第146話 六女の願い『おじさん、またあたしを見て』 前編


 7月後半。
 魔法学校へと通う双子と三つ子が夏休みへと入ったとある日。

 本日シュウ宅には、一家の大黒柱であるリュウがいなかった。
 いつもは皆が揃う朝の食卓。
 空いているリュウの席を見ながら、シュウはそわそわとしてしまう。

(ど、どこ行ったんだろ、親父…。仕事…だよな……?)

 シュウを含め、家族の誰もが知らなかった。
 リュウが葉月島の離島――シュウたちが先日流刑で送られていた島へと行ったことは。

(そ、それにしても…)

 と、マナに目をやったシュウ。

(なんか、機嫌悪くね……?)

 苦笑した。

 基本的にいつも無表情で、感情の分かりづらい三つ子の真ん中の子――六女・マナ。
 魔法学校では大地学部の2年生で、成績はトップ。
 三つ子の一番上の子――五女・ユナも炎学部で、三つ子の一番下の子――七女・レナも光学部でトップではあるが、マナは三つ子の中でも飛び抜けて魔力が高かった。
 趣味は魔法薬作りで、将来の夢は『(怪しい)薬屋さん』。
 舌と胃袋はゲテモノを好む。

 普段は冷静沈着で物静かなマナだが、今日はその周りに漂うオーラが穏やかではない。

「ど、どうかしたのか? マナ…」

「別に…」

「そ、そうか…」

 と言って、シュウは口を閉ざした。
 どうやら教えてくれそうにない。

 シュウの隣に座っているカレン。
 マナよりも、その隣の人物の方が気になって仕方がない。

(グ、グレルおじさま…? これは口説いているのかしら……? ユナちゃんを)

 ユナとマナの間に座っているグレル。
 将来はマナと結婚すると言っていたのだが、今日はどういうわけかユナに気が傾いているようだ。

「なあなあ、ユーナっ♪」

「な、何?」

「見ろよこのおじちゃんの強靭な肉体っ! これぞ男だぞーっと♪」

「そ、そう…」

「それから全身を覆う黒く艶めいた体毛っ! クマさんみたいで可愛いぞーっと♪」

「そ、そうかな…」

「そして股間に輝く金メダルっ! がっはっは! 見るかー?」

「わっ、わああああああああっ! やっ、やめてえぇぇえぇぇぇええぇぇえっ!!」

 と、ズボンを下ろしかけたグレルを慌てて止めるユナ。
 グレルがにこにことしながら続ける。

「なあ、ユナ? おじちゃんと結婚す――」

 ズゴっ…!

 と、グレルの頭に落ちた直径20cmの石。

「お?」

 とグレルがきょとんとして上を見る一方、シュウが立ち上がる。
 手を伸ばしてビシっとマナにデコピン。

「何してんだおまえっ!」

「最近調子悪くて…」

「ちょ、調子? 魔法のか?」

 マナが頷く。

「そ、そうか…(ちょ、調子悪いからって勝手に魔法出るっけ…?)」

 と疑問に思いながらも、席に着いて味噌汁をすするシュウ。
 グレルがしつこくユナに迫る。

「なあなあ、ユーナっ♪ おじちゃんと結婚――」

 ズゴっ…!

 とまたグレルの頭の上に落ちた石を見て、シュウは味噌汁噴射。

「お、おい、マナ…!?」

「調子悪くって…」

 頭に石が落ちたにもかかわらず、グレルはお構いなしにユナに迫り続ける。

「なあ、ユナ♪ おじちゃんと結婚――」

 ズゴっ

 とやっぱりグレルの頭に落ちる石。

「ユナ、おじちゃんと結婚――」

 ズゴっ!

「なあ、おじちゃんと結婚――」

 ズゴゴっ!

「おじちゃんと結婚――」

 ズゴゴゴっ!

「おじちゃんと結――」

 ズゴゴゴゴっ!

 とグレルの頭に石が降り注いだのち、

 バキっ!

 とマナの手の中で折れた箸。

「――!?」

 グレルを除く一同、顔面蒼白。

「あ…」とマナが己の手の中の箸を見て、徐に立ち上がる。「新しいの持ってくる…」

 マナの姿を目で追いながら、昨夜のユナとレナに続いてシュウたちも気付いた。

(も、もしかして、マナは……!?)
 
 
 
 朝食後、シュウとレオン、グレルは仕事へ。
 カレンはリュウが居ない故に本日は修行なし。
 妊娠中のサラも仕事へは行けなかった。
 夏休みに入った双子と三つ子も家にいる。

 シュウ・カレンの夫婦部屋の中。
 テーブルを挟んで向かい合って座っているカレンとサラ。

 紅茶のカップを持つ手が震えていた。

「ね、ね、ねえ、サラ?」

「な、な、何、カレン?」

「マ、マナちゃんのことだけれどっ…」

「う、うんっ…」

「しょ、正気かしらっ?」

「しょ、正気……じゃないと信じたいっ!!」

 と声をあげ、テーブルの上にカップを置いたサラ。
 少し紅茶が零れた。

 頭を抱える。

「何であんなクマでバケモノが好きなのさマナァァァァァァァっ!! しかも超天然バカァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

「ま、まったくもって謎なのですわあぁぁあぁぁあっ!!」とサラに続いて頭を抱えるカレン。「あれこそ美女と…いえ、美少女と野獣よおぉぉおぉぉおおぉおぉぉおっ!!」

「結婚したらアレがアタシの義弟ってことじゃあぁぁああぁぁあん!! アタシよりも30歳も上のオッサンにオネーサン言われたくないぃぃぃいぃぃいいぃぃいぃぃぃぃいぃぃぃいいっ!!」

「いやあぁぁああぁぁあっ!! あんなのに抱かれたら気分は鼻にスイカぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ!!」

 とのカレンの絶叫のあと、ぴたりと止まった2人。
 頬を染めてにやける。

「アタシの旦那さまは鼻にデコポンっ…♪」

「あたくしの旦那さまは鼻にパイナポーっ…♪」

「妊娠中だからって最近もらってないな、デコポン…」

「あたくしは日々カモォォォォンでパイナポーフィーバーっ…♪」

「パイナポーはえげつないポー」

「シュウならいいポっ…♪」

「鼻にスイカだのメロンだのっちゅー奴らよりマシだしね」

「ええ」

「てか、話ズレてるよ」

「あらヤダ、朝っぱらから下ネタなんてっ…!」

 と、咳払いをしたカレン。
 サラが立ち上がる。

「とにかくここは止めよう、カレンっ!」

「ええ、そうねっ!」と、サラに続いてカレンも立ち上がる。「マナちゃんを止めましょう、サラっ!」

 がしっと腕を組み、2人が戸口へと向かって行ったとき。

 コンコン…

 とドアをノックする音。
 カレンが返事をすると、噂をすれば何とやらでマナが顔を見せた。

「サラ姉ちゃん、カレンちゃん…」

 いつも無表情のマナだが、少し元気がなさそうに見えた。
 カレンとサラは顔を見合わせたあと、マナに向かって手招きをした。

「こっちおいで、マナ」

 と、サラ。
 マナを椅子に座らせ、カレンとサラもさっき座っていたところに座る。

 それから少し間を置き、マナが口を開いた。

「どうしよう…」

「何が?」

 声をそろえて訊いたカレンとサラ。

「グレルおじさん、あたしと結婚するって言ったのに…」

 と落ち込んでいる様子のマナ。
 カレンとサラは衝撃を受ける。

(や、やっぱり惚れてる……!!)

 ごくり、と唾を飲み込み。
 カレンはマナの右肩に、サラはマナの左肩に手を置き、声をそろえた。

「鼻にスイカの勇気はある……!?」

「は…?」

 カレン、サラと交互に続ける。

「いいこと? マナちゃん!」

「グレルおじさんと結婚するってことは、グレルおじさんに抱かれるってことだよ!?」

「気分は鼻にスイカよ!?」

「鼻にデコポンでも痛かったのに!」

「鼻にパイナポーでもかなり痛かったのに!」

「鼻にスイカなんて、想像を絶する痛さだよ!?」

「それでもいいの!? マナちゃんっ!!」

 青い顔をしているカレンとサラの顔を、交互に見るマナ。

「鼻にスイカ…?」

 と首をかしげ、考えて数秒後。
 相変わらず青い2人の顔を見つめて答えた。

「子供産むとき少し楽になれそうで便利だね…」

「――!!?」

 カレンとサラ、大衝撃。

(た、只者じゃないっ……!!)

 と思う。
 マナが兄弟姉妹の中で一番変わっているかもしれないと感じてはいたが。

「マ、マ、マ、マナ!?」

「何、サラ姉ちゃん…」

「あ、あああ、あんた、すごいね…!?」

「そう…?」

「そ、その勇気をギネスに報告してやりたいよお姉ちゃんはっ…!」

「と、ともかく!」とカレンが口を挟んだ。「マナちゃんの覚悟は、よーく分かったのですわっ…! サラ、ここはあたくしたちが協力してあげましょうっ……!」

「そ、そ、そ、そうだね、カレンっ…!」

 と、冷や汗を掻きながらサラも同意すると、マナの表情が少し明るくなった。

「ありがとう、サラ姉ちゃん、カレンちゃん…。それで、あたしはどうすれば…? どうすればグレルおじさん、またあたしを見てくれる…?」

「う、うーん」

 と頭を悩ませるカレンとサラ。
 自分に置き換えて考えてみた。

(有り得ないけど、もしシュウが他の女の子に気が向いたら、あたくしは……)

 と、カレンがマシンガンを手に持ち、

(有り得ないけど、もしレオ兄が他の女に気が向いたら、アタシは……)

 と、サラが指をぼきぼきと鳴らして立ち上がり。
 窓の方へと向かって歩いて行きながら言う。

「そうだね、マナ。アタシだったらまず、相手の女に…」と、拳を振り上げたサラ。「人の男といちゃついてんじゃねえぇぇええぇぇえぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇえっ!!」

 ズガシャァァァァン!!

 窓ガラス、粉砕。

「――とまあ、こうした後に葉月湾に沈めて黙らせるかな♪」

「あーら、ダメよサラ」と言いながら、カレンが立ち上がる。「悪いのは気が向いた彼の方でしょう?」

「それもそうだけどー」

「いいこと? マナちゃん。あたくしだったら、彼に…」と、窓の外へと向かってマシンガンを構えたカレン。「貧乳ナメんじゃないわよおぉぉぉぉおぉぉおぉおおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおおっ!!」

 スバババババババッ!!

 マシンガン、乱射。

「――とまあ、こうして制裁するかしら♪」

「別に兄貴、カレンの胸のことバカにしてるわけじゃないでしょ?」

「もちろんそうなのだけれど、あたくしの頭の中でシュウってば巨乳といちゃつくんだもの。だから思わず♪」

「ああ、なーるほど。そりゃマシンガンで穴だらけにしたくもなるわな♪」

 と、声をそろえて笑うカレンとサラを交互に見たマナ。

(怖い…)

 と思った。

「サラ姉ちゃん、カレンちゃん…。あたしユナのこと殴れないし、マシンガンをグレルおじさんにぶっ放すのもちょっと…」

 笑い声を止めたカレンとサラがマナを見る。
 サラ、カレンと頷きながら同意した。

「まあ、うん。ユナのことは殴れないさね。ていうかユナは何も悪くないよね。グレルおじさんに恋してるわけじゃないんだし。それどころか引いてる」

「まあ、そうね。グレルおじさまマシンガンごときで死なないとはいえ、ちょっと抵抗あるものかしらね」

 だから、とマナが訊く。

「何か別の方法を…」

「う、うーん」

 と再び頭を悩ませるカレンとサラ。
 数秒後、カレン、サラの順に言う。

「そうね、あたくしがマナちゃんだったら、薬を利用するかしら」

「アタシだったら男の胃袋を掴む! …と、言いたいところだけど料理できないから、いざとなったら身体で繋いでおくかな」

「って、ちょっと何言ってんのよサラ。マナちゃんはまだ14歳なのよ?」

「レナがこの間ミヅキと体験してきたからいいかと思ってー」

「だからってそんな……」

 と、カレンとサラが話している傍ら、ぴくっと左眉を動かしたマナ。

「薬と身体…」と呟き、「そーれだ…」

 と立ち上がった。
 
 
 
 
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