第127話 カレンの初仕事
シュウ宅の書斎の中。
葉月ギルドのギルド長であるリュウが、回転椅子に座って数枚の紙を眺めていた。
依頼内容の書かれている紙だ。
リュウの脇に立っているカレンが訊く。
「お義父さま、決まりましたか?」
リュウはカレンの初仕事用の依頼を探していた。
数秒後、リュウが口を開く。
「決まった。これにする」
と、リュウがカレンに渡した紙に書かれているのは。
『依頼内容:うちの子に噛み付いたスライムを退治して!
依頼者:タナカ
住所:葉月町6丁目32ー9
連絡先:090ー△△△ー□□□□
報酬金額:1万ゴールド』
リュウが続ける。
「リンクが電話で依頼者から詳細を聞かされたところ、まん丸太った赤ん坊の美味そうな足に噛み付いたスライムがいるんだと。依頼者がちょっと目を離した隙に」
「まあ、危険ですわ」
「おまえも頬とか腕とか太股とか美味そうなんだから噛まれっかもな」
「しっ、失礼ですわお義父さまっ!!」
「スライムは珍しく虹色してるっつーし、すぐに分かるだろ。場所は俺の仕事で行くところの近くにある平原。だから途中で寄ってやる。早く武器持ってこい。行くぞ」
「はい、お義父さまっ」
と小走りで書斎の戸口へと向かって行くカレン。
そのとき書斎のドアに耳をへばりつけていたシュウは、慌ててドアの後ろに隠れた。
武器である銃を部屋に取りに行ったカレンの背を見つめる。
(よしよし、平原だな。カレンが心配だから仕事の合間にこっそり見に行くぜ、オレ。あれ、でも)
シュウは眉を寄せた。
(どこの平原だよ)
葉月島のとある平原。
カレンの前方50mのところに虹色のゼリー状のモンスター――スライムが春の日差しの下で堂々昼寝している。
「特徴からいってアイツで間違いねーな」と、カレンの傍らにいるリュウ。「さあ、殺(や)れ」
「そ、そんなこと言われても怖いのですわっ……」
と、手にリボルバーを持ちながらも後ずさるカレン。
「寝てっから大丈夫だ」
「で、でもぉ……きゃっ!」とカレンがリュウの背に隠れた。「うっ、動きましたわっ!」
「寝返りだろ。そのリボルバーの1発でも当たれば死ぬ。早くしろよ」
「は、はいぃっ……」
と恐る恐るリュウの背から出るカレン。
この距離からでは銃弾がスライムに当たる自信がないので、音を立てないようにして20mほど進む。
「え、ええとぉ…、弾は入ってるから、銃を構えて撃鉄を引き起こしてぇ……」
「もう少し素早くできねーのか、おまえは」
「て、手が震えるのですわっ! …コ、コッキング完了っ……!」
「よし、撃て」
「は、ははは、はいっ!」
とスライムに銃口を向け、引き金を引いたカレン。
手が震えて狙いが定まらなかった。
ズキューーーン!
と飛んでいった弾丸は、スライムに掠りもせず遠くへと飛んでいく。
「あっ!」
しまった!
と思ったカレン。
銃声でスライムが昼寝から目を覚ましてしまった。
カレン目掛けて突進してくる。
「きゃっ、きゃあああああああああああああああああああ!」
と絶叫しながらスライムから逃げ回るカレンに、リュウの顔が引きつった。
「俺を怒らせてえのか、おまえは」
「お義父さま助けてくださあああああああああいっ!」
「甘えんな」
「きゃあああああああああああああ! こっち来ないでえええええええええええええ!」
いつまでも逃げ回っているカレン。
リュウが溜め息を吐く。
「おまえはハンターになるって決めたんだろうが。いつまでも逃げてねえで根性見せろよ」
「だ、だって――」
「そんな」とカレンの言葉を遮ったリュウが、短く嘲笑する。「男らしい胸元してんだからよ」
ズキューーーン!!
とリュウ目掛けて放たれた弾丸。
それを顔の前で摘んだリュウ。
正直、びびった。
「おま……」
「黙っていてくださいな、お義父さま…!?」
「…お、おう(こいつ、乳に関して冗談が通じねえレベルに達してやがる…)」
今ので妙に冷静になったカレン。
後ずさって逃げながらも、スライムに銃口を向ける。
シュウがこの場へと辿り着いたのはこのとき。
(こ、ここの平原だったか…!)
他にここから離れたところにある2つの平原へと行ってきたシュウは、近くの岩に身を隠した。
顔を覗かせ、カレンの様子を見つめる。
(おお、がんばってるじゃねーか、カレン)
カレンがリボルバーの撃鉄を起こし、スライムに狙いを定め、引き金を引く。
辺りに響いた銃声。
弾丸はスライムの急所に命中し、見事スライムを退治したカレンにシュウの目が丸くなる。
(お、おおおおおおおおおおおっ!! カ、カレンがスライム倒したあぁぁぁあああぁあぁっぁああぁぁぁあっ!!)
とシュウが心の中で驚きに声を上げると同時に、カレンが舞い上がった。
「きゃああああああああああ! やったのですわああああああああああっ! ねえ、お義父さまっ!? 見てましたっ!? あたくし、モンスターを倒したのですわあああああああああああああああああっ!!」
とカレンはぴょんぴょんと跳ねながらリュウに駆け寄っていく。
そして思わずと言ったようにリュウに抱きついたカレンを見て、シュウはムッとし。
「おう、よくやった」
とカレンの頭を撫でてやるリュウを見て、さらにムッとする。
(なんか、仲良くねえ?)
約一ヵ月半前から、カレンと仕事を共にしていないシュウ。
今やカレンの師匠状態になっているリュウに、ときどき嫉妬してしまう。
決して2人を疑っているわけではないし、舅と嫁の仲を上手くやってくれているのは良いことだと思う。
だけどやっぱり腹が立つ。
そして少し凹む。
(仕事行こ……)
とシュウが去って行ったあと。
リュウが財布から一万ゴールドを取り出してカレンに渡す。
「ほら、おまえが初めて1人で稼いだ報酬だ」
「ありがとうございますっ!」
と、1万ゴールドを両手で握ったカレン。
お嬢様育ちのカレンにとって、決して大金ではない。
だけど、初めて自分1人で稼いだと思うととてつもなく嬉しかった。
「その初報酬、どうすんだ」
「両親にご馳走とも考えたけれど、やっぱりまずは――」
「俺か」
「……。シュウに何かプレゼントを…」
「おい」
「だって、お義父さま? ハンターになりたてのあたくしの面倒を見てくれたのは、シュウなのですわ」
「銃教えたの俺じゃねーか」
「お義父さまはまた今度っ! まずはシュウからなのですわっ!」
「ふん」とカレンから顔を逸らしたリュウ。「貧乳」
カチっ
とリボルバーの撃鉄を起こした音が聞こえ、早口で言葉を続けた。
「落ち着け」
カレンがリュウと一緒に帰宅すると、シュウは裏庭で修行中だった。
部屋に戻ってシュウを待つ。
ベッドに仰向けに寝転がっているカレンの手には、シュウへのプレゼントが握られていた。
(ふふ、シュウ喜んでくれるかしら)
それから1時間。
初仕事で疲れているせいか、カレンがうとうとと眠りかけた頃にシュウが部屋へと戻ってきた。
「…こらカレン、布団もかけねーで風邪引くぞ」
とシュウがカレンの肩に手を置くと、カレンが目を覚ました。
シュウの顔を見てぱっと笑顔になり、むくりと起き上がる。
「お疲れさま、シュウっ」
「おう。おまえもお疲れ。初仕事どうだった(見てたけど)」
「聞いてよ、シュウ!」と、誇らしげな様子のカレン。「あたくし、初仕事見事成功させたのですわっ♪」
「へえ、おまえが?(知ってるけど) すげーじゃん(ついでに親父と仲が良いことも知ってるけど)」
そう言うなり立ち上がったシュウ。
バスルームへと向かっていく。
カレンが慌てて追いかけてきて、シュウの顔を覗き込んだ。
「どうしたの? ちょっと素っ気ないのですわ…」
「別に、疲れてるだけ(凹んでんだよ…)」
「そ、そう。…あっ、シュウこれっ!」
とカレンがシュウにプレゼントを差し出した。
足を止め、ぱちぱちと瞬きをするシュウ。
「え…?」
「初報酬で、シュウにプレゼント買って来たのですわ」
そう言って頬を染めて笑うカレンを数秒の間見つめたあと、シュウは背を向けた。
熱いものが込み上げてきて目元を押さえる。
「な、何てことだオイっ…! カっ、カレンが初報酬でオレに贈り物をっ…! 初・報酬でオレにっ…! オレにっ…! うっそ、オレに……!?」
「ちょ…。大袈裟なのですわ、シュウ」
と、何だか恥ずかしくなって苦笑するカレン。
シュウが零れてきた涙を袖で拭い、再びカレンの方を向いた。
「ありがとな、カレン!」
と、カレンの手からプレゼントを受け取るシュウ。
すっかり元気を取り戻した。
「中身、何?」
「お義父さまのお仕事からお仕事への移動中に、新しく出来た下着屋さんがあったのよ。そこでおそろいのルームウェアを買って来たのですわ♪」
「へえ、ルームウェアか。んじゃ、オレこれからシャワー浴びるから着てくる」
そう言ってワクワクとしながらバスルームに入っていったシュウ。
カレンはベッドに座って待った。
「ふふ、シュウ喜んでくれるかしら。ハート柄のルームウェア♪」
それから10分後。
シャワーの音が止まり、シュウが脱衣所へと出たのが分かった。
カレンは小走りでバスルームのドアの前へと向かう。
「ねえ、シュウっ? もう着たっ?」
返事のないシュウ。
カレンは首をかしげた。
(あらヤダ、気に入らなかったとか? ハート柄は可愛すぎたのかしら…)
数秒して、シュウの困惑した声が聞こえてた。
「…カ…カレン?」
「どうしたの、シュウ?」
「どうしたも何もおまえ、こ…これは一体どういう……」
「き、気に入らなかった?」
と、戸惑い気味にカレンがバスルームのドアを開けると、
「――!?」
困惑顔のシュウが、モモヒキ一枚で立っていた。
(な、何このお爺さんが穿いてそうな白いモモヒキ…! ど、どうして…!? あたくしは可愛いハート柄のルームウェアをっ…! …って、ああっ! 「おまえ疲れてるだろうから座ってろ」とか言ってレジへと持って行ったのは、あたくしではなくて……!)
カレン、絶叫。
「おっ、おっ、おっ、お義父さまああああああああああああああああああああああああっ!!」
リュウとキラの寝室。
一緒にバスタイムを終え、バスルームから出て来たリュウとキラ。
キラの黒猫の耳がぴくぴくと動く。
「ん? カレンに呼ばれてるぞ、リュウ?」
「気のせいだぜ」
「そうか。ところでカレンといえば、今日は初仕事だったな。どうだったのだ?」
「ああ、成功させた。で、カレンが初報酬で俺にプレゼントしたいっていうからよ」
「ほお、リュウに! 何かプレゼントしてもらったのか?」
「おうよ。ほら、あれだ」
と、ベッドの上を指すリュウ。
キラが顔を向けると、そこには綺麗な包装紙に包まれた箱が置いてあった。
「おお。開けないのか?」
「おまえが開けていいぜ、キラ。中身はおまえ用だ」
「何だ、結局私がプレゼントされたようなものだな。あとでカレンに礼を言わねば」
と、包装紙を剥がし、箱の蓋を開けたキラ。
中身を取り出し、眉を寄せる。
「は…?」
「どうだ」
「これは…」
「エロパンツ。価格9千ゴールド」
「間違いなくカレンではなく、おまえが選んだだろう、リュウ…」
「おう」
「……」
「さあ、穿け」
「……」
シュウ用のルームウェアを、キラ用の下着に摩り替えてレジへと持って行った犯人はコイツ、
「ああ…、エロパンツ最高似合うぜキラ」
リュウだ。
三つ子の部屋。
宿題中のユナと、薬の調合中のマナの黒猫の耳がぴくぴくと動く。
「どうしたんだろうね、カレンちゃん。なんか叫んでるけど」
「さあ…」
と首をかしげるユナとマナの傍ら。
レナ、電話中。
「う、うん、分かった来週の土曜日ねっ…! うん…うん……。…それじゃ、また明日」
と電話を切ったレナに、ユナが宿題の手を止めて振り返った。
「またミヅキくん?」
「うんっ」
「ここんとこ、毎日電話してるね」
「へへっ」
とレナが嬉しそうに笑った。
マナが訊く。
「来週の土曜、デート…?」
「う、う、うんっ…」
「どこ行くの…?」
「えっ…!?」
と裏返ったレナの声。
みるみるうちに赤く染まっていくレナの顔を見て、マナがもう一度訊いた。
「どこ行くの…?」
ユナも興味津々とレナの返答に耳を傾ける。
もう首まで真っ赤になっているレナは、声を裏返しながら答えた。
「ミ、ミミミミミミミミミミミミミミミヅキくんの家ぇぇぇぇ……!?」
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