第129話 七女のデート 後編


 レナが目を覚ますと、知らない天井が目に入った。

「あれ…、ここどこ……?」

 と考えたのはほんの一瞬。
 すぐに気付いた。

(ミ、ミヅキくんのアパートだっ…!)

 がばっと起き上がり、部屋の中を見回す。
 割と小ざっぱりとしている。
 ベッドに寝かされていることから、どうやら寝室らしい。

(ええっ…!? ミヅキくんのベッド…!? これ、ミヅキくんのベッド…!? こ、ここでいつも毎日寝てんの……!?)

 そう思ったら急に顔が熱くなり、レナはベッドから飛び出した。

「あたしってば何てラッキーなっ…!」

 そこへやってきたミヅキ。
 ドアを開け、中を覗き込む。

「あ、良かった。目覚ましたね」

「ミ、ミヅキくんっ!」と小さく飛び跳ね、ミヅキに向き直ったレナ。「あ、ああああああありがとう、ベッドに寝かせてくれ――」

 ぐーぎゅるるる…

 と鳴ったレナの腹の虫。
 ますますレナの顔が熱くなる一方、ミヅキがおかしそうに笑った。

「お昼ご飯できたから食べよう」

 はっとしたレナ。
 くんくんと鼻を利かせると、おいしそうな良い香りが漂ってきた。

「わ、わああ、ごめんミヅキくんっ! 1人で作らせちゃってっ…!」

「いいのいいの。ほら、早くこっちおいで。冷める前に食べよう」

「う、うんっ…!」

 とレナはミヅキのあとを小走りで着いていった。
 リビングに出ると、ミヅキの作った昼食がテーブルに並べられていた。

「うわぁ、おいしそう」とレナの目が丸くなる。「ミヅキくん、あたしよりずっと上手だねえ」

「一人暮らししてるからね。って、味の保証はできないけどね」

 と言ったミヅキだったが、一口食べるなりレナの口の中に広がるその美味っぷり。

「お、おいしいーっ!」

 どんなに好きな異性の前だからと少食のフリをしても、やっぱり食いしん坊で大食いのレナ。
 ミヅキの料理を次から次へと頬張ってしまう。

「――ハッ!」

 しまった!

 と思ってミヅキを恐る恐る見たレナ。
 ぱちぱちと瞬きをする。

 引かれたと思いきや、ミヅキはレナを見て微笑んでいる。

「おいしい? レナ」

「うっ、うんっ…! だからあたし、つい口に詰め込んじゃってっ……!」

「良かった。まだまだあるからさ、たくさん食べていってよ」

 そう言ってミヅキがレナの皿を持って立ち上がり、おかわりを盛りながら言う。

「ぼくはさ、せっかく作った料理を遠慮して食べない子より、たくさん食べてくれる子の方が好きなんだよね」

「そ、そうなのっ?」

「うん。やっぱり自分の作った料理をおいしそうに食べてくれるのは嬉しいからね」

 それを聞いたレナの緊張が少し解けた。
 ミヅキの料理を堪能しつつ、寝室とは逆の方向にある部屋のドアを見ながら聞いてみる。

「あそこのお部屋で、ドール作ってるの?」

「うん、あそこはドール工房」

「兄ちゃんのドール作り中とか?」

「うん。来月のオークションの分」

「へえー、相変わらず高く売れるんだろうね」

「まあ、一番最初に比べて値段が落ちてきてるとはいえ、それはそうなんだけどさ。シュウのドールばっか作ってても飽きるんだよね。可愛い女の子ドールが作りたいよ、ぼくは」

 レナの手が止まった。

「カ…、カレンちゃんみたいなっ……?」

「え?」

 とミヅキがレナを見ると、レナが慌てたように再び箸を動かし始めた。

「う、ううん、なんでもないっ…!」

「レナ――」

「そ、それにしてもミヅキくんのお料理、本当においしいねっ……!」

 そう言ってミヅキの言葉を遮り、ミヅキに横顔を見せて料理を口に詰め込むレナ。
 笑顔が引きつっている。

「ねえ、レナ」

「こ、このエビおいしいねミヅキくんっ!」

「聞いて」

「こ、このアボカドもおいしいっ!」

「レナ」

「す、すごいなあ、ミヅキく――」

「聞けって」と、ミヅキの手が箸を持っているレナの手を引いた。「言ってんだけど、ぼくは」

「……」

 眉を吊り上げているミヅキの顔を見る、レナの淡い紫色の瞳。
 じわじわと涙が溜まっていく。

 ミヅキは溜め息を吐いた。

「レナの言い方聞いてると、ぼくがまだカレンちゃんのこと好きみたいなんだけど」

「…カ、カレンちゃんのドール作ろうとしたんでしょっ? 顔も身体も、全部そっくりにっ…!」

「そうだけど、それは過去の話でしょ?」

「か、過去のことだけど、それほどまでにカレンちゃんのこと好きだったんでしょっ…?」

「そうだよ」

 と、ずばっと言ったミヅキ。

 それを分かっていても衝撃を受けたレナ。
 涙が一粒零れた。

 ミヅキが続ける。

「だけど、今のぼくはレナのことが好きなんだけど?」

「……う」レナの目が丸くなる。「嘘吐いた!」

「な」ミヅキの目も丸くなる。「何でそうなるのか訊きたい」

「だってっ…! だって、あたしなんかっ…!」レナの頬を涙がぽろぽろと零れ落ちていく。「姉妹の中で一番大食いだしっ!」

「だから、ぼくはたくさん食べてくれる子の方が好きだって」

「あたしなんか、姉妹の中で一番女の子らしくないしっ!」

「サラちゃんには負けちゃうじゃない」

「勝気だしっ!」

「それもサラちゃんには負ける」

「色気もないしっ!」

「はぁ? 14歳にそんなの求めないし」

「胸だって姉ちゃんたちに比べて小さいしっ!」

「カレンちゃんよりあるよ」

「頭だって良くないしっ!」

「ああ、バカなの? 家族とその周りが色んな意味でバカばっかなんだから仕方ないじゃん」

「……。ミヅキくんて、可愛い顔して結構毒舌だよね」

 あはは、とミヅキが笑う。

「でも今の本人たちに言わないでね、怖いから」

「う、うん」

 ミヅキがティッシュを取り、レナの涙を拭きながら続ける。

「ともかく、ぼくにとってレナは一番可愛いよ。ドールだって、レナが作っていいって言うなら今すぐにだって作りたい」

「……」

 ミヅキを見つめるレナの瞳が揺れ動く。

「それくらい、ぼくはレナのこと好きだよ」

 これは夢か現実か。
 レナは考える。

 レナの後頭部に回ってきたミヅキの手。
 引き寄せられて、目の前数cmの距離にミヅキの栗色の瞳がくる。

 ミヅキが瞼を閉じ、

(あ、やっぱり睫毛長い)

 レナがそんなことを思ったとき、ミヅキの唇が重なってきた。

「――!?」

 え、何事っ…!?

 と驚き、唇を離したレナ。
 再び唇を奪われながら、ようやく実感する。

(ああ…。あたし、ミヅキくんとキスしてるんだ)

 そして、

(あたし、ミヅキくんに好きって言われたんだ)

 込み上げてきた嬉しさに、レナの胸が熱くなる。

(唇も熱いや…)

 離さんと言わんばかりに、ミヅキに唇を奪われているレナ。
 どれくらい経ったのだろう。

   長い間キスされているうちに、

(あたし…やばい……)

 と本気で思った。

(ねえ、ミヅキくんっ…)

 ボーっとしてきた頭。

(そんなキスしちゃダメだよっ…)

 軽い眩暈。

(あたしっ…あたしっ……)

 頭の中、流れ始めるスーパー閉店ソング。

(マジ酸欠っ……!!)

 ほーたーるのー、ひーかぁーり♪

(た、助けてえぇぇっ! いつ息していいのか分かんないよおぉぉぉぉっ!!)

 まーどーのー、ゆぅーきぃー♪

(うあぁぁあぁぁ、く、苦しいぃぃぃぃっ…!)

 ふーみーよむ、つーきぃーひ♪

(おっ、お願いぃっ! 脳に酸素がほしいのぉぉぉっ…!)

 かーさねつぅーつー♪

(シャッター開けてえぇぇぇぇっ…!)

 いーつしか、とーしぃーも、すーぎぃーのとをー♪

(閉店しちゃ……ダ……メェっ…………!!)

 あーけーてぞ、けーさぁーは、わーかーれゆぅーくぅーーー♪

 バタ…

 レナ、失神。

「――へっ!? えっ、ちょっ、また昇天したあぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ!?」

 チーン。
 
 
 
 シュウとカレンの部屋の中。

「ちょ、ちょっと、兄ちゃん、カレンちゃん……!?」

 顔を赤くし、眉を吊り上げるレナ。
 今日のデートのことを報告しなければ良かったと思う。

 床に突っ伏しているシュウ。
 ベッドに突っ伏しているカレン。
 ぷるぷると震えている。

 必死に笑いを堪えている。

「しっ、仕方ないでしょっ!! キス初めてだったんだからね、あたしっ!!」

 シュウとカレンが顔をあげた。
 2人とも涙目だ。

「うんうん、そうだなレナ! ファーストキスだったんだもんな!」

「そうよね、呼吸のタイミング分からないが故に酸欠になって失神してもおかしいことじゃないわよね!」

 と言っている2人の顔は、今にも爆笑し出しそうだ。

「かっわいいなぁ、オレの妹」

「可愛いのですわぁ、あたくしの義妹」

 と2人に頭を撫でられて、レナの頬が膨れる。

「もうっ、あたしのこと子供扱いしてっ……!」

「それで」と、カレンがレナの顔を覗き込んだ。「キスしたってことは、ミヅキくんと両想いになったのよね?」

「う、うんっ…!」

「良かったわね、レナちゃん」

 とカレンが微笑み、

「良かったな、レナ」

 とシュウも微笑む。
 レナも2人の顔を交互に見たあと、頬を染めて微笑んだ。

「うんっ……!」

 もう寝るからと、ドアへとレナが向かっていく。
 ドアノブに手を当て、一度振り返った。

「あ、ねえ。兄ちゃん、カレンちゃん」

「ん?」

「あっ…、あたしっ、ミヅキくんにドール作ってもらえるんだっ……!」

「へえ」と高くなったシュウの声。「本気で惚れられてんな、おまえ」

「まあ」と高くなったカレンの声。「恥ずかしいかもしれないけど頑張ってね、レナちゃん」

「う、うんっ…! それじゃ、おやすみっ!」

 とドアを開けて出て行こうとしたレナ。
 再び振り返った。

「あ、それから訊きたいことがあったんだ」

「何?」

「恋人になったり夫婦になったりしても、不安になったり嫉妬したりする?」

「する」

 と即答したのはシュウだ。
 続いてカレンも答えた。

「まあ、するわね。やっぱり」

 そっか、と頷いたあと、今度こそレナがシュウとカレンの部屋を後にした。
 それを確認したあと、カレンがベッドの上で人形遊びを始める。

「ふふ、レナちゃんドールが完成したら見てみたいのですわ。とっても可愛いもの♪」

「…なあ、カレ――」

「さぁーてと、今日はどのドレスに着せ替えしようかしら♪」

「なあ――」

「あん、これ可愛いのですわああああああああああっ!」

「……」

 シュウ、苦笑。
 結婚しても、カレンは人形遊び中はシュウを放置するところは相変わらずだ。

「何か言った? シュウ」

「いや、いい…」

 シュウはそう言って、カレンの背後に腰掛けた。

(喧嘩になるような気がしないでもないし、ちょっとしたオレの嫉妬なだけだし、言わない方がいいよな)

 とカレンの背を見つめる。

(おまえ親父と仲良くねーか、なんて……)
 
 
 
 
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