第135話 神とその友の過去


 寺の本堂の中。
 ブラックキャットの住職――タマが、シュウとカレン、サラ、レオンと向き合って昔を語る。

「先ほども言ったが、キラの父親は私の友であった。そう……、一番の友であった」

 うんうん、と頷きながらタマの話に耳を傾けるシュウたち。

「彼は時たま本当にバカであったが、その力は桁外れに強く、そしてとても心優しい男であった。その優しさは仲間であるブラックキャットだけではなく、他の種のモンスター、それから野生のモンスターほぼ全てが忌み嫌う人間にまで与えられた」

 レオンが口を挟む。

「ここのブラックキャットは、人間を助けていると聞いたことがあります。それは……」

 タマが頷いた。

「人間を助ける。それはこの島で、キラの父が最初に行ったこと。誰よりも強く、誰よりも慕われた彼がそうすることにより、次第にこの島のブラックキャットは人間に心を開き、彼に倣うようになった。若かりし頃は人間をひどく嫌っていた私が人間を助けるため、こうして僧侶となったのがその証拠だ」

「ふーん? 野生は葉月島本土のブラックキャットしか見たことなかったから、何だか変な感じぃ」

 と、サラ。

 喉が渇いたからと持ってきたクーラーボックスを開け、ビールの缶を取り出す。
 だが戸惑った素振りを見せたあと、結局開封せずクーラーボックスの中にビールの缶を戻した。

 そんなサラを見て、どうしたのかとカレンが首をかしげる。
 その傍ら、シュウが口を開いた。

「あの、タマさん」

「な、名で呼ばないでくれ」

「し、失礼しました。えと…、和尚さん」

「何かな」

「うちの神……いえ、オレたちの祖父は、どうしてこの島を離れたんですか?」

「ああ…、そのことか……」

 と、遠い目になるタマ。
 少し間を置いた後に続けた。

「彼は私が追い出したようなものなのだ…」

「追い出した?」

「よくある話だ。いや、どうか知らぬが」

「はあ…(知らねーなら言うなよ…)」

「その昔、それはもう美しいブラックキャットの女がおってな。ひどく身体が弱かったのだが……」

「身体が弱い?」

 と声を高くしたシュウ。
 意外だった。

 人間よりずっと強いモンスターの身体が、弱いだなんて。

 タマが言う。

「モンスターとて、生まれつき身体の弱い者はおるのだ。生まれつき健康なモンスターは生涯健康でいられることが多いが、生まれつき弱いものは生涯弱いもの」

 そうなのかと頷くシュウたちの傍ら、タマが続ける。

「彼女は――キラの母は、男たちの憧れの的であった。私と彼もそのうちの1匹でな。それはもう毎日のように交際を申し込んだものだ」

「ふーん」と、サラ。「毎日のように交尾を申し込んだんだ」

 引きつったタマの顔。

「…こ、交際だ」

「同じことじゃん」

「……。…ご、ごほん」と咳払いをし、タマが続ける。「そ、それで、彼女は私でも他の男たちでもなく、彼を選んだ。まあ、当然といえば当然であった。彼は時たま救いようのないバカとはいえ、誰よりも強く、優しく、慕われるような男であったからな。私も他の男たちも、彼ならば仕方ないと諦めた」

「へえ、美女と交尾したい想いはその程度だったんだ」

 再び引きつったタマの顔。

「交尾、交尾って…。…サラ、おまえのその性格は誰似だ」

「え、えと、父親似です。すみません…」と苦笑したシュウ。「それで、話の続きは…?」

「う、うむ」と頷き、気を取り直して話を続けるタマ。「彼と彼女の交際は結婚にまで発展してな。ある日、彼女は彼の子を孕んだのだ」

「その子がキラですか?」

 レオンが訊くと、タマが頷いた。

「彼は当然、私も産まれるのを楽しみにしていた。大切な一番の友と、想いを寄せていた女の子供であるからな。そして、無事にその子は――キラは産まれたのだが……」

 悲しげに曇ったタマの顔。
 それを見て、シュウはふと思い出す。

(母さんから聞いたことあったっけ。母さんの母さん…オレの祖母ちゃんは、母さんが産まれてからすぐに亡くなったって……)

 タマが続ける。

「彼女…キラの母親は、キラを産んでから間もなく息を引き取ってしまった。先ほども述べたとおり、彼女はひどく身体が弱くてな。私は悲しみのあまり、彼を…キラの父親を、おまえが子供を産ませたせいで彼女は亡くなってしまったのだと非難してしまった。本当は分かっていたのだが……子を産もうが産むまいが、彼女の命はそう長くなかったことを」

「いくら身体が弱くてもモンスター。人間とはやはり比べ物にならない程強い。子供を産んだことが理由で死ぬことはないでしょうからね」

 そんなレオンの言葉に、タマが頷く。

「分かっていたのに、私はひどく彼を責めてしまった。毎日のようにたくさんの罵声を浴びせてしまった。あれはキラが産まれて約一ヶ月の頃だったか。知っているだろうが、純モンスターは生まれて3日で立ち、一ヶ月も経てば元気に駆け回るのだが…」

「まあ」

 と声を高くしたカレン。
 初耳だった。

 タマが続ける。

「飛行型のモンスターがこの島を通りかかるその季節、彼は無邪気に私の周りを駆け回って遊んでいたキラを突然腕に抱いた。そして私に一言残し、頭上を通った飛行型のモンスターの背に乗ってこの島を去って行ってしまった。それが私がこの目で最後に見た彼の姿だった…」

「ふーん…? それで、その一言は何て?」

 と訊きながら、クーラーボックスに手を掛けたサラ。
 すぐに蓋を閉め、やっぱりビールに手をつけなかった。

 タマが答える。

「『悲しませて済まなかった』と。彼は責められたが故の辛さにこの島を去ったのではない。優しい彼は、一番の友である私の悲しんだ顔を見ていることが出来なかったのだ。己が責められた辛さよりも、私を悲しませたことが辛くて仕方がなかったのだ」

 そう声を詰まらせて言ったあと、タマが間を置いた。
 呟くように続ける。

「それから約4年が経った頃だ。彼が破滅の呪文を唱え、この世から消滅したのは。ブラックキャット同士、誰かが破滅の呪文を使えば感じるもの。力のあるブラックキャットは特にそれを感じ、強い者が破滅の呪文を唱えたとなれば子供でもそれを感じる。だからこの島のブラックキャットでも力のある方だった私は、ここからでも彼が呪文を唱えたことを、嫌でも感じてしまった。とても…とても強く感じた。あれほどにまで強い破滅の呪文は彼しか起こせない。彼がキラのために破滅の呪文を唱えたのだと、私はすぐに分かった。そして泣いた。いつかは彼が戻ってきてくれるだろうと信じていた私も、仲間たちも、知らせを聞いた桂月村の人間たちも、皆が泣いた…悲しみに明け暮れる日々が続いた……」

 サラが再びクーラーボックスに手を掛け、離す。

「そのあとだ…、人間嫌いだった私が、ようやく彼に倣って人間を助けようと思ったのは。彼への償いの意味も含め、彼が守ってきた人間たちを守るため、私はこうして僧侶となったのだ」

 なるほど、とシュウが頷いた。

「この島にはハンターがいないから心配してきたけど…。そっか、和尚さんがちゃんと守ってたんだ。オレたちの仕事、結局なさそうだな」

「仕事? ハンターの仕事でこの島へとやって来たのか」

「いや、流刑で」

 と、クーラーボックスを凝視しながらサラ。
 ビールが飲みたくて仕方がないようだ。

「流刑? そなたたち、何か悪さをしたのか」

「え、ええとぉ…」と、苦笑しながら小声になってしまうシュウ。「ほ、本当は親父が流刑になる予定だったんだけど、オレが変わりに行けって言われて……」

「は?」と、眉を寄せたタマ。「そなたたちの父親…キラの夫は、どんな男なのだ。名はリュウということだけは風の噂で聞いたことがあるが、一体どんな悪さをしたのだ」

「いえ、その、ワザとじゃないんす、ワザとじゃ…。その、夫婦喧嘩で誤ってヒマワリ城を破壊してしまいまして……」

「そ、そうか…。しかし、流刑と言う割にはまるで旅行のように見えるのだが」

 と、シュウたちのたくさんの荷物を見て言ったタマ。

「は、はい。このカレンとサラが可哀相だと、女好きな王子の気遣いで……」

「……。そんなことで大丈夫なのか、本土は」

「はい、たぶん…」と苦笑したレオン。「それで」

 と話を戻した。

「キラも破滅の呪文を唱えたことは、お気づきに?」

「うむ。父に比べて小さい爆発を感じさせたものの、やはり巨大な爆発であった。キラだと分かった。だから一時は再び悲しみに暮れたこの島だったがな。少し経ったら、キラが生きていたという噂が耳に入ってきた。実際に目で確認したわけではなかったが、私たちはその噂を信じた。死んでしまったとはいえ、彼がそう簡単にキラを死なせるとは思えなかったからな。…そしてやはり彼は、キラを守ったのだな……」

 その証拠となるシュウとサラ――キラの子供たち。
 2匹の顔を愛おしそうに見つめ、タマが微笑んだ。

「そなたたち、泊まるところは決まっているのか? 無かったらこの寺に泊まっていけば良い。何、気にすることはない。この寺には私とキャロルだけだ」

「いや、アタシたちは野宿でいーよ。テントあるし」と言って立ち上がったのはサラだ。「あ、でも夜になったらお風呂くらいは借りに来ようかな」

「そうか、泊まらぬのか。風呂を貸すことなど当然、困ったことがあったらいつでも来なさい」

「ありがと、タマちゃん」

「だ、だから名で呼ぶなと…」

「いーじゃん。何だかんだで、うちの神よりマシな名前だと思うけど。タマちゃんも、うちの神に気ぃ遣ってさっきから『彼』って呼んでんでしょ?」

「……。うむ…」

「偉大な分、そう簡単に口に出して言える名前じゃないよね」

「う、うむ。何と言うか、猫ではなく違う種を思い浮かべてしまうしな」

「ねー、マジ言えないよねー、うちの神の名前」

「うむ、言えな――」

「それが『ポチ』だなんて」

「……。言っておるぞ、サラ」

「あれ、本当だ。ま、いっか。じゃーねー」

 と真っ先に外へと向かって歩いて行ったサラ。
 続いてシュウたちも外へと出る。

 境内から出る前に一度タマに振り返って頭を下げ、そのあと長い階段を降りていく。

 そのときになって、カレンは気になっていたことを訊く。
 クーラーボックスからビールを取り出して、飲み始めたサラに。

「ねえ、サラ? どうしてお寺の中ではビール飲まなかったの? 和尚さまに怒られると思ったのかしら?」

「いや、タマちゃんのこと気にしてたんじゃなくてさ……」

「?」

 カレンが首をかしげる傍ら、レオンが微笑んでサラの頭に手を乗せた。

「キャロルちゃんのこと……だね?」

 サラが頷く。

「厳しい修行の中で、当然アルコールなんて飲めないんだろうなあと思ったらさ、何だか飲めなくって…。あのキャロルの様子だと村に行って色々贅沢なもの食っちゃ飲みしてんのかなあとも思ったけど、桂月村は貧しいからそれはないだろうし。本当はテントで野宿なんかよりお寺に泊まりたかったけど、ハネムーン気分ではしゃいじゃうアタシたちが居る場所じゃないよ」

 ぱちぱちと瞬きをしたカレン。

「まぁーったく、キャロルちゃんにあんなひどいことされておきながら、サラってば…」

 そう呆れたように言って、サラの腕を取った。
 サラの横顔を見上げ、微笑んでしまう。

「ふふ、大好きよサラ♪」

「えっ!? オレよりぃぃぃぃぃいぃぃぃぃいいぃぃいいっ!?」

 と喚くシュウ。
 その背をじっと見つめている瞳がある。

「…こら、どこへ行っておった」

 と溜め息を吐き、タマが頭を軽く叩いた相手はキャロル。
 門から少し顔を出し、階段を降りていくシュウをじっと見つめている。

「…和尚さま」

「何だ」

「…シュウさん、お元気そうでしたか?」

「うむ」

「ついでにどうでもいいけど、サラさんの左手の薬指はちゃんとあって、エンゲージリングらしきものがはまっていましたか?」

「婚約指輪……ではなく、結婚指輪だったな。あのレオンという青年が夫だそうな」

「そうですか」

 と、安堵したように小さく溜め息を吐いたキャロル。
 次のタマの言葉を聞いて、思わずその顔を見上げた。

「それから、シュウとカレンも夫婦だそうな」

「えっ…?」

 ずきん、と痛んだキャロルの胸。
 目を見開いてタマの顔を見つめる。

「シュウさんとカレンさん…、ご結婚なされたの…ですか……?」

「そのようだぞ。彼らの薬指には、しかと結婚指輪らしきものが確認できた」

「――そう…ですか……」

 そう呟くように言い、キャロルがタマに背を向けて本堂の方へと向かっていく。

(シュウさんが結婚…、シュウさんが結婚…、シュウさんが結婚…? カレンさんと……?)

 タマの黒猫の耳に、キャロルの歯軋りの音が聞こえた。
 
 
 
 
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