第134話 神の友


 葉月島本土から南に800kmほど離れたところにある離島。
 ここへリュウに変わって流刑にされたシュウとカレン、サラ、レオン。

 流刑と言っても、好きな物を持参可だし、期間はたったの10日間。
 海は美しいし、空気はおいしい。

 正直、ハネムーン気分だった。

 やって来てまず最初に向かったのは、近くにあった寺。
 長い階段を上り、寺へとやって来るとレッドドッグの耳の生えた尼僧らしき者の姿があった。

 彼女に声をかけ、振り返った彼女の顔を確認したサラ。
 指差しをして大爆笑。

 その原因は、

「あんたキャロルでしょっ!? キャロルっ!!」

 文月島ギルドのギルド長兼、超一流ハンター兼、超一流変態ゲールと、文月島で最強を歌われるモンスターであるレッドドッグのケリーとの間に出来たハーフの子――キャロル。

 3、4ヶ月前、リン・ランに魔法薬を飲ませておかしくさせたり、サラの指を切り落としたりと中々とんでもないことをやらかしてくれた。
 そのときはさらさらとした焦げ茶色の髪の毛が胸まであったのだが、頭を丸めて坊主になっていた。

「サラさんっ!? どうしてあなたがここに――」

 と、キャロルが言葉を切った。
 サラの背後へとやってきた者たちに目をやる。

 今や恐ろしくなってしまったレオンに、一番憎かったカレン。
 本当に好きだったシュウ。

(って、過去形で言ったら嘘になる気がするけど…)

 キャロルがシュウから顔を逸らす。

 キャロルを見つめ、目が丸くなるシュウとカレン、レオン。
 シュウが訊く。

「な、何でキャロルちゃんがここに?」

 キャロルが戸惑ったのち、口を開いた。

「…そ…その……、わたしはしばらく世間から離れてここで修行し、そして反省なさいって、ママが……」

「なるほどね」と、レオンが口を挟んだ。「厳しいでしょ、修行は」

「は、はい…。決まった時間に、決まったことしないといけませんし、食事は1日1回で……」

「そう。今は掃除の時間?」

「は、はい…」

「でも君」と、レオンが溜め息を吐いた。「ヤル気なさそうに掃除してるように見えたけど?」

「いっ、いえっ、そんなことはっ…!」

 とキャロルが声を裏返したとき、寺の奥から怒声が聞こえてきた。

「キャロル! おまえはまたサボっているのか!」

 と、姿を現したのは男。
 僧衣を身にまとい、頭を丸めていることから僧のようだった。

「げ、和尚さま…」

 とキャロルが顔を引きつらせると同時に、シュウたちの目が丸くなる。
 その僧には、黒猫の耳――ブラックキャットの耳が生えていたから。

(ハーフ…?)

 と思うシュウやカレン、サラの傍らで、レオンが呟いた。

「純粋なブラックキャットだ…」

「えっ?」

 とレオンに顔を向けたあと、再び僧に顔を戻したシュウとカレン、サラ。
 僧がその灰色の瞳でシュウたち1人1人の顔を見回し、最後にゆっくりとシュウに視点を置いた。

「……そなたの母親の名は何と申す」

 低く落ち着いた声だ。

「えっ?」と声をあげたあと、シュウは困惑気味に答えた。「キ、キラ…ですけど……」

「やはりそうか…、そなたが……」

 と微笑んだ僧に、シュウは首をかしげる。

(葉月島本土じゃオレたち家族のこと知らねー人なんていないだろうけど…。こんなテレビも携帯もないほど貧しい村があるような離島にまで、オレたちの顔が知れ渡ってんのか……?)

 サラが手をあげて言う。

「はいはいはーい。アタシ、これ(シュウ)の妹でーす。で、そっちのミックスキャットの優男がアタシの旦那様で、こっちの赤い髪の人間の美少女がアタシの親友兼、これ(シュウ)の嫁さんね」

「そうであったか。おお、たしかにそなたはキラと同じ黄金の瞳をしておるな」

「お坊さん、アタシたちのママのこと知ってんの?」

「ああ。こんな」と、己の片手を膝のあたりまで持って行く僧。「幼い頃に会ったのが最後であったがな」

「えっ!?」

 と、驚いたシュウ一同。
 サラが真っ先に訊く。

「お坊さん年いくつ!?」

「や、そうじゃなくて」と、レオン。「キラのそんな小さい頃を知っているなんて、あなたは一体――」

「年いくつ!?」

 と、レオンの言葉を遮ってもう一度訊いたサラ。
 僧が言う。

「62だ」

「62!?」

 と、驚いて声をそろえたシュウとカレン、サラ。
 彼の外見年齢は25歳ほどだ。
 純モンスターなのだからそれ以上は老けないのは分かっているが、何だか驚いてしまった。

 比べて、同様に己も純モンスターのせいか驚いた様子のないレオンが訊く。

「何故キラを知っているのですか?」

「キラ自身覚えていないであろうが、キラは葉月島本土ではなくここで産まれたブラックキャットだ」

「えっ…!?」

 今度はシュウたちと一緒に、レオンも驚いて声をあげた。
 僧が続ける。

「ここで産まれるブラックキャットは、葉月島本土で産まれるブラックキャットよりも強いと言われている。その中で特に強かったのが、キラの父親で――」

「神様!?」

 と思わず僧の言葉を遮ったシュウとカレン、サラ。

「神?」

 と眉を寄せる僧に、レオンが催促する。

「気にしないでお話を」

 承諾した僧が話を続ける。

「彼は桁外れに強く、優しく、時たま救いようのないバカで…」

 なんて言葉を聞いていると、キラの姿を思い浮かべてしまうシュウ一同。

「私の友であった」

「かっ、神様の友!?」

 と声をそろえて驚き、あたふたとするシュウとカレン、サラ。

「あわわわわっ! たっ、大変だっ! お、おおお、親父に電話をぉぉぉおぉぉおぉぉっ!!」

「って、ここ圏外だよ兄貴ぃぃぃいいぃぃぃいっ!! ていうか、神様の友は仏様あぁぁぁあぁぁぁぁあ!?」

「と、とりあえず拝みましょぉおぉぉぉぉぉおっ!! おっ、お供え物はビールがいいかしらあぁぁぁああぁぁぁぁあっ!?」

「って、お供え物はいらねーだろカレンっ…! とっ、とりあえず手を合わせろ、手をっ!」

 と、半ばパニックに陥り、僧に向かって手を合わせるシュウとカレン、サラ。
 僧がおかしそうに笑う。

「あやつが神、か」

「ええ、神です」とレオンが微笑む。「キラの命を2度も救ってくれた。1度目はキラが幼い頃に破滅の呪文を使って、2度目は破滅の呪文を使ったキラを守ってくれて…。本当、キラのお父上は神としか言いようがありません」

「そうか…」そう言って微笑んだ僧。「話が長くなりそうだ。中へお入りください。キャロル、彼らを案内し――って」

 きょろきょろと境内を見回す。
 いつの間にかキャロルの姿が消えていた。

「どこへ行った、キャロル! まったく、また逃げよって……」

「彼女は修行を真面目にやられていないのですか?」

「うむ。困ったものだ。真面目に修行すれば、一月で文月島へ帰してやるものを…」

「反省してない証拠だね」

 と、小さく溜め息を吐いたサラ。
 寺の中へと向かっていく僧の背を追いながら訊いた。

「ねえ、お坊さん。名前なんていうの?」

 一瞬動きの止まった僧。

「わ…、私の名など気にするでない」
「はーい」

「では中に――」

「で、名前なんていうの?」

「だ、だか――」

「なんていうの? アタシはサラ、兄貴はシュウ、アタシの旦那様はレオン、アタシの親友はカレン。で、お坊さんは?」

「……し、しつこいな」

「なんていうの? ねえねえ、なーまーえーはーーー?」

「……」

 数秒の間黙ったのち、僧が再び口を開いた。

「…タ…」

「タ?」

「タマ……と申す」

 一瞬目を丸くしたサラ。
 ぷっと短く笑った。

「ネーコーだーねー」

「……ね、猫だもん」
 
 
 
 その日の晩。
 葉月島本土にある、シュウ宅の書斎。

 リュウが回転椅子に座り、シュウたちの送られた離島について調べていた。
 そこそこ知っているつもりだったのだが、知らなかった事実があれやこれやと出てくる。

「なあ、キラ」

「何だ、リュウ?」

 と、リュウの膝の上に乗っているキラがリュウの顔を覗き込む。

「あそこの離島にもブラックキャットが生息してることは知ってたけどよ」

「うむ」

「んで、葉月島本土のブラックキャットより強いらしいっていうのも聞いたことあったけどよ」

「うむ」

「昔っから人間と仲が良いとは知らなかったな」

「仲が良い?」と、キラが声を高くした。「野生のブラックキャットと、人間がか?」

「おう。何でも桂月村に住む人々を、野生のブラックキャットが助けてるとか何とか」

「まさか」

「と、思うけどよ、俺も。…でも、そのまさかかもと俺は思う」

「何故だ」

 と、さらに声を高くしたキラ。

「何つーか、義父上ってそこ出身の気がしねえ? すげー強くて、最初から……初めて墓参り行った日から、俺に優しかったから」

「言われてみればツッコミ所だったぞ。野生のブラックキャットである父上が、人間であるリュウを気に入っただなんて。しかも、たった一度の墓参りだけで」

「だろ? やっぱ父上の出身地かもしれねえ」

「うむ…」

 と頷いたキラ。
 数秒黙ったのち、口を開いた。

「な、なあ、リュウ…」

「ん」

「こ、ここ葉月島本土では、私とおまえの子供であるシュウに気安く声をかけるペットのブラックキャットはいないが…」

「そうだな。野生は野生で人間の血の混じったシュウに、声すら掛けねーしな」

「そ、そこの離島ではやはりブラックキャットに声をかけられ、会話をする機会があってもおかしくないと思うかっ…?」

「そうじゃね? 野生が人間と仲が良いってんなら、ハーフ見ても忌み嫌わねえだろうし。ペットになってるブラックキャットがいたとしても、俺たちの名は知ってても姿までは知らねえ可能性高いし。気安く声かけられっかもな」

「そ、そうか…」

 と言ったあと、俯いて黙ったキラ。
 心地の良くない動悸に襲われていた。

(純粋な野生のブラックキャットなら、きっと気付くだろう。力があるというなら尚更だ。シュウが私の闇の力を継いで産まれて来たことを…)

 闇の力を持っている=破滅の呪文が使える。

 シュウが破滅の呪文を唱えたところで、どうあがいてもキラの破滅の呪文には敵わないし、己の身が滅んでしまうこともないが。
 継いだのは他でもない、最強のブラックキャットであるキラの力。
 当然、使えば強力だ。

 シュウは己がそんな能力を持っていることを知らない。

 キラが教えていないから。
 シュウが闇の力を継いでいることも、一応破滅の呪文を使えることも、何も教えていないから。

(全てはリュウのため。私の破滅の呪文と違って己の身が滅ぶことがないものの、大切な子供が破滅の呪文を使えると知ったら、リュウは…)

 だがキラは親として、闇の力を受け継いだことをシュウ本人に教えなければいけないことも分かっている。

 だから、シュウが本当に己の力に困り果てたときに教えようと思っていた。
 あくまでも、シュウが本当に困り果てたときにだけ。

(シュウも18だ。教える日は近いだろうと、覚悟はしていた。でも、もっともっと先であることを願っていた。むしろ、教える日など来なければ良いと思っていた。だって私はもう…)

 リュウの頭を、キラがぎゅっと抱き締める。

(主――リュウに、恐怖や悲しみを与えたくない……)

 リュウがキラを抱き締めて訊く。

「どうした、キラ…?」

「何でもない…、何でもないぞ、私の愛する主」

「おまえと何年夫婦やってると思ってんだ。嘘吐いてんじゃねえ」

 どきっとしたキラ。
 慌てて首を横に振る。

「う、嘘など吐いておらぬっ…!」

「いーや、嘘吐いてる。俺には分かる。ほら…、気ぃ遣ってねーで言ってみろ」

「そ、そんなんじゃっ…!」

「じゃあ、照れてねーで言ってみろ」

「は? 照れ……?」

 と眉を寄せたキラ。

「抱かれたいんだろ、俺に」

「違うわっ!!」

 と突っ込んだが。
 そのあとリュウに容赦なく強引に好き勝手抱かれたのは言うまでもない。

(ともかく、シュウが己の隠された力を知らされずに帰ってくることを願う……)
 
 
 
 
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