第145話 父親、離島へ


 武器屋のドアに片手を付いているリュウ。
 その手の傍らにはカレンの困惑した顔があった。

 カレンを睨むように見下ろして、リュウが訊く。

「おまえら、俺に何を隠してる?」

「――えっ…?」

 どきっとしたカレン。
 平静を装って言う。

「な、何も隠してませんわよ、お義父さま?」

「目が動揺してんぞ」

「お、お義父さまが素敵だからですわ」

「おう、そう――」

「黙ってれば」

「どういう意味だ? あ?」

 と、顔を引きつらせたリュウに頬を引っ張られ、カレンが声をあげる。

「いたいのれすわおとーさまぁああぁぁああぁぁあぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁあっ!!」

「1年と少し前までは俺に惚れてたクセによ? え?」

 と、今度はリュウに唇の端と端をぶちゅっと指で摘まれ。
 唇を鳥の口ばしのような形にされたカレンが、赤面して声をあげる。

「あっ、あめてくらはいぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃいぃぃいいぃぃぃぃいぃぃっ!!」

「生意気なんだよ、おまえはよ。たかがシュウごときの嫁の分際で…………ぷっ…!」

「あに笑ってんれすかっ!」

「ピヨピヨすんなよ、ひな鳥みてーだな。エサいるか?」

「むきゅーーーっ!」

 と声をあげ、リュウの手を両手で掴んで離したカレン。
 小さな靴でリュウの大きな靴を踏みつける。

「やめてください、お義父さまっ!」

「イイ度胸だな」

「さっさと新しい銃買ってくださいなっ!」

 と言って店の中へと入っていくカレン。
 その辺にある銃を手に取った。

「あら、これ結構軽くて良い感じ――」

「おまえ俺の質問に答えてねーじゃねーか」

 ぴくっと小さく震えて、カレンの動きが一瞬止まる。

(このまま話が逸れてしまえばいいと思ったのだけれど…)

 そうも行かないようだ。
 でもカレンは必死に話を逸らす。

「み、見てくださいなお義父さま?」

「聞いてねーな、俺の話」

「この銃、軽くて使いやすそうですわ」

「ったく…」

「これではダメなので――」

「俺の話を聞け!」と声をあげたリュウ。「この、貧乳が!!」

 一言余計だった。

「店長さん、これ弾入ってるのかしら? 試し撃ちをし――」

「店の中はやばいから落ち着け」

 と早口でカレンの言葉を遮ったリュウ。
 溜め息を吐き、もうすでにカレン用に改造してもらっておいた銃を受け取る。

「あら、2つあるのですねお義父さま」

「マシンガンとガス銃」

「ガス銃?」

「催涙ガス弾出るやつ。役に立つときもあっから一応持っておけ」

「はい。ありがとうございます、お義父さま」

 店を出たあと、走らず歩くリュウ。
 カレンは小走りで追いかけながら、リュウの傍らに並んで顔を見上げた。

(めずらしいのですわ、お義父さまが歩くなんて…)

 何か考えているかのようなリュウの顔。
 もう何を隠しているのかカレンに訊こうとしない。
 それは有難いのだが、カレンは困惑してしまう。

(お義父さま、今何を考えているのかしら…)

 自宅屋敷まで一本道のところまで来たとき、リュウが立ち止まって言う。

「ここまで来ればさすがに大丈夫だろ、方向音痴でも」

「は、はい、お義父さま…」

「じゃーな」

 と、仕事へと向かって走り出すリュウ。
 カレンの姿が見えないところまで来たとき、立ち止まって携帯電話を取り出した。

(シュウたちの様子が少し変に感じたのは、流刑から帰ってきてからだ。キラはシュウたちが流刑に行ったときあたりから…、ブラックキャットが葉月島のあの離島にいると知ったときから……)

 電話を掛ける。
 相手はグレルだ。

「おまえの師匠が出たぞーっと♪」

「あんたの携帯すから」

「どうしたんだ、リューウ♪」

「師匠、明日の仕事の予定はどうなってんすか。帰り、夜遅いっすか」

「明日なら夕方には帰れるぞーっと♪」

「そすか。…んじゃ、俺明日0時から丸1日いねーから留守頼みます」

「任せろよーっと♪」

「それじゃ」

 と電話を切ったリュウ。

(おまえらがどうしても俺に言えねえってんなら、自ら調べに行ってやるよ。神のご友人がいるあの離島へ…)

 その日のリュウは早めに帰宅。
 カレンやキラ、娘たちと共に夕食を取ったあと、キラを引っ張って寝室へ直行。
 5時間に渡ってイトナミ。

 その後、キラと共に入浴。

「キラ」と、バスタブの中で膝の上に抱っこしているキラの胸を触っているリュウ。「俺1時間後には仕事行くから、ネズミの抱き枕抱いて眠ってろ」

 キラはリュウがいないとき、お気に入りのネズミの抱き枕を抱いて眠っている。
 リュウがいない場合、それがないと眠れないから。

「えっ…?」と、キラが困惑した声を出した。「明日の仕事、そんなに早くから行かなければならないのかっ?」

「ああ。俺丸1日いねーから、留守の間気をつけろ。師匠に頼んであっから大丈夫だと思うが」

「分かったぞ…。重要な仕事なのかっ?」

「ああ…」

 と返事をしたリュウ。
 呟くように続けた。

「そんな感じだな……」
 
 
 
 シュウ・カレンの夫婦部屋の中。
 ベッドの中、シュウの声が裏返る。

「親父の様子が変だってぇっ?」

 狼狽した。
 決してリュウは鈍くない。

「ま、まさかオレたちが必死に隠してること、見抜いたんじゃ…!?」

「ま、まだそんな感じはしなかったけれどっ…」

「じゃ、じゃあ、これから見抜こうとしてんのかも…!?」

「えっ、えぇっ!?」

「あわわわわわっ! まっ、まずいっ!!」

 と真っ裸でベッドから飛び出したシュウ。
 猛ダッシュで部屋の外に出る。

「ちょっとシュウ! パンツ穿いて!」

 狼狽したあまりにそんなカレンの声が聞こえなかった。
 両親の部屋へと向かって行こうとした途中、

「騒々しいけどどうしたのですかなのだー?」

 リン・ランに遭遇。
 ぶつかりそうになって、シュウは急停止する。

「うあっと! 危――」

 ドサっ

「ねええええええええええっ!!」

 シュウ、絶叫。
 右足にリンの、左足にランの足を引っ掛けられ、後方に押し倒された。

「ハァハァハァっ…! どうしたのですかなのだ兄上っ……!?」

「ハァハァハァっ…! マッパで何してますかなのだ兄上っ……!?」

「おっ、おまえら鼻息荒いよ――って、ああぁぁあぁぁあっ!! そこはダメェェエエェェエェェエっ!!」

「ハァハァハァっ…! 兄上自慢の銅メダルぅーっ……!」

「ハァハァハァっ…! 気分は鼻にパイナップルぅーっ……!」

「レっ、レオ兄助けてえぇぇええぇぇぇえぇぇえっ!! おっ、おーかーさーれーるううぅぅうぅぅぅうぅぅぅぅぅうううぅぅうっ!!」

 シュウのあまりの声にレオンが部屋から飛び出し。

「シュ、シュウ!? って、うっわあっ! こ、こらリン・ラン、何してんのっ!!」

 なんて騒いでいるうちに、時刻は0時を回り。

「んじゃ、行って来るぜ俺の可愛い黒猫」

「いってらっしゃいだぞ、私の愛する主」

 玄関先で愛する妻と熱い接吻をかましたあと、リュウは屋敷の外へと出て行ってしまった。

「――えっ!? 親父っ!? 親父ぃぃぃぃぃいぃぃぃぃいっ!?」
 
 
 
 三つ子の部屋の中。
 三つ子の黒猫の耳がぴくぴくと動く。

「こんな時間にうるさいなあ、兄ちゃん」

 と、レナ。
 ユナが続く。

「いつものことだよ」

「パパはもう仕事行ったみたいだね…」

 と、マナ。
 グレルの膝の上に座らせられていた。

 只今三つ子+グレルで夜食タイム。
 ビール片手にスナック菓子を食べていた。
 いつもならばもう眠っている時間なのだが、明日から夏休みだからと夜更かししている。

「お?」

 と時計に顔を向けながら、新しいスナック菓子の袋を開けるグレル。
 いつものことなのだが、袋を勢い良く開けすぎて中身をテーブルの上にぶちまける。

「0時か。あいつ、今日これから丸1日いねーんだぞーっと」

「丸1日っ?」とユナが声を高くした。「パパ、今日そんなにお仕事あるんだ…」

「そっかぁ、丸1日も…。丸1日……」と呟いたレナ。「あ…明日ミヅキくん、バイト忙しいのかなぁ」

 と、頬を染めた。
 ユナがにやりと笑う。

「あー、レナ、明日夜遅くまでミヅキくんとデートしたいんでしょ」

「えっ!?」と、声を裏返したレナ。「いやっ…えとっ、そのっ…………!!」

 こくんと頷いた。
 ユナがはしゃいだようにレナに抱きつく。

「あーもー、いーなあ、レナってば! あたしの夢は『パパよりカッコイイ人と結婚すること』だから、そろそろそういう人現れてくれないかなぁっ♪」

「リュウよりカッコイイ人ぉ?」

 と鸚鵡返しに訊いたグレル。
 がっはっはと笑い、己を指差した。

「それならここにいるぞーっと♪」

「え…」と、引きつったユナの顔。「お、おじさん、あたし面食いなんだけど…」

「ほーら、おじちゃんがピッタリじゃねーかよ、ユーナっ♪」

「は…ははは……」

「おじちゃんと結婚するかーっ?」

「……(勘弁して…)」

 とユナの顔が引きつりまくる一方。
 いつも無表情のマナの左眉が、ぴくっと動いた。

「リュウは銀メダルだが、おじちゃんは金メダルっ! カッコイイぜーっと♪ なあ、ユナ? おじちゃんと――」

 コツンっ…

 と、グレルの言葉を遮るように、グレルの頭の上に落ちてきたのは小石。

「お?」と、上を見てぱちぱちと瞬きをしたグレル。「なんか落ちてきた気がするぞーっと。でも何もないぞーっと」

 再びユナに顔を向けた。

「なあ、どうだユナっ? おじちゃんマナと結婚する予定だったが、ユナがそうしたいっていうならおじちゃんはそれでも――」

 ゴツンっ…

 と、グレルの頭の上に再び落ちてきたのは、さっきよりも一回り大きい石。

「お? またなんか落ちてきた気がするぞーっと」

 と、きょとんとするグレルの傍ら。

 ユナとレナがビールを口に含んだまま硬直していた。
 グレルに落ちた石は、間違いなくマナが召喚したもの。
 2匹はマナに目をやって、顔を引きつらせる。

(マ、マナ…!? まさか……!?)

 ごくり、と口の中のビールを飲み込んだユナとレナ。
 マナはいつもの無表情ではあるが、その周りに漂うオーラが穏やかではない。

(し、嫉妬してるぅぅぅううぅぅうぅぅぅぅうぅぅぅう!?)

 ユナとレナ、大衝撃。
 ビールの缶をテーブルの上に置き、バスルームに駆け込んでお互いの肩を握り合う。
 そしてお互いの狼狽した顔を見ながら、小声で口を開いた。

「ちょ、ちょちょちょ、ユナっ!」

「ちょ、ちょちょちょ、レナっ!」

「マ、マナのあの様子、見た…!?」

「み、見た…! マナって…、マナってもしかして……!?」

 ユナとレナ。
 お互いの顔が蒼白していくのを見ながら、声をそろえた。

「グレルおじさんのこと好き…なの……!?」
 
 
 
 
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