第128話 七女のデート 前編
5月末のとある夜。
シュウとカレンの夫婦部屋にて。
「ア…アナタっ…」
「オ、オ、オマエっ…」
「…カ…カモォォォンっ…!」
「フィーバァァァァァァァァァァァァァ」
ガチャ
「ねえ兄ちゃ――」
「ァァァァァァァァーーーっ!!?」
これから夜のイトナミをしようと、妻であるカレンに飛び掛った長男・シュウ。
振り返って仰天。
七女・レナがドアを開けて立っていた。
「うっわああああああああ!?」と顔真っ赤にし、シュウは慌ててカレンの上から避けた。「に、ににににににに兄ちゃん別にカレンに襲い掛かってたわけじゃねーよ!? そ、それでレナっ!? ど、どうしたっ!?」
「ご…ごめん、邪魔して……」と、レナの顔も恥ずかしそうに赤くなる。「あ、あとででいいやっ…!」
とドアを閉めて去ろうとするレナ。
カレンがベッドから起き上がり、乱れかけの寝巻きを調えながら言う。
「待って、レナちゃん。気にしなくていいのですわ。どうしたの?」
「…そ、そのっ……」
レナが部屋の中に入る。
「ほら、レナ」
と、ベッドに座っているシュウが、自分とカレンの間をぽんぽんと手で叩く。
レナは頷いてそこに座ると、話を切り出した。
「あっ、あのねっ、兄ちゃん、カレンちゃんっ…!」
「うん?」
と声をそろえたシュウとカレン。
レナの顔を覗き込むようにして見る。
「あっ、あたっ、あたしっ、明日ミヅキくんとデートなんだけどっ…」
「知ってる」と、シュウ。「ミヅキからさっきメール来た」
「まあ、そうなの?」と声を高くしたカレン。「デートってどこへ行くのかしら?」
「そのっ…えとっ……」
戸惑っているレナに、シュウも訊く。
どこでデートするかまではミヅキから聞いていなかったから。
「どこでデート?」
レナが顔を赤く染めながら答える。
「そっ、そのっ…ミヅキくんのお家にお邪魔するんだけどっ…!」とシュウにしがみ付き、真っ赤になった顔をシュウの胸に顔を埋める。「きっ、ききき、緊張するよぉ、兄ちゃんっ……!」
「大丈夫だ、レナ。兄ちゃんがミヅキに何もしないよう言っ――」
「ミヅキくん、今度こそあたしに何かしてくれるかな!?」
「へ?」
と眉を寄せたシュウ。
胸にしがみ付いているレナに目を落とすと、レナが続けた。
「あっ、あたっ、あたしっ、ミヅキくんに手は繋いでもらってるんだけどっ…!」
「おう、知ってる。この間見たし」
「キスはまだでっ…!」
「そうなのか」
「以外ねえ」と、カレン。「ミヅキくん、手が早いイメージあるけど」
そんなカレンの言葉に、レナが反応した。
カレンに顔を向けて訊く。
「カレンちゃん、ミヅキくんに何かされたことあるの?」
「えっ?」
と声を裏返したカレンとシュウ。
「な、無いですわよっ?」
「お、おう、ないぜっ?」
と言ってレナを安心させる。
カレンがミヅキにキスされたり、痺れ薬を飲まされて危うくミヅキに犯されるところだったとは絶対に言えない。
「でも、ミヅキくんにドール作られそうになったことはあるよね」
ギクっとしたシュウとカレン。
カレンが慌てて言う。
「で、でもあれよっ? 結局あたくしのドールは完成前に処分したみたいだしっ…!」
シュウも続く。
「そ、そうそうっ…! ミヅキ、カレン人形は最後まで作らなかったぜ…!?」
「知ってる、ミヅキくんから聞いた」とレナ。「兄ちゃんとサラ姉ちゃんが止めたんでしょ?」
「……う、うん」
と頷いたシュウとカレン。
レナが訊く。
「兄ちゃん、ミヅキくんのドールのモデルになったとき全裸になったんだよね?」
「え? ああ、うん、そうだな」
「カレンちゃん、ミヅキくんにドール作られそうになったとき、全裸になったの?」
「いっ、いいえ! なる前にシュウたちが止めたものっ!」
「そう…」と呟くように言い、レナが俯いた。「でも、顔だけじゃなくて身体も作られるところだったんだ、カレンちゃん……ミヅキくんに」
否定しようと思ったカレンだったが、もう遅い。
それが事実であるということが、もうすっかりレナにバレてしまっているようだ。
「それってさ、それほどまでにミヅキくんに想われてたってことだよね、カレンちゃん。いいな…、いいな……」
俯きながらそう言ったレナ。
母親譲りの銀髪から覗く口元は引きつっていた。
笑いたくても笑えない、というような。
「…な、な、な、何を言っているのかしら、レナちゃん!?」カレンは声をあげた。「レナちゃん、ミヅキくんにとっても大切にされているじゃないっ! 自信を持って!」
「う、うん……」と頷いた割には、まるで自信のないような顔をしているレナ。「そ、それじゃ、邪魔してごめんねっ…! おやすみ兄ちゃん、カレンちゃんっ……!」
そう言って、シュウとカレンの部屋から出て行った。
ドアが静かに閉まる音を聞いたあと、カレンがシュウの顔を見た。
「いけないわっ! いけないのですわっ!」
「な、何がだよカレン?」
「レナちゃん自信がなくなりかけてるのですわっ! っていうか、あんなに可愛いにも関わらず最初から自身がないようにも思えるのですわっ! たまに思うけど、この家の住人って自分がどれだけ美しいのか分かっていないんじゃないのかしら!?」
「い、いや、別に――」
「シュウ!」と、カレンが真剣な顔をしてシュウの言葉を遮った。「今すぐミヅキくんにメールしてちょうだい!」
「な、なんて?」
「明日のデートでレナちゃんがこれ以上自信がなくならないように、それなりのことをミヅキくんにメールして!」
「って言われてもなあ……」
と苦笑したシュウ。
携帯電話を取り出し、何てメールしようかあれやこれやと考える。
(ああもう、ストレートでいっか)
ということになり、シュウはミヅキにメールしたのだが。
『オレの妹に手を出してくれ』
何だかちょっと、複雑な気分だった。
翌日。
昨夜はバイトと、毎月葉月町で行われるオークションに出すシュウ人形制作からくる疲れのため、早く就寝したミヅキ。
AM11時30分と遅くに目を覚まし、ベッドに寝たまま携帯電話を取ってシュウからのメールを見る。
そして寝ぼけ眼を手の甲で擦り、眉を寄せる。
「は…? 妹に手を出してくれ……?」
ミヅキはシュウに電話を掛けた。
シュウよりも先に口を開く。
「いいの?」
「は?」と言ったあと、シュウが何のことか考え中らしく数秒の間黙った。「…ああ、オレが昨日送ったメールのことな」
「レナに手出していいんだね?」
「オ、オレとしては複雑な気分なんだけどさ…。レナがさ……」
「ぼくにキスされたいって?」
「っぽい…」
「分かった」
「す、すんの?」
「する」
「…そ、それ以上のことはまだすんなよ…!?」
「レナが望まないならしない。望むならする」そう言いながら、時計に顔を向けて時刻を確認したミヅキ。「んじゃね」
と、シュウの返事を待たずに電話を切った。
レナとの待ち合わせ時間まで、30分もない。
顔を洗って歯を磨き、着替えて寝グセを直し、家から飛び出す。
待ち合わせ5分前。
小走りだったミヅキは、少し息を切らしながら足を止めた。
待ち合わせ場所――キラの銅像前に、先にやって来ていたレナが立っている。
きょろきょろと辺りを見回して、ミヅキの姿を探している。
そんなレナを見てミヅキが微笑んだとき、レナがミヅキの姿に気付いた。
はっとして手を身体の脇にくっつけ、びしっと直立する。
「待った? レナ」
「だ、だだだ、大丈夫! 40分しか待ってない!」
「って、そんなに?」と驚いてミヅキの声が高くなる。「ごめん、待たせちゃって」
「き、気にしないでミヅキくんっ! あ、あたしが早く来ただけだからっ…!」
「そ?」
うんうんうんうんと何度も頷くレナ。
「じゃ、ぼくのアパートに行こっか」
とミヅキに手を取られ、レナは頬を染めた。
ミヅキの傍らを歩きながら、あまりの動悸に眩暈が起きそうになる。
(お、おおお、落ち着くんだあたしっ…! え、ええとまずはミヅキくんの家に着いたら一緒にお昼ご飯作って、一緒に食べて……。…そ、そのあとは!? そのあとは何すんの!? キ、キキキキキキキキキスとかぁっ!?)
頭の中を妄想がぐるぐると駆け巡り、ぶっ倒れそうになるレナ。
後方にふらりとよろけたレナの身体を、ミヅキが慌てて腕で支える。
「レ、レナ!? 大丈夫!?」
「う、うん、大丈夫っ…! ありがと、ミヅキくん」
と言いながら、レナは思う。
(ミヅキくんて、華奢でもやっぱり男の子だなぁ)
細いミヅキの腕は、しっかりとレナの身体を支えている。
(このままお姫様抱っこ…なんて……)
とレナがにやけたとき、足が地面から浮いた。
「――って」レナ、仰天。「えぇぇぇええぇぇぇぇえぇぇぇぇえっ!?」
ミヅキの腕が当たっているのはレナの背と膝の裏。
(まっ、まさかのお姫様抱っこデスカァァァァァァアアァァァァァアアアァァァァっ!?)
レナの顔や首が真っ赤に染まっていく一方、ミヅキは慌てた様子で自分のアパートへと向かっていく。
レナは近くにあるミヅキの顔を見上げながら、パニック状態に。
「ミ、ミミミミミミミヅキくん! あたし重いから重いから重いからっ! たっ、体重42トンだからあぁぁぁああぁあぁぁぁぁあぁぁぁあっ!!」
「ぼく怪力だなあ」
「おおおおおお降ろしてえぇぇぇえぇぇぇぇええぇぇぇぇぇえぇぇぇえっ!!」
「ダメダメ、倒れそうになったんだから」
「ででででも、あたしこのままじゃ、このままじゃああぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあっ!!」
「このままじゃ?」
「しょ、しょしょしょしょしょ昇天するうぅぅぅううぅぅぅううぅぅぅぅうぅぅぅぅうっ!!」
「何それ」
「て、ててて、天使さん来た、天使さん来た、天使さん来た、天使さん来た、天使さん来たぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ!!」
「あはは」
「あっ、あああっ…! もっ、もうダメだよっ…! パ○ラッ…シュ…………」
「……レナ?」
「……」
「……どうかした?」
「……」
「……へ?」
と、前を向いて走っていたミヅキは足を止めた。
レナに目を落として仰天し、思わず空を見渡す。
だって、
「――て、天使来た……!?」
レナが気絶していたものだから。
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