晩飯作るから」

 カレンとその場にいた妹たちを連れ、キッチンへと向かっていく。
 その途中、リュウに呼ばれた。

「おい、シュウ」

「ん?」

「俺とキラ、あとで食うから」

「これからイトナミすか!?」

「おう」

「ったくもう…」

 と今度は呆れて溜め息を吐いたあと、シュウはキッチンへと向かって行った。

 それを確認したあと、キラを引っ張って寝室へと連れて行ったリュウ。
 キラをベッドに押し倒す。

 キラ、苦笑。

「リュウ、おまえというやつは本当に――」

「教えるな、キラ」

「えっ…?」

「シュウとジュリに、破滅の呪文を教えるな」

「――」

 一瞬痛いくらいに胸がドキっとしたと同時に、目を見開いたキラ。
 リュウを見つめる大きな黄金の瞳が動揺して揺れ動く。

「リュウっ…!? おまえ、おまえっ……!」

「大丈夫。大丈夫だ、キラ」と、リュウがキラの胸に顔を埋めた。「俺は大丈夫だから、心配すんな」

 大丈夫。

 そんなわけがないと、キラは思う。
 だってリュウの腕が震えている。

(子供たちの前だからと、無理をしたのか)

 リュウが続ける。

「だが教えるな、キラ。シュウとジュリに、絶対に教えるな…破滅の呪文を。教えるな、キラ。教えるな、教えるな…! …頼むからっ…」と、詰まったリュウの声。「…教え…ないで……!」

「…リュ、リュウ……」

 キラは闇の力を継いだシュウとジュリに、本来は教えなければならない。
 破滅の呪文を。

 キラ自身、いつかは教える覚悟でいた。
 教える日など来なければ良いと思いながらも、教える覚悟はしていた。

(だが…)

 と戸惑う。

(やはり駄目か…、やはり…。リュウが、こんな状態では……)

 でも闇の力を持っていると知った以上、シュウはいつか必ず訊いて来るだろう。
 破滅の呪文を。

(そのとき私は教えなければならない、親として…。だが……)

 やはり、

(駄目だ、リュウがこんな状態では…、駄目だ……!)

 リュウはきっと今、このキラが破滅の呪文を唱えたときの記憶に苦しめられているのだろう。
 身体が恐怖で震えている。
 キラの胸元が濡れていく。

「教えるな、キラ…!」リュウが声をあげる。「主命令だ、教えるな…! 教えるな! 教えるな!! 教えるな教えるな教え――」

「大丈夫だ、リュウ」

 リュウの言葉を遮ったキラ。
 リュウの頭をぎゅっと抱き締める。

「私は教えぬ。シュウにもジュリにも、破滅の呪文を教えぬ。大丈夫だ、リュウ。大丈夫だ」

「……」

 キラの腕の中、キラの言葉を聞いているうちに安堵して行ったリュウ。
 急に眠たくなり、ベッドに横臥する。
 キラ身体を抱き締め、その胸に顔を埋める。

(シュウ、ジュリ…。破滅の呪文なんか、怖いものでしかねえんだ。だから……)

 絶対に、唱えるなよ――。

 心の中、そんなことを愛する息子たちに命令したあと、夢の中に誘われていった。

 少しして規則正しい寝息を立て始めたリュウ。
 キラは守るようにしかと抱き締めながら、胸を痛ませる。

(すまぬ…、シュウ、ジュリ。私はおまえたちに破滅の呪文を教えてやることは出来ぬ。親として失格だとしても、教えてやることは出来ぬ……)
 
 
 
 10分後。

「ハッ!」と目を覚ましたリュウ。「イトナミ!」

 その額にビシっとキラのチョップが入った。

「おとなしく寝ていろ!!」
 
 
 
 
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