第144話 次男に欲情?


 梅雨が明けた7月後半。
 昼過ぎ、遅い昼食を食べに仕事から一旦自宅へと戻ってきたシュウ。
 キッチンの中、同様に遅く帰ってきたリュウ・レオンの間で共に食事をしていた。
 向かいにはカレンとキラ、サラ。

 シュウは、ふと、遊びに来たリーナと一緒に駆け回って遊んでいるジュリを見て箸を止めた。

(ジュリ……)

 ジュリが闇の力を持っていると分かってから、ジュリを見る度に不安や恐怖でシュウの瞳が揺れ動く。
 そんな息子を横目に、父であるリュウは困惑する。

(どうした、シュウ…。おまえ、何故そんな目でジュリを見ている……?)

 リュウの視線を感じたシュウ。
 振り返ってリュウの顔を見、ぎくっとした。

(やべ、親父にジュリの力のことバレた…!?)

 慌てて通常を装い、再び箸を動かして昼食を食べる。

「きょ、今日の餃子カレンが作ったんだろ? 道理でうま――」

「おい、シュウ」

 と、シュウの言葉を遮ったリュウ。

「な…、何? 親父っ……」

「言え」

 シュウの手が止まった。

「…な、何をっ……?」

「とぼけんな。俺の目は誤魔化せねえ」

「べ、別に――」

「言え」

「オ、オレは何も――」

「言えって言ってんだ俺は」

「だ、だから――」

「言え!」

 と響いたリュウの怒声に、一同の身体がびくついた。
 リュウに胸倉を掴まれながら、シュウは必死に声をあげる。

「おっ、親父っ! オレ、親父に隠してることなんかねえよっ!!」

「嘘吐いてんじゃねえ!!」

「うっ、嘘じゃねえよっ!!」

「バレてんだよ!!」

「ほっ、本当にオレ――」

「てめえがっ…!」

「嘘なんか――」

「ジュリに欲情したことなんてよ!!」

 は?

 と、静まり返るキッチン。
 数秒後、シュウ驚愕。

「――しっ、してねええぇぇええぇぇええぇぇぇえぇぇええぇぇえぇぇぇえぇぇえぇぇええっっ!!」

「あにうえー」

 と、シュウのズボンを引っ張ったジュリ。
 首をかしげながらシュウの顔を覗き込む。

「ぼくによくじょーしたの?」

「ばっ!?」シュウ、さらに驚愕。「ジュ、ちがっ、兄ちゃん欲情なんかして――」

「うーわ、あっかんわ」とリーナが顔を強張らせ、ジュリを手招きする。「ジュリちゃんあかんで、シュウくんに近寄ったら。こっち来ぃや。シュウくん変態やから犯されんで」

「リっ、リーナてめコラふざけん――」

「あにうえー?」

 と、また首をかしげるジュリ。

「な、なんだジュリ?」

「ヘンタイさんなの?」

「――ばっ!?」

 シュウ、加えて狼狽。
 手を振り顔を振り、必死に否定する。

「違う違う違う違う違う違うっ!! 兄ちゃんは真人間……いや、真ハーフだっ!!」

「ぼく、おかされるの?」

「はあぁぁああぁぁあっ!? ジュ、おまっ、何言っ――」

「ほーら図星や」とリーナ。「めっさ焦っとる」

「焦るわっ!!」

「シュウくんのヘンターイ」

「おまえいい加減に――」

「リーナの言うとおりだぜ!」とシュウの言葉を遮ったリュウ。「弟に欲情するなんざ、変態以外の何でもねえ!」

「ちょ、親父――」

「ああ、そうだなシュウ! ジュリは可愛い! たしかに可愛い! 有り得ねーくらい可愛い! 島が滅んじまいそうなほど可愛い!! そう、俺のキラそっっっっっっっっっくりで!! だからって、おまえって奴はっ……!!」

「だから違――」

「何て最低最悪な兄貴なんだ!! ジュリが不憫で仕方ねえ!!」

 と、リュウがシュウの足元にいたジュリを抱っこした。
 頭を撫でてやりながら続ける。

「ああ、可哀相になジュリ…! 欲情されちまうなんてよ! よりによって、こんなバカ兄貴に!」

 ジュリが首をかしげてシュウを見る。

「あにうえ、バカなの?」

「――!?」シュウ、衝撃。「ジュ、違っ、兄ちゃんは――」

「そうだ、バカなんだ!」とシュウの言葉を遮ってリュウが続ける。「おまえの兄貴はバカなんだ! さあ、言ってやれ…!」

「はい」

 と、頷いたジュリ。
 にこっと笑って、シュウに言ってやる。

「バカ」

「え!?」

「バカ」

「ちょ!?」

「バーカ」

「ジュリっ……!」

 シュウ、涙目。
 たぶんバカの意味を理解してないとはいえ衝撃すぎる。

 そして良いことをしたと思っているのか、にこにことしているジュリ。
 リュウがその頭を撫でる。

「よしよし、よく言えたなジュリ。偉いぞ」

「はい、ちちうえ」

「そして本当に不憫な子だな、ジュリ…!」

 と、目元を押さえるリュウ。
 声を詰まらせる。

「こんなバカに欲情…! 欲情されちまうなんて……!!」

「ちちうえ?」

 と、ジュリが心配そうな顔をしてリュウの顔を覗き込む。

「欲情っ…! 欲情だと……!?」

「どうし――」

「父上もしていい?」

 と、ジュリの言葉を遮ったリュウ。
 その顔、恍惚。

「――!!?」

 ジュリを除く一同、大衝撃。

 あまりにもくだらないやり取りに、向かいの席で呆れていたカレンやキラ、サラの顔が強張り。
 やれやれと苦笑しながら食事を続けていたレオンは箸を落とし。

 リーナは顔面蒼白し、大慌てでリュウの腕の中からジュリを奪う。

「ぎゃあぁあああぁぁあぁぁあっ!! ジュリちゃあぁぁああぁああぁぁあぁああんっ!!」

「おい、リーナ。何すんだ」

「何すんだやないわっ!! この変態っ!!」

「ま、待ってくださいなお義父さま!? 冗談に聞こえませんわよ!?」

「安心しろカレン。冗談じゃねえ」

「なお悪いわっ!!」

 と突っ込んだのはサラ。
 キラが衝撃のあまりに震えた手をリュウに伸ばす。

「リュ、リュウ…!」

「ああ悪い、キラ」

「お、おまえ…!」

「浮気するぜ俺は」

「ま、待ってくれ…!」

「いいよな?」

「お、おい…!」

「ジュリ男だし」

「…………」

 言葉を失うキラ。
 シュウが突っ込む。

「そういう問題じゃねえっ!!」

「何だよ、シュウ」

「親父あんた何考えてんだよっ!! ジュリは――」

「ああ、うるせー」と、シュウの胸倉を掴んだリュウ。「おまえはガラス屋でも呼んでおけ」

 ぽいっと、窓に向かってシュウをぶん投げた。

「――ってことは壊すんだあぁぁあぁぁああぁぁああぁぁああぁぁぁぁああぁぁあぁぁああっ!?」

 と絶叫したシュウは。

 ズガシャァァァァン!

 と窓ガラスを突き破り、庭の芝生の上を滑って行った。

 一方、ジュリを連れて逃げ出そうとしたリーナ。
 首根っこをリュウに掴まれる。

「おい、リーナ。ジュリをどこへ連れて行く気だ」

「ぎゃあぁぁああぁぁあっ! 離してっ…! 離してやあぁぁああぁぁあっ!」

「変態に掴まったみてーな声出すなよ」

「って変態やないかいっ!!」

「ひでーな。俺の小鳥のようなハートはボロボロだぜ」

「小鳥っ!? 笑わせんなやボケっ!!」

「笑ってねーよおまえ」

「揚げ足取んなっ!!」

「ああ、うるせー。いいからジュリを返せ」

「嫌やっ!! こんな変態親父にジュリちゃん渡せるかいっ!!」

「ジュリは嫌がってねーよ」

「はぁっ…!?」

 一同がジュリに注目する中。
 リュウが訊く。

「なあ、ジュリ? 父上に欲情されたいよな?」

「?」

 首をかしげ、ぱちぱちと瞬きをしたジュリ。

 リュウの顔をじっと見つめ。

 にこっと笑い。

 頷いた。

「はい」

「――!!?」

 一同、再び大衝撃。

 リーナからジュリを取り返して抱っこしたリュウ。
 その顔、再び恍惚。

「さあ、ジュリ…! 父上とキスして浮気しようぜっ……!」

 意味を分かっていないジュリが、にこにこと笑いながら返事をする。

「はい」

「ああでも、父上からすると母上にコンクリート詰めにされる気がするな」

「はい」

「だからおまえからキスしてくれ、ジュリ」

「はい」

「父上香ばしいよ」

「はい」

「餃子食ったあとだから」

「はい」

「ヘイ、カモォォォン」

「は――」

「きゃああああああああああああああああっ!!」

 と、絶叫しながら立ち上がったカレン。
 勢い良く立ち上がったものだから、椅子が後方でガタンと音を立てて倒れた。

 慌ててリュウに駆け寄る。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいなお義父さま!?」

「ああ、おまえの誘惑の台詞パクって悪い」

「は、早く歯を磨きましょう!?」

「俺がクセーみてーだな」

「ね!? そして早くお家を出ましょう!」と言いながらジュリをリュウから奪うカレン。「今日はあたくしの新しい武器買って下さるって言ってたしっ!」

「やっぱ餃子のあとのキスは抵抗あるもんか?」

「ほ、ほーら早くですわお父さまあぁああぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」

「なあ、おまえ俺の話聞いてる?」

 リュウの手を引っ張り、洗面所へと駆けて行ったカレン。
 歯磨き粉を付けた歯ブラシをリュウの口の中に突っ込む。

「何だよ、オイ」

 と眉を寄せ、リュウが仕方なさそうに歯を磨き始める。
 その傍ら、カレンは笑顔を引きつらせている。

(ああ、焦った。ああ、焦った。ああ、焦った…! 親とまだ幼い子供がキスするのは珍しいことではないけれど、どうしてこうお義父さまだと危なく見えるのかしら……! でも……)

 と、鏡の中のリュウの顔をちらりと見たカレン。
 鏡の中のリュウと目が合い、すぐに逸らす。

(その前はもっと焦ったけれど…。ジュリちゃんが闇の力持ってること、お義父さまにバレたんじゃないかって……)

 カレンは一旦洗面所から出ると、リュウの剣をキッチンへ取りに行った。
 えらく重たいが故に、両腕で抱えて持ってくる。

 歯を磨き終わったリュウに渡す。

「はい、お義父さま」

「おう」

 と剣を腰に装備したリュウを、カレンはすかさず玄関の方へと引っ張っていく。

「おい、俺まだジュリとキスしてな――」

「皆さまいってきますわーっ」

 とリュウの言葉を遮り、リュウを引っ張って外へと出たカレン。

 庭ではシュウが電話中だった。
 相手はきっとガラス屋だろう。

「い、いつもすみません…。今日はキッチンの窓を2枚ほど――」

 と、リュウとカレンの姿に気付いて言葉を切ったシュウ。
 指差して声を上げる。

「ああぁぁあぁあっ!! 手ぇ繋ぐな、手っ!!」

「はいはい…」

 と苦笑してカレンがリュウの手を離す傍ら、にやりと笑ったリュウ。

「そうか、手を繋ぐのは駄目なのか。仕方ねーな」

 とカレンを抱っこした。

「あっ、あぁぁああぁぁあぁぁあっ!! 降ろせっ、降ろせえぇぇええぇぇええぇぇぇえっ!!」

 とさらに声をあげるシュウを見てさらににやにやとし、リュウは足の速くなる魔法を掛けてその場を去る。

「じゃ、行ってくる。おまえも早く仕事行けよ」

「ちょっ、待っ! カっ、カレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェンっ!!」

 なんてシュウの絶叫を聞きながら、カレンは苦笑する。

「お義父さま、玩具2号(シュウ)で遊ぶのはよしてくださいな…」

「おまえでも遊んでやるから寂しがるな、玩具3号(カレン)」

「……。玩具1号(リンク)さんがおススメですわ、お義父さま(ごめんなさい、リンクさん…)」

 武器屋の前へとやって来ると、リュウがカレンを降ろした。

「今日はどんな銃を買ってくださるのですか? お義父さま?」

 と訊きながら、ドアの方へと歩いて行ったカレン。
 ドアを開けようとしたとき、顔の脇を何かが通って動きを止める。

 その何かはリュウの手。
 カレンの目の前のドアに、リュウの大きな手が付けられている。

 それは、待て、と訴えているようだ。

 振り返ったカレン。
 リュウを見上げて、小さく肩を振るわせた。

「お…お義父さまっ……?」

 黒々とした鋭い瞳で、カレンを見下ろしているリュウ。
 お気に入りの玩具で遊んでいたときの表情とはまるで違う。

「こ…怖いのですわっ……!」

 とカレンがたじろいでしまうような剣幕のリュウ。
 低い声で口を開く。

「吐け」

「な、何を――」

「ゲ○じゃねーぞ」

「わ、分かってますわっ!」

「さあ、吐け」

 と脅すようにカレンを見下ろすリュウ。
 何を、とカレンがもう一度訊く前にリュウが続けた。

「おまえら、俺に何を隠してる?」
 
 
 
 
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